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平成20年(2008)2月11日(月)岐阜県海津市(かいづし)平田町今尾(ひらたちょう・いまお)に鎮座する秋葉(あきば)神社において、左義長(さぎちょう)祭り(岐阜県重要無形民俗文化財)が開かれた。 |
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今尾の左義長祭り(岐阜県海津市) 2008.2.11 |
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左義長は「どんど」ともいい、正月の門松を焼き、歳神を常世の国*(とこよのくに)へ送り返すため神事である。かつて、朝廷では、清涼殿の庭に青竹を束ね、扇子や短冊を結び付け、陰陽師(おんみょうじ)が謡い囃し、これを燃やして祝い、豊作を占ったという。 |
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*常世の国(とこよのくに):古事記や日本書紀には、大国主命とともに国造りを行った少彦名神 ( スクナヒコナノカミ ) は国造りを終えた後に海の彼方にある常世の国に行ったという記述がある。 転じて、死者の国や黄泉(よみ)をあらわすとされる。 |
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青竹神輿を担ぐ若者たち |
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今尾の左義長祭は、いつ頃から始められたかは明らかでないが、明和4年(1767)亥正月に秋葉神社が創建された以前から行われていたという記録が残されている。 |
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安政5年(1858)、領主の諸事万端倹約令により、左義長が差止められたところ、その年また大火が起こり、秋葉神社付近で火が止まったので、再び左義長が許されて、火難災難厄除けの祭りとして再興した。 |
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派手な衣装の男たち |
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左義長は一週間くらい前から三里四方の町村の崇敬者から奉納されるものを集め、祭りの前日早朝から高さ6m、周囲6mほどの鼓形をした青竹御輿が準備される。 |
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大竹の根元を四方に割り一の輪に結びつけて心竹とし、それに二の輪、三の輪と積み重ね、全て竹を使って結び固める。この中に薪をつめ、丸太の棒が2本通される。この輪棒に枠が組まれ、さらに割竹を使って前後に引き合い、倒れないようにする。 |
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さぎちょうの かぶくわかもの いろじゅばん |
Far-out guys of Sagityo,
Colorful kimonos. |
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腹帯、飾りさし、腰みの等で形を整え、前年の神宮大麻や、今尾神社、秋葉神社の神札を結び付け、正面には海老の飾り物を取り付ける。日の丸や五色の旗、書初めの「和合楽、自福円満楽、家内長久」と大書した旗を立て、親御輿と子御輿の一対が各町内ごとに作り上げられる。重さは約2tonにもなるという。 |
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炊きあげられる青竹御輿 |
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若衆の着る長襦袢や白足袋は毎年町内ごとに新しく揃いのものがつくられる。子供たちが竹を割ってできた綱といわれる引き綱を持って御輿の先導をつとめ、中年の者が化粧をこらして道化役となり、拍子木と笛や鉦を打ち鳴らして掛け声も勇ましく、青竹御輿が境内に引き込まれる。 |
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縄廻しの若者たち |
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午後1時ころ、宮元の町内の左義長(青竹御輿)が真っ先に境内に引き込まれると、宮司の手から神前の忌火*(いむび)が氏子総代の介添えによって裃姿に威儀を正した年番代表のとりつぎ藁に移される。待ちかまえていた若衆は、手に手に藁で火を受けて左義長に移すと、千本近い青竹から火炎が燃え上がる。 |
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*忌火(いむび):不浄を斎(い)み清めた火。いみび。 |
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灰除けする男たち |
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ポンポンと青竹御輿の爆竹の音が神域一杯にこだまして祭りは最高潮となり、派手な化粧と色襦袢を着た若者たちが火の粉の中を駈け回る光景は勇壮極まりない。七分通り燃えたところで、その年の恵方*(えほう)の方へ倒し、その倒れ方によって吉凶を占う。 |
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その後きれいに灰除けをすると、待ち構えた二十余町の青竹御輿が次から次へと繰り込み、午後6時ころまで勇壮な炎の特殊神事である左義長焼きが続く。 |
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*恵方(えほう):古くは正月の神の来臨する方角。のちに暦術が入って、その年の歳徳神(としとくじん)のいる方角。 |
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煙と塵埃の中で |
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