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Wa☆Daフォトギャラリー

 旅紀行日本の裸祭り

2007年8月28日改訂

今 日

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昨 日

♪太鼓メドレー

日本裸祭全集

 

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蘇民祭畑の中の裸押し  北舟

2007年3月11日制作

審判が取主から蘇民袋を受け取る決定的瞬間!

審判が取主から蘇民袋を受け取る決定的瞬間!(黒石寺蘇民祭/岩手県奥州市水沢区)

 

天下一の奇祭

黒石寺・寺紋

黒石寺蘇民祭

 

取主

 
本堂薬師堂 外陣げじん での争奪戦

本堂(薬師堂)外陣での争奪戦

蘇民袋から 小間木こまぎ を出してばらまく暫定取主

蘇民袋から小間木を出してばらまく暫定取主

  蘇民祭小間木飛び散る裸押し  北舟 

そみんさい こまぎとびちる はだかおし

二種類の 小間木こまぎ
蘇民袋の切れ端 文字の書かれた小間木

文字のない小間木

二種類の小間木

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小間木こまぎ

の作成

小間木の作成1/3

  小間木の作成2/3   小間木の作成3/3

                                                                                     資料

激しい裸押し

薬師堂(本堂)外陣での争奪戦

堂内からなだれ出る争奪戦の渦

堂内からなだれ出る争奪戦の渦

争いながら石段を下る渦

争いながら石段を下る渦

門前の道路に出た渦

門前の道路に出た渦

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渦を規制するベルトの登場

渦を規制するベルトの登場

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ベルトの中で揉み合う裸の集団

ベルトの中で揉み合う裸の集団

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車道で揉み合い湯気が立つ渦の中心

車道で揉み合い湯気が立つ渦の中心

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畑の中の最終決戦

畑の中の最終決戦

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  蘇民祭畑の中の裸押し  北舟 

そみんさい はたけのなかの はだかおし

大詰めの攻防!

大詰めの攻防!

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勝負あった!!

勝負あった!!

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幾重にも折り重なる人の層をはがしながら判定作業を行う審判たち

           ↓審判         ↓審判

幾重にも折り重なる人の層をはがしながら判定作業を行う審判たち

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審判が取主から蘇民袋を受け取る決定的瞬間!

    ↓審判   

審判が取主から蘇民袋を受け取る決定的瞬間!

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取札とりふだ

をくわえた昇ちゃん
               ↓昇ちゃん
取札をくわえた昇ちゃん

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取札とりふだ

を手に引き返す力士たち

黒石寺に引き返す力士たち

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警備本部で清酒とおにぎり弁当の朝食

警備本部で清酒とおにぎり弁当の朝食

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賞状を読み上げる藤波住職

賞状を読み上げる藤波住職

警備本部で藤波住職による取主の表彰

警備本部で藤波住職による取主の表彰

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見事取主となった鈴木長一さん

見事取主となった鈴木長一さん

 
今年の参加賞
御札
招福十二支ゴブラン織
御札 招福十二支ゴブラン織

和田義男

 
撮影 2007年2月24-25日(土-日)

  
★★★

OLYMPUS

E-330  E-500

11-22mm 14-54mm


800万画素 2200枚 3.5GB
 

天下一の奇祭

 今日は黒石寺蘇民祭が終わってから丁度二週間目の日曜日。その間、速報版を仕上げ、祭りの感動が冷めやらないうちに、完成版の編集に連日深夜まで作業を続けた。
 寝なくてはいけないと思っても眠たくないし、寝ても早朝目覚めてしまう。これほど気合いが入った作品は初めてで、この「黒石寺蘇民祭」は、現在私の持てる全ての力を結集して創り上げた感動の超大作である。
 黒石寺の蘇民祭は、それほどまでに素晴らしい魅力があり、天下一の奇祭と折り紙をつけるにふさわしい千年祭である。

