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 特集!旅紀行

2007年10月7日改訂

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♪メドレー「キャラバン」(演奏・ヴォーカル)

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2007年10月4日制作

巨大なラムセスII世像と筆者

         巨大なラムセスII世像と筆者(エジプト・メンフィス)

世界文化遺産

エジプト国旗

エジプト感動の旅

メンフィス

ツアー7日目の12月15日(水)は、午前6時半にホテルを出発し、船とバスを乗り継いでヌビア砂漠に行った。

ヌビア砂漠を歩く!

ヌビア砂漠を歩く!

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 サラサラとした砂の感触が心地よいが、風が吹けば砂塵が舞い上がる砂漠は、不毛の地である。砂漠に残された骨を見つけたが、完全に分解され、骨だけが洗ったように綺麗に残されて、土に還りつつあった。
 これを見ると、「月の砂漠を はるばると 旅のらくだが 行きました」で始まる童謡「月の砂漠」のようなロマンティックな世界は虚構であり、現実はとても厳しいことを実感する。

砂漠に残された骨

砂漠に残された骨

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カイロ CAIRO
 砂漠を後にしてアスワン空港に行き、午前8時25分の国内便に乗り、午前9時35分首都カイロに到着。カイロ空港では、我々のツアーバスに警官が一人乗り込んできた。首都カイロの治安状況がとても厳しいことを知った。
 カイロは、ナイル川河畔の交通の要衝として中世に建設されて以来、現在に至るまで、イスラム世界における学術、文化、経済の中心都市でありつづけた中東屈指の大都市である。
 現在においてもナイル川西岸のギザ市を含むカイロ首都圏の人口は1525万人を数え、アフリカ大陸、中東地域いずれにおいても最大の人口を有する。  

首都カイロの位置

首都カイロの位置

                    資料

ハン・ハリーリ・バザール
 
 まずはカイロのハン・ハリーり・バザール(ハン・ハリーリ市場)に行き、ショッピングを楽しんだ。ここは迷路のような狭い路地に小さな店が密集しており、アラブの雰囲気をたっぷりと楽しむことが出来る。値段は交渉次第。

カイロのハン・ハリーリ・バザール/エル・フセイン広場

カイロのハン・ハリーリ・バザール/エル・フセイン広場

 このバザールは、カイロの人気観光スポットとなっているが、「ハン」とは隊商宿のことで、かつてこの一帯にはキャラバンが利用する宿が沢山あった。14世紀後半以降、数回の改装を経て、現在のような形になったという。

狭い路地のバザール

狭い路地のバザール

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 バザールには衣料品店が多かったが、この店は、派手なビキニ・スタイルのランジェリーを販売していた。アラブの女性たちは、黒服の下に、このような派手な下着を着用しているのだろうか。

派手なランジェリーの店

派手なランジェリーの店

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エジプト考古学博物館
 午後2時過ぎ、コンラッド・ホテルにチェックイン。休憩後、ホテルを出発し、閉館後のエジプト考古学博物館に行き、午後6時45分から2時間借り切って館内を見学した。博物館は、日中は大勢の観光客で溢れ、ゆっくりと見学できないので、貸し切りで見学できるのは、このツアーの大きな魅力のひとつである。特に、ツタンカーメン王の黄金のマスクや人型をした純金製の第三の棺を見たときは、その素晴らしさに感動した。

エジプト考古学博物館

エジプト考古学博物館

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黄金のマスク
 少年王ツタンカーメンのミイラがかぶっていた純金製のマスクで、重さ約11kg。青い部分にはラピスラズリ*や色ガラス、目の部分には水晶と黒曜石が使われている。額の上の蛇とコンドルは、上下のエジプトをあらわし、背中のヒエログリフは死者の書の一部を引用しているという。
*ラピスラズリ:青色の宝石の名。青金石。

