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 旅紀行日本の裸祭り

2010年11月11日改訂

今 日

昨 日

♪和楽器メドレー

 

蘇る黒虎相撲や力石  北舟

 

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Big rocks for a lifting contest,
Kuroko Sumo wrestling has revived.

2010年11月10日制作

宮司・来賓・世話役たちの記念写真
 

宮司・来賓・世話役たちの記念写真/太田神社( 千葉県旭市)

太田神社月星紋   太田神社   太田神社月星紋
 

黒虎相撲

化粧回

はじめに

 
 平成22年(2010)11月3日(水)文化の日、千葉県旭市二(ちばけん・あさひし・に)の袋(ふくろ)地区に鎮座する太田神社(おおた・じんじゃ)で秋の例大祭が開催され、黒虎相撲(くろこずもう)が奉納されたので取材した。  

 

【凡例】  ▲:上の画像の説明文  ▼:下の画像の説明文  〈画像の左クリック〉:別窓に拡大写真を表示

黒虎くろこ 相撲が行われた千葉県

あさひ

黒虎相撲が行われた千葉県旭市

Google Earth
千葉県

旭市あさひし

 
▲▼ 人口約7万を擁する旭市(あさひし)は、千葉県の北東部にあり、九十九里浜の最北端に面しており、夏季には海水浴客で賑わう海辺の町である。市の中央部を東西に総武本線と国道126号が走る。  
   「旭」という市名(最初は町名)は「旭将軍」と呼ばれた木曾義仲の末裔とされこの地で没した木曾義昌を詠んだ「信濃よりいつる旭をしたひきて東の国にあととどめけむ」から採られたという。  
   この歌は弘文元年(1844)木曾氏末裔と自称する芦原検校(木曾義長)が東漸寺において営んだ「木曾義昌公250回忌」に参列した京都の国学者野々口隆正が詠んだ追悼歌である。  旭市公式サイト  
JR総武線 あさひ 駅から

太田神社おおたじんじゃ

への道

JR総武線旭駅から太田神社への道

Google Earth
▲▼ 朝4時起きしてJR青梅線の一番電車に乗り立川〜御茶ノ水〜千葉で乗り換え総武本線旭駅に午前8時50分頃到着。太田神社は点線の道を歩いて10分ほどで着くが、9時から開催される神事に間に合うようタクシーで参道入口まで行った。  

太田おおた

神社の参道入口 2010.11.3 08:55

太田神社の参道入口 2010.11.3 09:55

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太田神社拝殿前の土俵 08:56

太田神社拝殿前の土俵 08:56

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太田おおた

神社
 
▲▼ 永正(えいしょう)2年(1505)に創建された太田神社は、袋区の鎮守の森に鎮座し、面足命(おもだるのみこと)と惶根命(かしこねのみこと)の二柱を祀る。入口に石鳥居が建ち、参道を100mほど北上すると拝殿があり、その右側(東)に社務所がある。拝殿前(南)の広場には、紫色の水引幕を垂らした土俵が仮設されていた。  
太田神社の由緒沿革

太田神社の由緒沿革

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  社務所の前に受付デスクがあったので、名刺を渡し、取材の許可を得た。資料として、A4サイズの「黒虎相撲の由来」と取組表の2葉を頂戴した。受付デスクの奥(北)にはフリードリンクなどのテントがあり、その奥には優勝トロフィや自転車などの豪華な賞品が並べてあった。  
社務所前の受付デスク
優勝トロフィと自転車などの豪華な賞品
社務所前の受付デスク 優勝トロフィと自転車などの豪華な賞品

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飲み物と赤飯のおにぎりの奉仕
甘酒の接待
飲み物と赤飯のおにぎりの奉仕 甘酒の接待

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太田神社拝殿 09:00

太田神社拝殿 09:00

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▲▼ 午前9時丁度に拝殿に着くと氏子長老たちが拝殿の板間に正座し司会の挨拶のあと、神事が始まった。  
氏子長老たちが列席した神事

氏子長老たちが列席した神事

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祝詞のりと

を奏上する

梅谷うめや

宮司 09:09

祝詞を奏上する梅谷宮司 09:09

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▼ 拝殿から南方を眺めると、鎮守の杜に囲まれた広場があり、その中央に土俵がある。奉納相撲が終わるとすぐに分解され一年間保管されるという。土俵北側(手前)のテントは旭市長や市議会議長などの来賓席である。  
拝殿前の奉納相撲会場
 

トロフィーと賞品

社務所

土俵

来賓席

拝殿前の奉納相撲会場

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 太田神社の黒虎相撲(くろこずもう)は、internetで奉納相撲を検索していて見つけたもので、江戸時代から続く古式懐(ゆか)しい相撲装束で催行されるということだった。社務所には電話が引かれておらず、旭市役所の広報広聴係(0479-62-8070)に電話連絡して日程や場所を確認した。  
鎮守の森の境内に設けられた

