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2006年9月27日改訂

今 日

昨 日

♪栄華の墓所・水の宮・鎮守の森・想い川

水の宮・和風BGM TAM Music Factory

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 笠雲や夏の峰白きモンブラン    北 舟

2000年7月31日開設

ヴェールを被ったモンブラン(4,807m)

ヴェールを被ったモンブラン(4,807m)(スイス夏の旅)

2006年の日記  

 

9
 

8月

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10月

目次


2006年9月27日(水)雨
■■■     感動巨編「千穂の夜神楽」完成! ■■■
 昨日、感動写真集第70集「千穂の夜神楽」をアップした。この作品は、宮崎県日南市にお住いの上平明さんが昨年12月3日(土)・4日(日)に、天孫降臨の地で知られる神話の町・宮崎県西臼杵郡高千穂町下川登地区で実施された高千穂の夜神楽(国の重要無形民俗文化財)を激写されたものである。
 上平さんは一夜限りの氏子として神楽宿に泊まり、連続19時間にわたる徹夜の取材を敢行され、600万画素 2,936枚、4,360MBを撮影された。「高千穂の夜神楽」は、この中から厳選した8頁大小110枚にのぼる画像と臨場感溢れる解説を加えた巨大な作品である。夜神楽三十三番をノーカットで詳しく説明しているサイトは見あたらず、この作品は、里神楽の中でも国宝の御神面をつけて舞うハイレベルな夜神楽決定版として、また、貴重な郷土芸能の記録として、高い価値があるものと思われる。

集落の巡幸

集落の巡幸

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一番 彦舞 / 神楽三十三番 12月3日1841

一番 彦舞 / 神楽三十三番

 

六番 地固 3日2039

六番 地固 2039

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作者あとがき

 夜神楽との出会いは、昨年のゴールデンウィークであった。シーズン以外でも観光客向けに三十三番のうち「手力男」「鈿女」「戸取」「御神体」の4番がダイジェスト版として高千穂神社の神楽殿で毎日公開されていることを知り、早速出かけて行った。初めての夜神楽であったが、すっかり虜になってしまい、冬の三十三番を必ず見に来ようと決心し、この度ようやく実現できた。
 神楽には台詞は一切無いが、面の角度により表情が微妙に変化するなど、踊りと一体となって観客に語りかけるものがあり、本当に人を引きつける不思議な魅力がある。
 神庭固めから実に19時間以上、神楽開始から15時間以上の長丁場であった。観客は多いときで約100人、真夜中近くに最も少なくなって約10人、神楽のクライマックスを迎える「柴引」の前後からまた増えて約50人ほどだった。土地の人によると観客の数はその時々によるというが、今回は程々の人数であった。
 見終えた後は、徹夜で疲れているはずなのに、心地よい興奮とすがすがしい気持ちで一杯になり、今シーズン中に他の地区のものを、そしてまた来年もぜひ来てみたいと思わずにはいられなかった。高千穂は天孫降臨の地に相応しく、そして夜神楽には、日本人の魂を揺さぶるものがあると強く感じた。

十二番 岩潜 4日0228

十二番 岩潜

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二十一番 地割 4日0544

二十一番 地割 0544

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 早く出かけていったおかげで写真を撮るには一番いい場所を確保できたが、50人以上の観客ともなると一旦座った場所を移動できず、決まったアングルからの撮影となった。夜中に観客が少なくなったときに、自由に動き回れたが、神庭を示す注連が舞手を遮るため、思ったような写真を撮るのは難しかった。
 観客の中には常連の方もおり、その方によると、最も伝統的な夜神楽であるといわれている地区の神楽宿では、客席はすし詰め状態となり、写真撮影自体が困難であるとのことだった。
 ここ宮崎県は、天孫降臨を始め神話や史跡が多く存在するところであり、時間が許す限り足を運んで写真を撮りたいと思っている。今回、Pentax istDS、シグマ18-125mm を使用し、600万画素 2,936枚、4,360MB を撮影した。 和田式撮影術の「下手な鉄砲方式」を実践中だが、一眼デジカメの楽しさと難しさを実感している。  上平明

三十番 御柴 4日0858

三十番 御柴 0858

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三十三番 雲降 4日0958

紙吹雪の中を舞い踊るフィナーレ!

