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 旅紀行日本の裸祭り

2018年8月24日改訂

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♪ 大太鼓〜海に帰る〜巡礼〜海のアラベスク

初陣の山笠立てり40年   北舟

 

Yamakasa the first battle erected, 40 years history.

2018年8月24日制作

北流の山小屋 〜玉城栄二・代表世話人と〜 (福岡県福津市)

拡大写真3000X2600)1.45MB

北流の山小屋 〜玉城栄二・代表世話人と〜 (福岡県福津市)

  波折神社   祗園紋

前編

津屋崎祗園山笠'18

初陣

撮影 和田義男 辻竜二 吉田好幸

はじめに

 
▼ 平成30年(2018)7月21日(土)22(日)の両日福岡県福津市(ふくつし)津屋崎(つやざき)に鎮座する波折神社(なみおり・じんじゃ)(麻生藤七宮司 58歳)で304年目の津屋崎祗園山笠(つやざき・ぎおんやまかさ)(福津市無形民俗文化財)が開かれたので、津屋崎山笠保存会(西野正信会長 65歳)の協力を得て、全国連和田グループ(和田義男代表 71歳)第四期6名が北流に参加し、密着取材を行った。  
福岡県福津市の位置

福岡県福津市の位置

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福岡県福津市
▲▼ 玄海灘に面し人口約5.5万を擁する福津市(ふくつし)福岡県北西部の福岡地方に位置し福岡市と北九州市の中間に位置する。平成17年(2005)1月24日に宗像郡(むなかたぐん)福間町(ふくままち)と津屋崎町(つやざきまち)が合併して発足し、今年、12年目を迎えた。  福津市公式サイト  
   「九州の鎌倉」とも呼ばれる津屋崎は古くから大陸との交流で栄えた。江戸時代から昭和初期までは、塩の積出港として栄え、津屋崎千軒と呼ばれるほどの賑わいを見せ、夏には祗園山笠が盛大に催行された。明治34年(1901)創建の紺屋が「津屋崎千軒民俗館」として再生されているほか、美しい家並みは今も健在である。  
津屋崎祗園山笠が行われる波折神社の位置

拡大写真(1500X1450)436KB

Google Earth
大峰山から望む津屋崎海岸 2017.07.14 08:20

拡大写真(3000X1900)1.27MB

津屋崎海岸の一等地にある和田グループの定宿「吉田屋」

津屋崎海岸の一等地にある和田グループの定宿「吉田屋」

拡大写真(4000X2300)1.82MB

旧津屋崎地域

旧津屋崎地域

拡大写真(1800X2400)878KB

保存会資料(津屋崎祗園山笠三百年記念記録誌)

日赤水上安全法講習会
▼ 「福岡の湘南」と呼ばれる風光明媚な津屋崎海岸の一等地に建つ吉田屋が全国連和田グループの定宿である。裸詣り(三社詣り)が行われた7月21日(土)、吉田屋を基地にして日本赤十字社福岡県支部による水上安全法講習会が行われていた。講習会を修了すると救助員の資格が付与されるという。
日赤水上安全法講習会 〜津屋崎海岸吉田屋前〜  2018年7月21日 11:28

日赤水上安全法講習会 〜津屋崎海岸吉田屋前〜  2018年7月21日 11:28

拡大写真(3000X2200)844KB

遭難者の救助に向かう受講者たち

遭難者の救助に向かう受講者たち

拡大写真(3000X2250)1.13MB

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜頑丈な防波堤の奧に広がる漁港/鳥瞰図(資料)〜

                                  ↓津屋崎ヨットハーバー     ↓津屋崎橋   ↓魚市場 

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜鳥瞰図(資料)〜

拡大写真(1000X600)117KB

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜180隻収容可能な津屋崎ヨットーハーバー〜

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜180隻収容可能な津屋崎ヨットーハーバー〜

拡大写真(3000X1950)911KB

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜西側岸壁先端より奧を望む〜

                   ↓係留中のクルーザー   ↓津屋崎中央病院                           ↓津屋崎橋          魚市場↓ 

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜西側岸壁先端より奧を望む〜

パノラマ写真(3000X1500)483KB

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜大自然に抱かれた清潔で美しい漁港〜

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜大自然に抱かれた清潔で美しい漁港〜

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沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜中心部付近(西岸)〜

