ホームページお知らせお便りコーナー徒然日記俳句・海の風景ホームページ奮闘記作者のプロフィールリンク
 

Wa☆Daフォトギャラリー

 特集!旅紀行

2004年4月21日改訂

今 日

昨 日

ガンジス川の朝 Music Palette

2004年3月12日制作

第 3 集

2004年4月18日(日)
今週14日〈水)のベンガル正月では、午後、45℃以上の気温でしたが、腰袋に水をぶら提げて、この現場の周りに生える樹を、撮影して来ました。熱風の中、出た汗もすぐ蒸発し、顔に塩がこびりつくという感じで、その塩を舐めながら、15キロほど歩きました。

ジャパニの拉致? 樹を撮影しながら、インド道をテコテコ歩いてますと、通りすがりの車が、きききっという感じで、私の横で急ストップし、中から、インド人が、Hey !、ジャパニ、Where are you going ?、乗っていかねえか!と、親切に声を掛けて呉れる車が、何台も続きました(インド人は、日本人を、ジャパニと呼びます)。日頃無愛想なはずのインド人に気を使って貰うと、心の中で、思わず、にっ!としてしまいます。
でも、この熱射を嫌がり、運転手も乗ってる人も、皆、覆面なんですね。そのまま、拉致者に変身しても、おかしくないような格好なんで、こちらも、思わず、腰を引きながら、今、エクササイズ中ですからとか、撮影してますからと言って、丁重にお断りしました。
しかし、本当に拉致されて、拉致側からの、うちの会社への要求が、「現場を日曜ぐらい休みにしてくれ」だったり、「勤務開始時間を朝の6時から、7時に変更して呉れ」だったりしたら、なんかカッコ悪いですよね。うちの会社なら、「自己責任、自己責任。そんな奴、すぐ焼いて下さい!」なんて、言い出しそうな雰囲気も。(^^;

自転車の人(覆面の男性)

自転車の人(覆面の男性)

拡大写真(1200X800)229KB CANON EOS Kiss Digital

最新鋭のデジカメ 第3集からカメラを変えました。これまで使って来たソニーのマビカは、8年前の機種で、50KBの画像が限度でしたが、このEOS Kiss Digitalでは、一枚が、4000KBで撮れます。Kissの売りの630万画素は、画像の深さが違います。
ただ、このプルリアは、今、暑季真っ盛りで、直射日光の下ですと、50℃近く(熱が篭ると超えているかも)になります。Kissの仕様書では、動作環境で、使用可能温度が、0〜40℃となっていますので、Kissも、この気温には、さすがに驚いていると思います。
振り返ってみれば、広島支店のある第2有楽ビルで、キャノンさんから電卓を買って経理マンとして会社員をスタートし、新婚旅行でオートボーイ、12年以上前にバリ島で少しかじった一眼レフは、EOS 630、今回のインドのデジ一眼も、EOS Kissで、人生の各所各所で、結構、キャノンさんのお世話になっているもんだと思いました。
うちらの大成も、お客様の人生の節目、節目で、こうありたい。結婚式では、パルコン一棟、銀婚式では滑走路一本、金婚式ではダム一つ、やっぱり、大成ブランドは頑丈だわ、品質が違うわ、大成で良かった!と、お客様から言われてみたいもんです。

和田ワールド 私は写真はずぶの素人で、現場仕事をこなしながらのインド撮影なんですが、これを面白がって下さったうちの会社の方のご紹介で、これまた、不思議なご縁で、うちの会社の和田義男理事が全くのご好意で、ご自分のHPに私の駄文と駄写を掲載して下さっています。
写真が繋げた不思議なご縁と言うことで、皆さんもお時間ありましたら、素晴らしい Wa☆Daフォトギャラリー の作品群をぜひご覧になっていただけたらと思います。ここまで実際やれるのかと、皆さん、和田義男ワールドに、きっと驚愕されることと思います。
(師匠)   http://wadaphoto.com/ 
(序の口)   http://wadaphoto4.web.infoseek.co.jp/india.htm