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スローライフの伝統芸能

 それにしても山深い寒村でこのような長時間にわたる文化芸能が花開いていたことに驚きを禁じ得ない。当時は今のようなマスメディア社会ではないために娯楽に不自由しており、それぞれの地域で農閑期の冬場に手作りの文化活動が発展したことは全国各地に例が見られるが、村の鎮守の優れた神職の指導と氏子たちの熱意があればこそ、国の重要無形民俗文化財に指定されるほどの素晴らしい文化に昇華したのだろう。
 素晴らしい作品をお送り頂いた上平さんに心からお礼申し上げると共に、日本の原点ともいえる天孫降臨の神話を見事に描いた千穂神楽のロマンと感動を読者の皆さんと共に分かち合うことができれば幸甚である。
 現代は映画も2時間が限界だといわれるせっかちな時代であるが、先人たちが培ってきたスローライフを今一度見直し、是非、本物の夜神楽をゆっくりと鑑賞したいと思う。   和田義男

2006年9月18日(月)雨
■■■     重陽の烏相撲」完成! ■■■
 今朝、9月7日(木)旅紀行日本の裸祭り第29集(実質第49集)「重陽の烏相撲」をアップした。夏日となった重陽の直射日光の下、僅か2時間半の間に11-22mmのE-500と18-180mmのE-330の二刀流で全身滝のような汗をかきながら1,280枚・2,045MBという大量の画像を切り取った。その中から71枚の画像を厳選し、6頁の大作となった。
楼門前の児童たち

楼門前の児童たち

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艶やかな齋王代
艶やかな齋王代

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見事な外掛け!

見事な外掛け!

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祢宜方ねぎかた

の大技

祢宜方の大技

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汗だくで

ふんどし

を外す烏相撲保存会の人たち

汗だくで褌を外す烏相撲保存会の人たち

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 読者のリクエストにより、京都の烏相撲を取材したが、予想外に素晴らしい祭だった。葵祭を執り行う由緒ある神社であってみれば当然かもしれないが、斎王代や神職はもとより、刀祢や行司、相撲童子などの衣装は平安の昔と寸分違わぬもので、これほどまでに完璧に伝統を継承していることに、深い感銘を受けた。
 昔は男子が泳ぐときは水褌(すいこん)と呼ばれる六尺褌を締めたものだが、今は海水パンツに取って代わられた。特に六尺褌で相撲を取る光景は珍しく、貴重な記録となった。
 校庭から土俵が消え、子供たちが褌(まわし)を締めて相撲を取ることが珍しくなった。烏相撲では前日に練習があるが、ほとんどの子供たちはそこで初めて裸になって土俵に立ち、相撲を取る経験をしたのだろう。褌を締めているのに、左右の横褌(よこみつ)を取ってがっぷり四つになった取り組みは一番もなかった。相撲経験のない子は、立ち会いで踏み込み、突っ張って押し出すか、まわしを取って技をかけるという基本動作を教わっていないから、パンツやタイツしかはいていないために上半身で組み合うしかないレスリング・スタイルになるのだろう。
 現在、秋場所が行われているが、上位を占めているのは朝青龍や琴欧州など外国勢が多く、日本人関取の不甲斐なさに落胆している人が多いのではないだろうか。その理由は、底辺を支える相撲人口が少ないためであることは明らかである。
 子供たちはサッカーや野球といった華やかなスポーツにあこがれるからだといわれるが、相撲人口が少ないのは、戦後、学校に相撲を取る施設がなくなったためで、スタートから機会均等ではない。相撲が国技であるのなら、神社などに任せきりにするのではなく、行政当局や教育機関がもっと力を入れて普及を図るべきではないかと思う。若いときに心技体を鍛える素晴らしい挌技のひとつである国技を今一度見直してみては如何か。

2006年9月10日(日)晴
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重陽ちょうよう

烏相撲からすずもう

」速報!

