ホームページお知らせお便りコーナー徒然日記俳句・海の風景ホームページ奮闘記作者のプロフィールリンク
 

Wa☆Daフォトギャラリー

 旅紀行日本の裸祭り

2018年10月20日改訂

今 日

昨 日

♪おはやし〜早春賦

どやどやの濡れ褌や札奪ひ   北舟

拡大写真(1800x1350)493KB

Doyadoya ritual, wet fundoshi loincloths for winning charms.

2010年7月15日制作

護符争奪戦

四天王寺どやどや

御師住宅・秋山荘の玄関/武州御嶽山御師集落(東京都青梅市)

- 日本の伝統文化が息づく祭 -

 

日本裸祭百景【上巻】

正月

日本裸祭百景上巻 中巻 下巻 日本の裸祭り
青島神社裸まいり
青島神社
宮崎県宮崎市
平成19年(2007)1月8日(月)
撮影・原作:上平 明 監修:和田義男

 平成19年(2007)1月8日(月)、宮崎県宮崎市に鎮座する青島神社で、宮崎を代表する新春恒例行事「裸まいり」が行われた。この「裸まいり」は、日向(ひゅうが)神話の「山幸彦・海幸彦」伝説に基づくもので、山幸彦が海の宮から帰ってくるとの知らせを受けた村人たちが、着衣をまとう暇もなく浜へ飛び出して出迎えたという伝承を再現したものである。
 現在は、成人式にあわせて実施しているが、元来は旧暦12月17日(新暦2月4日)に行われ、当夜参拝すれば、お百度参りの10回分つまり1,000日分の御利益(ごりやく)があると伝えられているもので天孫降臨神話の地である宮崎に相応(ふさわ)しい伝統行事である。
 今年の「裸まいり」は宮崎県内外から集まった1歳から83歳までの男女278人が参加。男は越中褌、女性は短パンと襦袢を身につけ、身を切るような寒さの中で日向灘(ひゅうがなだ)に入り、あらたまの海水で沐浴(もくよく)した。
海に向かって一斉に走る

海に向かって一斉に走る

拡大写真(1600x1067)282KB

  正月や日向の灘の初禊  北舟 

しょうがつや ひゅうがのなだの はつみそぎ

The New Year, First purification with water in the rough sea of Hyuga.

遠浅の渚を歩く

遠浅の渚を歩く

拡大写真(1600x876)256KB

  ふんどしの童に辛き寒の垢離  北舟 

ふんどしの わらべにつらき かんのこり

Water purification in the cold season, too much hard to the child of loincloth.

さぶ〜!!!!

さぶ〜!!!!

拡大写真(1400x920)237KB

八王子神社米とぎ祭
八王子神社
静岡県磐田市
平成24年(2012)1月8日(日)
撮影・原作:宮嶋 茂

 平成24年(2012)1月8日(日)、静岡県磐田市(いわたし)下太(しもふと)に鎮座する八王子神社(はちおうじ・じんじゃ)(袴田孝子宮司)で米とぎ祭(こめとぎ・まつり)が開催された。毎年秋に開催される 見付天神裸祭 (みつけてんじん・はだかまつり)は、平成21年(2009)から密着取材を続けているが、浜垢離(はまごり)が行われる遠州灘(えんしゅうなだ)福田(ふくで)海岸から北方約2kmの今之浦川(いまのうらがわ)東岸に位置する磐田市下太の鎮守の杜に八王子神社が鎮座している。八王子神社は下太の氏神で、災難や疾病除けの神として信仰を集めている。平安時代の中期・承平2年(933)に建立されたと伝えられ、八柱の神を祀っており、社名はその神々の数に由来する。
 毎年、正月第二日曜日に下太自治会(相曽秀信会長)の主催で八王子神社で行われる「米とぎ祭」は、今から300年ほど前の元禄時代に流行病(はやりやまい)が蔓延したため、その疾病退散(しっぺい・たいさん)を願い、村の男衆が褌(ふんどし)一丁の裸形(らぎょう)となって桶(おけ)に入れた米を担ぎ、西側の今之浦川に入って米を研ぎ、ふかして強飯(こわめし)(餅米を蒸したもの)にして村中に配ったことから始まったものといわれている。
 現在、下太地区には、約30世帯が暮らしているが、村人たちの無病息災を祈願するため、今も当時のしきたりを守って男衆が褌一丁になって今之浦川で米を研ぎ、神前に供える「米とぎ祭」が行われており、平成17年(2005)に「八王子神社米とぎまつり」として磐田市無形民俗文化財に指定されている。
  初春や舟で米とぐふどし衆  北舟 

はつはるや ふねでこめとぐ ふどししゅう

The beginning of spring, guys of loincloth washing rice on a boat.

編集子の選ぶ傑作

舟上で米を研ぐ褌衆

舟上で米を研ぐ褌衆

拡大写真(2200X1650)662KB

下太よ、永遠なれ!

