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★★★  ようこそ 英訳写真俳句の世界へ! ★★★

Wa☆Daフォトギャラリー  和田北舟の俳句  写真俳句「海の風景」

2014年6月13日改訂

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昨 日

十五夜の月〜巡礼〜千年女王〜鬼太鼓

旅と写真は元気の泉

感動の裸祭CD完成!


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六角水槽の水行

白褌の冬至水行気合かな  北舟

2001年7月16日制作

Fired up for winter solstice
ablution wearing white fundoshi loincloth.

冬至水行祭名場面集/真成寺(富山県魚津市)

冬至水行祭名場面集/真成寺(富山県魚津市)

俳句「海の風景」第37集


 





















 
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2014年5月26日(月)晴

 平成24年(2014)早春の3月、ワールド航空サービス主催のグループ・ツアー「パタゴニアの大自然とウユニ塩湖の旅16日間」に夫婦で参加した。
 パタゴニアは、年間を通して低温で風が強い。この風の強さがパタゴニアの代名詞ともいわれている。最大風速が60m/sを超えることも珍しいことではない(人間は40m/sを超えると飛ばされることもある)。イギリスの探検家、エリック・シプトンはこの地を嵐の大地と呼んだ。
▼ アルゼンチンのパタゴニアで最も重要な観光地の一つであるペリト・モレノ氷河は、アルゼンチンのサンタクルス州南西部にあるロス・グラシアレス国立公園内にあ り、カラファテの西方約80kmに位置する。

晩秋の崩るる氷河パタゴニア

Patagonia,
the collapsing glacier late in autumn.

ばんしゅうの くずるるひょうが ぱたごにあ

▼ チリの首都サンティアゴから約3000km南に位置するトーレス・デル・イネ国立公園は、チリのマガジャネス・イ・デ・ラ・アンタルティカ・チレーナ州にある国立公園。荒涼としたパタゴニア独特の風景を目的に多くの観光客を集める。1959年、2,400km2にわたって山・氷河・森林・湖などが広がる豊かな自然が評価されて国立公園となった。
 イネ国立公園の最高峰は、標高3,050mのパイネ・グランデ。この公園は高低差が大きく、草原からツンドラ地帯、山岳といった様々な気象条件下に豊富な高山植物が茂る。

雲切れて根雪現わる岩の山の山

A break in the clouds, lingering snow
emerged on the rocky mountains.

くもきれて ねゆきあらわる いわのやま

▼ ウユニ塩湖は、ボリビア中央西部のアルティプラーノにある塩の大地。標高約3,700mにある南北約100km、東西約250km、面積約10,582km2の広大な塩の固まり。塩湖の中央付近で回りを見渡すと水平線まで真っ白の平地であり、寒冷な気候もあって、雪原のまっただ中にいるような錯覚をおこす。学術的には、ウユニ塩原(えんげん)が正確だが、一般的にはウユニ塩湖として知られる。

高原のウユニ塩湖や空高し高し

Salt Lake Uyuni
the highlands, sky is so deep.

こうげんの うゆにえんこや そらたかし

▼ 7000万年ほど前にアンデス山脈が隆起した際に大量の海水がそのまま山の上に残された。このあたりは乾燥した気候であったことと、ウユニ塩湖が流出する川を持たなかったことより、近隣の土壌に残された海水由来の塩分もウユニ塩湖に集まって干上がり、世界でも類を見ない広大な塩原が形成された。
 乾期(7月頃〜10月頃)には、塩湖ははほぼ乾いており、その上を自動車で簡単に走行できるが、雨期には若干の水が溜まり、場所によっては自動車による走行ができないところも現れる。乾期でも塩を数cmから数十cm掘ると水がしみ出てくる。塩湖の周辺は細かな土の荒れた土地になっているので、塩湖の旅行は一般の自家用車では不可能という。

寒月の西に残りて日の出かなかな

Sun rising,
freezing moon remaining on the west.

かんげつの にしにのこりて ひのでかな

  ウユニ塩湖の周囲に住む人たちは、塩を国内外に販売している。一般の食用の塩は、湖の表面の塩を削り取り、1m程度の高さの小山を作って乾燥させて作る。この塩は近年日本でも購入できるようになった。
▼ この塩原は高低差が50cmしかないことが調査により判明しており、「世界でもっとも平らな場所」でもある。そのため、雨季に雨により冠水すると、その水が波も立たないほど薄く広がるため、水が蒸発するまでのわずかな期間に、「天空の鏡」と形容される巨大な鏡が出現する。

冬の空鏡となりし塩湖かな

Winter sky, the salt lake became a mirror.

ふゆのそら かがみとなりし えんこかな

 ツアー12日目の3月17日(月)星空ウォッチングを兼ね、早めにホテルを発ち、満月と星空を見ながら日の出まで待って日出の景観を楽しんだ。

冬の空ウユニ塩湖の燃ゆるごと 

Winter sky,
Salt Lake Uyuni looks like burning.

ふゆのそら うゆにえんこの もゆるごと

▼ ツアー14日目の3月19日(水)は、朝ラパスのホテルでノンビリ過ごした後風雨や川の浸食によって形成された奇観として知られる月の谷に行き、ツアー最後の観光を楽しんだ。
 ラパスのすぐ南側には月の谷と呼ばれる観光地がある。風などで土壌が浸食され、赤茶けた尖った断崖になっている。2000年頃まではゴミ捨て場に隣接したただの荒れ地であったが、近年遊歩道などが整備され、観光化された。

寒月を見たし今宵は月の谷 

Moon valley, expecting
to see the cold moon this evening.

かんげつを みたしこよいは つきのたに

 月の谷の観光を終え、ラパス市内の日本食レストランで昼食後、ラパス空港からラン航空2567便にてペルーの首都リマへ。ペルー入国後、空港ホテルで夕食を取り、深夜、ラン航空2530便にてニューヨークへ。
 15日目3月20日(木)午前、ニューヨークに到着。 米国入国審査と税関通過後、デルタ航空473便にて成田に向かう。最終日3月21日(金)成田に到着。長距離ツアー、お疲れ様でした。

「パタゴニアとウユニ塩湖の旅」 
 
2014.03.06-21  撮影・原作:南光 優  監修:和田義男

姿を現した主峰パイネ・グランデ(3,050m)/パイネ国立公園(チリ) 旅程図

遊歩道からペリト・モレノ氷河を観賞する人々々

遊歩道からペリト・モレノ氷河を観賞する人々 14:13

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姿を現した主峰パイネ・グランデ(3,050m)

姿を現した主峰パイネ・グランデ(3,050m) 19:33

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トゥヌパ山麓から見たウユニ塩湖

トゥヌパ山麓から見たウユニ塩湖 14:36

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有明の月 07:38

有明の月 07:38

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天空の写し鏡 18:36 

天空の写し鏡 18:36 

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ウユニ塩湖炎上 18:44 

ウユニ塩湖炎上 18:44 

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月面を連想させる?といわれる月の谷 12:28

月面を連想させる?といわれる月の谷 12:28

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2014年3月6日(木)雨

 平成26年(2014)1月13日(月)〜15日(水)の3日間、北海道上磯郡(かみいそぐん)木古内町(きこないちょう)に鎮座する佐女川神社(さめがわじんじゃ)(野村広章宮司 57歳)で「第184回寒中みそぎ祭り」が行われ、佐女川神社の全面的な支援を受けて密着取材することができた。
  天保2年(1831)から続く木古内町の「寒中みそぎ祭り」は、正に命をかけて行う神事で、毎年若者4人の行修者(ぎょうしゅうしゃ)たちが1月13日から3日間佐女川神社本殿にこもり、極寒の中、昼夜の別なく数時間おきに水垢離(みずごり)を取り、1月15日「みそぎ浜」にてご神体を清め、1年の豊漁豊作を祈願する過酷な裸祭である。

雪上のみそぎ行列清め塩

Cleansing salt,
a procession for ablutions on the snow.