サリーの女性

サリーの女性

拡大写真(1024X480)118KB

インド

菩提樹ぼだいじゅ

さて、インドの樹、第2回目は、インドボダイジュです。お気づきのように、写真の大きな木が、この木です。インドの菩提樹には、2種類、インドボダイジュとベンガルボダイジュがあるようですが、まず、お釈迦様が、数々の苦行を経た後、ブッダガヤのこの樹の下で、悟りを開いたと言わているインドボダイジュから、ご紹介したいと思います。
和名:インドボダイジュ〈クワ科〉
学名:Ficus religiosa
英名:Bo Tree, Peepul , Sacred fig
ベンガル名:Jori Gach(ジョリ ガチ)
※30mを超す半落葉性高木。葉身はハート型で、先が尻尾のように細長い(「インドの樹、ベンガルの大地」の作者:西岡直樹さんの注釈から)
葉っぱに特徴がありますので、この樹はすぐわかります。私が、インドで、最初に覚えたインドの樹です。葉っぱが、お釈迦様が両手を合わせた合掌の形なんですね。で、葉っぱのトン先が、細く、す〜っと、可愛らしく、伸びてます。
ここプルリアは、今では西ベンガル州に属していますが、昔は、ビハール州だったそうで、インド最貧州と言われるビハールと、ここプルリアは、景色も非常に似通っているところがあります。

ガンジー?

ガンジー?

拡大写真(1200X800)294KB

ブッダガヤ お隣のビハール州ブッダガヤ(うちの現場から北西に200km)には、お釈迦様が、その樹の下で、悟りを開いたという菩提樹が、その悟りの場所(成道の場所)に、今でも生えており、私も昨年5月に、聖地訪問して参りました。ありがたや、ありがたや。もちろん、お釈迦様の時代からは、もう2500年を経て、この菩提樹も、もう何代目かになっているそうですが、悟りを開かれた時に座られていたという金剛法座は、当時のままであり、鈍感な私でも、こうした聖地では、その流れる空気から、びびびっと、伝わって来るものがありました。でも、凡人の私は、感じるだけで、以後、なんら、進歩してないのですが・・。

ブッダの生涯 私が、インドで好んで読む本に、「ブッダの生涯(小林正典 三友量順 とんぼの本 新潮社)があります。皆さんも、イメージが沸いて来ると思いますので、以下、悟りの部分などを、一部、引用させて頂きます。
釈尊は、釈迦族の尊者の意であるが、姓をゴータマ、名をシッダッタといった。菩提樹のもとでの釈尊が悟りを開いたのは、35歳の時であった。釈尊は、さとりを開いてブッダ(仏陀)となった。ブッダは、「さとり」を意味するボーディーと語源は同じで、「目覚めた人」「覚者」の意味である。迷いや煩悩の束縛から解放されたという意味では、和語の「ほとけ(仏)」は、「ほど(解)ける」という言葉とも通じる。釈尊は、心を統一し、様々な過去の生涯のありさまを思い出したという。無明から老死にいたる12の縁起を悟ったともいう。
釈尊は、精神統一(瞑想)によって、心が生存の穢(けが)れから解脱したという。生存の穢れは、生に対する執着であり、同時にそれは死に対する恐れを生ずる。為すべきことを為し終え、やるだけのことをやったという確信は、生に対する執着、死に対する恐れを超越するものであろう。現実を正しく精一杯生きるという方向の中で、現在を無にすることなく、来世をも希求することのない、真の人間としての生き方が示される。
う〜ん、やはり、私は、仏教徒。イスラム教の国でも仕事をして来たし、今は、ヒンドゥー教の国だけど、やっぱり、仏教が身体に合うわ。

