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Wa☆Daフォトギャラリー

 旅紀行日本の裸祭り

2014年1月27日改訂

今 日

昨 日

♪メドレー「春の海」

旅と写真は元気の泉

感動の裸祭CD完成!

 

白褌の放水天に出初式   北舟

 
拡大写真(1600x1280)345KB

New Year ceremony of fire brigades,
wearing white loincloths, splaying water to the sky.

2010年7月15日制作

纏舞で景気付けるはだか放水

纏舞で景気付けるはだか放水/金沢市消防出初式(金沢城公園 2007.1.7)

 

Wa☆Daフォトギャラリー10周年記念作品

- 日本の伝統文化が息づく祭 -

 

日本裸祭百景【上巻】

正月

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正月上 正月下 如月上 如月下 弥 生 卯 月 和田義男

はじめに

 
 Wa☆Daフォトギャラリーは全国の愛読者のご支援を賜り平成22年(2010)7月16日(金)、満10歳の誕生日を迎えた。この節目を記念し「Wa☆Daフォトギャラリー10周年記念作品」第四弾として過去10年間に「旅紀行日本の祭り」シリーズに発表した138編の作品に登場する裸祭りを全て収録したダイジェスト版を作成し、「日本裸祭百景」と銘打って10年の歩みを総括することにした。  
 「日本裸祭百景」は、正月から師走(12月)までの12ヵ月間に開催された裸祭69件、20頁、ベスト・ショット545(大476+小69)枚、和田北舟の英訳写真俳句143句を上・中・下の3巻に分けて収録している。  
【註】 平成26年(2014)1月27日現在、裸祭23件のベスト・ショット121枚、北舟の英訳写真俳句62句を追加した。この結果、収録件数は、裸祭91件、ベストショット660枚、北舟の英訳俳句191句となった。
 
 
 

 
上 巻

 
 このうち、【上巻】は、正月(1月)、如月(きさらぎ)(2月)、弥生(やよい)(3月)、卯月(うづき)(4月)の4ヵ月間に開催された裸祭32件のベスト・ショット164(大152+小12)を6頁にわたって収録し、和田北舟の英訳写真俳句53句と共に概要を解説した。日本の伝統が息づく美しくも勇壮な祭のロマンと感動を十分に味わって頂くと共に、祭暦(まつりごよみ)として活用して頂ければ幸いである。  
【註】 平成25年(2013)1月12日現在、裸祭7件のベスト・ショット45枚、北舟の英訳写真俳句18句を追加した。  

 

 【凡例】  ▲:上の画像の説明文  ▼:下の画像の説明文  〈 画像の左クリック 〉:別窓に拡大写真を表示
       タイトル「例:
小松神社裸参り」をクリック:別窓に作品「例:小松神社裸参り」を表示

火の粉の爆ぜる御神火

火の粉の爆ぜる御神火

拡大写真(1600X1050)339KB
  御神火の火の粉の爆ぜて年迎ふ  北舟 

ごしんかの ひのこのはぜて としむかう 

New Year has come, while sparks of divine fire sparking.

小松神社裸参り
小松神社
 大分県国東市
平成22年(2010)正月元旦(金)
撮影・原作:清原 浩 監修:和田義男

 平成22年(2010)の元旦早朝、大分県国東市国東町見地(おおいたけん・くにさきし・くにさきまち・けんじ)に鎮座する小松神社(こまつ・じんじゃ)で、年迎え行事として800年の昔から続く裸参りが行われた。
 裸参りの参加者は14人。一人の長老がリーダーとなり、率先垂範して若者13人を指導していた。氏子たちは社務所で越中褌一丁の裸形になったあと、白装束の宮司に導かれて、凍てつく参道や農道を歩き、田深川の垢離取場に向かった。
 垢離取場は、田圃(たんぼ)や畑の中にあるため、深夜、暗闇の中で、懐中電灯だけが頼りの行進だった。田深川の垢離取場に着くと、先頭の長老が褌を解き、全裸となって冷水に入り、そのあとに若者たちが続いた。本来は全裸で垢離を取るの習わしだが、恥ずかしいのか、3人の若者が褌を外さずに水に入った。
  元旦や褌外して垢離を取る  北舟 

がんたんや ふんどしはずして こりをとる

New Year's Day, performing water ablutions taking off loincloths.