せつじょうの みそぎぎょうれつ きよめしお

【編集後記】 私は、このシリーズ第二作の「寒中みそぎ祭'11」の編集後記で「上平さんによると、祭りの良さは3年通わなければ分らない」と書いたが、全くその通りで、取材三度目の今年はこれまで見落としていたシーンが補充され、完成度の高い作品を発表することができた。

「寒中みそぎ祭'14」 
 
2014.1.13-15  撮影・原作:上平 明  監修:和田義男

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稲荷の水垢離 御神体を清める 2/4
みそぎ浜に向かう行修者行列 〜清めの塩を撒く〜

みそぎ浜に向かう行修者行列 【7】 〜清めの塩を撒く〜 10:56

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2014年2月27日(木)曇

 平成19年(2007)の初夏、フランスの旅「ドルドーニュ河畔の美しき村々とコンク、カルカッソンヌの城壁11日間」に参加した。この旅には「ロカマドール、サンシール・ラ・ポピー、コンク・・・フランスで最も美しい村々を巡る旅」という副題がついており、フランスの田舎町の人知れぬ美しさを求めて、夫婦揃って巡る旅はとても素晴らしかった。
▼ 赤ワインの名産地カオールは、フランス南部、ミディ=ピレネー地域圏に位置する人口2万3千人の都市で、ロット県の県庁所在地である。市内にはロット川が流れており、市内のサンテティエンヌ大聖堂と、ロット川にかかるヴァラントレ橋は、世界遺産「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の一部として登録されている。

カオールのフォークダンスや夏帽子

Summer hats, folks dancing at Cahors.

かおーるの ふぉーくだんすや なつぼうし

▼ ロカマドールは、南西フランスのミディ・ピレネー地方の北端、蛇行しながら25km下流でドルドーニュ川と合流するアルズー川渓谷に面する住民600人余の小さな村である。
 ロカマドールは、遠くスペインの聖ヤコブの墓を詣でる「聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼」で、4か所あるフランスからの巡礼コースの一つに組み入れられたため、10世紀以降、キリスト教を信仰する人々から注目されてきた。 聖アマドールが隠遁生活をしたといわれている地にちなんでアマドールの岩(ロック アマドール)がロカマドールの地名となったという。

断崖のロカマドールや夏木立

Summer trees,
Rocamadour the village of rock wall.

だんがいの ろかまどーるや なつこだち

ドンムは、ドルドーニュ川に沿った標高250mの崖の上にあるバスティード(要塞機能を持つ町)である。
 ドンムは、ドルドーニュ川の谷を見下ろす岩がちな露頭の上にある。アルビジョア十字軍の際の1281年にフィリップIII世によって建設された。百年戦争中、ドンムはイングランド軍の支配下に入った。最初に制圧されたのは1347年。幾度か仏英両軍から奪い合われた末、1437年にフランスに返還された。

百年の戦争ありき初夏の川

A river of early summer,
once was Hundred Years' War.

ひゃくねんの せんそうありき しょかのかわ

▼ フランスには、「パリ」「ヴェズレー」「ル・ビュイ・アン・ヴレイ」「アルル」からスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ に向かう東西の巡礼路が4本あり、コンクは、ル・ビュイ・アン・ヴレイから発する「ル・ビュイの道」にある。
 コンクは、ドゥルドゥ川とウシュ川の合流地点にある。この地形がホタテ貝に似ていたため、コンク(ラテン語ではconcha、オック語ではconcas)という名称を与えられたといゝ、村にはホタテ貝の意匠が目立つ。

見上ぐればコンクの村の夏木立

The village of Conques,
looking up the summer trees.

みあぐれば こんくのむらの なつこだち

▼ ヨーロッパ最大規模の城塞がそっくり残るフランス有数の観光地カルカッソンヌは、フランス南西部ラングドック地方のオード県の県都で、人口4万4千人を擁する(1999)。オード川とミディ運河に面し、トゥールーズの南東90kmに位置する。
 地中海と大西洋を結ぶ交通上の要衝でその地理的位置の重要性は古代から認められ前1世紀以来ローマ帝国の属州ナルボネンシスの要塞都市が建設されていた。5世紀には西ゴート族8世紀初頭には一時イスラム勢力の占拠するところとなったがのちフランク族の支配下に入った。

緑陰やカルカソンヌの城今に

The shade of trees,
the fort Carcassonne standing now.

りょくいんや かるかそんぬの しろいまに

▲ その後400年トゥールーズ伯支配下の伯爵領、子爵領として栄えた。13世紀異端者懲罰を目的としたアルビジョア十字軍(1208‐14)によってフランス王家とトゥールーズ伯との争いの舞台となり、1247年フランス王家に属した。

「フランス初夏の旅」 
 
2014.02.27  撮影・原作:南光 優  監修:和田義男

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ドルドーニュ渓谷の川下り【2】 〜川を下る観光船〜 11:05 カルカッソンヌ【8】 〜城塞シテと下町ヴィル・バス〜 10:47

ヴァラントレ橋 〜民族踊り〜

ヴァラントレ橋 〜民族踊り〜

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ロカマドール 〜城・聖域・門前町からなる三層の村〜

ロカマドール 〜城・聖域・門前町からなる三層の村〜

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城塞の町ドンム 〜城塞から見下ろすドルドーニュ川〜

城塞の町ドンム 〜城塞から見下ろすドルドーニュ川〜

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コンク 〜コンク村を見上げる巡礼者たち〜

コンク 〜コンク村を見上げる巡礼者たち〜

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カルカッソンヌ 〜城塞シテと下町ヴィル・バス〜

カルカッソンヌ 〜城塞シテと下町ヴィル・バス〜

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2014年2月17日(月)晴

 平成17年(2005)9月19日(月)の祭日、横浜市戸塚区舞岡公園でカワセミを撮影して以来8年目となる平成25年(2013)も野鳥を求める旅を続けました。これで6作目となり、常連の他に新しい 固体も続々と加わり、楽しみは尽きません。
 野鳥は動きが敏捷で、警戒心が強く、木々に隠れてなかなか姿を見せてくれません。今年も根気と忍耐の撮影行でした。
  本格的に鳥の撮影を始めて9年経過致しました。カメラもとうとう7代目になりました。初めのころは姿を撮影するだけで満足しておりましたが、段々と飛びものなど動きのある姿を追いかける方向へ興味が移っているのが実感です。

あきる野の春の息吹や大猿子

A breath of spring,
a rosefinch at Akiruno.

あきるのの はるのいぶきや おおましこ

  平成25年は、なぜだか珍鳥情報が多く、全てに対応できたわけではありませんが、初見・初撮りが三分の一を超えています。夏場は体調不良もあり、二ヵ月休養しましたから、私自身の鳥運というより、鳥自体の行動にも異変があるのかもしれません。
  基本的に写真撮影ですから綺麗な写真にしなければならず、勢い綺麗な鳥を追い掛けることになりますが、それだけ綺麗な鳥と遭遇出来たと云うことなのでしょう。
 近間に居る鳥は殆んど撮影済みになりましたから、新しい標的を求めて遠征することになりますが、その際は車の運転などの協力を頂く仲間がいるということが重要であるばかりでなく、とても大切なことで、日々感謝々々です。

白鷺のいとど軽やか夏の浜

The summer beach,
a white heron flies more lightly.

しらさぎの いとどかろやか なつのはま

 2014年も元気で撮影行が出来る様、体調管理と情報収集に心掛けたいと思います。見て頂けることも励みになります。皆さまのご健康を祈念致します。有難うございました。横山稔

★☆★彡

 本日、感動写真集同人・横山稔さんの第六作となる「野鳥を撮る旅'13」が完成した。2005年9月19日横浜市戸塚区舞岡公園のカワセミ以来、2013年12月31日皇居桜田濠のヨシガモまで、野鳥を撮る旅は既に8年3ヵ月となり、撮影したシーンが376項に達した。

青鷸の江戸前沙魚を捕へけり

The blue sandpiper,
caught a goby of Tokyo Bay.

あおしぎの えどまえはぜを とらえけり

 internetを検索しても、個人でこれだけ多くの野鳥を発表している人は見あたらず、「継続は力なり」の諺どおり、至宝ともいえる日本一の野鳥シリーズとなっていることは、誠に喜ばしい。横山さんはこれまでの画質に飽きたらず、デジカメも7代目となり、最新のレンズとボディを駆使してプロ並みのクオリティを追求しておられる。しかも、単に綺麗に撮れただけでは満足できず、魚を捕獲した瞬間など、動きのある極めて難しいシーンを切り取るべく、腕を磨いておられる。

晩秋の鳶は川面に飛び立てり

Late autumn,
a kite took off to the river surface.