インドのバス

インドのバス

拡大写真(1200X800)253KB

タタ製鉄所の菩提樹 これは、93キロはなれた ジャルカンド州のジャムシェドプールという町のタタ製鉄所の正門前のインドボダイジュです。仏教徒の聖木というだけでなく、ヒンドゥー教徒の聖木(多くの神が宿っていると信じられてい る神木)でもありますので、こうして、記念モニュメント木としても使われます。タタ製鉄は、八幡製鉄より古いので、当時から、この位置にあったインドボダイジュと思われます。
ジャムシェドプールは、人口70万人ぐらいの街で、タタグループの拠点です。このタタ製鉄には、新日鉄さん関係の日本人のご出張者も多いです。八幡製鉄所建設のモデルになった製鉄所で、インド人もよく自慢してくれます。イギリス統治下の当時のインドの産業度の高さを示すものです。
イギリス統治時代、例えば、東京銀行(今の東京三菱)は、ロンドン、ニューヨーク、カルカッタの順で海外支店を展開しています。カルカッタが3番目だなんて、今では信じられませんよね。

タタ製鉄所の菩提樹

インドボダイジュは、我々の現場のあるバグムンディ村の至るところで、見ることが出来ます。ベンガルの大地にしっかり根を張り、大地を流れる風にも負けず、これでもかこれでもかと枝を空に突き出している様は、強さと優しさを併せ持つ、人の心を安らげてくれる不思議な樹です。
その樹の下で、昼に夜に、私も含めて、日本の大成社員たちが、ダム建設で、瞑想ならぬ、迷走しまくっているわけです。こんな風景の中で、煩悩の大成マンたちが、現場を張っているんだということで、見てやって頂けたらと、思います。
最後の一枚は、この幼葉が、成長して、何十年か後には、立派な菩提樹の梢(こずえ)のひとつになるんだということで、おまけです。

菩提樹の枝

菩提樹の若葉

菩提樹の枝 菩提樹の若葉

拡大写真(800x533)155KB

拡大写真(800x533)80KB

日本の菩提樹

菩提樹

菩提樹

資料

 日本では、菩提樹といっても、釈尊が悟りを開いた樹ではない。広辞苑には次の解説がある。
  シナノキ科の落葉高木。中国原産。高さ3〜6m。葉は心臓形。夏、葉腋に細長い葉状の苞を出し、その中央から出る花梗に花を開く。花は黄褐色の五弁花で芳香があり、球形の実を結ぶ。リンデンバウム(洋種菩提樹)は同属の別種。「菩提樹の実」は秋の季語。

 12世紀の僧・栄西(ようさい)が中国天台山から聖木とされた種子を持ち帰り、寺院に植えたといわれる。この中国産のシナノキ科の方が先に日本に入ってきてボダイジュとされたために、釈尊が悟りを開いた方の、本来そう呼ばれるべき木はインドボダイジュと名付けられた。
 シューベルトの「♪泉に添いて茂る菩提樹・・・」で有名な菩提樹はリンデンバウム(洋種菩提樹)である。(和田)

菩提樹の珠数

  仏跡巡礼の地ブッダガヤでは菩提樹の珠数が売られている。日本でも金剛菩提樹という名の珠数がこれに当たる。しかし、 釈尊が悟りを開いたインドボダイジュはクワ科イチジク属なので、袋状の花托の中に小さな花が咲き、その実も小粒で、珠数にはできない。
 この種子は、ホルトノキ科のジュズボダイジュ(インドジュズノキ)の種子である。インド名をルドラークシャとい い、サンスクリット語で「ルドラ神(シバ神)の目」という意味で、ヒンズー教(特にシバ派)では好んでこの種子で珠数をつくるという。
 このほかに、珠数としてポピュラーな星月菩提樹(セイゲツボダイジュ)や、天竺菩提樹(テンジクボダイジュ)などがあるが、調べてみたが何の実なのか分からなかった。