 300年ほど前の江戸時代、元禄の頃から続く八王子神社の「米とぎ祭」は、30所帯ほどしかいない小さな村落のたった30分の単純素朴な裸祭である褌一丁の男たちが川舟に乗り、釜で米を研ぐ時間は僅か二分ほど。それがこの祭の全てである。
 それなのに、これだけ美しく、また、感動を覚えるのはどうしてだろう。それは先祖から代々伝わった伝統の裸褌文化に誇りを持ち、小さな村落の氏子男性が全員参加してこの祭を支えているからではないだろうか。僅か三歳にも満たない幼児までが晒の一端をくわえにこやかにふんどしを締めている。一人の装束違反者もいない、完璧で美しい裸祭だからなのであろう。
 皆の表情が何と明るく素晴らしいことか。裸褌の子供たちは終始笑顔で飛び回っていた。
和田義男
  戦後、アメリカナイズされた日本は、年を経るごとに伝統の裸褌文化が危機に晒されている。その一因は、母親が子供たちに褌姿は恥ずかしいという先入観を植え付けていることにあると思われる。特に、都会では顕著である。しかし、地方では、このような伝統文化を軽視する軽薄な女性はそんなに多くなく、日本の至る所で今も江戸時代から続く褌姿で伝統の裸祭を催行しているところが多々ある。下太(しもふと)の子供たちも母親から「褌はお相撲さんのように 男らしくて格好良い」と教わっているのである。子供たちのVサインがその証拠である。
 私のこれからの使命は、まだ知られない美しい裸祭を発掘し、記録保存するとともに、世界に紹介することである。今年の第一歩がこの「米とぎ祭」である。第二第三の下太を撮しに旅に出かけたい。杉浦さんのように、メール一本でお知らせ頂ければ、すっ飛んで行く。下太よ、永遠なれ! 〈 完 〉 2012.01.23 監修 和田義男
  斎場の寒の禊や米とぎ祭  北舟 

さいじょうの かんのみそぎや こめとぎさい

Cold water ablution at holy place, the ritual of washing rice.

編集子の選ぶ傑作

桶の水を掛ける「おねり」

桶の水を掛ける「おねり」 12:14

拡大写真(2000X1350)773KB

 
鐵砲洲寒中水浴
鐵砲洲稲荷神社
東京都中央区湊一丁目
平成22年(2010)1月10日(日)
撮影:星 宏幸・小林豊一 監修:和田義男

 冬晴れの絶好の水浴日となった平成22年(2010)1月10日(日)東京都中央区湊1丁目に鎮座する鐵砲洲稲荷神社で第55回寒中水浴大会が開かれ、かねてから準備していた水浴和田グループの代表として、氷を浮かべた円形水槽の冷水に身を沈めて三度目の寒中禊を行った。
 快晴の穏やかな天候に恵まれ、平成20年(2008)に交通新聞社から発行された大人の首都圏散策マガジン「散歩の達人ムック/祭り&イベントカレンダー2009」の「水の祭り」の部でトップに紹介されたこともあり、観客・参加者とも毎年増加し、今年は全国から集まった和田グループ20人を含む参加者は80人で、観客は400人と過去最高を記録した。
 現在、鐵砲洲稲荷神社で行われる寒中水浴は関東一の水の祭りとして知られ、東京の新春の風物詩となっている。午前10時50分、中川文隆・鐵砲洲稲荷神社宮司の挨拶と全員の参拝を皮切りに、寒中水浴大会が始まった。参加者たちは、越中褌と鉢巻をキリリと締め、準備運動の鳥船、神社一周の褌ランニング、鐵砲洲囃子が流れる中での三度の水行、整理運動の鳥船と、50分に及ぶ裸の水行を無事にこなし、湊湯で冷え切った身体を温めた後、社務所二階の直会(なおらい)に出席して和やかな初春のひとときを楽しみ、清々しい新年のスタートを切った。
  歳ひとつ重ねて白褌寒の垢離  北舟 

としひとつ かさねてびゃっこん かんのこり

Winter water ablution, white loincloth aging a year.

鐵砲洲囃子をバックに寒中水浴

鐵砲洲囃子をバックに寒中水浴

拡大写真(1800x1350)537KB

寒中水浴【拾四】 〜 篠宮司と共に禊ぐ第一陣三度目の水浴〜 11:26

寒中水浴【拾四】 〜篠宮司と共に禊ぐ第一陣三度目の水浴〜 11:26

拡大写真(2000x1550)599KB

撮影:伊藤秀行

寒中水浴【拾五】 〜風格と威厳が漂う篠宮司の禊〜

寒中水浴【拾五】 〜風格と威厳が漂う篠宮司の禊〜

拡大写真(1540x1800)436KB

撮影:小林豊一

寒中水浴【拾六】 〜 最長老羽場左近さん(79歳)(国立市)の禊(通算3回目の参加)〜 11:27

寒中水浴【拾六】 〜最長老羽場左近さん(79歳)(国立市)の禊(通算3回目の参加)〜 11:27

拡大写真(1200x1150)345KB

撮影:伊藤秀行

褌一丁の礼拝 11:37

褌一丁の礼拝 11:37

拡大写真(2400x1600)897KB

撮影:小林豊一

  寒みそぎ娑婆の極楽湊の湯  北舟 

かんみそぎ しゃばのごくらく みなとのゆ

Purification with water in the cold season, Minato bathhouse the paradise in the world.

