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内橋亭 |
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▼ 栄螺山(さざえやま)を背景に霞ヶ池のほとりにたつ茶室・内橋亭。現在の建物は、昭和40年(1965)に再建されたもの。現在は霞ヶ池に浮かんでいるが、藩政時代は今の茶店街の中央にあった。二つの屋形を橋でつなげていることから「内橋亭」の名がある。数奇屋であると同時に、馬の調教をみる「馬見所」として使われていたことから、「馬見の御亭」とも呼ばれていた。 |
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雪に閉ざされた |
内橋亭 |
2010.1.16 08:30 |
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▼▲ 5代藩主・綱紀により蓮池庭の作庭の際に造られた4亭のひとつで、11代藩主・治脩が蓮池庭を復興した際に再建された。本席は公開されていないが、年に一度、兼六園が公開された日(5月7日)に茶会が催されている。 |
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ライトアップされた |
内橋亭 |
2010.2.6 19:00 |
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○ ハァー 忘れしゃんすな山中道(やまなかみち)を 東ゃ松山 西ゃ薬師
○ ハァー 谷にゃ水音峰には嵐 あいの山中 湯の匂い ・・・ 加戸珪子
○ ハァー 忘れしゃんすな山中道(やまなかみち)を 東ゃ松山 西ゃ薬師 (チョイ〜 チョ〜イ チョイ)
○ ハァー 主の傍(そば)とこおろぎ橋は 離れともない 何時までも (チョイ〜 チョ〜イ チョイ)
○ ハァー 夕べ習うた山中節も 今朝は別れの唄となる (チョイ〜 チョ〜イ チョイ) ・・・ 早坂光枝
○ ハァー 忘れしゃんすな山中道(やまなかみち)を 東ゃ松山 西ゃ薬師
○ ハァー 山が高こうて山中見えぬ 山中恋しや 山憎(やまにく)や
○ ハァー 谷にゃ水音峰には嵐 あいの山中 湯の匂い ・・・ 米八 |
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ライトアップされた |
霞ヶ池 |
2010.2.06 20:25 |
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▼ 兼六園から百間堀(ひゃっけんぼり)を隔てた金沢城跡には、当時の建造物の一部である石川門や三十間長屋などが現存している。この跡地には長らく金沢大学のキャンパスがあり、世界的に珍しい城の中の大学とされてきたが、最近、郊外に移転し、それを機に櫓(やぐら)の一部が当時の技術で復元され、一般公開されている。 |
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兼六園を背に金沢城石川門(国指定重要文化財)を臨む 2007.1.7
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石川櫓↓ |
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↓石川門 |
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パノラマ写真(2100x800)343KB |
撮影:和田義男 |
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▲▼ 金沢城は、現在の金沢市丸の内にあった戦国時代から江戸時代に至る城郭で、加賀藩主前田家の居城である。金沢平野のほぼ中央を流れる犀川(さいがわ)と浅野川(あさのがわ)とに挟まれ、小立野(こだつの)台地の先端に位置している。 |
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金沢城 |
石川櫓 |
2009.12.19 08:55 |
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国の重要文化財に指定されている現在の石川門は、天明8年(1788)に再建されたもの。金沢城の搦手(からめて)(裏口)でありながら、特に堅固に造ってあるのは小立野(こだつの)方面からの攻撃に備えたもので、ここが金沢城の一番の弱点で、攻撃されやすいと考えられていたからという。石川門の最大の櫓「石川櫓(いしかわやぐら)」は菱形になっており、石落しも設けられている。 |
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淡い雪化粧の |
石川櫓 |
2009.12.19 08:57 |
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▲▼ 金沢城は典型的な平山城で、櫓(やぐら)を多用した構造になっている。また、瓦には冬の積雪に耐えられるように軽量で、有事には鉄砲弾にもなる鉛瓦(なまりがわら)が用いられた。本丸・二の丸・三の丸があったが、天守や三階櫓の焼失後は二の丸を藩主の居所とし、天守は再建されなかった。
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冠雪の |
石川櫓 |
2010.1.16 08:20 |
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しらかべに しらゆきつもり ごらいこう |
The rising sun to the white wall with white snow on it. |
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冠雪の石川門と石川橋 2010.1.16 08:20 |