金剛菩提樹の種子

金剛菩提樹の種子

資料

 internetで調べた商品の説明は、次のようなものである。
星月菩提樹 
釈尊がこの樹下に座して悟りを開いたと伝えられる、神聖視される木の実です。(真っ赤なウソ)
天竺菩提樹 お釈迦様が菩提樹の木の下で悟りを開かれた事から、その功徳にあやかって古来から各種の菩提樹の木の実が数珠に使われてきました。その中でも代表的で風格があるとされているのが天竺菩提樹です。
 蓮華菩提樹という珠数に至っては、菩提樹とは無関係の蓮(はす)の種で作ったものだという。これらの商品は、消費者の無知を利用した悪質な不当表示に当たるのではないかと思われる。(和田)
2004年4月11日(日)  新シリーズ・インドの樹
4ヶ月毎の帰国休暇 10日間の休暇もあっという間に終わり、また、インドに舞い戻りました。インド第8ラウンドの開始です。若い頃、格闘技をかじっていましたので、ついラウンド数で、海外勤務を数える癖がついています。インドにKOされずに、ドローに持ち込むのが、ささやかな、今のあたしの目標です。得意技の、ちゃぶ台返し&総なぎ倒しが、今ラウンドでは出ませんように・・・うふっ、でも、好きなんです、この技(インドでは、反則負けになっちまいます)。
4ヶ月毎の海外勤務で10日の休みが来る今の会社のシステムは、昔の半年で15日間に比べたら、家族との溝を埋めたり、日本で片付けなければならないことに対処出来たりしますので、制度的には、より優れたものと思います。しかし、3ヶ月に1週間の休暇制度も、業務に支障が出ないという条件で、どうかと最近思います。やはり、家族に過度の負担を強いる今の出稼ぎのような海外単身赴任は、家庭に掛ける迷惑が大き過ぎると思います。仕事を変えることは、割と簡単だと思いますが、家族を変えることは、相当大変だと思います。またイチから、おなごを探して、また子供を育てて、というのは、この歳と、この腹では、もうかなり面倒だからです(考えて見れば、わし、何も子育てしてこなかったような気も・・・)。
初めての金免獲得 私は、今月、運転免許証が切れますので、3月31日に、府中試験場で、金免を頂いて来ました。3月31日は、鹿児島で県警本部の新築工事を担当していた時に、自動二輪の限定解除に合格した日ですし(受験13回目!)、私にとって、とてもゲンの良い日なんです。前回の更新では、金免目前で、福岡の裏道の一時停止違反で、ふいにしていましたので、今回の初めての5年間の金免は、ことさら嬉しかったです(海外勤務中なんで、日本で運転してないだけなんですが)。
献血拒否 金免獲得の勢いで、献血を思い立ち、試験場前に居た献血バスで、申し込み表にインド勤務中と書いて、問診を受けましたら、インドと書いた箇所で、お医者さんの顔色が曇り、なにやら、分厚い冊子を取り出して捲り始め、あっ、インドは、マラリアの汚染地域ですね、うっ、マラリア地図の中でもインドは真っ赤っかじゃないですか、えっ、今も勤務中、まだ熱出したことないので、今回、献血したい?じゃあ、貴方は、どう菌が身体に居ないこと証明できるんですか?インドから帰国後も、3年間は献血はダメですよと、ケンもほろろに断られてしまいました。献血は、私の数少ない趣味の一つだったのですが、いとも簡単に否定されてしまいました。血の気が多い時や、自分の圧を下げる時に、献血が一番効果的だったんですが、今後、どうしましょ・・・

暑気入り ここ西ベンガル州は、もう完全に暑季入りしていて、プルリアのサイトに到着した昨晩8時で、外気は、まだ37℃もありました。今日は、休暇中の溜まり仕事を片付け始めましたが、午後3時には、日陰で43℃になっていました。天井の扇風機、がんがん回しています。新緑の芽吹きの時期なので、木々の青臭い匂いが、ドライヤーのような熱風に乗せられ、漂って来ます。湿度は推定30%(日本の温度計では測れない)、もうからからに乾いてますが、ネクタイも背広も無縁の生活なんで、暑さは実はそんなに気になりません。
インドの樹 さて、シリーズ第3集は、インドの樹で、おつきあい頂きたいと思います。バックパッカーたちの間で、インド旅行必携の名著と言われている西岡直樹さんの『インドの樹、ベンガルの大地』(講談社文庫)を、参考にさせて頂きながら、10回に亘り、インドの樹を、皆さんにご紹介させて頂きたいと思います。撮影は、いずれも、この現場がある西ベンガル州プルリア地区バグムンディ村の辺りです。