「湊湯」極楽!

「湊湯」極楽!

拡大写真(1600x1110)200KB

撮影:小林豊一

弥生会やよいかい

直会なおらい

に和田グループ全員招待! 13:10

弥生会の直会に和田グループ全員招待! 13:10

拡大写真(1800x1150)380KB
▼ 昭和22年(1947)丁亥(ひのとい)の年に生まれた筆者は、平成19年(2007)3月6日に満60歳の還暦を迎えた。心身を一新して二巡目の人生を健康で明るく過ごしたいと思い平成20年(2008)正月13日(日)、第52回鐵砲洲渦中水浴大会に初めて参加し、還暦記念の寒中水浴をして厄払いをした。
 日本には古来より、満60歳の還暦を迎えた人に還暦祝いとして赤い頭巾やチャンチャンコなど赤色の衣服を贈る風習がある。かつては魔除けのために赤子の産着(うぶぎ)に赤色が使われていたため、赤子と同じ赤い装束を身に着けて生まれ変わった気持ちで長寿を全うしてほしいとの願いが込められている。
 赤い褌を「あかふん」と呼ぶが丹後地方などでは42歳の厄年に着物の下に赤褌を締めて神社参りをする風習があり、「赤褌(あかふん)行事」と呼ばれている。また、全国的には60歳の還暦祝いに赤褌が贈られ、赤褌を締めて禊をし厄落としをする風習がある。高良大社へこかき祭 還暦に赤褌で水浴する神事である。筆者も古来の伝統に従い、中川宮司のご高配により、神事の寒中水浴に続いて、同い年の三木芳樹さんと平野五雄さんの3人で赤褌に締め替えて還暦記念水浴を行った。最初の経験だったので、厳しいものがあったが、身体が活性化するのでこれ以後、毎年続けている。
   還暦の赤褌水浴初神楽  北舟 

かんれきの あかふんすいよく はつかぐら

Kagura for the New Year, Cold water ablutions wearing red loincloth at sixtieth birth year.

限 界

還暦記念水浴を果たした3人
限 界 還暦記念水浴を果たした3人(左から三木芳樹さん・筆者・平野五雄さん)

拡大写真(1400X1050)351KB

拡大写真(1400X1150)212KB

四天王寺どやどや
四天王寺
大阪市天王寺区
平成21年(2009)1月14日(水)
撮影・制作:和田義男

 平成21年(2009)1月14日(水)午後2時半から大阪市天王寺区・四天王寺で恒例の裸祭り「どやどや」が開催されたので、7年ぶりに取材した。四天王寺では、元旦から14日間、六時禮讃堂(通称六時堂)で修正会(しゅしょうえ)が修せられ、14日の結願(けちがん)の日に「どやどや」が行われる。修正会は、毎年正月に天下泰平・五穀豊穣を祈願する行事で、天長4年(827)正月に京都のお寺で始まり、以後諸大寺に広まっていったという。 正月に修せられることから修正会と呼ばれる。
 「どやどや」はこの結願日に当たって行われるもので、法要中に祈祷された魔除けの護符である牛王宝印(ごおうほういん)を近在の村人たちが寒中素裸になって奪い合うのが古来の習俗となっていた。いつから始まったものかは分からないが、江戸時代には行われていたという。かつては酉の刻(午後6時)から法要がはじまって、牛王宝印を投ずるのは夜8時から9時頃であったという。
 現在は混乱を避けるため午後2時半より始まり参加者も四天王寺に関連する中高生男子に限られる。ふんどしを締めてどやどやに参加する人は、指導教官を含め、総勢1,000名ほど。赤白に分かれての護符争奪戦も同じ学校の生徒同士が行うため、喧嘩沙汰になることはない。岩手県黒石寺蘇民祭と岡山県西大寺会陽とともに日本三大奇祭に数えられているが、四天王寺関係者による閉鎖的な行事となり、護符争奪戦に地域住民が参加できなくなったのが惜しまれる。
冷水の洗礼!

冷水の洗礼!

拡大写真(1600x1164)461KB

  どやどやの濡れ褌や札奪ひ  北舟 

どやどやの ぬれふんどしや ふだうばい

Doyadoya ritual, wet fundoshi loincloths for winning charms.

熱気を帯びる護符争奪戦

熱気を帯びる護符争奪戦

拡大写真(2200x1400)640KB

白組の勝ち!

白組の勝ち!