ばんしゅうの とびはかわもに とびたてり

 横山さんのライフワークにふさわしいスケールと内容を持つこの感動大作は、これからも更にコンテンツを追加し、毎年一年間の成果を披露させて頂きたい。全国を旅して野鳥のロマンと感動を追い続けられる横山さんの情熱と忍耐強い活動に心から感謝申し上げる。 監修 和田義男

「日本の野鳥を撮る旅'13」 
 
2014.02.17  撮影・原作:横山 稔  監修:和田義男

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オオマシコ / 東京都あきる野市 2013.03.16 12:00

オオマシコ / 東京都あきる野市 2013.03.16 12:00

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チュウサギ / 葛西臨海公園 2013.08.03 13:38

チュウサギ / 葛西臨海公園 2013.08.03 13:38

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アオアシシギ / 葛西臨海公園 2013.09.01 12:46

アオアシシギ / 葛西臨海公園 2013.09.01 12:46

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トビ / 平塚市神川橋 2013.11.23 11:56

トビ / 平塚市神川橋 2013.11.23 11:56

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2014年2月7日(金)晴

 穏やかな晴天の水浴日となった平成26年(2014)1月12日(日)、東京都中央区湊1丁目に鎮座する鐵砲洲稲荷神社(中川文隆宮司)で、第59回寒中水浴大会が開かれ、筆者(和田義男)は、和田グループ第五期18名の代表として七度目の寒禊を行った。
 残念なことに、毎年天下一の道彦(みちひこ)として人気の高い東京都板橋区氷川神社の篠直嗣(しのなおつぐ)宮司が忙しくて来られなくなり、代役として川面流旭会(かわづらりゅう・あさひかい)の小杉與四郎(こすぎ・よしろう)さんが道彦を務めた。
 小杉さんは、筆者が平成20年(2008)1月13日(日)に還暦記念の赤褌水浴を行ったときの道彦で、当時は全国どこでも見られる水行だったので今回も同じだと思っていたところ、これまで見たことも聞いたこともない全く変則的な内容だった。

鐵砲洲十年の春や新ふどし

Teppozu the tenth beginning of spring,
all fundoshi loincloths brand-new.

てっぽうず ととせのはるや しんふどし

 水行が始まるまで40分もかかり、その間、櫓漕ぎ運動などで身体を温める動作はごく僅かで、わけの分からないおまじないのような所作が延々と続き、私を含め、みんな震えが来ていた。
 今年、80歳の傘寿水浴に挑む羽場さんも私の隣りで寒そうな様子で、そばにいた青柳前会長が心配して羽場さんに「大丈夫?」と声を掛ける一幕もあった。

初春や傘寿水浴鐵砲洲

The New Year, bathing
of eighty year-old man at Teppouzu.

はつはるや さんじゅすいよく てっぽうず

 私にとって七回目の水行は、今までで最もきつかったが、80歳の羽場左近さんが無事に傘寿水浴を完遂されたことは誠に喜ばしく、となりでサポート体勢をとっていた私も安堵した。
 後刻、羽場さんに感想をお聞きすると、「きついからと言って途中で退出するのは面子があって絶対にできない」とのこと。帰りの電車の中で羽場さんは、来年も小杉流なら命が危ないので参加しないといった。
 高齢者を多く抱える和田グループとしては、ゆゆしき問題だと思っていたところ、後日石川幹事長より来年は元のやり方に戻すとの連絡があったので安心した。

初春の湯舟で癒す鐵砲洲

The New Year,
healing in the bathtub at Teppouzu.

はつはるの ゆぶねでいやす てっぽうず

 昼食会での席上、見事傘寿(さんじゅ)水浴を果たされた羽場左近(はばさこん)さん(80歳)に記念の写真額を贈呈した。伊藤秀行さんの去年の名作を使ったもので、気に入っていただけたのでホットしている。喜寿水浴の記念額とともにご自宅の応接間に飾っておられるという。

「鐵砲洲寒中水浴'14」 
 
2014.01.12  撮影:星宏幸ほか 制作: 和田義男

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中川文隆宮司の挨拶 2014.01.12 10:48

中川文隆宮司の挨拶 2014.01.12 10:48

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〜傘寿水浴の羽場左近さん(80歳)と一緒に水行〜 11:566

寒中水浴【拾弐】 〜傘寿水浴の羽場左近さん(80歳)と一緒に水行〜 11:56

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裸天国・湊湯の極楽! 12:14

裸天国・湊湯の極楽! 12:14

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2014年1月22日(水)晴

 平成25年(2013)12月22日(日)富山県魚津市(うおづし)日蓮宗玉蓮山(ぎょくれんざん)真成寺(しんじょうじ)(谷川寛俊たにかわかんしゅん住職/戒名:日徳 65歳)で第六回冬至水行祭(とうじすいぎょうさい)が開催されたので一泊二日の日程で密着取材した
 人口約4.4万人を擁する魚津市は、富山市の北東約22kmに位置する日本海(富山湾)に面した都市。旧越中国(えっちゅうのくに)の一部で、かつては北陸街道の宿場町、富山湾の港町、魚津城などの城下町、寺社群の門前町、商業・産業都市として栄えた。現在は新川(にいかわ)地方中核都市圏である魚津都市圏の中心都市であり、富山県における7番目の人口規模を有する。 沿岸地域は、蜃気楼(しんきろう)、ホタルイカ、魚津埋没林(国の特別天然記念物)が有名。また、漁業が盛んで、北洋漁業の根拠地となっている。

注連縄の冬至水行真成寺

Shinjoji Temple, winter solstice
ablution of sacred straw ropes.

しめなわの とうじすいぎょう しんじょうじ

 魚津市真成寺町(しんじょうじまち)に位置する玉蓮山真成寺は、今から500年ほど前、魚津市の北東約4kmの大谷温泉(おおたにおんせん)(2013年に閉鎖)裏山の大谷の郷に誕生し1を聞いて10を悟る神童と讃えられた慈光院日等上人(じこういん・にっとうしょうにん)によって開山された日蓮宗の寺院で、現在の住職は、35代目に当たる。

修法師の気合い漲る冬至寺

The temple of winter solstice, full of
heated spirit by priests of asceticism.

しゅほっしの きあいみなぎる とうじでら

 今年で6回目となる冬至水行祭は、厳寒の冬至に昼と夜の二回に分かれ、一般参加者約80名の老若男女が女性は白衣、男性は褌一丁の裸形となり、本堂前の境内に置かれた二つの仮設水槽で、日蓮宗の作法に則り、水行肝文(すいぎょうかんもん)を唱えながら手桶で頭から冷水を被る水行を行う。
日蓮宗の水行は、荒行僧が千葉県市川市にある日蓮宗大荒行堂での過酷な100日の荒行を無事に終えた成満(じょうまん)記念に行うものだが、真成寺は、その水行を水行祭として初めて一般人に開放した。

兄弟の冬至水行泣き笑い

Winter solstice ablution
of young brothers smiling and weeping.

きょうだいの とうじすいぎょう なきわらい

 仮設テントの休憩室の壁に水行参加申込者(昼の部4組31名・夜の部4組52名)の名前が組別に表示されているので、自分の順番を確認することができる。
最年少参加者は6歳の男女、最長老は、高円富美子(こうえんふみこ)さん(77歳)で、連続6度目の参加だというから凄い。
冬至水行祭で私が激写した男性の最高齢者は、関口雅治(せきぐちまさはる)さん(60歳)である。さすがに還暦の水行は風格があった。

白褌の冬至水行八人衆

Eight men for winter solstice ablution
wearing white fundoshi loincloth.

びゃっこんの とうじすいぎょう はちにんしゅう

● 美しくも勇壮で素晴らしい冬至水行祭は、2013年を締めくくるにふさわしい裸祭だった。魚津市の真成寺が全国に魁(さきが)けて日蓮宗の水行を一般人に開放した意義は計り知れない。
  これは谷川寛俊住職と全国日蓮宗青年会実行委員長を務める谷川寛敬副住職の慧眼によるものである。裸祭の現場指揮者である副住職が「社会に役立つ活動を目指している」と熱っぽく語っていた姿が心に残る。
  子供たちに大人の褌があてがわれたお母さんから「前垂れが長すぎで地面に着いてしまう」と相談を受けたので、半分に折り返して先端をお腹の中に折り込んでやった。
これでは子供たちがかわいそうだと谷川副住職に伝えると、来年は子供用の褌を準備するとのこと。即断即決が彼の信念とみた。その行動力に敬意を表し、これからも気についた改善点をお伝えし、微力ながら応援したい。

白褌の冬至水行気合かな

Fired up for winter solstice ablution
wearing white fundoshi loincloth.

びゃっこんの とうじすいぎょう きあいかな

 この取材が実現したのは、同じ富山県の裸祭である 黒褌御輿 の取材で知り合った桐井康之さんの推挙のお陰であり、この場をお借りして御礼申し上げたい。毎年活動の輪がどんどん広がってゆくのは誠に嬉しく愉快なことであり、神仏に感謝する毎日である。
  谷川副住職によると、来年は僧侶の数も増え、県外からも冬至水行祭を注目している僧侶仲間が訪れる予定になっているという。水行祭がWa☆Daフォトギャラリーにアップされたことで、この作品を見た一般参加者も増えるに違いない。

水行や師走の夜の白ふどし

Water ablution at December night
wearing white fundoshi loincloth.

