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 感動写真集

2004年10月30日改訂

♪水の宮 水の宮・和風BGM

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            秋の水褌衆の頬被  北舟

2004年10月30日作成

水中の神輿

神輿一体走り(勝岡八幡神社/愛媛県松山市勝岡町)

勝岡八幡神社

神輿一体走り

川狩り

安城寺川狩り

あんじょうじ・かわがり
 松山市安城寺で行われる川狩りは、勝岡八幡神社秋季例祭当日の宮入り前に、神輿青年頭取や一体走りの青年たちが褌姿になり、神輿を久万川に担ぎ入れて、流水で祓い清める行事で、勝岡八幡神社の旧神主(かんぬし)柳原家の伝承に由来するものだという。

久万川と川狩り場

川狩り専用の施設は、神輿が禊ぎ場に安全に入れるよう、緩やかなスロープが設けられている。

久万川と川狩り場

川狩りの由来

 昔、安城寺にあった柳原神主家の屋敷一隅の小社に金無垢の御神体が祀られていた。ある年この御神体を勝岡八幡神社に合祀することになり、神遷(しんせん)*しようとしたところ、神社石段下までは事無く進んだが、それより上へは一歩も進み得ず、幾度か試みた挙げ句、神輿を洗い清めて出直すことを思い立ち、川狩りして出直したところ、今度は不思議にも御神体がやすやすと石段を上がることができたという。
* 神遷(しんせん):御神体を神輿で遷すこと。

川狩り場

石段に陣取って川狩りの開始を待つ観衆

川狩り場

 以来、昭和42年(1967)までは久万川でこの行事が行われていたが、川の汚染のため中断されていた。平成12年(2000)10月、地元の粘り強い要望が実を結び、「愛媛県のふるさとの川づくり事業」による施設が竣工し、伝統行事である「川狩り」が33年ぶりに復活した。現在は、一体走りが終わった日の夕方に行われている。

橋の上の神輿練り

 午後4時半、久万川に架かる和霊橋(われいばし)の上で浴衣姿の男たちによる神輿練りが始まった。

橋の上の神輿練り

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橋の上のはだか神輿
 一旦引き上げて近くの民家で裸になった男衆が再び神輿を担いで姿を現した。神輿は水中に入るので、神輿を飾る黄金の御絹は外されていた。
 裸足の裸衆は、白い越中褌に水玉模様の手拭いで頬被りをした出で立ちである。盛んにポリバケツの水が浴びせかけられる。午後5時前で日没がせまり、あたりは薄暗くなって来た。

橋の上のはだか神輿

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川狩り場かわがりば に入る神輿
 はだか神輿は、和霊橋を渡り、長いスロープから久万川に見立てた川狩り場に入った。ポリバケツの水が間断なく男衆に打ちかけられている。いよいよ川狩りのはじまりである。

川狩り場に入る神輿

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ずぶ濡れの裸衆

観衆は歓声をあげながら裸衆を注視している。男たちの越中褌は、既にずぶ濡れのシースルー状態である。

ずぶ濡れの裸衆

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中央に据えられる神輿

神輿はプールの中央に進んだ。小学生の女の子が「ふんどし、ふんどし」と言う甲高い声が聞こえてきた。

中央に据えられる神輿

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水中の神輿
 歓声と拍手を浴びながら、はだか神輿は徐々に気合いが入り、川狩り場の中央で神輿練りが披露された。水深は膝ほどしかなく、ほとんど行動に制約がないが、中には転ぶ人もいた。水があるために怪我しないのが良い。
  秋の水褌衆の頬被   北舟    

あきのみず ふんどししゅうの ほおかむり

水中の神輿

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