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あまり堅固な城とはいえないため、有事の際は城下町で敵(越前松平家)を迎え撃つ軍事拠点として多くの寺が建立された。そのうちの一つ妙立寺(みょうりゅうじ)(通称忍者寺)の井戸には金沢城に通じる抜け穴があるという。 |
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雪化粧の |
石川櫓 |
と桜の木々 2010.1.16 08:22 |
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▲▼ 城の周囲には、大手堀、いもり堀、百間堀(ひゃっけんぼり)、白鳥堀(はくちょうぼり)があった。現存するのは大手堀のみで、他の三つの堀は明治の末期から大正時代にかけて埋め立てられて道路などになった。 |
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ライトアップされた石川門 2010.2.06 20:45
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橋爪門続櫓 |
・橋爪橋・五十間長屋・ |
菱櫓 |
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▼ これらの建物は、当時の技法を使って平成13年(2001)7月に完成した延べ床面積1,894.2m2の復元建物で、石川門や三十間長屋と同様、銀白色に鈍く輝く鉛瓦や海鼠塀(なまこべい)が外観の特徴となっている。 |
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橋爪門続櫓↓ ↓橋爪橋 |
↓五十間長屋 |
菱櫓↓ |
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撮影:和田義男 |
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▲▼ 3層3階の菱櫓と橋爪門続櫓を2層2階の五十間長屋でつないでいる。これらの建物は、戦(いくさ)の際に二ノ丸を守るための施設で、石落しや鉄砲狭間となる格子窓、白塗漆喰壁や海鼠壁で防火構造となっている外壁が堅牢さを誇っている。 |
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橋爪橋・橋爪門・ |
橋爪門続櫓 |
2004.12.30 |
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撮影:和田義男 |
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冠雪の橋爪橋と |
橋爪門続櫓 |
2009.12.19 09:20 |
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ライトアップされた橋爪橋と |
橋爪門続櫓 |
2010.2.06 20:50 |
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出生:昭和30年(1955)愛媛県 |
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住居:石川県金沢市 |
職業:船員 趣味:読書、水泳(スポーツクラブ通い)、 ドライブ、写真 |
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コンデジからデジイチへ
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職場の同僚の勧めで、昨年秋にコンデジからデジイチに乗り換えてから、他の方に見て頂くことを意識して撮影した初めての作品もどきになります。写真雑誌など読みますと私には理解できない難しいことが書かれていますが、「和田理論」に触れた後は、難しい理屈を考えないで感性のままに自由にバシャバシャ撮ればいいんだと気が楽になりました。そんな軽いノリでお気軽に楽しく撮りました。というわけで、超初心者の私の写真がいい写真に見えたとしましたら、それはひとえに和田様のご指導と卓越した編集技術にあります。
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金沢&兼六園の思い入れ
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金沢に単身赴任で住むようになってから、まもなく2年となります。金沢は知れば知るほど奥深い味わいを持った街です。何気ない街角にさりげなく100年、200年前の歴史がひっそりとたたずんでいます。また、和食のお店が多く、独特の食文化(京文化に近い)が残っています。
ただ、やっかいなことは、こういう風雅な文化を味わうには、味わう側にそれなりの知識と経験が必要だということです。もし、伝統文化に理解を示されるのであれば、金沢は黄金の蔵といえるでしょう。
どこの観光地でも同じですが、地元の人、特に若い人がその良さや価値を知らないで、便利さを求めて東京をお手本にしてリトル・トウキョー的な街作りをする傾向があるのは残念です。
兼六園は、実に手の込んだ繊細な庭園です。現代までよく残ったものだと驚きです。市民に愛されている証拠かと思います。この名園を維持されてきた金沢市民に尊敬の念を禁じ得ません。
雪国なので春を待ちわびる気持ちが本能的に強いためか、兼六園は各種の桜が数多く植えられています。したがって、華やかさを求めるのであれば、なんといっても春の桜が一番です。緑の苔も見事です。
冬の兼六園は、雪国らしく凛として静かで密やかですが、雪の有無によって劇的に変化します。冬は天気が悪く滅多に見ることができませんが、タイミングよく晴れた日の雪に埋もれた兼六園は、桜の春をも凌駕する美しさがあります。街の中にありながら深山幽谷を連想させ、この世のものとは思えません。機会がありましたら朝日に映える雪の兼六園を是非御覧下さい。
