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2012年7月24日(火)から8月2日(木)にかけて阪急交通社の企画する旅・「イタリア湖水地方・アルプス・ドロミテ街道・リヴィエラの真珠チンクエテッレ10日間」に家内と共に参加した。以下、ハイライトを中心に、この旅の醍醐味を紹介したい。
(日本との時差:-7時間) |
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【凡例】 ▲:上の画像の説明文 ▼:下の画像の説明文 〈画像の左クリック〉:別窓に拡大写真を表示 |
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主な観光地 |
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画像:Google Earth |
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■ 旅の概要 ■ |
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1日目 2012年07月24日(火) 関西国際空港 09:40 →ヘルシンキ→ 18:05 ミラノ国際空港(泊)
2日目 2012年07月25日(水) ミラノ〜ストレーザ/マッジョーレ湖観光〜トリノ観光〜ジェノバ(泊)
3日目 2012年07月26日(木) ジェノバ〜レパント=(電車)=チンクエテッレ観光〜ジェノバ(泊)
4日目 2012年07月27日(金) ジェノバ〜マントヴァ観光〜パドヴァ(泊)
5日目 2012年07月28日(土) パドヴァ〜ドロミテ観光〜ボルツァーノ(泊)
6日目 2012年07月29日(日) ボルツァーノ〜ドロミテ街道〜ボルツァーノ(泊)
7日目 2012年07月30日(月) ボルツァーノ〜コモ(コモ湖)観光〜ミラノ(泊)
8日目 2012年07月31日(火) ミラノ〜チェルビニア〜ラ・パリュ〜ミラノ(泊)
9日目 2012年08月01日(水) ミラノ国際空港 10:30 → ヘルシンキ→(機中泊)→
10日目 2012年08月02日(木) 10:10 → 関西国際空港 |
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ヘルシンキ(フィンランド)でミラノ行きに乗り換え 2012.7.24
14:47(イタリア標準時) |
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▲ 今回の旅行は、往復とも関西国際空港からフィンエアー FINNAIR を利用し、フィンランドの首都ヘルシンキを経由してミラノからイタリアに出入国した。 |
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夏のアルプス連山/1
(オーストリア・イタリア国境付近) 17:34 |
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▲▼ ヘルシンキからミラノに向かう途中、ヨーロッパアルプスの上空を横切った。山頂の雪が解けて灰色の岩根が露出した夏のアルプス連山が我々を迎えてくれた。 |
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夏のアルプス連山/2
(オーストリア・イタリア国境付近) 17:35 |
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ドロミテらしき夏山 17:42 |
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■ 一日目
2012年07月24日(火):関西国際空港
09:40→ヘルシンキ→ 18:05 ミラノ国際空港(泊) |
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初日は、関西国際空港からフィンエアーに搭乗し、ヘルシンキ経由、ミラノに到着。そのままホテルに一泊した。 |
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ミラノ・マルペンサ国際空港へ到着 18:08 |
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■ 二日目
2012年07月25日(水):
ミラノ〜ストレーザ観光〜トリノ観光〜ジェノバ(泊) |
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★☆★彡 |
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ツアー二日目は、ツアーバスでストレーザとトリノを訪問し、観光後、ジェノバに入り、連泊予定のホテルに宿泊。 |
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イタリア・ストレーザとトリノの位置 |
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画像:Google Earth |
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▼ 最初の観光地は、ストレーザ。人口約5千人を擁するこの町は、イタリア共和国ピエモンテ州ヴェルバーノ・クジオ・オッソラ県のコムーネ*の一つ。イタリア・アルプス山脈の南にあり、美しいマッジョーレ湖に面しており、保養・観光地として名高い。 |
*コムーネ:comune イタリア語で「共同体」を意味し、イタリアの自治体の最小単位(基礎自治体)
。 |
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イタリア北部のマッジョーレ湖畔の町ストレーザに到着 2012.9.25
09:48 |
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▼