                        ↓津屋崎漁協                ↓魚市場              ↓お魚センター        ↓福岡県立水産高校

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜中心部付近(西岸)〜

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沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜津屋崎橋より漁港入口(北)を望む〜

 西    ↓福岡県立水産高校                                                              大峰山↓  

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜津屋崎橋より漁港入口(北)を望む〜

パノラマ写真(3600X1300)772KB

波折神社
津屋崎の中心部に鎮座する波折神社(なみおりじんじゃ)は、漁師たちの守り神であり、地元の氏神である波折大神(なみおりのおおかみ)(瀬織津大神(せおりつのおおかみ)、住吉大神(すみよしのおおかみ)、志賀大神(しがのおおかみ)の三神を祀る。
波折神社参道

波折神社参道

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 その昔、神功皇后(じんぐうこうごう)が三韓を征し帰国してこの地に立ち寄った際この三神が現れたので河原崎の宮之本に神垣を造り、三神を斎祀したのが始まりという。神功皇后は、神垣を造り終え持っていた杖を地面に刺して休息したので、「杖刺し」が訛って「津屋崎」という地名が付いた。社伝によれば、承久3年(1221)に現在地に遷宮したという。
波折神社拝殿 2017.07.16 07:30

波折神社拝殿 2017.07.16 07:30

拡大写真(3000X1900)725KB

 ある日、3人の漁師が沖合で釣りをしていると、急に海が荒れて遭難し、神に祈ると三神が現れ、荒波を折って鼓島に漂着し、食べ物を得た。波風が収まると舟に三つの石があったので、漁師たちはそれを持ち帰ってご神体とし、社(やしろ)を奉(たてまつ)り、波折宮と呼ぶようになったという。
波折神社拝殿内部

波折神社拝殿内部

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祇園様を奉る境内社「須賀神社」

祇園様を奉る境内社「須賀神社」

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須賀神社と祇園山笠を解説した説明板

須賀神社と祇園山笠を解説した説明板

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津屋崎祗園山笠

 
津屋崎祗園山笠(つやざき・ぎおん・やまかさ)今から302年前の江戸時代・正徳4年(1714)に櫛田神社(博多)から波折神社(津屋崎)に祗園社の神を勧請(かんじょう)して3基の山笠を奉納し、疫病、災害の退散を祈願したことに始まる。  
 山笠は、漁業中心の北流(きたながれ)、商業中心の新町流(しんまちながれ)、農業中心の岡流(おかながれ)の3つの流れがある。
 山笠のメイン・イベントである追い山は、かつては7月19日に奉納されていたが、現在では19日に近い日曜日となり、平成30年(2018)は7月22日に行われた。
「北流」をあしらった2018年のポスター

「北流」をあしらった2018年のポスター

拡大写真(1400X2000)886KB

「津屋崎三流」をあしらった2018年の看板

「津屋崎三流」をあしらった2018年の看板

福津市・原崎智仁市長

 
津屋崎千軒を代表する新町流への挨拶回りの途中、古民家を改造した「みんなの縁側王丸屋」で原崎智仁市長が副市長と打ち合わせておられたので、アポなしで挨拶し、記念写真を撮らせて頂いた。原崎市長は、昨年、新町流の山笠に乗って宮入りしたが、今年は、以前から参加している北流の山笠で宮入りすると聞き、とても嬉しく思った。
原崎智仁・福津市長と記念撮影 / 古民家「みんなの縁側王丸屋」(津屋崎千軒) 2018.07.21 10:59

原崎智仁・福津市長と記念撮影 / 古民家「みんなの縁側王丸屋」(津屋崎千軒) 2018.07.21 10:59

拡大写真(2400X1650)403KB

▲▼ 原崎市長は、昨年2月の市長選で現職の小山達生市長を破って福津市長になった若手のホープ。福津市福間出身だが、津屋崎山笠では、ここ15年以上北流に参加されている。昨年、市長室に表敬訪問した際は、光栄にも和田法被を着用して頂いた。  市長プロフィール
津屋崎祗園山笠について熱っぽく語る原崎市長 / 2017年7月18日 福津市長室

