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東京都 |
青梅市 |
日向和田 |
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平成22年(2010)9月5日(日)・平成25年(2013)9月1日(日) |
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平成25年(2013)9月1日(日)、東京都青梅市日向和田二丁目に鎮座する和田乃神社(藤野正開宮司
58歳)で例大祭が開催され、正午から4時間にわたって江戸時代から続く古式ゆかしい奉納相撲が執り行われ、全員四股名を持つ小学男子19人による熱戦が披露されました。 |
和田乃神社の奉納相撲は、かつての和田村時代に多摩川を挟んだ両地区で何かと争いがあったことから、和田村総鎮守であった和田明神の御神慮を仰ぐために相撲を奉納し、その勝敗により紛争を解決するようになったことがその始まりといわれています。 |
毎年、鎮守の森で五穀豊穣と氏子らの健やかな成長を願って行われる奉納相撲は、全国どこにでも見られる風景でしたが、戦後、小中学校から土俵が消え、相撲人口が激減してきた中で、全く変質することなく続けられている和田乃神社の奉納相撲は、青梅市の誇りであり、氏子世話役たちの熱意と子供たちの真剣な対戦に感動を新たにします。 |
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今年3年ぶりに取材した和田乃神社奉納相撲の名シーンを多数追加した二年分の写真集は、収録画数550枚上映時間47分の大作となり、CDに入りきれなくなったのでDVD化しました。宮司や子供会など、お世話になった方々にお送りした永久保存版のものと同等品です。1230万画素の原画を同梱しましたので、個人で楽しむ限り、A3までプリント・アウトできます。(1枚2000円
リピーター価格:1枚1500円) 日本の祭りCD・DVD写真集 |
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YouTube 和田乃神社奉納相撲(抜粋縮小版) |
↓画像をクリックするとスライドショー動画が始まります。 |
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はじめに |
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平成25年(2013)9月
1日(日)(9月の第一日曜日)、東京都青梅市日向和田(おうめし・ひなたわだ)二丁目に鎮座する和田乃神社(わだの・じんじゃ)(藤野正開ふじの・まさひら宮司 58歳)で例大祭が開催されたので、3年ぶりに江戸時代から続く古式ゆかしい奉納相撲を取材した。 |
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【凡例】
▲:上の画像の説明文 ▼:下の画像の説明文 〈画像の左クリック〉:別窓に拡大写真を表示 |
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Google Earth |
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Google Earth |
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▲▼ 和田乃神社は、JR青梅線・青梅駅から奥多摩行きに乗り換えて次の宮ノ平(みやのひら)駅で下車し、無人改札口を通り、南側の出入口1(1という表示はない)から青梅街道を点線のように歩くと、5分もかからずに参道入口に着く。 |
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JR青梅線・ |
宮ノ平 |
無人駅/青梅街道 2013.9.1 10:15 |
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JR青梅線・ |
宮ノ平 |
駅から |
和田乃神社 |
への道 |
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Google Earth |
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▼ 創立年代は分からないが、当地の旧称和田村は、多摩川の水流を境界として、日当たりの良い北岸を日向和田(ひなたわだ)、南岸を日影和田(ひかげわだ)と区分していたが、村が拓けるにつれて、村人たちは両地区を和田村に統合し、社(やしろ)を建立して和田明神と称し、総鎮守とした。 |
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慶長3年(1598)、和田村を日向和田村と日影和田村に分村したので、この社を三島明神(みしまみょうじん)と改称した。明治維新の際、社号を復古して明神を神社に改め、和田乃神社となった。 |
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鎮守の森に鎮座する |
和田乃 |
神社/青梅街道 10:25 |
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▲▼ 青梅街道に面した参道入口の石鳥居をくぐって石段を登り、鬱蒼とした鎮守の森(境内地:約1100m2、隣接地:約2,200m2)を60mほど奥に入ると、正面に拝殿がある。 |
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▲▼ その奥の寛政5年(1793)に再建された御本社には、大山祗神(オオヤマツミノカミ)、磐長比売神(イワナガヒメノカミ)、茅野比売神(カヤノヒメノカミ)の三柱の御祭神が祀られている。 |
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和田乃神社の奉納相撲 |
