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和田義男

 旅紀行日本の花

2011年5月21日改訂

今 日

昨 日

♪花の歌メドレー : 花のメルヘン〜からたちの花〜バラが咲いた〜エーデルワイス

 

大藤の六百畳もありといふ   北舟

2011年5月20日制作

Huge wisteria blossoms, they say over 1,000 square meters.

大空に広がる大藤
パノラマ写真(2000X1830)1.69MB

大空に広がる大藤/ あしかがフラワーパーク( 栃木県足利市)

秩父の芝桜

藤のイラスト

下がり藤  

 

足利藤   上がり藤
三色藤 足利藤 房六尺 和田義男

園内マップ

資料
 
1本で600畳もある大藤「

足利あしかが

のフジ(野田の九尺藤)
 
  ▲▼ フラワーステージの奥(西)にある「むらさき藤」が大藤「足利(あしかが)のフジ」で「野田の九尺藤」と名付けられている。樹齢約140年、南北36.3m、東西33.4m、幹廻り4.05m、花房 最長1.8m もあり、フラワーパーク最大の見世物である。  
巨大な大藤「 足利あしかが のフジ(野田の九尺藤)」

巨大な大藤「足利のフジ(野田の九尺藤)」

拡大写真(2000X1230)948KB

  ▲▼ この大藤は、足利市朝倉町の早川農園で早川和俊さんにより大切に育成されてきたが、平成8年(1996)2月、幹にギブスをつけて養生し、その上にロープをかけ、吊り上げてトレーラーに載せ、20kmの道のりを移送されて、この地に移植された。  
大藤おおふじ のトンネル

大藤のトンネル

拡大写真(2000X1500)948KB

  ▲▼ 移植当時50畳の広さでしかなかった藤棚は、現在は600畳(約1,000m2)にまで広がり世界一の美しさを誇っている。平成19年(2007)、栃木県の天然記念物(天第85号)に指定された。なお、九尺藤は種類の名で、樹高が9尺(約2.7m)あるというわけではない。  
600畳もある 大藤おおふじ

600畳もある大藤

パノラマ写真(2550X1200)1.49MB

  大藤の六百畳もありといふ  北舟 

おおふじの ろっぴゃくじょうも ありという

Huge wisteria blossoms, they say over 1,000 square meters.

大藤の右側

大藤の右側

拡大写真(2000X1500)1.41MB

 

万葉集まんようしゅう

に歌われた藤の花
 
 

 
藤は、日本古来の花木で万葉集にも歌われている。万葉集では、藤は藤浪(ふじなみ)と表現されることが多い。

 
 

藤のイラスト

 
 

■ 太宰府で、大伴旅人(おおとものたびと)に贈った歌 / 万葉集第三巻 0330番 ■

 
 

藤浪之 花者盛尓 成来 平城京乎 御念八君   大伴四綱(おほとものよつな)

 
 

   【よみ】藤浪(ふじなみ)の 花は盛りになりにけり 平城(なら)の京(みやこ)を 思ほすや君
   【意味】藤の花が盛りになりましたね。 君は奈良の都のことを思ってしまうのではないでしょうか。

 
大藤の左側

大藤の左側

拡大写真(2000X1500)1.43MB

 

万葉集まんようしゅう

 
  ▼ 本来の表記は『萬葉集』。7世紀後半から8世紀後半ころにかけて編まれた日本に現存する最古の和歌集で日本文学における第一級の資料。天皇、貴族から下級官人、防人(さきもり)などさまざまな身分の人間が詠んだ歌を4,500首以上も集めたもので、成立は天平宝字(てんぴょうほうじ)3年(759)以後とみられる。  
   方言による歌もいくつか収録されており、なかには詠み人の出身地も記録されていることから、方言学の資料としても非常に重要な資料である。  
   元暦校本万葉集(げんりゃくこうほん・まんようしゅう)は、『万葉集』次点本の一つで「元暦元年(1184)六月九日以或人校合了/右近権少将(花押)」の奥書を有することから命名された。桂本、藍紙本、金沢本、天治本と共に「五大万葉」の一つとして知られる。『万葉集』全歌数の6割以上を有し、次点本では『類聚古集』に次ぐ。また校訂があり、最も重要な写本である。  

元暦校本万葉集げんりゃくこうほんまんようしゅう

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 万葉集第八巻 1471番 

 
 

戀之家婆 形見尓将為跡 吾屋戸尓 殖之藤浪 今開尓家里   山部赤人(やまべのあかひと)