沙羅双樹の純林

沙羅双樹の純林

拡大写真(1200X470)99KB CANON EOS Kiss Digital

沙羅双樹さらそうじゅ

まず、初回は、沙羅双樹。 サラソウジュと読みます。和名:サラソウジュ、サラノキ〈フタバガキ科〉 学名:Shorea Robusta 英名:Sal Tree ベンガル名:Shal Gach(サルガチ)
※高さ30mを超す落葉高木。しばしば純林をなす(西岡直樹さんの注釈から)
平家物語にも、出てきますので、名前をご存知の、日本の方も多いと思いますが、ここベンガルでは、ごくごく普通に、この沙羅の林を見ることが出来ます。

沙羅双樹の道

沙羅双樹の道

拡大写真(1200X900)242KB

沙羅双樹の花

沙羅双樹の花

資料

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす
驕れる者 久しからず ただ春の夜の夢の如し
猛き人もついに滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ
沙羅の花の色は、黄色がかった白で、春に小さな花を枝の先につけます。プルリアでは、3月頃に開花が見られます。
お釈迦様も、クシナーラ〈現ビハール州)で、弟子に見守られて、入滅の為、横になられた際、その周りの四方に対(双・二股)になって生えていた沙羅の木が、ときならず、満開の花を咲かせたそうで、それで、この対のサルの木が、沙羅双樹と呼ばれるようになったのだそうです。
お釈迦様の入滅の最後のお言葉は、「もろもろの事象は、過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい」だったそうです。
このサルの林を歩く時の、葉がさらさらとこすれる、極楽の川音を連想させてくれる、なんとも言えず良い音を、添付の画像からご想像下さい。インド勤務の、至福の贅沢です。

沙羅双樹の林

沙羅双樹の葉

沙羅双樹の林 沙羅双樹の葉

拡大写真(800x683)191KB

拡大写真(1024x683)132KB

夏椿と沙羅双樹

夏 椿

夏 椿

資料

 日本では夏椿(なつつばき)のことを娑羅樹(沙羅双樹)と呼んでいるが、誤解による呼び名である。
 昔ある僧侶が夏椿の木を見てインドの沙羅双樹と思い込み、それを広めたために間違った呼び名が生まれたといわれている。
 広辞苑は夏椿の別称を沙羅樹(しゃらのき)と説明している。今でも京都のあるお寺では、二股の夏椿を沙羅双樹と表示している。
 このため、夏椿を見て、祇園精舎の鐘の声・・・と説明しているホームページが散見される。
 平家物語の作者も、純白の夏椿の花が突然首からポタッと落ちてゆくはかなさを見て、世の無情を悟ったのだろうか。(和田)

夏椿 ツバキ科の落葉高木。山地に自生。高さ約10m。幹の肌は滑らかな黄褐色で、サルスベリに似る。葉は楕円形で、裏面に絹毛を生ずる。6月頃、葉腋(ようえき 葉のつけ根)に大きな白花を1個ずつ開くが、開花後間もなく散る。庭木とされる。娑羅樹(しゃらのき)。 (広辞苑)

生え際から分かれた沙羅双樹

双 樹

生え際から分かれた沙羅双樹 双 樹

拡大写真(768x512)184KB

拡大写真(768x512)171KB

双樹のいわれ

 
 沙羅双樹の「双樹」のいわれは諸説ある。西岡さんは本の中で、釈迦が二本の沙羅の間に横たわったから双樹といわれるとしているが、本稿の丹下説は四方に対(双・二股)になって生えていたからだとしている。京都のあるお寺では、この木は二股になって成長する特性があるため、沙羅双樹といわれるようになったと説明する。
 インド通信の写真を見ると、二股に生えている木が多く見られ、まさに二本の木が生えているように見えるので、丹下説ないしはお寺説に説得力があるように思われる。(和田)