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 お祭りファンの取材要請により、月9日(土)、始発電車に乗り、新幹線を利用して京都・上賀茂神社(かもがもじんじゃ)の烏相撲を激写してきた。京都駅から地下鉄で北山駅まで行き、バスの便数が少ないため、タクシーを拾って神社には午前9時半に到着。京都に日帰りで行けるのは有り難い。
 9月9日を重陽(ちょうよう)というのは、九は陽の数で、月と日が重なるためで、午前10時から上賀茂神社本殿で斎王代(さいおうだい)や相撲童子(すもうどうじ)32名ら関係者が出席の上、菊花を献じて無病息災を祈願する重陽神事が斉行された。その後、午前11時頃から細殿(ほそどの)南庭で、相撲童子による烏相撲が奉納され、斎王代(さいおうだい)が上覧した。

上賀茂神社本殿の重陽神事に向かう相撲童子(すもうどうじ)たち

上賀茂神社本殿の重陽神事に向かう相撲童子たち

拡大写真(1600x1200)450KB

 烏相撲は、平安時代から続く伝統行事で、今も昔のしきたりと寸分たがわぬ衣装を付けて執り行われる。当初は歴代の皇女が齋王(さいおう)として烏相撲を上覧した。その後、齋院制度が途絶えた後も、この神事は続けられてきたが、平成3年(1991)からは葵祭(あおいまつり)で知られる斎王代が斎王に代わって上覧するようになった。千年の古都・京都ならではの重みのある秋祭りである。
 かつて神武天皇が熊野から大和国へ侵攻する際、深く険しい山越えに迷ったとき、上賀茂神社の祭神・賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)の祖父・賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が3本足の八咫烏(やたがらす)と化(な)って先導し、無事大和に入ることができた功績により、山城国(やましろのくに)の北部一帯を賜ったが、上賀茂神社が創祀(そうし)されると、この八咫烏伝説と、稲などに不作をもたらす悪霊退治の信仰行事である相撲が習合して烏相撲という神事が生まれたという。

重陽神事を終え神職の先導により細殿に向かう齋王代

重陽神事を終え神職の先導により細殿に向かう齋王代

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 北に建つ細殿(ほそどの)中央には、第51代「斎王代」藤田菜奈子さん(24歳)が着座し、その前で田中安比呂(たなか・やすひろ)宮司が西側(細殿に向かって左)に、権宮司(ごんぐうじ)が東側(同右)に着座している。主役の相撲童子(すもうどうじ)たちは、祢宜方(ねぎかた)(細殿に向かって左)(西)と祝方(ほうりかた)(同右)(東)の二手に分かれて、細殿の南庭にある二つの立砂(たてずな)の南に横並びで土俵に対座している。 平成の齋王代  第51代「斎王代」
 相撲童子は、例年、烏相撲保存会重陽社が氏子区域内の小学校3年生から6年生までの児童約20名を選抜するが、今年は学童が多く、2年生も含めて32名の多勢となった。6年生になるまでに数回選ばれる子もいるが、殆どは初めてだという。
 最初、祢宜方の祢宜代(ねぎだい)と祝方の祝代(ほうりだい)の神職2名が我が方が勝つようにと地取(じとり)(呪まじない)を交互に行う。次に、相撲童子(すもうどうじ)の差符(さしふ)(名簿)を読み上げたあと斎王代に提出し、斎王代が披見する。

烏のしぐさで横飛びする刀祢(とね)

烏のしぐさで横飛びする刀祢(とね)

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 八咫烏カアコウ鳴くや宮相撲  北舟 

やたがらす かあこおなくや みやずもう

 続いて東西の幄舎(あくしゃ)(テント小屋)から烏帽子(えぼし)・白張(はくちょう)姿の刀祢(とね)が現れ、烏(からす)のピョンピョン跳ねる動作を真似て、横飛び3回で「弓矢」「太刀」「扇・円座」を3回に分けて立砂(たてずな)に運び、立砂に立てかけた弓矢と太刀を前に円座に胡座(あぐら)をかき、扇を持って「カア・カア・カア」(西方)、「コウ・コウ・コウ」(東方)と三々九度烏鳴きをし、終わると、全てを持って三々九躍(さんさんくやく)して元の幄舎に戻る。この烏を真似た動作が何ともユーモラスである。
 細殿の前にある一対の円錐形の立砂(たてずな)は、降臨山である神山(こうやま)をかたちどったもので、一種の神籬(ひもろぎ)(神が降臨する憑代(よりしろ))である。鬼門、裏鬼門に「清めの砂」を撒(ま)くのは、この立砂の信仰が起源であるという。
 標高301mの神山(こうやま)は、本殿の北北西約2kmにあるお椀を伏せたような山で、賀茂信仰の原点となる霊峰であり、祭神が太古に降臨した神奈備(かんなび)である。山頂に降臨石があり、山は禁足地となっている。