マッジョーレ湖は、イタリアのロンバルディア州とピエモンテ州の州境にある湖で、北部はスイスのティチーノ州にまたがっている。イタリアで二番目に広い湖で、面積は212.2km2、深さは最大372m。 |
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マッジョーレ湖とベッラ島
09:50 |
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▲ 西側のボッロメオ湾には5つの島から成るボッロメオ諸島があり、そのうちのマードレ島、ペスカトーリ島、ベッラ島を巡る観光ルートがある。 |
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ロープウェーでモッタローネ山頂を目指す 10:00 |
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▼ イタリア語で「美しい島」という意味のベッラ島は、マッジョーレ湖のストレーザ沖に位置し、長さ320m、幅180mの小島である。島にはボッロメオ家のボッロメオ宮殿
Palazzo Borromeo と階段状のバロック庭園があり、イタリアバロック建築の傑作として知られる。 |
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ロープウェーのストレーザ地上駅と
ベッラ島 |
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▲▼ ベッラ島には大理石と貝から造られた グロッタ と呼ばれる洞窟があり、これが「グロテスク」という言葉の語源となっている。 |
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1797年にはナポレオン・ボナパルトがこの島に逗留した。現在は観光地化されており、フェリー観光における主要な見学施設となっている。 |
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ゴンドラから見たベッラ島 10:08 |
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▲▼ ヘミングウェイは、この湖の国境線を使って長編小説『武器よさらば』のクライマックスシーンを描いた。主人公のフレデリック・ヘンリーと恋人のキャサリン・バークレイは、イタリア軍の憲兵から逃れるために11月の嵐の夜に小さなボートでストレーザを脱出し、湖の北のスイスへ逃げる際にベッラ島とマドラ島付近を通る。そのとき、モッタローネ山から吹き降ろす風を利用する・・・。 |
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ロープウェーとリフトの山上駅 10:37 |
モッタローネ MOTTARONE 駅↓
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↓アルピノ ALPINO 駅 |
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▼ マッジョーレ湖の女王とも形容されるストレーザの町はモッタローネ山麓にあり、ここからロープウェーとリフトを乗り継いでモッタローネ山頂(1,491m)に上がることができる。 |
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モッタローネ山(1491m)山頂に到着 10:39 |
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▼ モッタローネ山頂からの景色は素晴らしく、はるか北西方向にモンテ・ローザ
Monte Rosa を望むことができる。 |
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モンテ・ローザは、イタリアとスイスの国境にあるアルプス山脈で二番目に高い山で、スイスの最高峰。複数の峰からなる山群で、その最高点はイタリア側にある標高4,634mのデュフール峰である。 |
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モッタローネ山頂(1,491m)から仰ぐモンテ・ローザ Monte Rosa (4,636m) 東面 10:40 |
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あるぷすの ゆきやませおう とおあおね |
Far away mountains of green ridge, carrying a snow mountain of Alps on the back. |
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スイス最高峰モンテ・ローザ Monte Rosa (4636m) の勇姿 |
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次のイラストマップは、2007年7月にスイスに旅行したときのもので、スイス(北)側から見たアルプス連山を解説したもの。とりわけゴルグラート山頂(3,130m)のパノラマが素晴らしい。 |
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スイス側ツェルマット(1,620m)〜ゴルナーグラート(3,130m)周辺のイラストマップ
(北面) |
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資料:地球の歩き方 |
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写真下は、左から右に、スイス・アルプス最高峰のモンテ・ローザ(4,634m) Monte Rosa 、グレンツ氷河 Grenz
gletscher 、リスカム(4,527m)Liskamm 、ツヴェリングス氷河 Zwillingsgletscher 、カストール(4,226m) Castor 、ポリュックス(4,091m) Pollux と、4000m級の豪華な秀峰や氷河が続く。 |