 
        【よみ】恋しけば 形見にせむと 我がやどに 植ゑし藤浪 今咲きにけり
 

      【意味】恋しいので形見にしようと庭先に植えた藤が、今、咲いています。

 
大藤をパノラマに合成

大藤をパノラマに合成

パノラマ写真(2600X1200)1.49MB

 

 万葉集第十巻 1974番 

 
 

春日野之 藤者散去而 何物鴨 御狩人之 折而将挿頭   詠み人知らず

 
 

【よみ】春日野(かすがの)の 藤(ふじ)は散りにて 何をかも み狩(かり)の人の 折りてかざさむ
【意味】
春日野に咲く藤の花は散ってしまい、今年の五月五日の薬狩の人々は何を髪飾りにするのだろうか。

 
藤色ふじいろ の美しい大藤

藤色の美しい大藤

拡大写真(2000X1500)1.32MB

 

 万葉集第十八巻 4042番 

 
 

敷治奈美能 佐伎由久見礼婆 保等登藝須 奈久倍吉登伎尓 知可豆伎尓家里  田辺福麻呂(たなべのさきまろ)

 
 

    【よみ】 藤浪の 咲き行く見れば 霍公鳥(ほととぎす) 鳴くべきときに 近づきにけり
    【意味】 藤の花が咲き広がってゆくのを見ると、霍公鳥(ほととぎす)が鳴く頃になったんですね。

 
白と黄の模様のあるムラサキフジ

白と黄の模様のあるムラサキフジ

拡大写真(2000X1500)350KB

 

 第十九巻 4201番 

 
 

伊佐左可尓 念而来之乎 多■乃浦尓 開流藤見而 一夜可經   久米広縄(くめのひろなわ)

 
【よみ】いささかに 思ひて来しを 多胡の浦(たこのうら)に 咲ける藤(ふじ)見て 一夜(ひとよ)経(へ)ぬべし【意味】もう終わったと思って来てみたら、まだ多胡の浦に藤が咲いているので、これを見て一夜を過ごしたいですね。
大空に広がる大藤

大空に広がる大藤

パノラマ写真(2000X1830)1.69MB

  白藤や白き房々ふさふさと  北舟 

しらふじや しろきふさぶさ ふさふさと

White wisteria blossoms, the white clusters in big bunches.

葡萄ぶどう の房のような

白藤しらふじ

葡萄の房のような白藤

拡大写真(2000X1300)957KB

  蜜蜂や花弁抱へて露吸へり  北舟 

みつばちや かべんかかえて つゆすえり

A honeybee, sucking dew of flower, holding the petal.

白藤と蜜蜂

白藤と蜜蜂

拡大写真(1800X1600)261KB

 
モネの池の

睡蓮すいれん

 
  野田の九尺藤の奥(西)に「モネの池」があり、睡蓮(すいれん)が赤や白の花を咲かせていた。夏季に花をつける睡蓮は、スイレン科スイレン属の水生多年草で、学名を Nymphaea といい、和名をヒツジグサ(未草)という。  
うすべに藤の咲く「うす紅橋」  

睡蓮すいれん

の咲くモネの池(西部)

睡蓮の咲くモネの池(西部)

パノラマ写真(2000X1000)572KB

  ▲▼ ヒツジは未(ひつじ)の刻(午後2時)のことで、その頃に咲くといわれているが、実際は昼に咲き夜に閉じる。睡眠をとる蓮という連想から睡蓮と名付けられたらしいが、園芸上の言葉なので、植物図鑑には、ヒツジグサで紹介されている  
「うす紅橋」から北方を見たモネの池(西部)
 

←・・・・・・・・・・・・ 八重黒龍藤 ・・・・・・・・・・・・・→

うす紅橋から北方を見たモネの池(西部)

パノラマ写真(2800X1400)0.99MB

  ▲▼ 未草(睡蓮)は地下茎から茎を伸ばし、水面に葉と花を1つ浮かべる。葉の大きさは1.5〜30cmと様々で、葉の表面に小さな毛が生えていて水をはじく構造になっている。花の大きさは小さなもので3cm前後、大きなもので20cmほどになり、萼片(がくへん)が4枚、花弁が10枚ほどの白や赤の花を咲かせる。花期は6月〜11月。  
クロード・モネの描いた

