2002年7月7日改訂 |
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うろこの家
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1868年(慶応3年)の神戸開港に伴い、
現在の神戸市役所の西側一帯に外国人のための居留地が設けられたが、
来日する外国人の増加などにより、しだいに住宅地が不足しはじめ、
神戸港を一望できる山の手が新たな住宅地として注目されるようになった。これが、現在北野町・山本通に残る異人館街のはじまりである。 風見鶏の館 風見鶏の館は、異人館街の一角に建つ神戸を代表するシンボルだ。尖塔の上にいただいた風見鶏、山々の緑にひときわ映える色鮮やかな赤レンガの外壁は、他の異人館を圧倒する風格を備えている。
風見鶏の館は、神戸っ子にとってもデートと夕涼みのスポットとして人気が高い。夏場だけライトアップされていて、とんがり帽子の屋根の上の風見鶏が、黒い空をバックにクッキリと浮かび上がっている光景がみものだ。館の前はちょっとした広場になっていて、屋外コンサートが開けるようになっている。 |
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1868年(慶応3年)の神戸開港に伴い、外国人のための居留地が設けられたが、 日本と通商条約を締結していなかった当時の中国「清(しん)」の人々はその中に住むことが許されず、居留地の周辺に住ようになったのが南京町のはじまりである。 やがて、雑貨商や飲食店などが軒を連ねるようになり、昭和初期には世界各地の珍品が揃い、
全国各地から買物客が押し寄せるほどの賑わいを見せた。 |
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神戸は、開港後、多くの異人が住み着き、多くの国から異文化が持ち込まれ、ひと味違った異国情緒あふれる街となった。街並みも洗練されていて、多くの若者の心を惹きつけている。 フロインドリーブは、教会だった建物をレストランに改造したもので、女性を中心とした若者に人気のあるスポットだ。レストランは2階にあり、異国情緒豊かな高い天井と大きな窓で囲まれたゆったりとした空間のなかで、パンやサンドイッチを主体とした特製の料理を楽しむことができる。本店は北野のハンター坂にあり、フランスパンやドイツパンなどを販売している。フロインドリーブとは、友情を意味するドイツ語だそうだ。 |
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旧北野小学校は、全国的な少子化による児童数の減少と阪神淡路大震災の被害により、隣接するふたつの小学校との統合が決定され、1996年(平成8年)閉校となった。同校は、1908年(明治41年)
に開校され、閉校時で87年の歴史を誇る小学校であり、卒業生らによる校舎保存の要望を受けて校舎を再利用することになり、1998年(平成10年)に「北野工房のまち」がオープンした。 |
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神戸市中央区の旧居留地を舞台に2週間に渡って行われた神戸ルミナリエが2001年12月25日(月)に終わった。阪神・淡路大震災の犠牲者への鎮魂の思いを込め、1995年に始まったルミナリエも今年で7回目。最終日も250mに渡って続く光りのアーチに人の列が途切れることはなかった。 |
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2002年(平成14年)のゴールデンウィーク、4月27日から3日間、異人館で知られる神戸市の北野坂(きたのざか)で、道路にチューリップの花びらを敷き詰めて巨大な絵を描くイベントがあった。このイベントの正式名称は、インフィオラータこうべ「北野坂」2002という。 |