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 旅紀行日本の祭り

2002年9月15日改訂

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2002年7月28日制作

祇園祭山鉾巡行(長刀鉾)

祇園祭山鉾巡行(長刀鉾)

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しめ縄張り

しめ縄張り

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全山鉾の紹介:  祇園祭山鉾

八坂神社 京都市東山区祇園町北側(ぎおんまちきたがわ)に鎮座。旧官幣大社。現社名は明治元年(1868)、神仏分離にさいして付されたもので、それ以前は祇園社、感神院などと称していた。こんにちでも市民のあいだでは〈祇園さん〉の呼称で親しまれている。八坂の称は当地一帯がもと山城国愛宕(おたぎ)郡八坂(やさか)郷に属していたことによる。

 八坂神社は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)(もと牛頭天王(ごずてんのう)、櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、八柱神子神(やはしらのみこがみ)を祀る。日本神話によると、素戔嗚尊は八岐大蛇(やまたのおろち あらゆる災厄)を退治し、櫛稲田姫命を救って地上に幸いをもたらした神である。

八坂神社

 社伝によれば、平安建都の約120年前−斉明天皇2年(656)の創建と伝えられる。都の発展とともに、日本各地から広く崇敬を集め、現在も約3,000の分社が日本各地にあるという。
 7月の祇園祭や大日から元旦にかけての白朮(おけら)祭(おけらまいり)には多くの参詣客でにぎわう。
 社蔵の古文化財も多く、ことに園執行日記(ぎおんしゅぎょうにっき)をはじめとする古文書・古記録類は貴重な史料として知られる。
 2002年7月17日、前日の宵山に引き続き、祇園祭最大のイベントである山鉾巡行(やまほこじゅんこう)に出かけた。
 0815頃、市営地下鉄烏丸(からすま)線四条(しじょう)駅に到着。地上に上がると、前日同様、外は土砂降りだった。

山鉾巡行

 どうなることかと危惧したが、雨の中、祭りの準備が行われていたので、雨天決行だということが分かった。
 四条通は、歩道がアーケードとなっており、傘をささずに観覧できるので、撮影に支障がないことも分かった。
 山鉾は車道の左を通るので、左側の信号機のみ90度回転させて道路に平行にする作業が行われていた。

信号機の移動

 32基の山鉾は、長刀鉾を先頭に、四条烏丸(しじょうからすま)午前9時に出発し、四条通〜河原町通〜御池通〜新町通を巡行し、元の位置に戻る。 山鉾マップ
 巡行の順番は、7月2日のくじ取り式による抽選で年ごとに変わるが、先頭の長刀鉾や殿(しんがり)の南観音山など8基の山鉾は、順位が固定されていてくじを引かない。
 これらの山鉾は、「くじ取らず」といわれる。くじ取り式は、山鉾の先陣争いが絶えなかったため、室町時代の明応9年(1500)に始まったという。
 四条麩屋町(ふやちょう)では、しめ縄切りの神事に使われるしめ縄が2本の斎竹(いみたけ)の間に張られた。最後の準備が終わり、山鉾巡行が始まった。

くじ改め

くじ改め
 9時過ぎ、四条堺町に設けられた関所で「くじ改め」が始まった。文箱を持った各山鉾の町行司が扇子を使って結び紐を解き、蓋を開けて中に入っているくじ札を奉行役の桝本ョ兼(ますもとよりかね)京都市長に差し出す。
 市長が声高らかにくじの順序を読み上げて誤りがないことを確認すると、その山鉾は先に進むことが許される。くじ取らずの山鉾は挨拶だけして通り過ぎる。
 今年の山一番を引き当てた油天神山など、山鉾が次々に所作(しょさ)を決めると、沿道から拍手が送られた。
02