睡蓮すいれん

クロード・モネの描いた睡蓮

拡大写真(2000X1500)931KB

  ▲▼ 睡蓮は日本全国の池や沼に広く分布している。寒さに強く山地の沼や亜高山帯の高層湿原にも生えている。日本以外ではシベリア、欧州、中国、朝鮮半島、インド北部、北アメリカに分布している。  
白い

睡蓮すいれん

白い睡蓮

拡大写真(1800X1350)541KB

 

クロード・モネ Claude Monet


 
 
クロード・モネ(1899年)

クロード・モネ(1899年)

  睡蓮を沢山描いたクロード・モネ(Claude Monet, 1840 - 1926)は、印象派を代表するフランスの画家。「光の画家」の別称があり、時間や季節とともに移りゆく光と色彩の変化を生涯にわたり追求した。

略 歴

1840年 パリに生まれる。
1874年 第1回印象派展に「印象・日の出」他12点を出品。印象派の語源となる。以後76、77、79、82年に出品(「サン・ラザール駅」など傑作を含む)
1899年 「睡蓮の池 緑のシンフォニー」を制作。
1926年 ジヴェルニーで死去。満86歳。
 
藤の花に囲まれたモネの池(西部)

八重黒龍藤

うす紅橋

藤の花に囲まれたモネの池(西部)

パノラマ写真(2700X1200)841KB

 

モネと睡蓮

 
   モネは印象派グループの画家の中では最も長生きし20世紀に入っても睡蓮の連作をはじめ、多数の作品を残している。ルノワールセザンヌ、ゴーギャンらは、やがて印象派の技法を離れて独自の道を進み、マネ、ドガらはもともと印象派とは気質の違う画家だったが、モネは終生印象主義の技法を追求し続け、最も典型的な印象派の画家だった。  
   モネの描く池には睡蓮が浮かび日本風の太鼓橋がかかっている。やがてモネは睡蓮と水に映る光だけを探究するようになった。  
藤棚の下の赤い

睡蓮すいれん

藤棚の下の赤い睡蓮

拡大写真(2000X1700)1.0MB

  八重七重モネの描きし赤睡蓮  北舟 

やえななえ もねのえがきし あかすいれん

Multi-petaled red water lilies, Monet once painted.

Claude Monet - Water Lilies - 1906 | 油彩・画布 | シカゴ美術館

Claude Monet - Water Lilies - 1906  シカゴ美術館

  ▲▼ モネは生前1枚の絵しか売れなかったゴッホと違って生前に認められた画家である。信じられないような価格で絵が売れ、数々の展覧会に出品された。しかし年老いたモネは決して幸福ではなかった。長年ともに過ごしてきた画家仲間、妻、子供たちに先立たれた。その上白内障を患い、失明の不安を常にかかえていた。  

睡蓮(Nympheas) 1916年 200.5×201cm | 油彩・画布 | 国立西洋美術館(東京)

睡蓮(Nympheas) 1916年 200.5×201cm | 油彩・画布 | 国立西洋美術館(東京)

  ▲ やっと1923年になって手術に踏み切ったモネはなんとか視力を回復する。そして復活したモネは死に至るまで、睡蓮を描き続けた。モネの睡蓮は描かれた時期によって作風や印象が微妙に異なり、かなりの数が出回っているが、そのどれもが高い評価を受けている。  

白藤とモネの池(西部)

 

うす紅橋

白藤とモネの池(西部)

拡大写真(2000x1350)991KB

 
500畳の大藤「

八重黒龍藤やえこくりゅうふじ

 
  ▼ 「モネの池」の西側に張り出したようにむらさきの大藤棚がある。これも「足利(あしかが)のフジ」で「八重黒龍藤(やえこくりゅうふじ)」と名付けられている。樹齢約140年南北34.5m東西25.4m幹廻り2.5m、花房 30cm あり、4月下旬から5月10日ごろまで開花する。  
葡萄ぶどう 巨峰きょほう のような「

八重黒龍藤やえこくりゅうふじ

葡萄の巨峰のような「八重黒龍藤」

拡大写真(2000X1500)1.22MB

  ▲▼ 大変珍しい八重咲きの藤で花房からは甘い香りが漂う。遠くから見ると、巨峰の葡萄棚のように見える。平成8年(1996)2月、他の大藤と同じように早川農園から移植された。次第に大きくなり、現在、500畳の広さに花をつけている。  
珍しい