褌に赤布をつけた祢宜方(西方)相撲童子の登場

褌に赤布をつけた祢宜方(西方)相撲童子の登場

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 続いて、相撲童子のお披露目に移り、東西の行司がそれぞれの相撲童子を引率し、土俵中央から斎王代の正面に進み出てお辞儀による挨拶を行い、立砂(たてずな)を三度廻ったあと、土俵下の元の位置に戻る。相撲童子は、重陽神事を含め、白晒木綿の六尺褌一本の裸形(らぎょう)で裸足(はだし)である。褌に赤布がついている方が祢宜(西)方の童子で、ついていないのが祝(東)方の童子である。

小麦色に日焼けした相撲童子たち

小麦色に日焼けした相撲童子たち

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 童子たちは、朝方、社務所で烏相撲保存会重陽社のおじさんたちに六尺褌を前袋式に締めてもらった。水着の水褌(すいこん)と同じ締め方であるが、緩まないように幾重にも重ねたり、立褌(たてみつ)に撚り(より)を入れたりしている。マイクで神事を解説していた神職は、「ふんどし」と呼び、「まわし」や「したおび」という言葉は使わなかったので、さすがだと感心してしまった。

行司と共に立砂を三度廻る相撲童子たち

行司と共に立砂を三度廻る相撲童子たち

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 お披露目のあと、2年生から6年生まで、順に16組の取り組みが行われた。童子たちは、前日夜8時から行われた烏相撲内取式(からすずもううちとりしき)で習礼(練習)を行っており、取組(とりくみ)の番立(ばんだて)(対戦相手)が決まっている。これが終わると、3人勝ち抜くまで勝者が居残る勝抜戦が行われ、数名が勝抜を達成し、大いに盛り上がった。

 土俵は怪我を防止するために砂が入れられており、三番取る毎に土俵の手入れとなり、砂を均等にする作業が行われた。

齋王代の前で烏相撲の開始

齋王代の前で烏相撲の開始

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 立砂や相撲ふ童子の白ふどし  北舟 

たてずなや すまうどうじの しろふどし

 細殿の前は、土俵がある広場を囲んで、コの字型にテントが張られ、招待客などが陣取り、相撲を観戦していた。外来席は用意されておらず、一般客はテントの間から立ったまま見るしかない。テントがあるために、人垣のうしろから脚立の上に立って撮影するという手法が取れず、撮影場所に苦慮した。写真上のテントの張られていないエリアは会場の出入口であり、全体を見渡すことが出来ない。多くのカメラマンがカメラを構えているが、土俵上の取り組みしか写せない。

相撲童子たちの真剣な立ち会い

相撲童子たちの真剣な立ち会い

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 多くのイベントを撮影するため、場所取りができないので、試行錯誤ののち、斎王代の鎮座する細殿が見える南側のテントの隙間の人垣のうしろから脚立にたち、万歳スタイルで液晶ディスプレーを覗きながら何とか撮影することができた。テントにより左右の視界が制限されているため、パノラマ撮影ができなかったのは残念である。

烏相撲を熱心に観戦する齋王代

烏相撲を熱心に観戦する齋王代

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 確保した位置から移動すると、撮影できなくなる可能性があるので、一点からだけの映像になったが、E-330のお陰で、テントよりも高い位置から撮影できたので、子供たちと背景の見物客とが重ならず、深みのある画像が得られたのは幸いである。

注目の取り組み

注目の取り組み

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 この日はとても暑い真夏日となり、燦々と輝く太陽の下で、日焼けした子供たちの熱戦が展開され、勝負のつくたびに笑い声や歓声がわきあがり、同伴の父兄や観光客などが熱心にカメラを向けていた。

祝方(ほうりかた)(東方)の大技決まる!

祝方(ほうりかた)(東方)の大技決まる!