いきちご

生稚児

長刀鉾の稚児と禿

先頭を行く長刀鉾

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しめ縄切り

 四条麩屋町に先頭がやってきた。旗手が「財団法人・祇園祭山鉾連合会」と書かれた旗を掲げている。
先頭の旗手

祇園祭山鉾連合会 TEL 075-223-6040

 先頭を行く長刀鉾

 先頭に立つ長刀鉾(なぎなたほこ)は、胴まわりを透明のビニールシートで覆っている。貴重な文化財を痛めないための措置だろう。屋根や御幣(ごへい)などはむき出しで、カバーを最小限に止めている気配りが感じ取れる。
 長刀鉾の名は、鉾先に疫病邪悪を祓う長刀を付けたことに由来する。巡行では先頭を進み、この鉾のみ生稚児(いきちご)が乗る。稚児を乗せていた他の鉾は全て稚児人形に代わっている。
 長刀鉾には、しめ縄切りの大役をになう稚児役の大森一星(おおもりいっせい)君(9歳 小学校4年生)とお供の禿(かむろ 幼童)として選ばれた同級生の堤亮太(つつみりょおた)君と中村史哉(なかむらふみや)君の姿が見える。昨日の宵山と違い3人ともお化粧をしており、別人のようだ。
 長刀鉾の稚児は、随所で稚児舞(大平の舞)を舞う。
 稚児は、7月13日社参の儀(お位貰いの儀)により、八坂神社から五位小将と十万石大名の格式を賜っている。
 長刀鉾は山鉾を代表する鉾として最も人気があるが、唯一女人禁制を固持しており、女性は鉾に上がれない。

しめ縄切り

しめ縄をセット

 しめ縄をセット(1024x768)212KB

抜刀

 抜刀(1024x768)213KB

注目!

 注目!(1200x900)269KB

いざ

 いざ(1200x900)268KB

03

一刀両断!

一刀両断!

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 いよいよしめ縄切りの神事が始まった。年配の介添役が終始後から稚児の太刀(たち)を支えている。あれだけ練習したのだから、稚児一人でやって欲しい気もするが、下には音頭取や車方がおり、万一手を滑らせて太刀が落下すると危ないので、やむを得ない措置だと思われる。

拝 礼

拝礼する稚児
 練習の甲斐があり、見事に一刀両断し、しめ縄がパラリと落ちた。その瞬間、沿道から拍手喝采があがり、大役を果たした稚児の顔に安堵の色が浮かんだ。
04
四条河原町の長刀鉾

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四条河原町

 長刀鉾の稚児により見事に結界が開かれ、長刀鉾は神域に入り、四条河原町に向かった。
 長刀鉾を追って四条河原町の交差点に近づくと、凄い人垣である。唯一交差点の東側の路上にスペースがあるのを見つけ、何とかたどり着き、人垣の最後尾に脚立を据えて撮影することができた。幸い雨も強くはない。

辻回し

 辻回しは、四条河原町・河原町御池・新町御池の各交差点で行われる。山鉾の車輪は前後輪とも固定されていて、直進しかできない構造になっている。そこで、曲がり角では特別な作業を行い、直角に進路を変える。
 12tonもある長刀鉾の方向転換は大変だ。地面に前輪を滑らす方向に割った竹を敷き詰め、前輪をその上に乗り揚げ、水をかけたあと音頭取の掛け声と動作に合わせて綱方(曳方、曳子)が力一杯綱を引っ張り、鉾を回転させる。これを何度か繰り返して、90度向きを変える。
 辻回しは、各山鉾とも気合を入れて取り組む大きな見せ場である。特に四条河原町の辻回しは、観客や報道陣が大勢待ち受けているので、力が入る。
05
長刀鉾の辻回し 1/2

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長刀鉾の辻回し 2/2

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 勢い良く回すと見物客から大きな歓声があがる。反対に綱方が引いても全く動かないときは爆笑が起こる。

長刀鉾の辻回し

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 長刀鉾は、トップを切って辻回しを演ずる名誉ある役を務めるだけに、失敗は許されない。
辻回し完了!

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 時間がかかったが、無事に方向転換を終え、長刀鉾は河原町通に入って行った。
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