編集後記

 二刀流で夢中で撮影した結果、一晩で800万画素2200枚3.5メガを切り取っていた。フラッシュ撮影が主となることから、予備電池を沢山持参した。予想外に消耗が激しかったが、何とか間に合った。
 先日、DVDに全ての原画を焼いて藤波住職にお送りしたところ、「DVD、確かに頂戴いたしました。ありがとうございました。よくぞ長時間にわたり、これだけの枚数を撮ったものだと感歎するばかりです。その執念と根性に完全に脱帽です。ゆっくりと活用させていただきます。」とお礼のメールを頂いて、恐縮してしまった。
 夜は-8℃に冷え込むなど、厳しい環境だったが、やっているときは、カッカしており、ホカロンなどを持参し、防寒の備えが十分だったので、寒さはそれほど感じなかった。精進小屋も炭火が強力で温かく、無料で使わせてもらったので、大変助かった。水洗トイレも完備しており、売店や食堂、自動販売機もあり、不自由はない。
 今年正月の金沢での裸放水の取材は、暴風雨の洗礼を受けた厳しい取材だったが、それを思うと、蘇民祭は案ずるより産むが易しで、徹夜の長時間取材ではあったが、きついと思ったことはなく、取材環境はとても良かった。今年撮影できなかったところがあるので、来年も取材して、更に完璧を期したいと思っている。

参考文献

1 「みちのくの古刹 天台宗妙見山黒石寺」 監修:妙見山黒石寺 三十九世 藤波洋香 制作・発行:光陽美術   
                            初版 2006.2.8 定価:1000円

2 「蘇民将来子孫門戸☆」(黒石寺パンフレット) 解説・写真:末武保政 水沢印刷 1983.4 非売品

3 「東奥の奇祭 妙見山 黒石寺蘇民祭のすべて」 黒石寺蘇民祭保存協力会 解説:佐藤東吉 写真:佐々木 
                                 稔 発行:1982.1

(筆者注:文献3は、「フンドシをつけた全裸で」と「全裸で」との表現があり、褌をしていても全裸としているので、「全裸で」と書かれていても、丸裸なのか、褌着用なのかが分からないところがあり、惜しまれる。私の本作品で素裸とあるのは、褌もしていない丸裸(全裸、赤裸)のことである。)

本作品の要目

日本の裸祭り第34集(実質第54集)「黒石寺蘇民祭」

平成19年(2007)
作品:第10作 画像:(大103+小36) 頁数:10 総ファイル数:286 ファイル容量:44.3MB

平成12年(2000)〜平成19年(2007)
作品数:301 頁数:1,047 ファイル数:26,693 ファイル容量:3,568MB

謝 辞

 この取材の成功は、山本さんたちをご紹介いただいた三木芳樹さんのお陰であり、最初にお礼申し上げます。そして、山さんこと山本啓一さんや昇ちゃんこと長谷川昇司さんなど、密着取材させていただいた方々のご指導とご支援のたまものであり、心からお礼申し上げます。また、黒石寺の藤波洋香住職や黒石寺蘇民祭保存協力会青年部幹部の皆様方から並々ならぬご配慮を賜り、大変お世話になりました。
 特に、藤波住職からは、解説の誤りをご指摘頂き、懇切丁寧なご指導を賜ったお陰で、最新の正確な説明を加えることができました。また、3月13日には黒石寺公式ホームページのリンク集にWa☆Daフォトギャラリー(黒石寺蘇民祭)のリンクを収録して頂いたことは夢のようで、誠に光栄に思います。
 末筆ではありますが、日本の民俗文化の誇りである黒石寺蘇民祭の変わらぬ伝統の存続と発展を衷心より祈念申し上げ、今後とも微力ではありますが、影ながら応援させて頂きたいと思っています。これからもどうか宜しくお願い申し上げます。有り難うございました。  2007.3.14 〈 合掌 〉

山さんたちと記念写真

山さんたちと記念写真

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■■■    所 感    ■■■

青年部と個人グループの貢献

 参加者がせいぜい100人程度の小さな地方の祭りが、これほどまでに有名になって全国に認知されるようになったのは、30年前に黒石寺蘇民祭保存協力会青年部ができ、廃れかけていた千年余の歴史ある伝統行事の保存伝承に立ち上がったことが大きい。
 今年は青年部発足30周年の節目に当たり、青年部が3月7日に地元の胆江(たんこう)日日新聞の胆江日日文化賞を受賞されたことを、心からお喜び申し上げたい。
 しかし、今年で28回目の参加となる山さんは、青年部がわずか5人ほどの勢力で発足して間もなく初参加し、素朴で大らかな蘇民祭の魅力に惹かれ、爾来、青年部に協力して伝統の復活に尽力してきたというから、青年部の幹部が彼を大事にするのは当然であり、それに賛同して協力してきた昇ちゃんやKUMAちゃんなど個人グループの貢献も高く評価したいと思う。