すいぎょうや しわすのよるの しろふどし

  真成寺はこれからが正念場であり、日本古来の伝統に則った素晴らしい水行祭として全国の有識者から賞賛されるような立派な裸祭に育て上げて頂きたい。

白褌の師走水行終えし夜

Water ablution of white fundoshi
loincloth ended December night.

びゃっこんの しわすすいぎょう おえしよる

  平成26年(2014)も黒褌御輿と共に取材し、まだよちよち歩きが始まったばかりの新しい裸祭がどのように発展してゆくのか、我が愛機で激写し、世界に発信してゆきたい。

 末筆ながら水行祭の取材でお世話になった皆々様の今後益々のご発展ご健勝を衷心より祈念申し上げます。今年もどうかよろしくお願いします。有り難うございました。〈 合掌 〉 2014.1.20 デジタル写真家  和田義男

「冬至水行祭」 
 
2014.12.22  撮影・制作: 和田義男

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水行すいぎょう の準備が整った真成寺 13:22

水行の準備が整った真成寺 13:22

拡大写真(2400X1700)836KB

修法師しゅほっし 木釼ぼっけん による祈祷〜 13:50

冬至祈祷会 【拾壱】 〜修法師の木釼による祈祷〜 13:50

パノラマ写真(2600X1150)500KB

昼の部第1組 〜兄と弟の明暗〜

昼の部第1組】 〜兄と弟の明暗〜

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昼の部第3組 〜美しい水行〜

昼の部第3組 〜美しい水行〜

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昼の部第4組 〜気合!〜

昼の部第4組 〜気合!〜

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夜の部 〜長水槽11名の一斉水行〜

夜の部 〜長水槽11名の一斉水行〜

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夜の部 〜記念写真〜 20:16

夜の部 〜記念写真〜 20:16

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2013年11月12日(火)晴

 平成25年(2013)の初秋、静岡県磐田市(いわたし)に鎮座する矢奈比賣天神社(やなひめてんじんしゃ)において、700年余の伝統を有する見付天神裸祭(みつけてんじんはだかまつり)が開催されたので取材した。
  磐田市の中心部に位置する見付宿場通り(みつけしゅくばどおり)(旧東海道)一帯は、江戸時代に東海道五拾三次の見付宿(みつけじゅく)として栄えた宿場町である。国指定重要無形民俗文化財の見付天神裸祭は、8日間にわたって行われる矢奈比賣(やなひめ)神社(見付天神)の秋の例大祭で、その最大の見所が毎年旧暦8月10日の直前の土日に催行される御大祭(ごたいさい)と、その3日前に行われる浜垢離(はまごり)で、今年は、浜垢離が9月11日(水)御大祭が9月14日(土)15日(日)に開催された。

小祓に息を吹きかけ禊ぐ秋

The autumnal purification, insufflating
an exorcising charm with breath.

こばらいに  いきをふきかけ みそぐあき

▼ 28の祭組は、見付天神から遠い地区から順に並んだ西区・西中区・東中区・東区の4つの梯団(ていだん)に所属し、それぞれ8・4・11・5の祭組で編成され、見付天神・拝殿でフィナーレの鬼踊りが行われる堂入りは、梯団毎の順番で行われる。浜垢離もその順に添っている 。
  見付天神の氏子たちの垢離取りは、粛々と行うのではなく、波をかぶりながら押し合い、腕を振り上げ、觸鈴鈴(ふれすず)を打ち鳴らし、「オイッショ、オイッショ!」「オッシ、オッシ!」の掛け声と共に地団駄(じだんだ)踏んで汐に練り込むという、さながら本祭の深夜に拝殿で行う鬼踊りを思わせる勇壮な垢離取りである。

觸鈴や褌衆の秋の垢離

Heralding bells, the autumnal purification
by the people of fundoshi loincloth.

ふれすずや ふんどししゅうの あきのこり

▼ 浜垢離から松原に引き揚げてくると、いっしょに戻ってきた西区の裸っぽたちが祭広場で裸練りを始めたので、早速激写した。本番の堂入りで行われる鬼踊りの練習のようにも見える。
 祭広場が賑わうにつれて、天気が良くなり、空が晴れて日が差し始めた。1時間早く晴れていれば、浜垢離ももっと気分が良かったのにと思われたが、写真的には曇天の方が美しく撮影出来る。

觸鈴を手に秋祭しろふどし

Autumnal festival, the heralding bells in
hands wearing white fundoshi loincloth.

ふれすずを てにあきまつり しろふどし

▼ 午後6時丁度に煙火一発がとどろき、御大祭が始まった。煙火を合図に、通規制が始まり、旧東海道の見付宿場通りの車道から車が閉め出されて歩行者天国となり、それぞれの祭組の町会所前から山車(だし)と呼ばれる万燈を先頭に子供連が出発した。

秋祭褌腰蓑子供連

An autumn ritual, children groups
of loincloths and straw aprons.

あきまつり ふんどしこしみの  こどもれん

▼ 渡り付けが終わると、いよいよ宵祭の見せ所である道中練りが始まった。御瀧車は、旧東海道の見付宿場通りに繰り出し、行進を始めた。かねての予定通り、福代邸二階の窓から裸っぽたちの勇姿を激写した。
  福代邸の二階からの激写が終わると、急いで街道に下り、道中練りを激写した。最初は西区の裸っぽたちに出会った。すさまじい熱気に圧倒されたが、何とか警固の間に割り込み、若者たちの勇壮なシーンを多数切り取った。
 西区の道中練りを激写した後、見付宿場通りを西に向かった東中区の後を追い、やっとのことで追いつき、カメラを片手に持って警固の間からめくら撮りした。

見附宿裸行き交ふ夜長かな

Post-town Mitsuke, naked guys come and
go in the lengthening nights of autumn.

みつけじゅく はだかゆきかう よながかな

▼ 天井のスプリンクラーから撒水(さんすい)が開始されると、拝殿の中は徐々に汗と熱気が広がり、やがて堂内を広く包んでむせ返るほどになる。褌腰蓑姿の裸っぽたちが押し合いへし合い、「オイッショ、オイッショ!」という精力的な掛け声と地団駄(じだんだ)を踏む床音が次第に激しくなり、拝殿は喧噪に満たされて行く。
 この晴れ舞台のために用意された神聖な觸鈴は、たったひとつしか持ち込めない。觸鈴を持つことのできる資格者は、リストバンドをしている人だけ。次々に觸鈴がリレーされ、打ち鳴らされるが、騒音に打ち消されて、全く聞こえない。

長き夜や老いも若きも鬼踊

A long autumnal night,
Ogre Dance young and old.

ながきよや おいもわかきも おにおどり

  磐田市見付への旅は、平成21年(2009)以来、今年で5度目となり、初秋の恒例行事となった。毎年確実に詳しくなり、感動も大きい。見付の裸祭は、国の重要無形民俗文化財に指定された数少ない裸祭であるばかりでなく、神事と祭事、静と動とが見事に調和した、美しく勇壮な祭礼であり、私はすっかり魅了されてしまった。

「見付天神裸祭'13」 
 
2013.9.11・14・15  撮影・制作: 和田義男

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堂入り・鬼踊り 〜可愛い龍陣坊やの堂入り〜 23:01 浜垢離名作集
御幣ぎょへい によるお祓いに続いて切り

ぬさ

でお清め 10:57

御幣によるお祓いに続いて切り麻でお清め 10:57

拡大写真(2600X1700)889KB

大勢の祭組で賑わう

浜垢離はまごり

  1/2 11:26

大勢の祭組で賑わう浜垢離 1/2 11:26

パノラマ写真(3000X1620)980KB

祭広場の賑わい 【参】 11:50

祭広場の賑わい 【参】 11:50

拡大写真(2400X1900)0.99MB

子供連の道中練り 18:09

子供連の道中練り 【壱】 〜夕焼けを背景に旧東海道を練り歩く東中区子供連〜 18:09

拡大写真(2400X1800)789KB

道中練り/旧東海道・見付宿場通り

道中練り/旧東海道・見付宿場通り

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堂入り・鬼踊り 〜西区祭組の盛り上がり!〜

堂入り・鬼踊り 〜西区祭組の盛り上がり!〜

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2013年10月20日(日)雨

 平成25年(2013)9月1日(日)(9月の第一日曜日)、東京都青梅市日向和田(おうめし・ひなたわだ)二丁目に鎮座する和田乃神社(わだの・じんじゃ)(藤野正開ふじの・まさひら宮司 58歳)で例大祭が開催されたので、3年ぶりに江戸時代から続く古式ゆかしい奉納相撲を取材した。
 かつての和田村時代に多摩川を挟んだ両地区で何かと争いがあったことから、和田村総鎮守であった和田明神の御神慮を仰ぐために相撲を奉納し、その勝敗により紛争を解決するようになったことが奉納相撲の始まりといわれている。
 和田乃神社の御本殿が再建された寛政5年(1793)ころは、江戸をはじめ全国的に相撲が盛んで、拝殿に江戸時代以降に奉納された立派な相撲絵馬(額)が残されていることからも、当時の賑わいを偲ぶことができる。

宮相撲ふんどし締めて腕相撲

Shrine sumo match,

arm wrestling

 wearing fundoshi loincloth.