▲△  読者からのお便り  △▲

 

2004年4月21日(水)  H. T.  様より  生長の家宇治別格本山

Re:沙羅双樹の説明について
 合掌 ありがとうございます。生長の家宇治別格本山でホームページの担当をしております H. T. と申します。この度は、「沙羅双樹」に関して正しい解説のメールをいただき、ありがとうございました。心より感謝御礼申し上げます。

 さて、和田様のメールと共に、和田様のホームページの「インド通信」の中から、「沙羅双樹」の正しい解説を掲載させていただけないか、というお願いです。誤解は広く深くあるように想われますし、誤解とわかっていてそのまま載せるということもあるのかも知れません。その意味でも、当方の「沙羅双樹」のあとに和田様の正しい解説を続けて掲載したいとの意向があります。御許可をいただければ幸いです。 また、和田様のメールを当ホームページの「E-VOICE」というコーナーにも、是非掲載させていただきたく、お願い申し上げます。どうぞよろしくお願いいたします。和田様の益々の御活躍を祈念いたします。再拝

----- Original Message -----
From: "Yoshio Wada"
Sent: Monday, April 19, 2004
Subject: 沙羅双樹の説明について

はじめまして。Wa☆Daフォトギャラリーを主催する和田ともうします。突然で恐縮ですが、老婆心ながら、貴社の沙羅双樹の説明は、一部に誤解があると考えられます。お寺に少ないのは、夏椿は本当の沙羅双樹ではなく、お釈迦様とは全く関係のない木だからです。 http://www.uji-sni.jp/hanasanpo/hana282.htm

当方の稚拙なページをご覧下さい。
インド通信 http://wadaphoto4.web.infoseek.co.jp/india3.htm 失礼しました。

Wa☆Daフォトギャラリー http://wadaphoto.com/  和田義男
 
 

お便り有り難うございました。私の不躾なメールを正面から受け止めて頂いたT 様はじめ皆様の真摯なご対応に心を打たれました。私のホームページの「沙羅双樹」の解説を掲載されたいとのこと、了解しました。また、「E-VOICE」に私のメールを掲載されることについても了解しました。

internetのお陰で、インド在住の丹下誠司さんから本当の沙羅双樹の写真をお送り頂いたことが、日本における仏教界の正しい認識の一助になるとすれば、本当に光栄なことだと思います。また、菩提樹の珠数につきましても誤解や不当表示などの問題があるように思われますので、プロの宗教家の皆様の正しいお導きを期待しております。〈合掌〉

合掌 ありがとうございます。 生長の家宇治別格本山ホームページ担当のH. T.です。 この度は、宇治別格本山ホームページに快く御協力をいただき、心より感謝いたします。ありがとうございました。 早速、「E-VOICE」に和田様のおたよりを掲載させていただきました。また、「UJI花散歩  弐百八拾弐」の「沙羅双樹」に関して、和田様のホームページより掲載させていただきました。双方ともトップページの新着情報にも掲げてあります。 取り急ぎ、お知らせいたします。どうぞこれからも末永くおつき合い下さいますようお願いいたします。 和田様の益々の御活躍と御健勝を祈念いたします。ありがとうございました。再拝

「成長の家宇治別格本山」  http://www.uji-sni.jp/
「UJI花散歩  弐百八拾弐」 http://www.uji-sni.jp/hanasanpo/hana282.htm
 
Wa☆Daフォトギャラリー

今 日

 和田フォトギャラリー

昨 日

 Copyright (C) 2000-2006 Yoshio Wada. All Rights Reserved. 

ホームページお知らせお便りコーナー徒然日記俳句・海の風景ホームページ奮闘記作者のプロフィールリンク