ツタンカーメン王の黄金のマスク

ツタンカーメン王の黄金のマスク

拡大写真(1050x1600)406KB

資料

純金製の第三人型棺
 三重の人型棺のうち、一番内側にあった黄金の棺は、マスクと同じ純金製で、110.4kg の重さがある。胴体部分には上下エジプトの象徴であるコンドルと蛇が翼を広げた姿で描かれている。足の裏には、彼の名前が入ったカルトゥーシュを守護するイシス女神が翼を広げている。

ツタンカーメン王の人型をした純金製の第三の棺

ツタンカーメン王の人型をした純金製の第三の棺

拡大写真(1600x1000)320KB

資料

カイロでは、ナイルのリバーサイドに建つコンラッド・ホテルに宿泊。部屋のベランダからカイロ市内が一望できた。

首都カイロの夕暮れ

首都カイロの夕暮れ

パノラマ写真(2335x900)282KB

 ツアー8日目の12月16日(木)は、朝8時半にホテルを出発し、ツアーバスでメンフィスに向かった。その際、警官1名がバスに同乗してきた。警備のためと思われるが、少々不安になる。

メンフィスの位置

メンフィスの位置

                    資料

メンフィス MENPHIS
 リビア砂漠に面するメンフィスは、カイロの南方、車で50分ほどのところにあり、B.C.3000年ころに第1王朝が始まったときに建設された古代エジプト最初の都市である。その後、国の中心がテーベ(ルクソール)に移っても政治的、経済的に重要な都市として発展したが、現在は広大な神殿跡が残るだけの静かな農村である。

メンフィスの焼き芋屋

メンフィスの焼き芋屋

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ラムセスII世の巨像
 メンフィスには、新王国時代第19王朝(B.C.1310-1186)のファラオ・ラムセスII世がプタハ神殿の前に建てた巨大な立像が残されている。足首から下の部分が破損しているため、建物の中に横たわるようにして保存されているが、特に顔の部分は保存状態が良く、ファラオの威厳が感じられる。

巨大なラムセスII世像と筆者

巨大なラムセスII世像と筆者

拡大写真(1600x1400)276KB

アラバスター製のスフィンクス
 人頭にライオンの胴体というスフィンクスは、アラバスター*で造られているので、アラバスターのスフィンクスと呼ばれる。有名なギザのスフィンクスに比べると小さいが、それでも全長8m、高さ4.25m、重さは80tonもあるという。
*アラバスター:大理石の一種で雪花石膏とも呼ばれる。軟質で光を通し、加工しやすい。

人面のスフィンクス

人面のスフィンクス

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 顔の部分は保存状態が良く、口に笑みを浮かべた優しい顔をしている。第18王朝(B.C.1565-1310)のファラオ・アメンヘテプII世が造ったもので、2体一対でプタハ神殿に奉納されたが、残っているのはこの1体のみ。

手を振る少女

手を振る少女

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Caravan キャラバン

作詞:Irving Milles  作曲:Duke Ellington, Juan Tizol

  Night and stars above that shine so bright
The myst'ry of their fading light
That shines upon our caravan
  夜 鮮やかに輝く星
ほのかに消えゆく神秘の輝きが
キャラバンのうえに降りそそぐ
  Sleep upon my shoulder as we creep
Across the sand so I may keep
This mem'ry of our caravan
  砂漠をよぎっているあいだ
私の肩にもたれて眠りなさい
このキャラバンの想い出を 
私が忘れぬように
  This is so exciting
You are so inviting
Resting in my arms
As I thrill to the magic charms of you
  とてもエキサイティングな宵
あなたは誘う
私の腕のなかに安らぎながら
その魔法のような魅力に私はスリルを覚える
  Beside me here beneath the blue
My dream of love is coming true
Within our desert caravan
  紺碧の空の下 私のそばにあなたがいて
愛の夢が現実のものになろうとしている
この砂漠のキャラバンのなかで(和田訳)
ヴォーカルはこちら Nat King Cole
ギ ザ カルナック ルクソール アブ・シンベル アスワン メンフィス サッカラ 松井公代
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