みやずもう ふんどししめて うでずもう

 明治維新後は、草相撲の力士が各地に輩出し、興業相撲が催されるようになり、和田乃神社は、八幡講(はちまんこう)という力士グループによって、明治中期から大正・昭和の初めにかけて相撲が奉納された。奉納相撲の講元は、小兵(こひょう)で技が冴えた「玉の川」という力士が仕切っていたという。
 昭和に入ると、講元は奥多摩町梅沢の「誠石(四股名)」となり、終戦後は地元親睦会の青年団に受け継がれ、現在は日向和田(ひなたわだ)子供会が9月1日に近い日曜日に奉納している。

向ひ合ふ影も相撲を取りにけり

The shadows facing each other,
also wrestling sumo.

むかいあう かげもすもうを とりにけり

 子供たちは支度部屋で裸になり、呼出しや拍子木を担当する相撲役員や子供会役員に相撲褌を締めてもらっていた。本式の締め方だが、四股名(しこな)を表示した前垂れを垂らしている。
 奉納相撲に参加するのは小学1年生から6年生までの男子だが、今年は4年生と6年生が集まらなかった。全員立派な四股名を持っており、毎年、地元の書道家に墨書してもらった布を前垂れに縫いつけている。

褌の四股名に恥じぬ名相撲

Fine sumo wrestling, 

worthy his ring name

on the fundoshi loincloth.

ふんどし の しこなにはじぬ めいずもう

 今年の奉納相撲は19名の小学男子が参加した。小結・関脇・大関の三役に昇進すると黒帯となるが、今年は最上級生となる5年生全員(8名)が黒帯を締めた。4年生と6年生が不在なのは残念だが、小学校が違ったり、子供会に入っていても野球やサッカーの練習を優先する子がいるとのことだった。
 いよいよ最後の三役相撲となった。 三役とは小結・関脇・大関のことで、東西の力士がその力を競う。最後の大関戦に勝利した者が最高の優勝カップを手にする。

三役の柏手高く宮相撲

Shrine sumo match,

the laud clapping of hands

by tree sumo wrestlers of highest ranks.

さんやくの かしわでたかく みやずもう

 この和田乃神社奉納相撲は、3年ぶりの取材だったが、汗と泥にまみれながらも懸命に相撲を取る子供たちの姿にすっかり魅了されてしまった。
 このような惨憺たる状況の中で、和田乃神社奉納相撲は、江戸時代から続く八幡講の伝統を忠実に継承している最も美しい宮相撲であり、長い歴史と品位を備えている。この素晴らしい奉納相撲を永久に保存継承するためには、地域住民の力だけでは限界があり、是非とも無形民俗文化財に指定し、公的支援が必要であると考えられるので、青梅市教育委員会の対応に期待したい。

勝ち鬨の鎮守に響く宮相撲

Shrine sumo match,

 a shout of victory

sounds to the grove of the village.

かちどきの ちんじゅにひびく みやずもう

 現代の日本人は、西洋の文化が全て日本の伝統文化よりも優れているというのは幻想に過ぎず、廃れかけている日本の裸文化の素晴らしさに気付き、何とか伝統を存続しようとする有識者が全国各地で奮闘している。青梅市でもこのような人々の努力により、逞(たくま)しくも美しい相撲文化が奉納相撲という形で変質することなく存続していることに感動すると共に、青梅市民として誇りに思う。

「和田乃神社奉納相撲'13」 
 
2013.9.1  撮影・制作: 和田義男

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大関の対戦 / 颯之龍-天晴 〜寄り倒して颯之龍勝ち〜 16:05
腕相撲に興ずる豆力士

腕相撲に興ずる豆力士

拡大写真(2000X1550)410KB

未来富士みらいふじ たくみ

未来富士・匠戦(アニメーション)

拡大写真(2400X1800)846KB

時主ときかず 未来富士みらいふじ 戦 〜未来富士の寄り倒し〜

時主・未来富士戦(アニメーション) 〜未来富士の寄り倒し〜

拡大写真(2000X1500)486KB

三役揃い踏み/西方 15:51

三役揃い踏み/西方(アニメーション) 15:51

拡大写真(2400X1800)679KB

みんなの記念写真 16:20

みんなの記念写真2/2

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2013年10月6日(日)晴

 平成25年(2013)7月1日( 月)から15日(月)までの間、772年目となる博多祗園山笠(はかたぎおんやまかさ)が福岡県福岡市で開催された。昨年に引き続き、休日を利用して福岡入りし、 7月7日(日)・14日(日)・15日(月)の様子を撮影した。
  昭和54年(1979)に国から重要無形民俗文化財の指定を受けた櫛田神社の夏祭・博多祗園山笠は、7月1日から15日まで福岡市内の14箇所で絢爛豪華な飾り山笠が展示され、1日の舁き山笠7流の当番町・役員が箱崎浜(はこざきはま)で身を清めるお汐井とり(おしおいとり)に始まり、9日の全流お汐井とり、10日の流舁き(ながれかき)、11日の朝山笠(あさやま)、他流舁(たながれかき)、12日の追い山馴し(おいやまならし)、13日の集団山見せ、14日の流舁きと次第に盛り上がり、15日の櫛田入(くしだいり)と全コース(約5km)を競うタイムレース追い山笠(おいやま)で最高潮に達する。

見上ぐれば勧進帳の飾山笠

Looking up at the Kazari-yama,
dolls of Kanjincho above.

みあぐれば  かんじんちょうの  かざりやま

▼ 子供たちに地域の伝統を理解させるために開始された子供山笠。現在、子供用の舁き山は3台ある。大人の舁き山を2/3に縮小した形で、同地区の飾り山共々、アニメや子供番組のキャラを題材にしたものが多い。
 何れも7月1〜8日の金曜日から日曜日にかけて主に流舁き(ながれかき)を行う。少女は4年生まで参加できる。台上がりは8〜10名で、出来るだけ多くの子が台上がり出来るよう、停止する毎に交代する。

山笠や気合い漲る白ふどし

Yamakasa festival, getting fired up
by white fundoshi loincloth.

やまかさや きあいみなぎる しろふどし

▼ 7月14日(日)は、 最後の流舁きが行われた。予定表では5流が流舁きを行うというので、そのうち六番山笠西流と二番山笠土居流を取材した。
先頭を走る子供達が水遊びに興じていたが、先頭が持つ流と町会が書かれた招き板(まねきいた)は、絶対に地面に着けてはいけないという。招き板を持った子供はずっと持ちあげているか、自分の足の甲に置いていた。

山笠や山小屋くぐる先走

Yamakasa festival, 

  head of the procession

passing through the temporary shrine.

やまかさや やまごやくぐる さきばしり

▼ 撮影場所を確保するため、かなり早い時間から候補に選んでいたポイントに移動。確保した場所は、スタート地点に近く見通しの良い直線道路。道幅が狭く、山笠との距離も近い。向側には二階を見物席にした料亭がある。
 長時間待機し、東の空が明るくなってきた頃、遂に追い山が始まった。午前4時59分にスタートした一番山笠恵比須流は、櫛田入(くしだいり)して一番山笠にのみ許される「祝いめでた」と「博多手一本」を奉納したあと、約5分後に姿を見せた。
  博多川右岸一帯の十二ヶ町で構成する大黒流は、古くからの伝統を誇り、しきたりが色濃く残っている。流の名称は大黒天に由来する。当番法被、水法被とも町ごとに異なっている。。。。。。。。

山笠や褌衆の駆ける朝

Yamakasa festival,
the fundoshi guys run in the morning.

やまかさや ふんどししゅうの かけるあさ

▼ 東流は、福岡市博多区博多地域の大博通りの東側、南北に伸びる旧東町筋沿いを区域とし、昭和41年(1966)の町名町界整理により旧東町流を中心に再編された流区域で、毎年舁き山笠と飾り山笠を立てている。今年の追い山では、見事な快走を見せ、櫛田入り と全コースとも最短タイムで堂々の一位だった。

山笠や東流の快走す

Yamakasa festival, the guys
of Higashi-nagare run and run.