これからも存続する蘇民祭

 internetで黒石寺蘇民祭を検索すると、色々なサイトで蘇民祭について書かれた記事を目にするが、そのなかで、「黒石寺蘇民祭が存亡の危機にある」という記事を目にした。確かに、数えで7歳の鬼子がなかなか見つからなかったり、外部からの参加で支えられている側面があるが、人手不足は東京の三社祭などでもみな同じ状況にある。
 それだけの理由では、誰も存続の危機に瀕しているなどとは思わない。特に蘇民祭の場合は、人望の厚い藤波住職のもとで、盤石の実行部隊である青年部40人のほか、山さんなど伝統を守るグループがしっかりと根付いており、国から指定を受けた「記録保存すべき無形民俗文化財」であるこの蘇民祭が廃れるようなことはあり得ない。

昇ちゃんの蘇民祭

 私が心配するのは、このおおらかな祭りが、変質してゆくということである。数年前から素裸で参加することを自粛する動きがみられ、今年、素裸で裸参りをした人は、昇ちゃんを含めて僅か二人であった。昇ちゃんは、伝統に従って三巡目で素裸になり、その後柴燈木(ひたき)に上がって素裸で山内節を披露した。

昇ちゃんの熱唱!「山内節」

昇ちゃんの熱唱!「山内節」

画像をクリックすると山内節が聞けます!

 しかし、事後、昇ちゃんは警察から褌を締めるよう注意を受けた。藤波住職が健全な蘇民祭を永続させるために苦渋の決断をしていたことを知った昇ちゃんは、ショックを隠しきれないでいたが、住職の意を酌んで、来年から素裸を止めることにした。そのため、来年の蘇民祭から素裸で参加する人はいなくなり、褌だけの裸祭りになる。
 全裸ということで奇祭といわれ、全国的に知られるようになった黒石寺の蘇民祭は、その弊害として興味本位の参加者が増え、風紀が乱れ、全裸ビデオが流れて、アダルトサイトなどで悪用されるなど、公序良俗に反する弊害が指摘されてきた。藤波住職もこれ以上伝統文化だとして固持できないと判断されたものと思われる。
 記録保存すべき国の無形民俗文化財であるだけに、私ばかりでなく、蘇民祭の伝統を守るために献身してきた山本グループや有識者たちは、日本の祭りのおおらかな原点が失われることの重大性に鑑みれば、どうしても割り切れない気持ちが残ることはいなめない。地元にも賛否両論がある。
 しかし、時代の変遷による価値観の多様化や映像文化の発達などに伴い、伝統文化も時代の要請に合わせて変質してゆかざるを得ない状況にあり、黒石寺住職の決断は、現実的選択と思われる。
 私の予測では、今後、鬼子を背負う人、袋出しをする人、袋に刀を入れる人などの「役持ち」は素裸の伝統を保持し、観衆の面前で裸参り・柴燈木登・蘇民袋争奪戦に参加する者には褌が義務づけられるものと見られる。
 愛知県稲沢市(いなざわし)國府宮はだか祭 では、最後に全裸の神男(しんおとこ)が現れるが、9千人のはだか男は全員褌を着用しており、黒石寺蘇民祭もそのような形になるものと思われる。ともあれ、一般参加者の素裸が無くなったとしても、それ以外の伝統文化は大手を振って存続させることができるわけで、蘇民祭を末代まで健全に伝えてゆけることが約束されたともいえよう。
 そして、昇ちゃんは、蘇民祭千余年の歴史の中で、柴燈木の上で素裸で山内節を唄った最後の男として、永遠に語り継がれてゆくことになる。昇ちゃん、長い間ご苦労さま、そして、おめでとう! これからは、褌を締め直して誰に憚ることなく山内節を唄って欲しい。