褌を外して初禊 2010.1.1. 01:07

褌を外して初禊 2010.1.1. 01:07

拡大写真(2000X1500)274KB

 
石浦神社元旦禊
石浦神社
石川県金沢市本多町
平成25年(2013)1月1日(日)
撮影・原作: カウカヒゆたか 監修:和田義男

 平成25年(2013)1月1日(火)の早朝、石川県金沢市本多町(ほんだまち)に鎮座する石浦(いしうら)神社( 長谷吉憲宮司 38歳)で氷点下6℃の降雪の中、恒例の元旦禊が行われた。
 
 毎年元旦の早朝2時から石浦神社で行われる寒禊は金沢を代表する元旦の行事である戦後から続けられているこの寒禊は、大雪が降っても中止されることはなかったといい、金沢っ子の心意気が伝わる勇壮な行事である。
 
 平成25年(2013)は、総勢62名(内女性3名)が参加し、長谷吉憲宮司(38歳)自らが褌一丁の裸形(らぎょう)となって寒垢離(かんごり)の指導者である道彦役を務め、雪の降り積もる境内で、手水舎(ちょうずや)の冷水をかぶる初禊が行われた。 (外気温が-6℃なので、水の方が暖かい。)
  あら玉の手水をかぶる褌衆  北舟 

あらたまの ちょうずをかぶる ふどししゅう

Men of fundoshi, pouring hand cleaning water over head at the beginning of the year.

 

名作アニメーション

気合いの禊!/2012年元旦

拡大写真:気合いの禊!/2012年元旦拡大写真(1100X1600)328KB

白子海岸初禊
江島若宮八幡神社
白子海岸(三重県鈴鹿市)
平成20年(2008)正月元旦(火)
撮影・原作:市川 清 監修:和田義男

▲▼ 平成20年(2008年)元旦(火)早朝、三重県鈴鹿市の白子(しろこ)海岸 に行った。近くに江島若宮八幡神社があり、毎年、年越し参りをした人々や、初日の出を参拝する人々が夜明け前から大勢砂浜に集まってくる。江島若宮八幡神社の神職や氏子たちの禊ぎのほか、空手や少年野球チ-ムの団参もあるという。この日も、越中褌と白鉢巻姿の人たちが、初日の出にあわせて海に浸かり、初禊ぎをする光景がみられた。
  初日の出海の礼拝白ふどし  北舟 

はつひので うみのらいはい しろふどし

The first sunrise of the year, worship in the sea wearing white loincloth.

白子海岸の初日の出  2008.1.1

白子海岸の初日の出 2008.1.1

拡大写真(1600X1065)227KB

褌一丁で水浴する若者たち

赤褌で水浴する若者たち

拡大写真(1600X1280)450KB

若者たちの躍動!

若者たちの躍動!

拡大写真(1800X1500)226KB

▲▼ 毎年褌一丁で踊るグループが登場するが、今年目についたのは勝山組で、褌の前垂れに「勝山組」と表示されているので分かった。六尺褌の上に前掛けのように前垂れを付けている。褌踊り用に工夫した珍しいスタイルである。

美しい初日の出とシルエット

美しい初日の出とシルエット

拡大写真(2000X1400)423KB

雄叫び!

雄叫び!

拡大写真(2000X1360)491KB
胡四王蘇民祭
胡四王神社
岩手県花巻市
平成21年(2011)正月2日(日)
撮影・制作:和田義男

 平成23年(2011)1月2日(日)、岩手県花巻市(はなまきし)胡四王山(こしおうさん)(176m)山頂に鎮座する胡四王神社(こしおう・じんじゃ)(杉山昌之すぎやままさし宮司)で150年の伝統を有する蘇民祭(そみんさい)が開催された。
 神事が終わると裸参りとなるが、出発前の午前10時ころ社務所前の圧雪の上で、褌衆たちによる水垢離が行われた。桶の清水を頭から被る水垢離は一度だけなので、一瞬のうちに終わる。この日は8人が気合いもろとも冷水を浴びた。
冷水を頭から被る寒中禊!