やまや ひがしながれの かいそうす

● 博多祗園山笠は、鉢巻・水法被・褌・黒足袋と舁き山笠の組み合わせは、美しくも勇壮で男らしく、国の重要無形民俗文化財の頂点に輝く日本一の裸祭のロマンと感動が満ちあふれている。先祖代々受け継がれてきた日本人の心意気が博多っ子に結晶していることは間違いなく、これからも博多祗園山笠は、永遠に日本人の誇りであり誉れであり続けることだろう。 博多山笠万歳!

「博多祗園山笠'13」 
 
2013.7.7-15 撮影・原作:辻 竜二  監修: 和田義男

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十三番山笠キャナルシティ博多(表)

十三番山笠キャナルシティ博多(表)

拡大写真(3000X1700)1.01MB

博多小学校の子供山笠/壱

博多小学校の子供山笠/壱

拡大写真(2400X2100)1.06MB

六番山笠西流の流舁き /拾弐 〜山小屋をぐくる先走り〜

六番山笠西流の流舁き /拾弐 〜山小屋をぐくる先走り〜

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三番山笠大黒流の追い山 /弐 05:15:17

三番山笠大黒流の追い山 /弐 05:15:17

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四番山笠東流の追い山 /五 05:19:58

四番山笠東流の追い山 /五 05:19:58

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2013年9月26日(木)曇

  この作品は、平成25年(2013)6月16日(日)から26日(水)までの11日間、家内と二人でアメリカ合衆国ハワイ州の避暑地として知られるハワイ島とオアフ島を旅したときの記録である。
 原画6,700枚 16.8GBの中から傑作を抽出し、9月26日(木)、ハワイの旅前編「感動のハワイ島」に引き続き、9頁336枚、ハワイの旅後編「魅惑のオアフ島」が完成した。前後編を通算すると、17頁593枚の感動巨編となった。BGM も私の知りうるハワイアンの名曲を散りばめた。完成度の高い作品に仕上がったものと自負している。
▼ クヒオ・ビーチ・フラ・ショーは、ワイキキ・ビーチのデューク・カハナモク像の東側にある芝生の会場で、地元のフラ・ハラウ(フラ学校)に通うダンサーたちが巨大なバニアン・ツリーの前のステージ(フラ・マウンド)の上で、日頃の練習の成果を披露する。出演するハラウは日替わりなので、 毎回違ったショーが楽しめる。

ハワイフラ クヒオに架かる 虹の橋

a rainbow bridge over the Kuhio.

はわいふら くひおにかかる にじのはし

▼ オアフ島ノースショアー・ライエ Laie にあるポリネシア文化センターは、太平洋に浮かぶハワイ、ニュージーランド、イースター島に囲まれた三角形の海域「ポリネシア」の8つの地域を約5万坪の広大な敷地に集めたテーマパーク。サモア、アオテアロア(ニュージーランド)、フィジー、ハワイ、タヒチ、トンガの6つの村では、それぞれの国の衣装を着けた村人らが伝統的な遊びや踊りなどを披露してくれる。。

汗光るポリネシアンの ボートショー

The canoe show,
sweat of Polynesians glistening.

あせひかる ぽりねしあんの かぬーしょう

▼ タヒチ村から橋を渡ってハワイ村に行った。ここではフラの講習があった。
  ハワイの文化でもっとも有名なものは、何と言ってもあの優美な動きで知られるフラダンスである。”Keep your eyes on your hands”(手元にご注意)というハワイアン・ソングにあるように、フラの指先は物語を語ってくれる。
 ハワイでは、ハラウ・フラと呼ばれるフラダンスの学校で生徒が伝統を受け継ぎ、言葉と動きでダンスの歴史を伝えている。

緑陰の芝生の舞台フラダンス

Hula dance,
the stage of lawn in the shade of a tree.

りょくいんの しばふのぶたい ふらだんす

▼ アオテアロア村を最後に村のツアーは終わり、 ハワイアン・ジャーニー・シアターに向かったが、途中で激しいシャワーに見舞われ、雨具を持っていなかった人は全身ずぶ濡れになった。
 晴れていてもいつ俄雨が降るか分からないのがハワイである。我々夫婦は傘を携帯していたので難を免れたが、ガイドのサアヤさんは濡れ鼠となった。シャワーは激しく降ったが、間もなく止んで、晴れ間が出て来た。

夕立に烟る椰子の木オアフ島

The Island of Oahu,
palm trees looking dim in a shower.

ゆうだちに けぶるやしのき おあふとう

▼ アメリカ合衆国唯一の宮殿であるイオラニ宮殿は、ハワイ州政府庁の南側に立つ。1882年にハワイ王国(1795 - 1893)7代目カラカウア王の命で建てられ、ここで王朝政治が行われた。1893年のクーデターで王政が廃止されるまでの間、ここでカラカウア王と妹の第8代統治者リリウオアカラニ女王が生活した。

夏日さす正餐室の玉座かな

The king's seat, summer sun
shining in the main dining room.

なつびさす せいさんしつの ぎょくざかな

▼ 黄金の褌を締めた大王カメハメハ I 世は、世界的に有名だが、イオラニ宮殿の肖像画と比べてみると、実物とは似ても似つかぬハンサムな顔立ちをしている。作者は、側近にいた美男子をモデルにしたものといわれている。
カメハメハ大王像は、全部で4体あり、そのうちハワイには3体ある。オアフ島ホノルルのアリイオラニ・ハレ(ハワイ州最高裁判所)前に立つ銅像(写真右)が有名だが、その像は2代目で、初代は、カメハメハ大王の生誕地であるハワイ島北端の町ハヴィ Hawi にある。あとの2体は、ハワイ島のヒロとワシントンD.C.の国会議事堂にある国立彫像ホールに飾られている。

ふんどしの大王ここに薄暑かな

Light heat of the summer, here is
the great king of fundoshi lioncloth.

ふんどしの だいおうここに はくしょかなな

▼ ダイヤモンドヘッドは、約30万年前の火山活動で噴出した火山砕屑物(かざん・さいせつぶつ)が火口の周囲に積もって丘を形成した火山砕屑丘(かざん・さいせつきゅう)である。クレーターに似ているため、ダイヤモンドヘッド・クレーター Diamond Head Crater と呼ばれ、ワイキキ・トロリーのバス停は、ダイヤモンドヘッド・クレーターと名付けられている。

スコールの山から海へ走り去る

A squall, running away
from the mountain to the sea.

すこーるの やまからうみへ はしりさる

▼ ワイキキ・ビーチを西から東へ縦走し、ロイヤル・ハワイアンの前浜で、泳いだ。東の方を見ると、サーファーたちが波乗りに興じていた。沖の方は大きな波がたつので、初心者は小さな波しか立たない渚ののすぐそばで楽しんでいた。
波にのまれて海中に没しても、サーフボードはロープで足につながっており、直ぐに回収して再挑戦することができる。

サーファーや波頭崩れて飲み込まる

The surfer, being swallowed
by the collapsing wave crest.

さーふぁーや はとうくずれて のみこまる

▼ ワイキキ・パーク・ホテルの目の前にあるハレクラニのレストランで昼食を取っていると、「夜6時からナイトショーがあります」とウエイトレスが教えてくれたので行ってみた。
 専属のダンサーが一人、ハワイアン・バンドをバックにフラ・アウアナを披露してくれた。「プロの踊りは素人と違って色気がある」と感心しながら観賞した。バックのダイヤモンドヘッドが西日に輝き、ワイキキは夕暮れどきを迎えようとしており、ハワイの絶景に感動した。

フラショーの浜の賑わひ夏夕べ

Summer evening,
the bustling beach of the hula show.