蘇民褌そみんふんどし

下帯したおび
 黒石寺蘇民祭の参加者は、以前は全裸も許容されていたが、現在は「下帯」が義務づけられ、蘇民袋争奪戦では「下帯・足袋」の着用となっている。ここでいう下帯は、白晒し木綿の六尺褌のことで、前袋式に締めている。裸参りや柴燈木登では、前垂れ式に締めている人がいるが、ごく少数である。売店では、「黒石寺蘇民祭」の朱印が押された白晒木綿の褌と地下足袋が1セット2000円で売られている。
 25年前に黒石寺蘇民祭保存協力会が発行した「東奥の奇祭 妙見山 黒石寺蘇民祭のすべて」には、「フンドシ」と表現されており、その後、いつの間にか「下帯」という言葉に変わっている。国指定無形民俗文化財の祭りであってみれば、「下帯」という表現は伝統の変質であり、正しい「褌」という呼称に戻して欲しい。正確に表現すれば、「白色木綿地の六尺褌」とし、朱印を入れた正規のものを「蘇民褌」という呼称にすることをお勧めする。
 「下帯」は褌を婉曲に表現する言葉であるが、曖昧な表現であり、江戸時代の文献によると、一般大衆はみな褌と呼び、「褌を締めてかかる」や「人の褌で相撲を取る」などの比喩は今でも使われている生きた言葉である。
 現在、褌が健康肌着として静かなブームを呼んでいるが、インターネットやデパートなどでも、褌、六尺褌、越中褌などとして売られており、下帯として売られている例は殆ど見あたらない。
 かつては、NHKなど、一部のマスコミが褌を望ましくない放送用語として扱い、「下帯」や「締め込み」などという曖昧な表現を使っていた。いわば、一部のマスコミが作り出した偏見であったが、最近はNHKも由緒ある「ふんどし」を使う例が増え、正しい日本語が復活している。

NHKの「ふんどし」報道

NHKの「ふんどし」報道

 今年8年ぶりに西大寺会陽の後に黒石寺蘇民祭が開催されたたため、西大寺会陽のまわし姿で参加した岡山のグループがいたが、違和感を感じたので、青年部に問い合わせてみたところ、来年から「まわし」は禁止するということであった。祭り衣装のあり方は、表現も含めて、代々黒石寺に伝わる伝統文化を維持して頂きたい。

苛酷な蘇民祭

 暖冬で雪は無いとはいえ、-8℃の深夜に褌一丁で三度境内を巡回して水垢離をし、柴燈木登で火の粉や煙を浴び、早朝には2時間にわたって蘇民袋争奪戦を繰り広げる蘇民祭は、とても苛酷な祭礼である。参加者に聞いてみると、無傷の人は皆無で、足の痺(しびれ)れや痛みは共通しており、精進小屋の炭火で温めて感覚が戻るかどうかといったところである。
 山本グループで一番ダメージが大きかったのがKUMAちゃん。足の凍傷が一番酷く、水沢江刺駅ではびっこを引き、電車を待つ間、足のマッサージをしていた。そのほかに柴燈木登で身体のあちこちに火傷を受け、飛び降りたときの打撲や擦り傷・切り傷があり、争奪戦では筋肉痛になったそうで、回復に1週間ほどかかったという。
 KUMAちゃんの他にびっこを引く人は見かけなかったが、足のダメージは共通しており、程度の差はあっても軽い凍傷にかかるようである。祭りの最中は興奮しているので、感覚がないが、終わってから感覚が戻ってくると、痛みや痺れを感じるようで、KUMAちゃんも争奪戦が終わるまではびっこを引いていなかったのに、終わってからびっこを引くようになった。それでも翌年には参加するので、彼らは毎度のことと意に介していないようである。

感動の蘇民祭

 2001年10月、友人から誘われて、初めて兵庫県姫路市の灘のけんか祭りを見て、男らしい裸祭りの素晴らしさに魅了された私は、それ以来、全国の裸祭りの取材を続け、次々に作品を発表し、日本の裸褌文化を紹介してきた。
 まだ7年しか経っていないが、これまでに最高の感動を受けたのが、この蘇民祭である。天台密教や修験道などが習合し、東北のこの地で独自の文化を育んできた蘇民祭は、梵鐘、法螺、太鼓、角燈、手木などを用い、僧侶や信者たちが列をなして独特の作法や呪文で魔を払いながら境内を巡る。特に山の神や農神であるともいわれる鬼子の登場は奇抜である。
 何といっても素晴らしいのは、裸の男たちが厳寒の中で雪解け水を浴び、柴燈木(ひたき)に上って火の粉や煙を浴びて身を清めつつ声高らかに山内節を唄い、蘇民袋を求めて裸のぶつかり合いを見せることである。
 厳寒地の深夜に行われる蘇民祭は、奇祭といわれるにふさわし魅力が沢山あるが、とりわけ、日本の祭祀のおおらかな原点が残されており、千年余もの歴史を刻んで今日に存続してきた重みがある。参加者たちは、徹夜の行事の合間に精進小屋の炭火を囲んで酒を酌み交わし、歓談しながら苦楽をともにする。こゝには男たちの裸の交流があり、都会に住む現代人が失ってしまった感動とロマンがある。〈 完 〉  2007.03.11 和田義男
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