冷水を頭から被る寒中禊!

拡大写真(2500X1800)855KB

  雪上の注連縄褌初禊  北舟 

せつじょうの しめなわふんどし はつみそぎ

First ritual ablution for the year, sacred straw ropes and loincloths on the snow.

思わずガッツポーズが・・・

思わずガッツポーズが・・・

拡大写真(2000X1230)407KB

▲▼ 裸参りの男たちが口にくわえている三角の紙は、御神籤(おみくじ)を半紙にくるんだもの。浄場に不浄な息を吹きかけないという意味があるが、寒さに耐えるべく歯を噛(か)み締める力紙(ちからがみ)の役割を持つ。  
8人の寒行者たち

8人の寒行者たち

拡大写真(2450X1600)611KB

▲▼ この後、男たちは、胡四王山山頂まで登り、胡四王神社に参拝して裸参りが終わると、御神籤を開いて今年の運勢を占うというが、大抵は唾液にまみれて殆ど読めないという。  
水もしたたる良い男!

水もしたたる良い男!

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8人の寒行者たち(後ろ姿)

8人の寒行者たち(後ろ姿)

拡大写真(2000X1400)492KB

▲▼ 水垢離を終えた男たちは、新しい力紙をもらったあと濡れたまま裸参りに参加する。外気温-5℃という厳しい 環境の下では、水垢離が1回だけというのも頷ける。  
寒さに平然としている男性!

寒さに平然としている男性!

拡大写真(1800X1400)446KB 撮影:菊池寛一
 
夫婦岩注連縄張り
響灘二見夫婦岩
 山口県下関市豊北町
平成17年(2005)1月2日(日)
撮影・原作:ちばあきお 監修:和田義男

 平成17年(2005)1月2日(日)長門(ながと)の国山口県下関市豊北町で、響灘(ひびきなだ)二見(ふたみ)で夫婦岩(めおといわ)注連縄張り(しめなわはり)が行われた。この行事は、160年前から毎年正月二日、豊漁と海上安全を祈り、地元二見の男たちが褌一丁の裸形になり、厳寒の日本海で身を清め、大注連縄(おおしめなわ 長さ約30m、重さ約120kg)を張り上げるもので、海に生きる男たちの勇ましさを感じさせる新春の風物詩である。
  白ふどし注連張りわたる夫婦岩  北舟 

しろふどし しめはりわたる めおといわ

White T-back loincloths, A sacred straw rope hanging across Meoto-iwa the conjugal rocks.

響灘に臨む夫婦岩の勇壮な裸の注連縄張り

響灘に臨む夫婦岩の勇壮な裸の注連縄張り

拡大写真(1600x1064)302KB

ホーランエンヤ
桂川
大分県豊後高田市
平成22年(2010)1月3日(日)
撮影・原作:清原 浩 監修:和田義男

 平成22年(2010)1月3日(日)、大漁旗や日の丸、五色の紙をつけた笹竹、吹き流しなどで飾られた満船飾の宝来船(ほうらいせん)が桂川(かつらがわ)を巡行する新年恒例の裸祭り「ホーランエンヤ」が大分県豊後高田市で開かれた。
 宝来船は、関係者を乗せ、午前11時半ころ発航し、12丁櫓(櫂)の人力で桂川の河口に向かった。直ぐに恵比須橋にさしかかったので、マストを倒し、機走に切り替えて橋の下を通過した。船からは、橋の上に向かって紅白の祝い餅が投げ上げられた。
 祭りに使用される宝来船は、浅いところでも通れるように特別に設計した全長20m、幅5mの平底の木造和船である。市や県の補助を受けて平成13年ころに代替建造されたもので、ホーランエンヤ保存会が管理している。
 岸辺でご祝儀を持つ人たちがいると、宝来船はその近くに寄り、裸の漕ぎ手たちが川に飛び込んで取りに行く。祝儀をもらった男たちは、迎えに来たボートで宝来船に帰還する。午後零時45分ころ、宝来船は、御玉橋(おだまばし)下流の豊後高田市役所前のメイン会場に到着。大観衆とともにフィナーレを迎えた。この会場は若宮八幡裸祭りのメイン会場と同じ場所である。
  初春や宝来船の大漁旗  北舟 