ふらしょーの はまのにぎわい なつゆうべ

▼ このフラショーを最後に、我々夫婦のハワイの旅は終わり、翌日、ホノルル国際空港から成田に向かった。

ハワイの旅後編「魅惑のオアフ島」 
 
2013.6.16-26 撮影・制作 : 和田義男

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カヌーショーのフィナーレ「ハワイ王」 14:54 虹の下で踊る感動のフラ・ショー / ホノルル・クヒオ・ビーチ 18:55
虹の下で踊る感動のフラ・ショー / クヒオ・ビーチ 18:55

虹の下で踊る感動のフラ・ショー / クヒオ・ビーチ 18:55

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カヌーから転落! 14:50

カヌーから転落! 14:50

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ハウの木陰でフラの練習 2/2 15:41

ハウ(モンキー・ポッド・ツリー)の木陰でフラの練習 2/2 15:41

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大雨に見舞われたボートショー会場 16:58

大雨に見舞われたボートショー会場 16:58

パノラマ写真(3000X1400)703KB

大きな王座のある正餐室
大きな王座のある正餐室

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イオラニ宮殿に向かって立つカメハメハ大王像 16:03
イオラニ宮殿に向かって立つカメハメハ大王像 16:03

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ホノルル中心部の景観
ホノルル中心部の景観

パノラマ写真(3500X1600)894KB

比較的高い波に乗るサーファーたち / ワイキキ・ビーチ
比較的高い波に乗るサーファーたち / ワイキキ・ビーチ
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ダイヤモンドヘッドを背景にフラショー / ハレクラニ 18:05
ダイヤモンドヘッドを背景にフラショー / ハレクラニ 18:05
拡大写真(2400x1800)841KB

★彡彡 日本初の写真俳句 ★彡

. 俳句「海の風景」文頭
 
東京 2012年7月7(土)曇 写真俳句のさきがけ 写真に俳句をつけて発表したのは、私が最初。現在、写真俳句として流行っている。作家の森村誠一が自分がはじめたのだと放言しているが、有名になると恥知らずになってしまうものなのだろうか。

 この句集をご覧頂ければ、私が何年も早くはじめていることが分かる。北舟は和田義男の俳号。北海道の稚内で単身赴任しているときに俳句をはじめ、日本最北端の舟・北舟と名乗ることにした。

東京 2011年6月30(木)曇 俳句「海の風景」1,500句達成! 2011年6月30日(木)夜、日本の裸祭り第137集「玉前神社夏越禊’11」をアップして5句を俳句「海の風景」に追加し、「清けしや九十九里の浜の夏禊」の句で遂に1500句となった。2000年7月16日の第1句「枇杷の木を揺すりゐし子ら玉の汗」から数えて足かけ12年、実質約11年かかって達成した。1000句から1500句までは、29ヶ月しかかかっていない。「継続は力なり」を信条にコツコツと積み上げてきたが、矢張り感無量である。当面の目標は2000句だが、このペースで行けば、あと2〜3年で実現できる。ゴールは夢物語ではなくなってきたのが嬉しい。
 

1500句目の俳句

1500句目の俳句

東京 2009年3月16(月)晴 俳句「海の風景」1,000句達成! 2009年3月13日(金)夜、旅紀行ジャパン第110集「早春の山形蔵王」 をアップし、4句を俳句「海の風景」に追加し、「蔵王山霧氷の華の極まれり」の句で遂に1000句となった。2000年7月16日の第1句「枇杷の木を揺すりゐし子ら玉の汗」から数えて足かけ10年、実質8年8ヵ月かかって達成した。「継続は力なり」を信条にコツコツと積み上げてきたが、矢張り感無量である。

 最初は成算があるわけではなく、目標のない船出だった。海の風景をと思ってスタートしたが、途中で種切れとなり、タイトルと各集のカバー写真だけが海の風景となった。駄作の積み重ねだったが、たまに良い句も生まれており、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」の諺は、私の写真だけでなく、俳句にも当てはまった。(^^; 

 「世界の旅の写真館」のお陰で、最近は、感動写真集の34人の同志の方々からも写真が寄せられるので、世界中から集まるロマンと感動の写真を見ながら、主として通勤電車の中で発句した。こうしてみると、芭蕉の「奥の細道」の世界版という感じがし始め、句想を練るときには、芭蕉の気分になるから楽しい。

 最近は、写真俳句が流行っており、森村誠一さんのアスパラ写真俳句塾など、新聞社やプロが主宰するフォーラムなどもあるが、少なくともinternetの世界では、その先駆けはこの俳句「海の風景」である。しかも全句英訳付きというのは、誰もやっていない。手前味噌で恐縮だが、自己宣伝しないと誰も云ってくれないし、それでは分からないので、あえてアピールさせて頂く。人がやっていないことをやるのは、誠に痛快で、気持ちが良い。(^^

 現在満62歳になったばかりで、心技体はとても充実している。これからも芭蕉になったつもりで、世界中の旅の風景を17文字に変換してゆきたい。次の目標は2,000句である。それが達成できるまで、この世に存在することを神に祈りたい。

東京 2008年8月15日(金)晴   kinuko   様より

南ドイツの旅 残暑お見舞申し上げます 南ドイツの旅の画像有難う御座いました。爽やかな田園風景素晴らしいですね ロマンチック街道の麦畑等は見て居るだけで暑さを忘れさせます。

今回も即吟で沢山句を詠まれて居ますね どれを取っても素晴らしいです 和田先生はブログで写真俳句を出されたら如何でしょうか? お忙しいと思いますが俳句を詠んで居る人達がきっと喜んでくれると思います。有難う御座いました。

おはようございます。写真俳句のご提言有り難うございます。ご主旨は、単独のブログをということだろうと拝察していますが、既に「俳句・海の風景」という英訳付き写真俳句を発表しておりますので、単独のブログと代わりません。

朝日新聞のアスパラ塾がメジャーで、森村誠一さんの著書もありますが、最初に写真俳句をはじめたのは私ですし、英語俳句もあわせたものは、世界広しといえども他に例がありません。既に850句ほどになり、これからも旅にあわせて拙句を発表してゆきたいと思っていますので、ご期待下さい。有り難うございました。

東京 2007年12月29日 旅と俳句 60歳という還暦を迎えた平成19年(2007)は、1月1日の「509 初景色亥年還暦浪漫旅」からはじまり、第15集706句の「観世音秋桜揺るる散歩道」まで、約200句を創った。当面の目標である1000句まで、そんなに遠い道のりではなくなった。お陰様でアクセス件数も9万件を超えた。大変有り難いことだと思う。私は怠け者なので、どうしても発句しないといけない状況に追い込まれないと俳句が作れない。Wa☆Daフォトギャラリーというinternetのホームページに発表の機会があったからこそ、ここまで歩いてくることが出来た。

それだけではない。旅をしたからこそ、色々なテーマに向かって17文字の世界一短い詩を考え、自分なりの世界を築くことができた。旅の作品には、自分の写真であれ、感動写真集作者の写真であれ、必ず俳句を付けるというルールをいつのまにか作り、自分に厳しくそのノルマを課したからこそ、700句という俳句が生まれた。作品の編集途上の通勤電車の中で、どの写真にどのような俳句を付けようかと考え、発句した。通勤鞄の中には「季寄せ」が入っている。それで季語を検索しながら、写真にふさわしいものをひねり出していった。「吟行」というスタイルがある。私は、旅の現場では撮影に夢中になっているので、吟行する余裕がない。私の吟行は、JR青梅線河辺駅から中央線新宿駅までの1時間10分の通勤電車の中である。

駄作が多いことは百も承知している。しかし、素人の自分がこゝまで歩んでこれたのは、Wa☆Daフォトギャラリーという日本一のフォトギャラリーが生まれたお陰である。感動写真集の多くの仲間や、リピーター客、Googleという勝手に宣伝してくれる検索エンジン会社など、予期せぬ幸運と偶然と声援と、少しばかりのアイデアに支えられたからだろう。「自己顕示欲が強い男だ」という陰口があることも想像できる。しかし、自分の一生は一度しかチャンスがない。「
Going my way」「継続は力なり」を信条に、来年も自分をアピールし、自己満足と少しだけの社会貢献ができることを信じて、歩き続けよう。

英訳は骨の折れる作業である。なぜ英訳するのかと自問すれば、「誰もやっていないから」という答えしかない。英文俳句も700句を超えたのは凄いことだと、自分を誉めてやりたい。気力体力の続く限り、来年もマイペースで歩いてゆこう。明日には、未知の何かが起こることを期待して・・・。


東京 2007年7月2日 旅と感性 本日、第13集をアップ、北欧の旅シリーズの第一弾「夏のコペンハーゲン」の8句を追加した。既に600句を超え、数は順調に増えているが、レベルが上がったかどうかについては、写真技術ほどの上達はないというのが実感である。芥川龍之介は生涯約600の俳句を残しているという。質的には雲泥の差があるとしても、少なくとも量的には彼を上回ったことになり、とても愉快である。

いつの頃からか
和田フォトの作品には自作の俳句を必ず載せることをルールとしてきた。半ば義務として、疲れた身体に鞭打って、通勤電車の中で、使い慣れた角川の季寄せとメモ帳を広げ、思索にふける。朝の寝ぼけた部分が残る頭でも、ロマンと感動をタップリと受けた旅の記憶から実景が鮮明に蘇り、楽しい創作タイムが始まる。