拡大写真(2000x1350)319KB

護符を取った3人

護符を取った3人

木古内寒中みそぎ祭
佐女川神社
北海道上磯郡木古内町
平成22年(2010)1月13日(水)〜15日(金)
撮影・原作:上平 明 監修:和田義男

 平成22年(2010)1月13日(水)〜15日(金)の3日間、北海道上磯郡(かみいそぐん)木古内町(きこないちょう)に鎮座する佐女川神社(さめがわじんじゃ)で「第180回寒中みそぎ祭り」が行われた。
 天保2年(1831)から続く「寒中みそぎ」は正に命をかけて行う神事で毎年行修者(ぎょうしゅうしゃ)と呼ばれる4人の若者が1月13日から3日間佐女川神社本殿にこもり、極寒の中、昼夜の別なく数時間おきに水垢離(みずごり)を取り、1月15日「みそぎ浜」にてご神体を清め、1年の豊漁豊作などを祈願した。

極寒北限の寒中禊

 このたび、以前から興味のあった木古内町の「寒中みそぎ祭り」を取材することができました。この「寒中みそぎ祭り」は、厳寒期における北限の「みそぎ」として道内はもとより国内に広く知られているところですが、TVニュースで放映される映像は、行修者が勢いよく海に飛び込んでいく最終日のものがほとんどであり、その全容はあまり知られていませんでした。
 最終日に行われる「海中みそぎ」は、もちろん迫力満点ではありますが、本番の前に行う一連の鍛錬こそ、本当に辛く厳しいものでありました。行修者は、3日間で数百回の冷水をかぶりますが、特に夜間の冷え込みが一段と厳しく、見ている方が震える中で行われる水ごりは圧巻で、まさに命をかけて行う神事です。
 また、寒風の中、冷水をかぶった後の濡れた体のままで他者の水ごりを仁王立ちで見守ることや、行修者の水ごりが一巡した後、ゆっくりと階段を上り、神殿に入れてもらえず戻ってきてはまた水ごりを行う姿には感動を禁じ得ません。
 参拝者は、このような若者たちの厳しい修行に対する真摯な姿から多くの感動を貰い、神社境内には彼らを称える惜しみない拍手が響き渡っていました。
 取材にあたり寒さ対策は十分したつもりでしたが、手袋はカメラ操作のため指先の出るものを使用せざるをえず指先が北海道弁でいう「なまらしばれる」感覚となりましたが、他の参拝者同様、私も彼らから寒さを吹き飛ばすような素晴らしい感動をもらい、新年早々本当に清々しい気持ちになりました。 2010.02.10 上平 明
ご神体を抱いて整列した4人の

行修者ぎょうしゅうしゃ

 

ご神体を抱いて整列した4人の行修者

拡大写真(2200X1830)570KB

  寒垢離や四人行者の褌の白  北舟 

かんごりや よにんぎょうじゃの こんのしろ

Winter water ablutions, white of the loincloths of four ascetics.

御神体を前に合掌する

行修者ぎょうしゅうしゃ

たち

御神体を前に合掌する行修者たち

拡大写真(2200X1460)386KB

 
伊手熊野神社蘇民祭
熊野神社
岩手県奥州市江刺区
平成22年(2010)1月16日(土)-17日(日)
撮影・原作:曽根由香

 平成22年(2010)1月16日(土)、 岩手県奥州市(おうしゅうし)江刺区(えさしく)(旧江刺市)伊手(いで)に鎮座する熊野神社(くまのじんじゃ)で蘇民祭(そみんさい)が開かれた。
 熊野神社の蘇民祭の起源は、四百年以上も前にさかのぼる。当時凶作や疫病などに苦しんだ人々が近隣の黒石寺を手本に始めたといわれているが、正確な記録は残っていないという。
 戦後の経済成長に伴い、人口流出が進み、さらに信仰心の希薄化や資金不足も重なって、蘇民祭は昭和35年(1960)に一時中断したが、昭和45年(1960)に有志が保存会を結成して隔年で再会され、昭和50年(1975)からは地区全域の協力を得て毎年開催されるようになった。
 昭和60年(1985)から開催日を旧暦から新暦の正月14日に変更。平成7年(1995)に「記録作成等の措置を講ずべき国の無形文化財」に指定されたが、黒石寺と同様に徹夜の祭礼だったため、平成11年(1999)から行事時間を短くして翌日の午前1〜2時頃に終わるように変更。平成13年(2001)から正月第三土曜日に開催することとなり、現在に至っている。
 午後9時から「岩手の火まつり」である「火たき登り」が始まった。これも易しく表記しているが、「火を焚いて登る」ことから「柴燈木登(ひたきのぼり)」を「火たき登り」と表現したのだろうか。
 柴燈木登(ひたきのぼり)は、積み重ねた松木(まつき)の上にのぼり、火の粉を浴びて身を清める行事で、これは修験道の柴燈護摩(さいとうごま)と考えられる儀式であり、修験道と神道とが見事に習合している。
 男たちは歳戸木(さいとぎ)の燃えさしを引き出し、地面や拝殿に叩き付け、飛び散る火の粉で邪気を払った。
  小雪舞ふ柴燈木登や白ふどし 北舟 

こゆきまう ひたきのぼりや しろふどし

A light snowfall, white loincloth of climbers on the smoking piles of Hitaki lumber of holy fire.