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スイス・ゴルナーグラート山上レストランから見るアルプス連山(北面) 1/2 2007.07.10 |
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マウスカーソルで画面のどこかをポイントすると説明が現れます。 |
東→ |
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拡大写真(1600x1300)399KB 撮影:和田義男 |
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スイス・ゴルナーグラート山上レストランから見るアルプス連山(北面) 2/2 |
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マウスカーソルで画面のどこかをポイントすると説明が現れます。 |
東↑ |
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パノラマ写真(1600x820)358KB 撮影:和田義男 |
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▼ ペスカトーリ島は、マッジョーレ湖のボッロメオ諸島の中で唯一の有人島で、漁師が多く住んでいるという。 |
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ストレーザの船溜まりから見たペスカトーリ島 11:31 |
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▲▼ ストレーザ沖に浮かぶ島々は、12世紀からミラノの貴族ボッロメオ一族が所有していたが、現在はベッラ島やマードレ島と違い、ボッロメオ家の所有ではなくなっている。人が住んでいることを知らせる小さな教会が目を引く。 |
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小さな教会のペスカトーリ島/マッジョーレ湖 11:34 |
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トリノは、イタリア共和国ピエモンテ州トリノ県のコムーネの一つで、ピエモンテ州の州都兼トリノ県の県庁所在地。人口約90万を擁するイタリア第4の都市で、トリノ都市圏の人口は約170万人に達する。公用語は標準イタリア語だが、フランスに近接するためフランス語も使用されることがある。今年はイタリア建国150周年。最初に首都が置かれたのがトリノであった。 |
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ポー川を渡る 15:00 |
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トリノのすぐ西方にアルプス山脈があり、その東斜面に市街地が位置し、西方への道路はモンチェニージオ峠によってフランスと連絡している。水利面ではポー河上流河畔に位置し、ミラノ付近ともカヴール運河で結ばれ、米の集散地として知られる。 |
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サヴォイア家の王宮(世界文化遺産)/トリノ 15:15 |
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▲▼ トリノの「サヴォイア王家の王宮群」が世界文化遺産として登録されている。イタリア統一運動の際に主力となったサヴォイア家は、統一イタリアの首都をトリノに定め、その周辺に様々な建築を残した。多くの建物は、当時の最新技術を駆使したもので、現在でもその威容を誇る。 |
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王宮は、カステッロ広場に面し、左右対称の優美な建築物で、16世紀から17世紀にかけて建てられたもの。 |
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王宮前の裸足の騎馬像 |
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▼ カステロ広場は、トリノの中心部にある広場で、トリノ王宮、トリノ大聖堂、マダマ宮殿など、トリノを代表する歴史的建造物に囲まれている。 |
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マダマ宮殿↓ |
王宮前から眺めるカスッテロ広場 15:28 |
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▲▼ ここは17世紀に「王室の令夫人 Madama Reale
」つまり、ヴィットリア・アメデオ I 世の未亡人で、後にカルロ・エマヌエレII世の摂政を務めたマリー・クリスティーヌの住居として使われた。マダマ宮殿の名前は、Madama Reale からとられたもので、現在は、市立古典美術館になっている。 |
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マダマ宮殿(世界文化遺産)/トリノ |
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▲▼ 2006年のトリノオリンピックでは、マダマ宮殿が国際オリンピック委員会のラウンジ(オリンピック・クラブ)として使用された。 |
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マダマ宮殿に入る 15:16 |
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アカイヤ家が14世紀にローマ帝国時代の砦であった場所に建築したため、現在もマダマ宮殿の地下にローマ遺跡が残されており、ガラス張りの床を通してアーチ型の遺構を見ることができる。 |
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ローマ遺跡の上に建てられたマダマ宮殿 |