旅は、感性を刺激する。世界の情景の前に、次々と発句が生まれる。湯水のようにとは行かないが、それでもどんどんできる。その中から良さそうな句を選び、推敲する。これが苦しいが、良い文句が絞り出せたときのうれしさは格別である。旅をしなければ、頭に浮かぶ情景は貧しく、生まれる詩句もまた貧しいだろう。そう思うと、「旅に出ることで感性に磨きがかかる」ということに気がついた。私のような才能に乏しい凡才でも、旅を続けることで、沢山シャッターボタンを押して、まぐれの名作を切り取ることができ、また、俳諧の世界でもまぐれに良句が生まれることがある。「旅は感性を育てる」からだろう。けだし名言だと自画自賛!(^^;

ともあれ、「継続は力なり」を信じて、これからも駄作を大量に詠んで行こう。そのうち何かがあることを信じて・・・。


東京 2007年1月2日
 俳句の目的と効用 2006年12月13日(水)、12年かかって500句目の俳句「広州の瑠璃の館の秋寂びぬ」をアップした。俳句「海の風景」は、50句づつ束ねて10集が完成し、11集目に入った。「フォトギャラリーに俳句は必要か。」「俳句の英訳はなぜ?」「褌の俳句を続けるのはなぜ?」などと自問しながら、「継続は力なり」を信条に、ここまでやってきた。「駄作ばかりで、進歩していないのではないか。」とも思う。それは多分そうかも知れない。

しかし、俳句にはたった17文字で写真では表現できない余韻や深みや浪漫がある。読者の解釈如何で、味わいがいかようにも変化する。俳句のお陰で、簡潔明瞭な文章が書けるようになった。英訳付き俳句や褌句は、裸祭りシリーズのように誰もやっていないジャンルである。どんなテーマでもよいから誰もやっていないことをやること自体に意義があり、手間暇かかるが、自慢となり、歓びとなる。迷ったときは、前向きに進むのが正解だと信じ、これからも1000句を目指して、一歩々々歩いてゆくことにする。そのうち、なにかが見えてくるに違いないことを信じて・・・。


東京 2005年8月15日
 継続は力なり 二年前の盆休みに句集のコメントを記載してもう2年経つ。今日、300句を超えたため、一集を50句単位にしているので、第七集を追加した。最近は、毎日100人前後のゲストがあり、俳句も手を抜けなくなった。五年間で5万件を超え、リピーターも増えている。フォトギャラリーに説明文を加え、BGMを設定し、そして俳句を挿入するという作業は、大変だが、馴れてしまうと結構楽しいものだ。

 下手な俳句も、たまには自己満足できるものが増えてきた。何より、英訳を施すことで、俳句の意味がより鮮明になり、深みを増してくるように思う。英訳も最近はコツを覚え、どう訳して良いか分からないようなことはなくなった。英訳できないような句はあり得ないし、あったとすればそれは悪首なのだろう。俳句に写真と英訳をつけ、解説する。このような構成の句集は私以外には存在しない。

 「海の風景」というタイトルも、陸に上がった河童となってしまった今では、ふさわしくないかも知れないが、せめて、カバー写真だけでも海の風景を入れて続けていきたいと思う。どこまで続くか分からないが、「継続は力なり」を信じて、やれるところまでやってみたい。


東京 2003年8月16日
 「俳句海の風景」の継続 8月の盆休みで日本列島は里帰りのシーズンだ。今週は会社全体が夏休みなので、私も休みを取っているが、東京は雨続きで、外出ができない。一日中、家の中で過ごしている。お陰で、未編集の作品を数本、一気に仕上げてアップすることができた。また、これまでの作品に手を加えたりして、時間を有効に使っている。

 
俳句「海の風景」は、50句を束ねてアップしており、既に第4集に入っている。今年の4月に神戸から東京に転勤となり、海の句が殆どなくなってしまった。タイトルを修正しようかとも考えたが、既に2年を超えるシリーズとして定着しており、タイトルは従来のままとすることにした。

 世界の旅の写真館としてWa☆Daフォトギャラリーはこれからも歩み続けてゆくが、それとともに、この俳句も続けてゆきたい。そして、英訳と写真とをあわせて添えてゆく。このような試みは私しかやっていないと思う。かなり骨の折れる作業であるが、やる価値はあると思う。


神戸 2002年8月11日
 暑い夏が続いている。昨日は夏休みの帰省ラッシュのピークを迎えた。おかげさまで、Wa☆Daフォトギャラリーも無事に二周年を迎え、毎月一万件のアクセスをいただけるサイトに成長した。一周年記念として始めた俳句「海の風景」も未だに続いており、遂に百句を超えてしまった。読み返してみると、駄作もあるが、なかなか良い句だと自慢したくなるような作品もある。

 徒然日記を書くごとに折々の俳句を挿入し、それを俳句「海の風景」に写し、英訳と解説文を加えてきた。この作業もかなり大変だが、何とか続けてきた。俳句は本来のフォトギャラリーとは必然性のないコンテンツではある。しかし、映像と17文字の言葉の違いこそあれ、情景を写し取ることには違いがない。むしろ情報過多の映像より、シンプルな文字の方が味わい深いこともあるのではないだろうか。私の拙句をそれなりに楽しみにして下さる読者もおられるようで、励ましのmailをいただくと、止められなくなる。写真の方も風景写真から始まって祭りや花の写真まで手を広げてビッグサイトになってしまったが、今更引き返すこともできない。これからも情熱と体力の続く限り、現在のコンセプトで進んでいきたい。

神戸 2001年7月29日 平成13年4月1日、広島から神戸に赴任。俳句は、相変わらず月に一回うつみ会に7句を投句し、高橋三洋子先生の添削と講評を受けている。いわば通信教育という形で続いており、先生のご厚意に感謝申し上げる。

 昨年7月から個人のホームページ・Wa☆Daフォトギャラリーを始めて1年余りになる。アクセス13,000件を突破し、すっかり軌道に乗ってきた。そこで一周年記念として、これまで徒然日記の冒頭に折々の俳句を載せてきたので、それを集めて、俳句「海の風景」というタイトルにまとめ、それに写真とコメントを付けてみた。また俳句の英訳もつけた。英訳にも意訳が入り、イメージの広がりが期待できる。

 まだまだ素人の域を出ていないが、当ホームページのビジターに海の素晴らしさや季節感などを画像と同様に感じとっていただければ有り難い。わずか17文字でイメージ(画像)を表現できれば幸いだ。これまで海で仕事をしてきた経験を生かし、海の風景を一幅の絵のように切り取ってみたい。これが作者のテーマでありコンセプトである。ただ、海の句に限定したわけではないので、折々の身近な風景を適宜織り込んでいきたい。

パノラマの神戸の港春霞

風光る館の空に風見鶏

Panoramic view
of Port Kobe
in the spring haze.

A weathercock on the roof
under sky
with a glistening wind.


広島 2000年4月23日
 平成12年4月1日、函館から広島に赴任した。友人から勧められ、俳句同好会「うつみ」に入会、月一の例会に出ることになった。仕事の合間を見て俳句づくりに専念する毎日が始まった。稚内在任中から俳句を創作していたので、ある程度の自信があるが、句会に出席し、先生に講評を仰いだり、添削を受けるのは初めてである。少し緊張するが、楽しみながら自然流で俳句をつくりたい。先生の俳号は高橋三洋子で、正岡子規の弟子である高浜虚子の流れを汲むという。種田山頭火のような自由律の俳句ではなく、古典派ともいうべき俳句で、キチッとした季語が必要であり、自然で平易なものでなければならないと教わった。

白藤や水面に鯉の浮き沈み

草鞋揺る仁王門より遍路発つ

Carp sink and float
to the surface
under white wisteria.

Pilgrims started
 thorough Deva gate
on which straw sandals swinging. 


稚内 1994年3月26日
 平成6年は吹雪で明けた。日本最北端の地・稚内市に来て一年足らずであるが、現在貴重な冬の体験を積みつつある。窓の木枯らしを聞きながらテレビで正岡子規のドキュメント・ドラマを見ていたら、ふと、この稚内市を中心とした宗谷の出来事を点描してみたら面白いのではないかと思った。今まで俳句などというのは創ったことがないが、挑戦するのも楽しいのではないか。稚拙ではあるが、北国の思い出をファイルする趣旨で詠んでみたところ、アッという間に百首を越えてしまった。思ったより簡単である。粗製濫造気味ではあるがこれからも続けたい。俳号は日本最北端の地にちなんで北舟とした。

正月や昆布拾いの海人ふたり

流氷の接岸告げる尾白鷲

Two fishermen
pick up kelp
on New Year's Day.

A white-tail eagle signals
the arrival of drift ice
to the coast.

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