八重藤やえふじ

珍しい八重藤

拡大写真(1800X1650)1.04MB

  ▲▼ 八重黒龍は、現存する藤のなかでは唯一の八重咲き種で、別名を牡丹藤(ボタンフジ)という。濃黒紫色の花が玉咲きになり、耐寒性が強く、趣味の園芸に人気があるという。  
花びらが八重咲きの

八重藤やえふじ

花びらが八重咲きの八重藤

拡大写真(1600X1650)1.04MB

  ▲▼ このむらさき八重藤は平成19年(2007)8月「野田の九尺藤」などと共に「足利(あしかが)のフジ」として栃木県の天然記念物(天第85号)に指定されている。  
黒い龍のように横に延びる「

八重黒龍藤やえこくりゅうふじ

黒い龍のように横に延びる「八重黒龍藤」

パノラマ写真(2600X1400)1.29MB

  写真下は八重黒龍藤から東方の「モネの池」(東部)を見たもの。「モネの池」は、太鼓橋(うす紅橋)のある西部とこちらの東部がL字型につながっており、パンフレットには、こちらに「モネの池」の表示がある。その理由は、東部の方が広いからだと思われるが、絵的には橋のある西部の方が良い。  
八重黒龍藤やえこくりゅうふじ 」から見たモネの池(東部)
東  ←・・大藤(野田の九尺藤)・・・→  

「八重黒龍藤」から見たモネの池(東部)

拡大写真(2150X1200)688KB

 
花の歌の解説 (2)
 
1頁/三色藤: 春の日の花と輝く〜朧月夜〜みかんの花咲く丘〜野ばら
2頁/足利藤: 花のメルヘン〜からたちの花〜バラが咲いた〜エーデルワイス
3頁/房六尺: 花の街〜夏の思い出〜夏は来ぬ〜宵待草
 
【 花のメルヘン】 アメリカ民謡
 
  【からたちの花】 大正14年(1925)に雑誌『女性』に発表された北原白秋作詞山田耕筰作曲の日本の童謡。文部省唱歌。山田耕筰と北原白秋は大正11年(1922)に雑誌『詩と音楽』を創刊するなど親交があり、多くの歌曲を共作している。平成19年(2007)に日本の歌百選に選出された。  
  【バラが咲いた】 浜口庫之助 作詞/作曲。昭和41年(1966)のヒット曲。  
  【エーデルワイス】 アメリカ・ハリウッドのミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』の挿入歌 Edelweiss。作曲 リチャード・ロジャース、作詞 オスカー・ハマースタインII世。阪田寛夫による訳詞の歌が日本の教科書に採用されるなど、大ヒット曲となった。  

綿帽子のようなエーデルワイス

写真のエーデルワイスは、ショーンビェル小屋を出てマッターホルンやツムットに行く分岐点で咲いていたもの(スイス)

綿帽子のようなエーデルワイス

拡大写真(1162X895)94KB

 
エーデルワイス
edelweiss / Leontopodium alpinum Cass.

エーデルワイス
 夏に美しい白い花を開くキク科の多年草で、ヨーロッパと小アジアの高山に産し、日本のミヤマウスユキソウと近縁。高さ10〜20cm。茎・葉に白い軟毛を密生し、頂端の星状に開く苞の上に数個の頭花をつける。西洋薄雪草とも呼ばれる。
 転じて、ウスユキソウの仲間をこの名で呼ぶことがある。高山植物として有名で、人の近づかない万年雪の岩の裂け目に野生するため、登山家たちのあこがれの花となった。
 名前はドイツ語の Edel (高貴な) Weiss (白)に由来する。エーデルワイスの学名 Leontopodium は〈獅子の足〉の意で、これは毛皮状の葉にくるまった花がライオンの足を思わせるためであろう。
 イタリア語では「ステラ・アルピナ(アルプスの星)」、フランス語では「エトワール・ダルジアン(銀の星)」と呼ばれている。

[伝説] スイスには純潔の乙女と結びつける伝説が語られている。昔アルプスの村に絶世の美女がいたが、彼女を妻とするにふさわしい男が絶えていなかったため、乙女はついに嫁ぐことなく世を去った。
 エーデルワイスは乙女の生れ変りで、アルプスの山男や狩人がその白い花を帽子に飾るのは、最も美しい乙女を妻に迎えたいという思いを表しているのだという。花ことばは〈 気高く毅然(きぜん)とした勇気 〉〈 純潔と不死 〉。スイスの国花。
 
三色藤 足利藤 房六尺 和田義男
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