はつはるや ほうらいせんの だいりょうき

The New Year, Big catch flags of the Treasure Boat.

宝来船から陸に紅白餅を投げ上げる 10:51

宝来船から陸に紅白餅を投げ上げる 10:51

拡大写真(1800X1350)529KB
  宝船白ふんどしの初泳  北舟 

たからぶね しろふんどしの はつおよぎ

Treasure Boat, First swimming for the year wearing white fundoshi sash.

次々に飛び込む裸たち

次々に飛び込む裸たち

拡大写真(2200X1400)717KB
筥崎宮玉せせり
筥崎八幡宮
福岡市東区箱崎
 平成17年(2005)1月3日(月)
撮影・原作:ちばあきお 監修:和田義男

 2005年1月3日(月)、福岡市東区箱崎(はこざき)に鎮座する筥崎八幡宮(はこざきはちまんぐう)で玉取祭(玉せせり)が開かれた。 豊漁豊作・商売繁盛の恵比須信仰にもとづく年始の占いという側面を持つ筥崎宮の玉取祭(たまとりさい)は、500年ほど前の室町時代に始まったもので、神功皇后の三韓遠征の際に竜神が干珠(かんじゅ)と満珠(まんじゅ)を献上したという伝説によるものといわれる。
 楼門はベニヤ板で囲われ、四角な穴が開けられた入口には神官の顔が見える。競り子たちは、最後の力を振り絞って玉を奪い合った結果、今年は陸組(おかぐみ)が神官に宝珠を手渡し、陰陽二つの宝珠がめでたくそろったところで祭りが終わった。陸組が勝ったので、今年は五穀豊穣が約束されることになった。
  あら玉の水散り走る玉せせり  北舟 

あらたまの みずちりはしる たませせり

Scramble for the ball, Splash of the water in the New Year.

水散り走る!玉せせり

水散り走る!玉せせり

拡大写真(1200x1100)377KB

鷹栖観音鬼会
鷹栖観音寺
大分県宇佐市
平成20年(2008)1月4日(金)
撮影・原作:清原 浩 監修:和田義男

 平成20年(2008)1月4日(金)夜、大分県宇佐市の鷹栖観音寺(たかすかんのんじ)で褌(ふんどし)草鞋(わらじ)姿の男衆が駅館川(やっかんがわ)を渡り、対岸の鷹栖観音堂一帯で「どんど」を焼き、松明(たいまつ)の火の粉をまき散らす火祭り「鷹栖観音鬼会(たかすかんのん・おにえ)」が開催された。
 楼門はベニヤ板で囲われ、四角な穴が開けられた入口には神官の顔が見える。競り子たちは、最後の力を振り絞って玉を奪い合った結果、今年は陸組(おかぐみ)が神官に宝珠を手渡し、陰陽二つの宝珠がめでたくそろったところで祭りが終わった。陸組が勝ったので、今年は五穀豊穣が約束されることになった。
   初春や夜川に映ゆる褌の白  北舟 

はつはるや よかわにはゆる こんのしろ

The New Year, White loincloths noticeable to the night river.

紅蓮ぐれん

の炎を上げて燃えあがる

紅蓮の炎を上げて燃えあがる

拡大写真(1200X1600)340KB

  火柱に染まる白褌どんど燃ゆ  北舟 

ひばしらに そまるびゃっこん どんどもゆ

Dondo bonfire burning, White fundoshi loincloths being dyed by the pillar of frames.

