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2003年10月18日改訂

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2003年10月14日作成

南禅寺の紅葉

南禅寺の紅葉(京都東山)

はじめに

 秋の紅葉は、ワインと同様に年によって当たり外れがある。平成14年(2002)は特に寒暖の差が激しく、京都の紅葉は近年まれに見る鮮やかさだった。このたび、これまでに撮り溜めた写真を整理し、「京都紅葉の旅」として、京都の著名な仏閣の紅葉を紹介することとした。

南禅寺なんぜんじ

 2002年11月17日(日)、快晴の秋晴れに恵まれたので、JR京都駅からバスに乗り、東山の麓にある南禅寺に行った。南禅寺は臨済宗南禅寺派の総本山で、瑞竜山(ずいりゅうざん)と号し、正式には太平興国南禅禅寺(たいへいこうこくなんぜんぜんじ)という。
南禅寺入り口

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 鎌倉時代の正応(しょうおう)4年(1291)、大明国師(だいみんこくし)(無関普門 むかんふもん)が亀山上皇(かめやまじょうこう)の離宮を賜り、禅林禅寺としたのに始まる。
 足利義満(あしかがよしみつ)の時、五山制度の中で五山を超える「五山之上」とう禅宗寺院最高の寺格を賜り、五山文化の中心となった。
 応仁の乱で荒廃したが、秀吉が再興し、その後徳川氏の厚い庇護を受け発展した。京都でも有数の大寺である。
 伽藍は西を正面とし、背後に東山を負う構成となっている。参道に湯豆腐の店が並ぶ(写真)。
 南禅寺公式サイト 臨済宗の教え

南禅寺三門

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石川五右衛門

三 門さんもん

 南禅寺の三門は、歌舞伎「楼門五三桐(さんもんごさんのきり)」で石川五右衛門が「絶景かな絶景かな!」と大見得を切る舞台となったことで知られる*。時代劇で南禅寺が登場するのはこの三門が多い。別名を天下竜門といい、上層の楼を五鳳楼と呼ぶ。
 この高さ22mの三門は、知恩院の三門(高さ24m)と山梨・久遠寺の三門(高さ21m)とともに日本三大門に数えられ、国の重要文化財に指定されている。
 現在の三門は、藤堂高虎(とうどうたかとら)が寛永5年(1628)大阪夏の陣に倒れた将士の菩提を弔うために再建したもので、禅宗様式独特の圧倒的な量感と列柱群が力強さを示している。 *三門は石川五右衛門が釜ゆでの刑にされた後に建立されたので、史実ではない。

絶景かな!東山の紅葉

絶景かな!東山の紅葉

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絶景かな!天授庵

絶景かな!天授庵

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紅葉鮮烈!

南禅寺境内の紅葉はちょうど見頃を迎え、鮮やかな紅葉が見事だった。

紅葉鮮烈!1

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紅葉鮮烈!2

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紅葉鮮烈!3 紅葉鮮烈!4

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紅葉鮮烈!5

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紅葉鮮烈!6

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本 坊ほんぼう

 本坊は、常住(じょうじゅう)とも呼び、衆僧(しゅぞう 修業僧)生活の場である。禅寺で共通する建築様式で、白壁を鮮やかに区切る黒々とした用材やすっきりとした屋根の稜線が美しい。本坊から国宝の方丈に渡ると、方丈庭園がある。

方丈

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方丈庭園

 境内の至る所に庭園があるが、中でも国宝・大方丈から眺める「虎の子渡し」と呼ばれる方丈庭園は、小掘遠州作の禅院式枯山水の代表的な庭園で、樹木と石組を一ヵ所にまとめ、広い余白が楽しめるようになっており、見ごたえがある。

 虎の子渡しと呼ばれる所以は、6個の石がそう見えるように作られているからだというが、よく分からなかった。大方丈(写真右)は、天正年間豊臣秀吉が寄進した御所の清涼殿を慶長16年(1611)に移したものだという。

方丈庭園

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水路閣すいろかく

 水路閣は、琵琶湖から京都市内に引かれた疎水*が流れている水路で、有名な琵琶湖疎水の一環として施工された水路橋である。琵琶湖疎水は、当初、琵琶湖と大阪間の通船用の水路として考えられていたが、途中で水力発電用に変更された。滋賀県大津市で取水され、南禅寺横を通り京都市東山区蹴上(けあげ)迄通じており、現在は上水道の水源に利用されている。 *疎水:新たに土地を切り開いて水路を設け、通水させること。

 この橋は、延長93.17m、幅4.06m、水路幅2.42m、煉瓦造、アーチ構造で、西欧技術が導入されて間もない明治18年(1885)に起工され、同23年(1890)に完成した。当時、日本人のみの手で設計・施工されたもので、土木技術史上重要な意味を持ち、日本の近代化遺産として国の史跡に指定されている。
 740年前に建てられた純日本風の寺と、110年前に作られたヨーロッパ風の建造物が同じ敷地に同居しているのは、何とも奇妙な気がするが、この橋を見ると、明治の文明開化の意気込みが伝わってくる。

水路閣

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水路閣のアーチ

琵琶湖の水

水路閣のアーチ 琵琶湖の水

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南禅院なんぜんいん

 ローマ風アーチの水路閣をくぐった奥の方に南禅院があり、紅葉の素晴らしい庭園を鑑賞できる。
 亀山天皇は、正応2年(1289)離宮で出家して法皇となり、離宮を寄進して禅寺とし、大明国師を開山とした。南禅院は離宮の遺跡であり、南禅寺発祥の地である。南禅寺の名前はこの院名に由来しているという。
 庭園は、当時の面影を残し、鎌倉時代の代表的な池泉回遊式で、夢想国師作と伝える。周囲を深い樹林で包まれた幽玄閑寂の趣は格別で、早くから京都の三名勝史跡庭園の一つに指定されている。
紅葉の池

紅葉の池

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 池に向かって左の奥に滝口の石組みが組まれ、上池は曹源池と呼ばれ、竜の形に作られ、中央に蓬莱島がある。下池には心字島が設けられている。記録によれば築庭当初には、吉野の桜、難波の葦、竜田の楓等が移植され、井手の蛙も放たれたと記されている。心静かに鑑賞する庭園である。

池に写った紅葉

鯉と散り紅葉

池に写った紅葉 鯉と散り紅葉

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赤と黄の見事な紅葉

赤と黄の見事な紅葉

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