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自己サイトの紹介
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船に乗っていますので、停泊した時しか更新できませんが、単身赴任の暇つぶしにブログをやっていますので、ご興味がありましたら御覧下さい。 うわわブログ http://www.dhcblog.com/uwawa/
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今後の抱負
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デジイチを始めたばかりなので、まずは「和田理論」を正しく理解し、忠実にまねてみようと思っています。茶道なら守破離のうち「守」の段階でしょうか。
最近は金沢の観光スポットで若い女性が立派なデジイチやカーボンの三脚を携えているのをよく見かけます。兼六園のライトアップでは、若いカップルが二人ともデジイチを構えていました。女子カメラという雑誌も出ており、女性の温泉ブームの次は、女性のカメラブームが来たのかも知れません。
これからは、マニアックなオジン臭いカメラスタイルから、華やかでファッショナブルなかわいいカメラスタイルに変化してゆくのでしょう。雑誌女子カメラには、昔なら露出オーバーで駄目出しされそうなハイキーな写真が多いです。トイデジの写真も人気のようです。かわいくて素敵な写真が流行かも知れません。写真もデザインの一部分という時代なのでしょうか?なにせ生まれた時からデジカメしか知らない世代ですから。
私もデジタルならではの、時代の変化に負けないよう感性を磨いてゆきたいと思います。ご指導宜しくお願い致します。
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★☆★彡
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感動写真集〈 第136集 〉「雪の金沢兼六園」
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撮影・原作:宇和川 淳
監修: 和田義男
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平成22年(2010)2月25日 作品:第8作 画像:(大46+小0) 頁数:3 ファイル数:98 ファイル容量:31.0MB
平成12年(2000)〜平成22年(2010) 作品数:356 頁数:1,339 ファイル数:55,548 ファイル容量:7,944MB
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ふゆばれや ことじとうろう わたぼうし |
Winter sunshine, Kotoji Lantern capping with snow. |
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【編集子が選ぶ名作】 |
冬の太陽と |
徽軫燈籠 |
2010.1.16 09:03 |
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拡大写真(2000x1340)591KB |
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今回、「徽軫燈籠」「唐崎松」「石川門」の3頁に同じ風景を何枚も時系列的に並べるという大胆な作品を創った。金沢に暮らす宇和川さんの地元の利を生かし、何度も足を運んで兼六園を激写することができたからこそ生まれた作品である。 |
同じ冬景色でもこんなに多様で美しい表情があると知れば、何度も足を運ぶ価値があるというものである。朝早く、人に荒らされていない兼六園で、朝日が差し込んでくるときの何と素晴らしいことか!まるで深山での御来光を拝むかのように、大都会の中心部でその感動を味わうことができるとは、何と贅沢なことだろう。 |
そして、夜のライトアップの美しさは、どうだろう。雪景色は全てを浄化し、我々をロマンと感動の世界に誘う素晴らしい天からの贈りものである。 |
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宇和川さんのおっしゃるように、私も兼六園の雪景色に思わず心を奪われた一人である。兼六園へは、何度かツアーで行ったが、天候に左右され、心から感動するようなことはなかった。矢張り、最も美しく輝く冬の朝日が昇る頃、もう一度訪れてみたいと思う。 |
宇和川さんには、地元の利を生かし、次回は、「金沢兼六園の四季」を発表して頂ければ有り難い。そして、どの季節が一番素晴らしいものかを読者自身に判定して頂くのが良いと思う。転勤が懸念(期待?)されるが、次は、Wa☆Daフォトギャラリーで兼六園の春の桜を眺めて見たいものである。〈 完 〉 2010.2.25 和田義男 |
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ゆきのその からさきまつの ごらいこう |
The snow-covered garden, the rising sun to Karasaki pine trees. |
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【編集子が選ぶ名作】 |
唐崎松 |
のご来光 2010.1.16 08:50 |
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拡大写真(2000x1340)545KB |
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