参道を駆ける男たち

参道を駆ける男たち

拡大写真(1400X1125)291KB

 
七日堂裸詣り
圓蔵寺福満虚空蔵尊本堂(菊光堂/七日堂)
福島県河沼郡柳津町
平成20年(2008)1月7日(月)
撮影・制作:和田義男

 平成20年(2008)1月7日(月)午後八時半から福島県河沼郡柳津町(かぬまぐん・やないづまち)圓蔵寺(えんぞうじ)福満虚空蔵尊(ふくまん・こくぞうそん)の本堂・菊光堂(きくこうどう)に於いて、奇祭「七日堂裸詣り(なのかどう・はだかまいり)」が行われた。
 午後8時半丁度に一番鐘が打ち鳴らされると、下の道路で待機していた裸男たちが除雪されて滑り止めの籾殻(もみがら)が撒(ま)かれた113段の石段を裸足(はだし)で駆け上がってきた。七日堂にあがる前に手水舎(ちょうずしゃ)で冷水を浴び、身を浄める。手水鉢の柄杓(ひしゃく)などは取り外されている。寒禊をした男たちの身体からは、白い湯気がたちのぼった。
 
 
 七日堂に入った裸たちは真新しい麻綱(あさづな)を奪い合い、互いに押しあいながら威勢良く鰐口登りを始めた。鰐口は、仏堂正面の軒下につるされている扁円・中空の音響具で、参詣者は、打ち綱(うちづな)を振り動かして打ち鳴らし、堂内を浄めるためのもの。
 よじ登って行くときや滑り降りるときに、内股、すね、腹などが麻綱で擦れて、細かい擦り傷ができる。それでも元気な裸男たちは、鰐口の下の塞銭箱を踏台に果敢に綱に飛びつき、梁を目指してよじ登っていく。上まで上がるには、かなりの気力体力が要求される。あっという間に、堂内の熱気は最高潮に達した。
  鰐口に登る裸の七日かな  北舟 

わにぐちに のぼるはだかの なのかかな

Seventh day of the New Year, Naked men climbing to the wooden drum.

次々と登る裸衆

次々と登る裸衆

拡大写真(1350X1800)380KB

  初春や白ふんどしの綱のぼり  北舟 

はつはるや しろふんどしの つなのぼり

Early spring, Rope climbing wearing white fundoshi sash.

綱にしがみつく子

褌の効用

綱にしがみつく子 褌の効用

拡大写真(800x1200)140KB       撮影:大阪府 T.Y.      拡大写真(930x1400)197KB

梁から下界を眺める

梁から下界を眺める

撮影:東京都 Og
 
如意宝珠にょいほうじゅ 信仰
 七日堂裸詣りは、正式には午王 祭(ごおうさい)といゝ、如意宝珠(にょいほうじゅ)信仰に由来している。今から千年ほど昔、この地方に疫病や不作が長く続いて人々が苦しんでいたとき、虚空蔵尊のお告げにより、美しく利口な弥生姫が只見川の底の龍宮に住む龍神から如意宝珠を借り受け、疫病等を退散させることができた。
 数年後1年で最も静かな1月7日の夜龍神が宝珠を取り返しに虚空蔵堂(菊光堂)に来ると聞いた信者たちは堂内に集まり宝珠を囲んで龍神に宝珠を渡してなるものかともみ合い騒ぎ立てたところ、さすがの龍神も驚いて姿を消したといわれている。
 このようにして人々は団結の力を知り信仰の強さを悟って、お互いの心と力を合わせれば苦難や災厄を乗り切ることができるという自信を持ち、毎年、裸詣りが行われるようになったという。