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豪華な内部の装飾 |
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マダマ宮殿東側ファサード(古い建築部分) |
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▼ 1679年によって建築が開始されたカリニャーノ宮殿は、レンガ造りの宮殿として大変ユニークなもの。1831年までサヴォイア家の宮殿として使用され、その後、トリノが3年間だけ統一イタリアの首都だった時代の国会議事堂となった。現在は国立イタリア統一博物館
Museo Nazionale del Risorgimento Italiano となっている。 |
1798年にカルロ・アルベルトが、1820年にはイタリア王国初代国王になるヴィットリオ・エマヌエーレII世がこの宮殿で誕生している。 |
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カリニャーノ宮殿(世界文化遺産) 16:05 |
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▼ トリノの王宮の脇に寄り添うように建っているルネサンス様式のドゥオーモ(聖ヨハネ大聖堂)には、トリノの聖骸布(せいがいふ)が保管されている。聖骸布は、キリスト教の聖遺物の一つで、イエス・キリストが磔(はりつけ)にされて死んだ後、その遺体を包んだとされる布で、イエス・キリストの風貌が写されている。 |
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トリノの聖ヨハネ大聖堂(ドゥオーモ) 15:41 |
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本体は、縦4.36m、横1.1mの杉綾織の亜麻布(リンネル)で、生成りに近い象牙色の布の上に、痩せた男性の全身像がネガ状に転写されているように見える。裏には当て布があり、はがすと人物の姿は見られず、血の染みのみが見られる。布上に残された全身像の痕跡より、頭を中心に縦に二つ折りにして遺骸を包んだと見られ、頭部には血痕が残っている。 |
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キリストの顔が浮き出たトリノの聖骸布 |
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画像:ウィキペディアフリー百科事典 |
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▼ ポルティコは、柱列として拡がる回廊で、歩道上に柱や壁に支えられた屋根があり、雨や雪を遮蔽する。この概念は古代ギリシアに現れ、西洋建築をはじめ、世界の建造物に影響を与えてきた。 |
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ローマ通りの回廊(ポルティコ) 1/2 15:48 |
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▲▼ トリノのローマ通りには、典型的なポルティコがある。ローマ帝国は、古代ギリシャの文化を見事に吸収しているが、ポルティコもその中のひとつである。トリノには118kmにおよぶポルティコがあり、悪天候のときでもこの屋根付き道路を通って散策できる。寒い雪国では、大変便利なもので、現代のアーケードに通じる。 |
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ローマ通りの回廊(ポルティコ) 2/2 |
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トリノの客間と呼ばれるサンカルロ広場は、トリノ中心部にある広場で、南側にはサン・カルロ聖堂、サンタ・クリスティーナ聖堂という二つのバロック様式の教会が建つ。中央には、16世紀にサンクィンティーノの戦いでフランスに大勝し、サボイア家の領地を奪還したエマヌエレ=フィリベルトの騎馬像がある。 |
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トリノの客間
サン・カルロ広場に建つサン・カルロ聖堂(右)とサンタ・クリスティーナ聖堂 15:50 |
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ガッレリア・サン・フェデリコは、サン・カルロ広場近くにある人気のガッレリア(天井付き通路)で、ダリオ・アルジェントの映画のロケにも使われ、「サスペリアPART2」や「ジャーロ」などに登場する。そこはかとなくデカダンスな空気が漂うトリノの不思議な空間である。 |
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ガッレリア・サン・フェデリコ |
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ガッレリア・デッリンドゥストリア・スバルピーナは、チェーザレ・バッティスティ通りからカステッロ広場に通じているガッレリア。1873年にピエトロ・カッレーラの設計により建てられたもので、後に拡大され、鉄とガラス製の天蓋の部分に見られる優美さを加えた。 |
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ガッレリア・スバルピーナ |
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▼ ストレーザとトリノの観光を終えたツアー一行は、ジェノバに入り、二連泊するホテルに向かった。港町らしく、ツアーバスの車窓から黄昏のヨットハーバーを眺めることができた。 |
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ジェノバの港 19:13 |
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