火たき登り(

柴燈木登ひたきのぼり

)の晴れ姿! 21:33

火たき登り(柴燈木登)の晴れ姿! 21:33

拡大写真(2352X1568)479KB

的ばかい
四王子神社
熊本県玉名郡長洲町
平成15年(2003)1月19日(日)
撮影:ちばあきお 制作:和田義男

 毎年正月第三日曜日(2003年は1月19日)午後1時から熊本県玉名(たまな)郡長洲(ながす)町の四王子(しおうじ)神社で「的(まと)ばかい」が催され、130人ほどのふんどし姿の男たちが家内安全や無病息災などを祈って境内や路上有明海で「的」を奪い合う神事が行われた。「的ばかい」は四王子神社の破魔弓祭(はまゆみまつり)の別称で、800有余年の歴史を持つ勇壮な裸祭りである。
 1時間近く境内で「的」を奪い合った後、もみ合いながら近くの有明海へ移動し、地先の潟の浜辺で「的」を頭上に掲げて祭りは目出度く終了する。氏子の長老たちは、「的」の縄を切り取り、本体を16等分に裁断し、家内安全や無病息災などのお守りに、長洲町内や参拝者に配布する。

まと

を奪い合う褌衆

的を奪い合う褌衆

拡大写真(1250X830)168KB

 
鹿島神宮大寒禊
鹿島神宮
茨城県鹿嶋市
平成19年(2007)1月20日(土)
撮影・制作:和田義男

 平成19年(2007)1月20日(土)、茨城県鹿嶋市に鎮座する鹿島神宮(かしまじんぐう)第21回大寒禊が開催された。大寒禊は、午前9時に神宮に集合すれば、参加費2000円と申込書1枚を提出すれば誰でも参加できる。診断書は不要だが参加は自己責任。持参品は白タオル、草履(サンダル可)白褌、白鉢巻。白褌、白鉢巻は神宮でも用意されている。女性には、白衣、白襦袢、白鉢巻が貸与されるがタオル、帯紐、着替えは持参。説明資料には白褌となっていて、白色越中褌となっていないのは、神社の禊は越中褌に決まっているということなのだろう。事実六尺褌の人は誰一人いなかった。衣装統一はさすがである。
 禊の時間はきっちり15分。神拝詞(しんぱいし)を持つ手が震えている人が何人かいたがそれほど寒い顔をしていない。それもそのはず御手洗池は水温15℃の地下水が湧出しているので夏涼しく冬温かい池なのである。終了は午前10時50分。去年の参加者は110名だったが、今年は125人と増加、最高齢者は78歳の男性だった。
 行が終わると観客から良くやったという拍手が一斉に湧いた。初心者が沢山いるなかでの一糸乱れない行動は指導者の事前の説明や周到な用意が行き届いていることが伺われ、日本古来の伝統作法による清潔で美しい禊だった。
  寒垢離や御手洗池の行ふどし  北舟 

かんごりや みたらしいけの ぎょうふどし

Purification with water in the cold season, Training loincloth in the Mitarashi pond.

神拝詞しんぱいし

の斉唱

神拝詞の斉唱

拡大写真(1600x1200)322KB

江ノ島寒中神輿
江ノ島寒中神輿錬成会
神奈川県藤沢市
平成19年(2007)1月21日(日)
撮影・制作:和田義男

 平成19年(2007)1月21日(日)午前11時から神奈川県藤沢市江ノ島片瀬海岸東浜で第26回江ノ島寒中神輿錬成会が開催された。江ノ島寒中神輿錬成会は、神社の祭礼ではなく、藤沢鎌倉神輿連合会(山口昌明会長)が主催する新成人を祝う祭典で、神輿愛好者約300人による年に一度の大会である。
 午前11時から式典が始まった。主役の新成人25人が中央に並び、藤沢鎌倉神輿連合会会長はじめ、議員などの来賓による祝辞のほか、江ノ島神社宮司らによる新年の安全祈願や神輿のお祓いが行われた。

出番を待つ4台の神輿

出番を待つ4台の神輿

パノラマ写真(2000x820)396KB

式典が執り行われている間会場西側の焚き火のそばに褌一丁の男たちが登場した。寒中神輿錬成会の神輿の担ぎ手は、夏の江ノ島天王祭の海中渡御の神事とは異なり、色物や柄物の水褌(すいこん)(前袋式六尺褌)を締めている。これほどカラフルな江戸っ子褌が揃うのはこの祭りだけで、他では見られない光景である。

焚火で暖を取る参加者たち

焚き火で暖を取る参加者たち

パノラマ写真(1800x970)397KB

式典の後、4基の神輿は砂浜を練り廻ったあと、多くの観客やアマチュアカメラマンが見守るなか、次々と湘南(しょうなん)の相模(さがみ)の海に入り、江ノ島をバックに初春の勇壮な海中渡御が行われた。

晴れやかな四基の海中渡御

晴れやかな四基の海中渡御

パノラマ写真(2000x1140)480KB

  初春の潮に練込む神輿かな  北舟 

はつはるの しおにねりこむ みこしかな

Early spring, Portable shrines rush to the tidal waves.