大鰐口登り

大鰐口登り

パノラマ写真(1500X1800)444KB

加賀鳶はだか放水
金沢城公園
石川県金沢市
平成19年(2007)1月7日(日)
撮影・制作:和田義男

 平成19年(2007)1月7日(日)午前10時から石川県金沢市金沢城公園新丸(しんまる)広場で「平成19年金沢市消防出初式」が行われた。外気温は3℃だが、強風で体感温度は零下となっている。公式行事とあって酒は飲んでいないとのことで、寒さを我慢するのは大変なことと思うが、誰一人寒そうな表情を見せていないのはさすがだと感心する。
 寒いときに褌一丁の裸形(らぎょう)になるのが、日本古来の男の美学である。決してやせ我慢ではなく、日頃の鍛錬の賜であり、大和撫子(やまとなでしこ)たちは、それを見て感動するのではなかったか。
 平成13年(2001)に再建された金沢城の真新しい菱櫓(ひしやぐら)の前に一文字に並べられた筒先は、全部で49本。纏持と同じ褌一丁の加賀鳶たちが支持棒と筒先に付き、ホースをさばく人を加えると一つの放水口に3人が配置されている。
 午前10時42分、一斉放水が開始され、消防ホースの先端から水圧5kg/cm2の真水が垂直に噴き出した。大量放水のため菱櫓は姿を消し冷たい水が裸の男たちを容赦なく襲った。下を向いて堪え忍ぶ姿も見える。私も大量の水を浴びながら、夢中でシャッターを切り続けた。
  加賀鳶のはだか纏の出初かな  北舟 

かがとびの はだかまといの でぞめかな

New Year ceremony of fire brigades with naked matoi holders of Kagatobi firemen.

ずらり並んだ褌一丁の纏持

ずらり並んだ褌一丁の纏持

拡大写真(1600x1250)446KB

  白褌の放水天に出初式  北舟 

びゃっこんの ほうすいてんに でぞめしき

New Year ceremony of fire brigades, wearing white loincloth, splaying water to the sky.

纏舞で景気付けるはだか放水

纏舞で景気付けるはだか放水

拡大写真(1600x1280)345KB

 
* * * * * *   江戸時代の消防組織・ 火消ひけし   * * * * * *

加賀鳶はだか纏

加賀鳶はだか纏

拡大(760x1200)60KB

 明暦3年(1657)の江戸の大火事「明暦の大火」は、死者10万人を超えるといわれ、江戸城本丸まで焼失しましたが、江戸時代を通じて幾度となく大火事が発生しており、消防は幕府にとって大きな課題でした。
 一旦、火事が発生してしまうと、木造家屋が中心の江戸の町は延焼が早く、現代のような消防設備のない時代であったため、破壊消防という手法をとり、延焼を食い止めるために防火線上にある家屋を取り壊して鎮火を待つという消極的なものでした。この破壊工作に鳶口(とびぐち)を持った火消(ひけし)が活躍しました。

大名火消だいみょうびけし

加賀鳶かがとび
 江戸の消防組織は大きく分けて「大名火消」「定火消(じょうびけし)」「町火消(まちびけし)」の3グループがありました。このうち「大名火消」は、江戸詰の大名が自藩邸の消火のために専属に抱えた火消(ひけし)のことで、守備範囲は藩の屋敷と江戸城付近でした。
 「大名火消」で最も有名なのが、加賀百万石の「加賀鳶」で、今の東京大学のある本郷に本拠を構え、華麗で鯔背(いなせ)な装束で知られ、歌舞伎の「盲長屋梅加賀鳶(めくらながやうめがかがとび)(加賀鳶と町火消の喧嘩)」にも登場します。
 ちなみに「定火消」は、旗本お抱えの火消のことで、火消役の下に与力(よりき)6人、同心30人、臥煙(がえん)(火消人足)100人を1組として組織されていました。全部で10組あって火消役が10人いたことから「十人火消」ともいわれます。
 「町火消」は、町奉行大岡越前守忠相(おおおかえちぜんのかみただすけ)の命令で享保年間(1720頃)に設置された町民たちの消防組織で、全部で48組ありました。「い組」「ろ組」などいろは44組(いろは47文字のうち「へ」「ひ」「ら」以外の組)に「本組」「百組」「千組」「万組」の4組を加えて48組としました。
 この48組をさらに1番から10番までの10グループの大組に分けて江戸町内の分担を決めていました。「町火消」で最も有名なのが「め組」。「め組」は大組では2番組に所属し、芝増上寺、神明町、芝浜松町付近が担当で、歌舞伎では「神明恵和合取組(かみのめぐみわごうのとりくみ)(め組と角力取(すもうとり)の喧嘩)」で「め組」が登場します。

