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八坂神社と小倉城
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城内から八坂神社に向かう石畳の参道には、室町時代に造られたといわれる花崗岩の石鳥居があり、福岡県指定の有形文化財となっている。笠木と呼ばれる上部の横木三層が一つの石で作られているという。 |
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旧第十二師団司令部の正門
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明治31年(1898)小倉に第十二師団が置かれ、小倉城の本丸跡に司令部が建てられた。この煉瓦造りの正門は当時のもので、明治32年6月から三年間、こゝで軍医部長を務めた森鴎外もこの門を通って登庁した。 |
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天守閣入口 |
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江戸時代の様子を再現するジオラマはかなりの傑作である。特に天守閣は、五層六階で破風(はふ)がなく、五層目が四層目よりも大きく黒塗りで、当時は「唐作り」と呼ばれた珍しい城であった様子がよく分かる。 |
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城内には、鎧兜のほか、江戸時代に使われたさまざまな道具類が陳列されている。この鎧兜は、網目状の鎖が使われており、実戦に即した作りとなっている。 |
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江戸時代の祇園祭に使われたこの高さ4.33mの山車(だし)は、安政4年(1857)制作の古船場町のもの。最上端に金の鳳凰(ほうおう)を、次に打ち出の小槌、その下に雲を配した蔵鍵(くらかぎ)と馬簾(ばれん)で飾り付けている。 |
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明治の頃は、まだ廻り祇園(山鉾巡行)が残っていたが、大正初期には電線の架線化が進み、街中では山車を曳くことが困難になり、町内に飾るようになった。現在では、この山車は紺屋町、古船場町、大門町、堺町、西加治町の5基だけが残り、いずれも昭和38年(1963)福岡県有形民族文化財に指定された。 |
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試乗できる大名籠 |
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天守閣から見た小倉城庭園
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写真は天守閣最上階から東方を臨んだ景色。内濠の外に小倉城庭園が見える。左には八坂神社が鎮座する。破風先端の鯱(しゃちほこ)が笑っているように見えるのは目の錯覚。 |
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天守閣からの眺望
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天守閣から東方には小倉の中心街が広がっており、その奥には足立山(あだちやま 597m)が見える。「小倉」の由来は、足立山の麗(ふもと)に、屯田でできた穀物を納める小さな倉があり、それにちなんだものといわれるが、諸説がある。 |
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パノラマ写真(2000x980)390KB
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小倉城の石垣の石は切石(きりいし)を使わず、城の東に聳(そび)える足立山から切り出した自然石が大部分を占める。堂々たる風格を備えた石垣は、細川忠興自慢の逸品であったという。 |
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内濠と天守閣 |
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2007年11月20日(火)夜、小倉城がライトアップされていることを知り、OLYMPUS E-510に11-22mmの広角ズームを付けて激写した。ISOを800にし、撮影結果を液晶モニターで確かめながら、露出をマニュアル調整し、シャッター速度1/6秒 F2.8で撮影。手振れ補正がガッチリと効いて、和田流の手持撮影でもシャープな画像を切り取ることが出来た。広角ズームを持ってしても濠に映った逆さ小倉城を本体ととともに切り取ることができず、縦画面で左右に分割して撮影。パソコンでつなぎ合わせることで、この見事にライトアップされた小倉城の作品が完成した。 |
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ライトアップされた紅葉の小倉城 / OLYMPUS E-510 1/6秒 F2.8 ISO800(手持撮影) 2007.11.20 20:11 |
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パノラマ写真(1400x1600)197KB |
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三角形の天守閣 |
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拡大写真(1400x1050)242KB
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別の角度から威風堂々の小倉城の夜景を撮影した。姿(すがた)形(かたち)が美しいばかりでなく、特に純白の壁
が素晴らしく、日本人の心を打つ情景になっている。 |
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威風堂々・夜の小倉城 / OLYMPUS E-510 1/30秒 F2.8 ISO800(手持撮影) 2007.11.20 19:40 |
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拡大写真(1600x1150)212KB |
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撮影 2005年6月30日
OLYMPUS E-300
11-22mm 14-54mm
SIGMA 55-200mm
800万画素
640枚 1,020MB
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平成3年(1991)春から2年間北九州市に単身赴任し、小倉に住んでいた。そこで初めてマウンティンバイクを購入し、余暇には市内を走り回った。特に皿倉山(さらくらやま)山系はメインコースだった。平成10年春、函館に単身赴任中、走行距離が10,000km(地球1/4)を突破した。小倉は思い出深い地である。 |
12年ぶりに小倉を訪問し、小倉城を激写した。当時はまだ写真に熱中していたわけではなかったので、小倉城の天守閣に上ったときもそれほどの感激は伴わなかった。しかし、今回再度見直してみると、鉄筋コンクリートで再建した城であるために文化財としての指定はないが、とても素晴らしい城だと思った。 |
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小倉の中心地にある勝山公園そのものが小倉城の領域で、天守閣をはじめ満々と水を湛えるお濠や八坂神社とともに、市民のオアシスとしてゆとりある緑空間を形成している。夏には小倉祗園太鼓の乱れ打ちが鳴り響く小倉城は、小倉っ子の誇りと心意気を感じる名城である。 |
日本の城は武士の象徴で、日本人の琴線に触れるものがあり、日本人のアイデンティティを感じる。そういう意味で、城だけでなく、展示品などをじっくりと見るのが楽しい。封建時代の悪い面も沢山あるが、ジョージ・ルーカスがスターウォーズ第6作・完結編まで一貫してこだわったジェダイの騎士が持つライト・セーバーが日本の剣のコピーで、剣舞を取り入れた動作を見るにつけ、日本人として生まれたことに誇りを持てるものが沢山あることにいまさらながら感動する。これも齢(よわい)を重ねてきたことによる心情の変化なのかも知れない。2005.7.28 〈 完 〉 |
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