津屋崎祗園山笠について熱っぽく語る原崎市長 / 2017年7月18日 福津市長室

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みんなの縁側王丸屋

 
 新町流の山小屋に隣接する玉丸屋は、明治から続いた津屋崎の燃料屋で、薪、豆炭、氷などを販売。最後はプロパンガス屋で、築140年ほどの古民家。現在は、孫の代の店主・冨永透さんが津屋崎を訪れた人々が気軽に立ち寄れる交流の場として提供している。「みんなの縁側」は、その意味を込めて屋号に加えたという。
津屋崎の交流の場「みんなの縁側玉丸屋」の縁台にて

津屋崎の交流の場「みんなの縁側玉丸屋」の縁台にて

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三流れの山小屋

 

今年も光線の具合を見ながら西から東に並ぶ北流・新町流・岡流の山小屋を訪ね山笠を撮影した。

 

山小屋の位置

山小屋の位置

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保存会資料(津屋崎祗園山笠三百年記念記録誌/一部修正)

【壱】 北流の山小屋 〜表「富士川初陣」〜

【壱】 北流の山小屋 〜表「富士川初陣」〜

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津屋崎人形

▲▼ 津屋崎山笠の制作は、三本とも地元・筑前津屋崎人形巧房の人形師・第七代原田誠(TEL 0940-52-0419)が担っている。博多山笠と違うところは、飾り人形の数が表が三体、見送りが一体と決まっていることだ。

【弐】 北流の山小屋 〜玉城栄二・代表世話人と〜

【弐】 北流の山小屋 〜玉城栄二・代表世話人と〜

拡大写真3000X2600)1.45MB

   初陣の山笠立てり40年  北舟 

ういじんの やまかさたてり しじゅうねん

Yamakasa the first battle erected, 40 years history.

【参】 北流の山小屋 〜表「富士川初陣」〜

【参】 北流の山小屋 〜表「富士川初陣」〜

拡大写真3000X2600)1.54MB

【四】 北流の山小屋 〜表標題「富士川初陣」の解説〜

【四】 北流の山小屋 〜表標題「富士川初陣」の解説〜

【五】 北流の山小屋 〜見送り「武将元親」〜

【五】 北流の山小屋 〜見送り「武将元親」〜

拡大写真(2150X2400)1.53MB

【六】 北流の山小屋 〜見送り標題「武将元親」の解説〜

【六】 北流の山小屋 〜見送り標題「武将元親」の解説〜

【壱】 新町流の山小屋 〜表「大坂夏の陣」〜

【壱】 新町流の山小屋 〜表「大坂夏の陣」〜

拡大写真(2650X3000)1.13MB

【弐】 新町流の山小屋 〜表「大坂夏の陣」〜

【弐】 新町流の山小屋 〜表「大坂夏の陣」〜

拡大写真(2300X2600)1.54MB

【参】 新町の山小屋 〜表標題「大坂夏の陣」の解説〜

【参】 新町の山小屋 〜表標題「大坂夏の陣」の解説〜

【四】 新町流の山小屋 〜見送り「勇将村上義清」〜

【四】 新町流の山小屋 〜見送り「勇将村上義清」〜

拡大写真(2400X2360)1.31MB

【五】 新町流の山小屋 〜見送り標題「勇将村上義清」の解説〜

【五】 新町流の山小屋 〜見送り標題「勇将村上義清」の解説〜

【壱】 岡流の山小屋 〜「なごみ」の敷地内に設けられた保存会事務所と岡流の山小屋〜

【壱】 岡流の山小屋 〜「なごみ」の敷地内に設けられた保存会事務所と岡流の山小屋〜

拡大写真(3000X2050)970KB

【弐】 岡流の山小屋 〜表「姉川の戦い」〜

【弐】 岡流の山小屋 〜表「姉川の戦い」〜

拡大写真(3000X2250)1.84MB

【参】 岡流の山小屋 〜表標題「姉川の戦い」の解説〜

【参】 岡流の山小屋 〜表標題「姉川の戦い」の解説〜

【参】岡流の山小屋 〜見送り「忠勇山中鹿介」〜

【参】岡流の山小屋 〜見送り「忠勇山中鹿介」〜

拡大写真(3000X2650)1.70MB

【四】岡流の山小屋 〜見送り標題「忠勇山中鹿介」の解説〜

【四】岡流の山小屋 〜見送り標題「忠勇山中鹿介」の解説〜

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