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かつての和田村時代に多摩川を挟んだ両地区で何かと争いがあったことから、和田村総鎮守であった和田明神の御神慮を仰ぐために相撲を奉納し、その勝敗により紛争を解決するようになったことが奉納相撲の始まりといわれている。 |
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▲ 和田乃神社の御本殿が再建された寛政5年(1793)ころは、江戸をはじめ全国的に相撲が盛んで、拝殿に江戸時代以降に奉納された立派な相撲絵馬(額)が残されていることからも、当時の賑わいを偲ぶことができる。 |
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明治維新後は、草相撲の力士が各地に輩出し、興業相撲が催されるようになり、和田乃神社は、八幡講(はちまんこう)という力士グループによって、明治中期から大正・昭和の初めにかけて相撲が奉納された。奉納相撲の講元は、小兵(こひょう)で技が冴えた「玉の川」という力士が仕切っていたという。 |
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昭和に入ると、講元は奥多摩町梅沢の「誠石(四股名)」となり、終戦後は地元親睦会の青年団に受け継がれ、現在は日向和田(ひなたわだ)子供会が9月1日に近い日曜日に奉納している。 |
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拝殿における神事 |
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▼ 拝殿における神事は、青梅からの便り
を主催される地元氏子長老の平泉清さんの司会で執り行われた。大人たちに混じって、本日の主役を演じる19人の力士を代表して宮本翔太君(小学五年生)が列席し、玉串奉奠を行った。 |
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19人の力士代表宮本翔太君(小学五年生)の |
玉串奉奠 |
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▼ 奉納相撲など例大祭の諸準備は、8月31日(土)に役員関係者約100人が神社に集まって行われ、参道入口に大幟が立てられ、花がけ板が設置された。常設の土俵は、屋根や柱のない簡素なもので、普段はカバーで被われていて使用されておらず、祭に合わせて土俵の俵を取り替え、入念な整備が行われた。
和田乃神社例大祭2013/青梅からの便り |
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▲ 土俵の奥(西側)に奉納相撲の本部席があり、その後ろに建つ神楽殿では、夜6時半からお囃子が奉納され、演歌歌手・西森みわの歌謡ショーやカラオケ大会が開かれる。その裏手の部屋が力士たちの支度部屋になっており、子供会のご厚意で撮影させて頂いた。 |
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▲▼ 土俵の西方席の後ろ(南)に受付のテントがある。来客が熨斗袋(のしぶくろ)に入った御祝を納めると、御神酒が振る舞われる。 |
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▲▼ 御祝の金額と氏名を花がけ紙に記入する係が2名いて、手際よく花がけ板(はながけいた)に掲示されてゆく。 |
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▲▼ 子供たちは、支度部屋で裸になり、呼出しや拍子木を担当する相撲役員や子供会役員に相撲褌(まわし)を締めてもらっていた。本式の締め方だが、四股名(しこな)を表示した前垂れを垂らしている。 |
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相撲褌 |
を締める「啓太」(小学三年生)/支度部屋 11:38 |
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▲▼ 奉納相撲に参加するのは小学1年生から6年生までの男子だが、今年は4年生と6年生が集まらなかった。全員
立派な四股名(しこな)を持っており、毎年、地元の書道家に墨書してもらった布を前垂れに縫いつけている。 |
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みやずもう ふんどししめて うでずもう |
Shrine sumo
match, arm wrestling wearing fundoshi loincloth. |
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多摩ケーブルネットワーク(TCN)による豆力士のインタビュー/壱 11:42
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▲▼
支度部屋には、我が家も加入している多摩ケーブルネットワーク(TCN)の記者がテレビカメラを持ち込み、カメラ・音声・インタビューの一人三役で取材していた。TCNでは、毎年、5月の青梅大祭だけでなく、和田乃神社奉納相撲も放映しているという。
「多摩ケーブルネットワーク」公式サイト |
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今年の奉納相撲は19名の小学男子が参加した。小結・関脇・大関の三役に昇進すると黒帯となるが、今年は最上級生となる5年生全員(8名)が黒帯を締めた。4年生と6年生が不在なのは残念だが、小学校が違ったり、子供会に入っていても野球やサッカーの練習を優先する子がいるとのことだった。 |
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▼ 支度部屋に隣接して、タイル張りの立派な風呂場がある。奉納相撲が終わった後、力士たちはここで汗と泥を流す。神社の施設らしく、風呂場に神棚がある。 |
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