鳳龍神輿とサーフィン

鳳龍神輿とサーフィン

拡大写真(1750x1450)435KB

 

色柄物の江戸っ子褌がみられる裸祭

 江ノ島寒中神輿は新年の初神輿を担げるとあって部外参加者も多く、褌一丁の担ぎ手たちが4基の神輿を担いで海に入る姿は圧巻である。この祭の特徴は、主役があくまで両地区の新成人で、かつては神輿に乗ることが許されていたことと、担ぎ手たちが正月に海に入って神輿練りを行う点にある。
 色物や柄物のカラフルな江戸っ子褌(前袋式六尺褌)を締めた裸祭は他に例はなく、参加者たちは、毎年、新しい褌をあつらえてその鯔背ぶりを披露することを楽しみにしている。

 かつては、成人式を迎えた20歳の男女が神輿に乗って海上渡御を行い、晴れて成人の仲間入りを果たす儀式(通過儀礼)だったが、近年はどこの神社も神輿の上に乗ることを禁じるようになり、祭祀を司る江島神社(えのしまじんじゃ)もその例外ではなくなり、新成人が神輿の上に乗って海上渡御する姿はまったく見られなくなった。

 しかし幸いなことに、かつては評判だった振袖神輿(振袖姿の女性を乗せた神輿)を二度にわたって取材しているのでこの作品は貴重な歴史記録となった。
   湘南や海に練り込む初神輿  北舟 

しょうなんや うみにねりこむ はつみこし

Early spring, the first mikoshi of the year going into the sea.

海中の 神輿練みこしね

海中の神輿練り

拡大写真(2600x1700)710KB

玉前神社大寒禊
上総国一ノ宮・玉前神社
千葉県長生郡一宮町
平成22年(2010)1月24日(日)
撮影・制作:和田義男

 平成22年(2010)1月24日(日)、千葉県長生郡一宮町(ちばけん・ちょうせいぐん・いちのみやまち)に鎮座する上総国一ノ宮(かずさのくに・いちのみや)「玉前神社(たまさきじんじゃ)」の大寒禊(だいかんみそぎ)が九十九里浜(くじゅうくりはま)一宮海岸(いちのみやかいがん)で初めて行われた。
 参加者は18名と少なかったが、新任の栗原崇次(くりはらたかつぐ)宮司の熱意により、新しい祭禮がこの地で始まった意義は大きい。鳥船などの準備運動をみっちり行った後、一行は10時45分ころ道彦を先頭に荒波寄せ来る海に入り、大祓詞(おおはらえ・ことば)を斉唱(せいしょう)する大寒禊が始まった。この日は殆ど風もなく、穏やかな冬晴れとなり、絶好の水行日和だったが、太平洋の冬の荒波が押し寄せる厳しい海象だったため、何回かに1回現れる大きな磯波に戸惑う参加者もみられた。
 全ての行事が終わると、お湯を積んだ給水車でお湯を被り、身体を温めながら塩抜きをした。これも神社側の細やかな配慮で、参加者は大喜びだった。大寒禊が終わったあと、11時半までに神社に集合とのことだったので、再度タクシーに乗り、駅の西にある玉前神社に行った。しばらく休憩所で待機していたところ、鉄筋コンクリート製のモダンな参集殿(さんしゅうでん)に案内され、拝殿で参拝した。
 大寒禊一行は、斎館(さいかん)に移動し、昼食会となった。最初に甘酒が振る舞われたあと、寒鰤や海老などの魚類や野菜がタップリ入った海鮮鍋とおにぎりソーセージ鏡餅を砕いて炒ったと思われる霰(あられ)が出された。昼食会のホストは、栗原宮司が自ら担当され、食事を頂きながら最後まで歓談させて頂いた。

★☆★彡

 玉前神社では、2010年から冬(正月)の大寒禊と夏(6月)の夏越禊を続けている。Wa☆Daフォトギャラリーは、スタート時より途切れることなく取材を続けると共に、大寒禊・夏越禊ともに全国連和田グループを組織して参加している。2013年1月27日(日)の第七回大寒禊では、和田グループ第七期7人が参加した。これからもこの新しい伝統の裸祭の発展をフォローし、撮影を続けてゆくと共に、全国から参加者を募集し、模範的禊集団として参加することにしている。
     海原の大寒禊九十九里  北舟 

うなばらの だいかんみそぎ くじゅうくり

Kujyukuri, purification of the coldest season in the ocean.

