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はじめに |
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平成25年(2013)1月1日(火)の早朝、石川県金沢市本多町(ほんだまち)に鎮座する石浦(いしうら)神社(
長谷吉憲宮司(38歳)Tel
:
076-231-3314)で氷点下6℃の降雪のなか、恒例の元旦禊が行われたので、密着取材した。 |
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【凡例】 ▲:上の画像の説明文 ▼:下の画像の説明文 〈画像の左クリック〉:別窓に拡大写真を表示 |
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Google Earth |
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▲▼
468km2の市域に人口約47万人を擁する金沢市は、石川県のほぼ中央に位置する県庁所在地である。江戸時代には、江戸幕府(約800万石)を除いて、大名中最大の102万5千石の石高を領する加賀百万石の城下町として栄え、人口規模では江戸・大坂・京の三都に次ぎ、名古屋と並ぶ大都市であった。第二次世界大戦中、アメリカ軍からの空襲を受けなかったことから、歴史的風情が今なお残っている。 |
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しらかべに しらゆきつもり ごらいこう |
The rising sun to the white wall with white snow on it. |
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冠雪の石川門と石川橋/金沢城公園 2010.1.16 08:20 |
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拡大写真(1800x1140)463KB
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撮影:宇和川 淳 |
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▲▼
長年の都市文化に裏打ちされた数々の伝統工芸、日本三名園の一つとして知られる兼六園、加賀藩の藩祖・前田利家の金沢入城に因んだ百万石まつり、宝生流(ほうしょうりゅう)の能楽・加賀宝生や郷土料理の治部煮(じぶに)などの庶民文化は有名で、日本屈指の観光都市として知られる。平成21年(2009)には、神戸市と名古屋市に続いて、ユネスコ創造都市に認定された。 |
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ライトアップされた石川門 2010.2.06 20:45
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拡大写真(2200x1200)393KB
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撮影:宇和川 淳 |
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▲▼ 現在の金沢市中心部は、古くは石浦村と呼ばれていた。のちに加賀一向一揆の拠点となった尾山御坊(おやまごぼう)が置かれたことで寺内町として発展し、南町、西町、松原町、安江町、近江町、堤町、金屋町、材木町といった町が成立した。これを総じて尾山八町、或いは単に「尾山」と呼んだ。後に、芋掘り藤五郎の伝説から金を採った沢を「金沢」と称するようになるが、前田利家が城主になると一度「尾山」に戻され、家督を長男の前田利長が継いだ後に再び「金沢」となった。 |
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ふゆばれや ことじとうろう わたぼうし |
Winter sunshine, Kotoji Lantern capping with snow. |
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冬の太陽と |
徽軫燈籠 |
/兼六園(金沢市) 2010.1.16 09:03 |
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撮影:宇和川 淳 |
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毎年、金沢城公園新丸(しんまる)広場で開催される金沢市消防出初式では、勇壮な加賀鳶はだか放水が披露される。江戸時代から変質することなく続くこの裸褌文化は、本家東京都では見られないもので、加賀っ子の面目躍如たるものがあり、素晴らしいの一言に尽きる。 |
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びゃっこんの ほうすいてんに でぞめしき |
New Year ceremony of
fire brigades, wearing white loincloth, splaying water to the sky. |
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加賀鳶はだか放水/2007年金沢市消防出初式(金沢城公園) 2007.01.07
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拡大写真(1800x1440)387KB
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撮影:和田義男 |
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金沢城跡の南、兼六園の西方至近に位置する石浦神社(いしうらじんじゃ)は、加賀国石浦村はじめ七ヶ村の産土神(うぶすながみ)で、旧藩時代には俗に石浦山王社(いしうらさんのうしゃ)或いは地主権現(じぬしごんげん)と呼ばれ、別当所を長谷山慈光院と号した。 |
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金沢市内で最も広大な地域の氏子を持つ石浦神社は、大山咋命(おおやまくいのみこと)(日吉山王大神)、市姫神(いちひめのかみ)、白山比淘蜷_(しらやまひめのおおかみ)、天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、応神天皇、大巳貴命(おおなむちのみこと)(大国主命)、春日神(かすがのかみ)を祀り、村民から深く尊信されていた。 |
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フリー百科事典ウィキペディア |
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▲▼ 社記によれば、金沢最古といわれる聖武天皇治世の天平11年(739)の創建で、延喜式名帳に記載されている加賀十三座中の三輪神社がこの神社であるといわれる。金沢城地の土地神として歴代藩主の崇敬を受け、特に旧藩中家老を始め市中士民の信仰が篤かったという。 |
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明治元年(1868)神仏混淆(しんぶつこんこう)禁止の際に別当を廃し、明治2年(1869)石浦神社と改称、明治5年(1872)郷社に列せられた。昭和19年(1944)県社に昇格。金沢市最古の同市指定文化財「石浦山長谷慈光院氏子七ヶ村地図」を所蔵する。 |
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元旦の石浦神社石鳥居 2013.01.01 01:15
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毎年元旦の早朝2時から石浦神社で行われる寒禊は、金沢を代表する元旦の行事である。戦後から続けられているこの寒禊は、大雪が降っても中止されることはなかったといい、金沢っ子の心意気が伝わる勇壮な行事である。 |
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平成25年 |
癸巳 |
(みずのとみ)元旦の石浦神社 01:19 |
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▲▼
平成25年(2013)は、総勢62名(内女性3名)が参加し、長谷吉憲宮司(38歳)自らが褌一丁の裸形(らぎょう)となって寒垢離(かんごり)の指導者である道彦役を務め、雪の降り積もる境内で、手水舎(ちょうずや)の冷水をかぶる初禊が行われた。
(外気温が-6℃なので、水の方が暖かい。) |
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社務所斎館に集合した参加者たち 2013.01.01 10:23
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元旦禊の募集広告
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▼ internetのGoogleで「石浦神社元旦禊」を検索すると、石浦神社作成による募集広告があったので、以下に紹介する。この禊は、特別な呼称がないようなので、「石浦神社元旦禊」と呼ぶことにする。 |
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罪穢れを祓い 世界平和や家内安全を願う 禊(みそぎ)行事公開
元旦 午前1時半(石浦神社 社務所 斎館)集合
参加者 フンドシ持参(氏子青年部より無料フンドシあり)
初穂料 1,000円〜2,000円(お気持ち)フンドシのクリニング代金込み
詳細 拝殿前にて氷点下6度の気温にてお祓いを受けまして、境内の禊場へ進みます。鳥船行事などエッサエッサと声をあげまして気を高めます。20分ほど・・。凍ってます手水舎の水をかぶります!人数が多いので、消防車にて地下水を上げ・・数分後・・男衆より湯気があがります!!!その内・・水をかぶっていないと寒くていられません。。次に鳥船行事にて・・10分ほど。。。。。拝殿前にて万歳!。
斎館に進めまして着替えます。次に拝殿にて御祈願を致します。最後に斎館にて直会(なおらい) 暖かい豚汁やお寿司など・・勿論・・日本酒で乾杯です。ご参加お待ちしております。 石浦神社 |
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寒禊を指導する |
道彦 |
を務める長谷吉憲(38歳)宮司 02:05 |
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雪の降る中の |
鳥船 |
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【弐】 〜アニメーション〜 |
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びゃっこんの がんたんみそぎ ゆきむしろ |
Snow straw mats, water
purification of white fundoshi in the beginning of the year. |
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凶事をもたらす |
禍津霊 |
を断つ |
雄詰 |
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02:12 |
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