黒虎相撲くろこずもう

の土俵
 

社務所

受付

土俵

記念碑

鎮守の森の境内に設けられた黒虎相撲の土俵

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黒虎相撲くろこずもう

 
▲▼ 仮設土俵の西側に相撲の由来を記した記念碑が建てられている。黒虎相撲(くろこずもう)は、安永(あんえい)9年(1780)に太田神社の4人の氏子たちが江戸商人として成功した御礼に大鳥居を奉納した際、落成祝いに江戸から玄人(くろうと)力士を招聘(しょうへい)し、旧暦霜月(しもづき)(11月)朔日(さくじつ)(1日)に相撲を奉納したことがきっかけで始まった。  
   戦前までは盛況だったものの、戦後は廃れかけていたことから、平成4年(1992)に飯島儀兵衛という篤志家が土俵をはじめ古式にのっとった奉納相撲を催行するに必要な資器材一式を寄贈し、復活した。  
   黒虎相撲(くろこずもう)という名称は(くろ)は玄人(くろうと)、虎(こ)は白虎(びゃっこ)(白人=素人)を意味することに由来する。小学生の取組の関係から、現在は、毎年11月3日の文化の日に開催されている。  
平成4年(1992)に復活した 黒虎相撲くろこずもう の記念碑

平成4年(1992)に復活した黒虎相撲の記念碑

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▼ 参道の入口には、230年前の江戸時代に大鳥居を建立した際に奉納された力石(ちからいし)が置かれている。その記念碑は、平成4年(1992)に黒虎相撲の記念碑や太田神社の由緒沿革を記した掲示板などとともに建てられた。長い歴史を背負った力石には、風格と重みが感じられる。  
  蘇る黒虎相撲や力石  北舟 

よみがえる くろこずもうや ちからいし

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230年前から太田神社に伝わる 力石ちからいし

230年前から太田神社に伝わる力石

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  拝殿での神事に続き梅谷(うめや)宮司により、大榊(おおさかき)と紙吹雪のような切り麻(きりぬさ)を使った土俵の清祓(きよめはらえ)神事が行われた。  
土俵の清祓神事 09:31
切り

ぬさ

によるお浄め
土俵の清祓神事 09:31 切り麻によるお浄め

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▼ 神事が終わった後、拝殿と土俵をバックに宮司・来賓・長老・横綱・相撲役員の記念撮影が行われた。(三脚で撮影する本職の写真屋さんの隣に立ち、フリーハンドで撮影。)  
宮司・来賓・世話役たちの記念写真

宮司・来賓・世話役たちの記念写真

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相撲褌まわし

 
神事が行われている間青年団の力士たちが社務所で相撲褌(まわし)を締めていたので、撮影させて貰った。  
相撲褌まわし の下に締める 越中褌えっちゅうふんどし

相撲褌の下に締める越中褌

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▲▼ 黒虎(くろこ)相撲では、相撲褌(まわし)や化粧回しの下に越中褌(えっちゅうふんどし)を締めている。江戸時代に葛飾北斎が北斎漫画十二編に描いたものと同じで、一端が袋縫いになっており、その中に紐が通されている。後ろ立褌(うしろたてみつ)を束ねれば六尺褌のようにTバックになるのでその上に相撲褌(まわし)を締めることで越中褌が見えなくなる。その効用は、第一に清潔であり、相撲褌(まわし)を締める際の羞恥心も和らぐ。  

越中褌(前)

越中褌(後)

越中褌(前) 越中褌(後)

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▲▼ 大相撲の力士たちは相撲褌(まわし)は直接肌に締めているが化粧回しに限っては汚れを防ぐために六尺褌か越中褌を下に締めている。越中褌を使う場合は、袋縫いは手間がかかるため、普通の越中褌の紐の部分を一重結びにすることでTバック状態にする。  
越中褌えっちゅうふんどし の上に 相撲褌まわし を締める

越中褌の上に相撲褌を締める 1/3

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  褌の上に褌宮相撲  北舟 

ふんどしの うえにふんどし みやずもう

A sumo match dedicating to the shrine, wearing a loincloth on the other loincloth.

▲▼ 相撲褌(まわし)は、キャンバス(帆布)製の標準サイズで、締め方は変わらない。後ろ褌(うしろみつ)(Tバックの交点)を締め上げるのも、いつもの背負い投げスタイルである。越中褌も相撲褌(まわし)も使用後はクリーニングに出されて保管されており、新品同様である。  
越中褌の上に相撲褌を締める 2/3 越中褌の上に相撲褌を締める 3/3

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青い 化粧回しけしょうまわし を締める東横綱

化粧回しを締める東横綱

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化粧回しけしょうまわし

 
▲▼ 宮司や来賓たちとの記念撮影の後、社務所で東西両横綱が化粧回しを締めるところを撮影させて貰った。横綱の化粧回しは大相撲と同じ絹の仕様で本格的なものである。東西両横綱の締める純白の横綱も段ボール箱から取り出された。  
西横綱の赤い 化粧回しけしょうまわし

西横綱の赤い化粧回し

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▲▼ 化粧回し(けしょうまわし)は、大相撲の関取(せきとり)が土俵入りの際に締める儀式用の相撲褌(まわし)で、長さ8m、幅70cmの長い博多織の布の先端に豪華な刺繍と馬簾(ばれん)と呼ばれる飾りの付いたエプロンのような大きな前垂れのある高価な褌である。  
越中褌えっちゅうふんどし の上に 化粧廻しけしょうまわし を締める

越中褌の上に化粧廻しを締める

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東横綱の座布団

西横綱の座布団

東横綱の座布団 西横綱の座布団

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青い化粧回しを締める東の横綱は青年団長の飯島俊一さん。赤い化粧回しを締める西の横綱は副団長の斎藤秀明さん。横綱専用の同色の座布団が置かれた椅子に腰を下ろした姿は、威厳がある。アマチュア力士の宮相撲で、純白の横綱と化粧回しを締めた力士を見たのは、今回が初めてである。  

東横綱の飯島俊一さん

西横綱の斎藤秀明さん

東横綱の飯島俊一さん 西横綱の斎藤秀明さん

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