大波にたじろぐ 11:01

大波にたじろぐ 11:01

拡大写真(2700X1000)335KB

大波注意!

大波注意!

拡大写真(2000X1400)383KB
  大寒の大波浴びる褌衆 北舟 

だいかんの おおなみあびる ふどししゅう

Men of loincloth, bathing huge waves in the coldest season.

波にお手上げ!

波にお手上げ!

拡大写真(2000X1300)540KB

  大寒の行者褌浜禊 北舟 

だいかんの ぎょうじゃふんどし はまみそぎ

Naked water purification at beach, the ascetics wearing fundoshi loincloth in the coldest season.

太平洋を背に記念撮影 11:31

太平洋を背に記念撮影 11:31

拡大写真(2600X1250)799KB

日向の師走祭
神門神社
宮崎県
平成19年(2007)1月26日(金)-28日(日)
撮影・原作:上平 明 監修:和田義男

 平成19年(2007)1月26日から3日間、神門(みかど)神社で国から選択無形民俗文化財に指定されている師走祭が行われた。宮崎県北部、日向市から国道327号線を経由して西へ車で約1時間半の山奥に旧南郷村がある。ここにあまり知られていない「百済(くだら)伝説」がある。師走祭は、宮崎県木城町(きじょうちょう)比木(ひき)神社と美郷町(みさとちょう)南郷区(旧美郷村)神門(みかど)神社の二社合同で、1,000年以上にわたり脈々と受け継がれ行われているもので、百済王族の年一度の対面を再現する大変珍しい祭りである。
 朝早く比木神社を出発した一行は、、塚の原古墳を経由して一路神門神社を目指して進むが、神門神社手前の神域の外で褌一丁になって禊ぎを行う。禊ぎの場所は、禎嘉王一行がその衣類を清めるために洗濯をしたといわれる小丸川の衣渕(ころもぶち)である。
 神門(みかど)神社へ向かう道沿いに迎え火のための櫓(やぐら)が用意され、今年は23基を数えた。神職一行が神門神社を目指し近づいて来ると次々と火が放たれ、祭り最大の呼び物である迎え火が開始された。
 祭2日目には、御神体お衣替え、ドンタロ祭、将軍神楽、野焼きの儀、洗濯の儀、夜神楽、石運びの儀など、盛りだくさんの行事が行われた。
 最終日の3日目「下(くだ)りまし」は、午前10時30分から神社境内で、比木、神門の宮司を中心に両社全員が集まり、お別れの宴が始まる。宴が進んだところで、 あちらこちらでヘグロ塗りが始まった。婦人たちが隠し持ったヘグロ(鍋のスミ)を神官等の顔に塗りつけていく。
 最後に、神殿奥からご神体とご幣が取り出され、神門、比木の代表の肩に渡され、一行は帰路につく。婦人たちは、手に鍋やかご、釜のふた、しゃもじ、すりこぎ、まな板などを持って、列の後に続く。ご神体とご幣は最初、50mほど行って、一列に並んで振り返って対面する。帰る途中で名残を惜しむかのように、何回か立ち止まり振り返りお辞儀をしていく。見送る側は一斉に「オサラバー」と叫ぶ。
 神官たちは白扇を両手で捧げるようにして上下に振り、婦人たちは炊事道具をかざし、何度も「オサラバー」と叫び別れを告げる。「オサラバー」とは韓国語の「サラバァー」で、「生きてまた逢おう」という挨拶だという。昔、時代劇でよく「さらば」という別れの言葉を聞いたことを思い出したが、何と粋で味わい深い言葉であろうか。
オサラバー

オサラバー

拡大写真(1600x1140)205KB

五大尊蘇民祭
貴峰山(きほうざん)光勝寺(こうしょうじ)
岩手県花巻市石鳥谷町(いしどりやちょう)
平成24年(2012)1月28日(土)〜29日(日)
撮影・制作:和田義男

 平成24年(2012)1月28日(土)・29日(日)の両日、岩手県花巻市(はなまきし)石鳥谷町(いしどりやちょう)の貴峰山(きほうざん)光勝寺(こうしょうじ)(佐藤宥弘さとう ゆうこう住職 TEL0198-47-2230)で五大尊蘇民祭(ごだいそん そみんさい)が開催された。
 光勝寺の五大尊蘇民祭は、800年以上の歴史を誇る伝統の裸祭で、1年間の無病息災を祈って護摩を焚き、コマと呼ばれる365枚の木札が入った麻製の蘇民袋を奪い合い、御守札とする勇壮な冬祭である。
 花巻市無形民俗文化財の指定を受けたこの蘇民祭は、旧正月6日(2012年1月28日)午後7時から前夜祭があり、「裸参り」と星祭(ほしまつり)(護摩法要)が行われる。翌日の旧正月7日(2012年1月29日)は、午前9時半から12時半頃まで、御神火祭(ごじんかさい)(護摩法要)と蘇民袋争奪戦を中心とした蘇民祭が行われる。
   寒詣噛符行燈白褌  北舟 

かんもうで かみふあんどん しろふどし

Midwinter pilgrims, mouthpieces of paper, square lanterns and white loincloths.

