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 旅紀行ジャパン

2003年1月21日改訂
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2003年1月19日制作

京都保津川下り

保津川下り(京都)

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保津川下り乗船場

 保津川下りは、丹波亀岡から京都の名勝嵐山までの約16kmの渓流を約2時間で下る舟旅である。
 この保津川下りは、古く慶長11年(1606)角倉了以(すみのくらりょうい)が木材・薪炭など丹波地方の産物を京へ送るために産業水路として拓いたもので、今では日本一の川下りとして国内はもちろん世界的にも知られている。
保津川下り乗船場

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舟乗り場

舟乗り場

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 川舟には、小型船舶検査済票が舷の内側に貼られている。左舷のアーチ型の鉄パイプは、転覆した際、舟と川底との間に空間を確保して脱出を容易にするための工夫かと思われる。

待合い所

待合い所

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 トロッコ嵯峨駅で保津川下りのチケット(予約券)を購入していたので、受付に渡すだけで手続きが完了。あとはアナウンスがあるまで待機する。
 川下りに使用する川舟は、以前は木舟だったが、現在はFRP製である。

 最大搭載人員が30名で、棹さお、櫂かい、櫓を操る船頭が各1名、旅客が前から5列までは4名、後の2列は3名の合計26名。総員29名だが、櫂を担当する船頭がもう一人乗ることがあり、最大30名となる。

 今回、救命胴衣は着装しなかったが、救命浮環や救命胴衣は搭載されている。増水時や天候が悪いときには着装させるのだろうが、常時着装させる方が良いと思う。特に泳げない人は万一転覆しても安心だと思うのだが・・・。

出 発

出発

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 旅客が集まり次第、次々と舟が出発していく。まもなくアナウンスで名前を呼ばれたので、真っ先に乗船し、最前列の最右翼に陣取った。船頭に聞くとこの席が最良のカメラポジションだという。
 船頭3名、乗客26名が乗船し、岸を離れた。最良の席ではあるが、櫂の水しぶきをかけられる羽目になった。
 復元力の関係で立つことが許されないため、座ったままの撮影となった。
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棹・櫂・櫓を操る船頭

棹・櫂・櫓を操る船頭

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 出発してまもなく、左手になだらかなお碗を伏せたような愛宕山(あたごやま)が見えてきた。船頭の説明で気づいたほどだが、京都の最高峰だという。

愛宕山

愛宕山

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 やがて後方に見えていた愛宕山が今度は前方に現れるのも曲がりくねった保津川の妙だ。
 桜、岩躑躅(いわつつじ)、紅葉、雪をかぶった北山杉(きたやますぎ)と、四季それぞれに景観を楽しめるのが保津川下りならではの醍醐味だという。
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 2名の船頭が船首につき、棹を差し、櫂を漕いで舟を前に進める。漕ぎ手がガイドを務める。漕ぎながら肉声で説明しなくてはならないので、大変だ。ジョークを入れたりして退屈させないように工夫している。3人が交代でしゃべるので、どうしても上手下手の差が出てしまう。話術が上手いと、がぜん舟旅が楽しくなる。船尾で櫓を持つ船頭は、舵取り役である。
 2時間の間に3人の乗組員が三つの持ち場を全て平等に分担する。従って3名とも船頭だ。しかし、船長(責任者)は一人のはずで、最初の配置で船首で櫂を持った年長者が我々の命を預かる船長だと見た。
 船頭の定年は75歳で、一番の若手は現在19歳。今は140人の船頭がいる。土・日・祝日の乗客が多い日は1人が1日3回保津川を下る。船頭は自由出勤で、賃金は1回下るごとに支払われるという。

船頭のジョークと景観を楽しむ乗客

船頭のジョークと景観を楽しむ乗客

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 約2時間、16kmの舟旅は急流あり静流ありで変化に富み、川舟は渓流に白いしぶきを上げながら一路嵐山を目指す。

急 流

急 流

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 以前は、船頭は代々の世襲制で、地元の村で作る「勝林島組」「保津組」「山本組」の三つの組に所属した者だけが就けた。もともとは農業の合間をみて、現金収入のために船頭を兼業していたという。

 しかし、後継ぎが減ってきたことから、10年ほど前から一般募集に切り替えた。会社員から転職する人もおり、全国から応募者があるという。

 ただし、組合の規則で、亀岡市または八木町に居住する人に限っているのだそうだ。川に舟を係留しているため、大水の際は舟が流される危険性があり、保船のため電話1本ですぐに駆けつけられる人でないと困るというのが理由だ。
 昭和23年までは、帰りは16kmの川沿いを人がロープで引いて舟を引き揚げていたというから大変な重労働だった。現在はトラックで輸送している。
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巨岩とトロッコ列車

巨岩とトロッコ列車

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ライオン岩

ライオン岩

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 保津川も中程に至ると、奇岩が現れる。岩にはそれぞれ名前がついており、名前を記したプレートが置かれている。烏帽子岩、鏡岩、かえる岩、びょうぶ岩など。清滝川が流れ込んだ後は、書物岩、かじか岩、蓮華岩、ライオン岩が現れる。
 途中、トロッコ列車とすれ違うと、観光客はお互いに手を振り合い、和気藹々(わきあいあい)とした情景が生まれる。気分は上々である。
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急流下り

急流下り

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売店舟

売店舟

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 川下りもそろそろ終わりの頃、売店舟が寄ってくる。ビール、ジュースなどの飲み物やおでん、みたらしだんごなどの食べ物を販売してくれる。

 ほとんどの乗客が舌鼓を打つなかで、我々二人は嵐山で昼食を予定していたので、空腹をこらえた。
 3人の船頭には飲み物が手渡された。接舷させてもらった謝礼なのだろうか。
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嵐 山

嵐 山

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下 船

下 船

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 長いと思われた2時間の舟旅も終わってみればあっという間であった。それほど楽しかったということなのだろう。3人の船頭にお礼を言い、下船した。川舟は回航のため、下流の方に移動していった。
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嵐山・小督庵の庭

小督庵の庭

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 老夫婦が二人きりで小督庵の庭の緋毛氈の腰掛けで抹茶を飲みながら紅葉を楽しんでいた。後日、テレビで中継されていたので、かなり有名な店だ。予約なしでも入れる。

小督庵

小督庵

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 小督(こごう)が爪弾く?琴の音が聞こえる京料理の店・小督庵(こごうあん)
 入口に湯豆腐、高倉膳、小督膳などのメニューが写真入りで載っている。料理の名前も小督と高倉天皇のロマンスを意識していて、なかなか洒落ている。
 勿論料理も美味しい評判の店だという。川下りで空腹になった二人は、高倉膳に舌鼓を打った。
 嵐山を借景した小督庵の庭は、紅葉が真っ盛りで、素晴らしかった。
小督:平家物語に出てくる宮中一の美女で琴の名手。祖父は信西(しんぜい)。父は藤原成範(ふじわらのしげのり)。清盛の娘の建礼門院に仕えていた。
 
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