加賀鳶かがとび

木遣りきやり くずし

 出初式の会場では、式典が始まるまでの間、「加賀鳶木遣りくずし」が会場に流れていました。

1)ハアーアーエーエー

  加賀の鳶だよ百万石の
  纏(まとい)振るにも火柱越えて
  男伊達(おとこだて)なら命をかけて 

  ※エンヤラヤ サノヨイサヨイナ 
  エンヤラヤレコノセー
  アレワエンヤーヤラヤー

2)ハアーエー

  衿(えり)にぁ加賀の鳶出初(でぞ)あと 出初の時は
  勇み裸に梯子を立てて
  夢の枕にゃあら吹流し

  ※(繰り返し) 















 3)ハアーエー

   加賀の華だよ 知らせの半鐘
   ジャン、ジャン、ジャンと鳴りゃ纏を持ちて
   梯子鳶口気合を入れて

   ※(繰り返し)

 

 4)ハアーエー

   木遣り音頭に三団揃え
   祝い祭や百万石の
   心合わせて火事場の守り

   ※(繰り返し)
加賀鳶の活躍
 加賀藩では、五代藩主綱紀(つなのり)のときに江戸の防火組織が強化され藩士の火消役のほかに92人の鳶職を雇って消防隊を編成しました加賀藩が有名になったのは享保3年(1718)12月3日江戸本郷弓町の大火の際幕府の定火消役の仙台兵庫の鳶と火口(ひぐち)の先陣争いで大喧嘩になり、江戸町奉行大岡越前守らの裁きで加賀鳶が勝った事件です。
 江戸の火事場を守っていた加賀藩では江戸屋敷に詰めていた鳶たちが江戸末期から明治初期に流行した「江戸木遣り」を覚え、故郷の金沢に持ち帰って唄ったのが、この唄のはじまりであるといいます。

纏舞で景気付けるはだか放水

纏舞で景気付けるはだか放水

拡大写真(1800x1440)387KB

鬼 夜
玉垂宮
福岡県久留米市大善寺
平成14年(2002)1月7日(月)
制作:和田義男

 国の重要無形民族文化財で、日本三大火祭りの一つである鬼夜(おによ)が行われる玉垂宮(たまたれぐう)は、福岡県久留米市大善寺(だいぜんじ)に位置し、玉垂命(たまたれのみこと)、八幡大神(はちまんおおかみ)、住吉大神(すみよしおおかみ)の三柱(みはしら)を祀る。
 鬼夜は、1600年もの昔から行われている火祭であり、天下泰平、五穀豊穣、家内安全、災難消除を祈願する鬼会(おにえ)神事の満願の行事である。仁徳天皇の時代(368)に藤大臣(とうのおとど 玉垂命)が勅命で賊徒の肥前国水上の桜桃沈輪(ゆずらちんりん)を闇夜に松明(たいまつ)を照らして探し出して首を取り焼却したことに由来する。
 新年の邪気を払う追儺(ついな)の夜祭りとして知られる鬼夜は、大晦日の夜から1月7日までの鬼会神事の最終日の夜に行われる。冬の夜空を赤く染めながら繰り広げられる鬼夜は、約400名の氏子たちが褌一丁になり、巨大な松明に火を灯し、境内を引き回す勇壮な夜祭りである。 鬼夜の火にあたれば病にかからず難を逃れるといわれ、また魔祓い(まばらい)神事に用いられる鉾に付けられた鉾紙(ほこがみ)は安産、幸運のお札として珍重される。
大善寺玉垂宮鬼夜
 
正月上 正月下 如月上 如月下 弥 生 卯 月 和田義男
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