無言の「裸参り」の開始 19:43

無言の「裸参り」の開始 19:43

拡大写真(2400X1750)484KB

   冬晴や褌登山の五人衆  北舟 

ふゆばれや ふんどしとざんの ごにんしゅう

The winter sun shining, the mountain climbing by the five naked of a string loincloth.

松明を手に褌登山

松明を手に褌登山

拡大写真(2400X1800)1,250KB

   雪渓を下るふんどし男たち  北舟 

せっけいを くだるふんどし おとこたち

Guys of fundoshi loincloth, going down a snowy valley.

雪渓せっけい

を下る蘇民袋争奪戦 11:00

雪渓を下る蘇民袋争奪戦 11:00

拡大写真(2000X1500)631KB

 
八海山滝行
八海山尊神社
新潟県南魚沼市
平成23年(2011)1月29日(土)-30日(日)
撮影・制作:和田義男

  新潟県南魚沼市に聳える八海山(1778m)の大崎登山口に鎮座する八海山尊神社(はっかいさんそんじんじゃ)では、毎年、大寒の1月28日(金)から節分の2月3日(木)まで、護摩行と滝行による寒修行が行われる。このたび、平成23年(2011)1月29日(土)30日(日)の両日、山田泰利宮司の御高配により、寒修行を密着取材した。
 八海山は、越後山脈に位置する越後三山(えちごさんざん)(魚沼三山)のひとつで、日本200名山に数えられている。八ッ峰(やつみね)と呼ばれる岩峰群と入道岳(にゅうどうだけ)などから成り、最高峰は標高1778mの入道岳である。古くから霊山として崇められ、修験の山として知られる。
  越後三山は、南魚沼市から魚沼市にかけて広がる八海山(1778m)・越後駒ヶ岳(2003m)・中ノ岳(2085m)を指し、三山全域が越後三山只見国定公園に指定されている。

笹竜胆

   厳寒の不動の滝や法螺の音  北舟 

げんかんの ふどうのたきや ほらのおと

The coldest season, a sound of a conch shell at Fudo waterfall.

八海山の滝行が行われる

里宮不動滝さとみやふどうのたき

  13:55

八海山の滝行が行われる里宮不動滝 13:55

拡大写真(1750X2000)408KB

▲▼ 八海山尊神社の奥の参道にある石鳥居から雪の山道を100mほど進むと、綿帽子を被った石碑が散在しており、その奥に八海山尊神社の前身である八海山里宮(はっかいさん・さとみや)(元宮)がある。里宮の手前に空地(あきち)があり、右手に禊更衣所(みそぎこういしょ)、左手に八海山開闢(かいびゃく)の祖・泰賢行者(たいけんぎょうじゃ)の霊窟(れいくつ)と里宮不動滝(さとみや・ふどうのたき)がある。
  大寒の雪に覆われた凍てつく不動滝では、一週間の寒修行中、毎日、深夜と朝の二回、宮司、禰宜、先達(せんだつ)、信者たちによる厳しい滝行が行われる 。
金内岳道先達の深夜の滝行 1/2

金内岳道先達の深夜の滝行 1/2

拡大写真(2000X1500)324KB 【 E-5 1/10秒 F2.8 ISO1600 24.0mm 】

   先達の夜の滝行寒の山  北舟 

せんだつの よるのたきぎょう かんのやま

The coldest mountain, a master purifying in a waterfall at night.

金内岳道先達の滝行 3/3

金内岳道先達の深夜の滝行 2/2

拡大写真(1800X1480)282KB 【 E-5 1/5秒 F3.9 ISO1600 86.0mm 】

▲▼ 大寒の雪に覆われた凍てつく不動滝では、一週間の寒修行中、毎日、深夜と朝の二回、宮司、禰宜、先達(せんだつ)、信者たちによる厳しい滝行が行われる。
山崎寛さんの朝の滝行 1/2

山崎寛さんの朝の滝行 1/2

拡大写真(1550X2000)513KB 【 E-5 1/250秒 F4.0 ISO1600 24.0mm 】

   白褌に気合込めたる雪の滝  北舟 

びゃっこんに きあいこめたる ゆきのたき

The snow-covered waterfall, unyielding spirit wearing a white loincloth only.

山崎寛さんの朝の滝行 2/2

山崎寛さんの朝の滝行 2/2

拡大写真(1500X2000)438KB 【 E-5 1/320秒 F5.0 ISO1600 120.0mm 】

日本裸祭百景上巻 中巻 下巻 日本の裸祭り
Wa☆Daフォトギャラリー

今 日

 和田フォトギャラリー

昨 日

 Copyright (C) 2000-2010 Yoshio Wada. All Rights Reserved. 

ホームページお知らせお便りコーナー徒然日記俳句・海の風景ホームページ奮闘記作者のプロフィールリンク