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 約1時間に及ぶ熱戦が終わった後、斎王代を中心に関係者と相撲童子たちとの記念撮影が行われた。子供たちにとっては一生で一度の晴れ舞台であり、終生忘れ得ぬ重陽の良き日となった。

斎王代と記念撮影

斎王代と記念撮影

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 熱戦を見せてくれた相撲童子たちは、最後に境内を流れる御手洗川(みたらしがわ)に入り、砂と汗で汚れた身体を洗い清めた。このあと、社務所で着替えて、お開きとなる。地元新聞社の協賛により、子供たちには参加賞として学用品が配られるほか、三番勝抜いた子にもノートなどの賞品が渡される。

 この川は上賀茂神社の境内を流れる小川で、参詣に際して手を清めた川であったので「御手洗川」の名がある。賀茂川から流入し、楼門の南を流れて細殿付近で御物忌川(おものいがわ)と合流する。この下流の奈良社付近から「ならの小川」と呼ばれ、歌人藤原家隆(ふじわらのいえたか)が「風そよぐならの小川の夕ぐれはみそぎぞ夏のしるしなりける」と詠んだ。小倉一首の古歌で有名な「ならの小川」で、平安の昔、神職がここで禊ぎをしていた情景を詠んだもの。

御手洗川(このすぐ下流から「ならの小川」)で楽しい水浴

御手洗川(このすぐ下流から「ならの小川」)で楽しい水浴

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 写真を撮り終えたのが12時15分。ペットボトルのお茶で水分補給をしながらの取材だったが、全身汗ビッショリで、私も水あびしたかったほど。二刀流で1300枚2000MBを切り取ってきたので、これからゆっくりと編集し、秋祭りの第一作として発表したい。乞うご期待!

2006年9月10日(日)晴
■■■     海上保安庁観閲式」完成! ■■■
 9月7日(木)旅紀行ジャパン・第46集(実質第51集)「海上保安庁観閲式」をアップした。この作品は、去る5月28日(日)東京湾羽田沖で開催された「海上保安庁観閲式及び総合訓練」の模様を激写した作品で、デジカメ3台を使用し、800万画素
1800枚3ギガにのぼる大量の画像の中から厳選した7頁78枚の大作となった。

「しきしま」率いる受閲船隊の勇姿

「しきしま」率いる受閲船隊の勇姿

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最新鋭の二千トン型高速巡視船「ひだ」(新潟)

最新鋭の二千トン型高速巡視船「ひだ」(新潟)

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ヘリから飛び込む特救隊員

ヘリから飛び込む特救隊員

拡大写真(1600x1380)238KB

 平成14年(2002)の「JCG大阪湾クルーズ」と平成17年(2005)の「七管海上総合訓練」に続き、今年念願の「海上保安庁観閲式」を完成し、懸案を果たすことができた。この作品は、これまでの集大成であり、観閲式三部作の完結編である。

自動小銃で応戦する海上保安官

自動小銃で応戦する海上保安官

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海上保安庁音楽隊の演奏(やしま格納庫)

海上保安庁音楽隊の演奏(やしま格納庫)

パノラマ写真(1800x900)374KB

 今回広角・標準・望遠ズームを装着したオリンパス一眼レフ・デジカメ3台を首に下げ、初めて三丁拳銃スタイルで撮影した。そのお陰で、レンズ交換の手間が省け、変動する被写体をあらゆる画角から迅速に撮影することができた。大量撮影とパノラマ撮影の多用により、迫力あるシーンを再現することができたものと思う。
 BGMは、ポピュラーな行進曲をメドレーで演奏することにし、全部で13曲収録している。良く知られる曲は、ニュース番組や高校野球などで使われており、そのイメージに重なるため、かなり苦労したが、演奏する順番を工夫するなどして対応した。各頁とも4曲以上を組み合わせており、どの曲も賑やかなので、耳障りに思う方はボリュームを絞って頂きたい。〈 完 〉

2006年9月01日(金) 
 今年もはや9月に入った。今年の夏は不順だったが、当分残暑が続くという。8月は7月のスイス旅行の編集に費やしたので、これから出番を待っている作品の編集にとりかからねばならない。また、9月は秋祭りが始まる月である。9日(土)には京都の烏相撲の取材予定もある。9月も時間が足りないくらい忙しい。(^^;

★☆★彡

 編集の合間に、新しいレンタルサーバーに引っ越した。新居の「STEP SERVER」は、5ギガ契約。現在の使用容量は3100.9MB、残りの容量は1986.99MB。「スイス夏の旅!」前後編で600ファイル・125MBを消費したが、まだまだ余裕があり、二年は持つと思われる。そのお陰で、圧縮モードを高画質にし、大サイズで美しい写真を大きく掲載できる。乞うご期待!
   
■■■     アフィリエイト広告」満載! ■■■
 今年の2月にバリューコマースと契約を結び、アフィリエイト広告を始め、2006年2月8日の日記にその詳細を書いた。最初は、JTBからスタートしたが、現在は8種の広告を掲載している。広告が煩わしいと思われる読者には誠に申し訳ないが、広告収入でホームページの維持費を賄うことができるので、ご容赦いただきたい。
 現在当サイトにはざっと数えて750頁あるので、それぞれに広告スペースを増設(貼り付け)するのは、手作業のため、大変な手間が掛かった。しかし、この作業を終えると、あとは掲載する広告を選ぶだけですむ。一つの広告スペースに10種類の広告を設定でき、自動的に切り替わって表示されるので、広告の入れ替えには手間はかからない。
 キャンペーンをやっている広告は、報酬も高いが、それが終わると低くなる。そうなると、それを外し、条件の良い広告に切り替えてゆけばよい。その作業は、バリューコマースのウェブ画面でアカウントとパスワードを入力し、私しか入れないパートナーサイトで広告を切り替えると、全ての頁の広告スペースが30分後に一斉に切り替わるのは見事である。
 有名な会社の報酬の高い広告を載せたいのは誰しも同じであるが、こちらから広告掲載を打診すると、即OKとなる会社は、無名で人気のない会社が多い。大手は大抵保留となり、何日も待たされる。JTBはなかなかOKが出なかったが、成約が叶ったときは嬉しかった。「地球の歩き方」もかなり待たされたが、慎重な審査の結果、無事に合格し、8月31日に成約となった。名のある会社の広告は、優良サイトと認定された証しであり、勲章だといえる。

優良サイトの勲章

 逆指名もあった。去る8月14日に、バリューコマースから直接メールがあった。
Yahoo!海外ツアー・海外ホテルに関するお願い/バリューコマース いつもお世話になります。バリューコマースT.です。弊社の大株主 ヤフー様より、『Yahoo!トラベル(海外ツアーオンライン予約)&Yahoo!トラベル(海外ホテルオンライン予約)』で、貴サイトに広告掲載をお願いしたいと依頼がありましたため、メールをさせて頂きました。

バリューコマースで実施中の他海外旅行系サイトと比較しましても、非常に高い報酬設定となっておりますのでぜひご提携いただき、目立つ位置に『Yahoo!トラベル(海外ツアーオンライン予約)&Yahoo!トラベル(海外ホテルオンライン予約)』の広告を掲載いただきますようお願い申し上げます。

【広告のご掲載を希望します、ECの概要】
会社名:ヤフー株式会社
サイト名:Yahoo!トラベル(海外ツアーオンライン予約)&Yahoo!トラベル(海外ホテルオンライン予約)

【報酬額、条件】・・・略
 『Yahoo!トラベル(海外ツアーオンライン予約)&Yahoo!トラベル(海外ホテルオンライン予約)』のアフィリエイト広告は、8月20日から条件が好転するため、それを待って契約し、掲載をはじめた。目立つ位置にというご要望なので、海外作品各頁の最下段に専用スペースを設けて表示している。
 掲載したことをバリューコマースに連絡したところ、次のような丁寧なお礼が届いた。
 お世話になっております。バリューコマース T.です。返信が遅くなりまして、大変申し訳ございません。お忙しいところご掲載いただきまして、誠にありがとうございます!

貴サイトは世界各国の写真がたくさん掲載され、旅行の計画を立てている方にはとても参考になるサイトだと思っております。今後、マイリンクに対応できました際にはぜひ、おすすめホテルなどもご紹介いただけますと幸いです。今後ともご協力のほど、何卒宜しくお願い致します。
 ヤフー(株)からお誘いを受けたのも嬉しい勲章である。このように日本のアフィリエイト広告事業の魁であるバリューコマースから高い評価を受けていることは大変嬉しく、これからもこの勲章に恥じないようクオリティの高いサイト運営を続けてゆきたい。(^^   「バリューコマース」のホームページ 〈完〉

 

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