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川禊【八】 〜紫褌が黒褌に〜
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拡大写真(2000x1500)416KB |
撮影:和田義男 |
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川禊【九】 〜意気上がる樽神輿〜 19:42
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拡大写真(2000x1970)488KB |
撮影:和田義男 |
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▼ この石鳥居の扁額は、「稲荷宮」と書かれているので、明治初期に「稲生」と替字する前に立てられた年代物の鳥居であることが分かる。所々ひび割れしているが、まだ、安全だとして使われているのだろう。 |
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撮影:和田義男 |
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撮影:和田義男 |
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撮影:和田義男 |
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撮影:和田義男 |
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撮影:和田義男 |
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撮影:和田義男 |
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拡大写真(2400X1800)537KB
撮影:和田義男 |
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拡大写真(2400X1800)469KB 撮影:和田義男 |
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拡大写真(2400X1800)388KB 撮影:和田義男 |
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はだか祭参加の申込み |
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▼ 陰陽一対の御福木を奪い合うはだか祭の参加者は、当日、神社の受付窓口で住所・氏名などを記入して事前に申込みを行う。参加料は無料で、部外者も参加できる。祭装束は、晒木綿の褌と白足袋に限られ、相撲まわしのような厚手の褌や地下足袋などは認められない。 |
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参加者は、祭終了後に、御福木を模した参加章、布製の鈴付厄除招福守、御神酒(300ml)の三点が入った参加賞がもらえる。今年は、丁度300人のエントリーがあったという。 |
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撮影:和田義男 |
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撮影:和田義男 |
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撮影:和田義男 |
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撮影:和田義男 |
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禊を済ませ、参拝を終えた裸たちが次々とエントリー 20:34
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撮影:和田義男 |
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御福木争奪戦にエントリーして御神酒をいただく
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撮影:和田義男 |
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焚火で濡れた褌を乾かす 20:37
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撮影:和田義男 |
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ふるまいテントのそばに、はだか祭参加者に向けた、大きな注意標識が立てられていた。 |
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注意 裸祭参加者へ
一、裸祭参加者はマワシはサラシ・タビを着用のこと
一、地下タビ等右以外の着用は、厳禁する これに違反する者は御福木の取得権はなきものとする
久井稲生神社 |
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羽田宮司によると、かつては西大寺会陽の宝木(シンギ)投下が午前零時だったため、プロのような集団がバスでやってきて久井はだか祭に参加したあと、西大寺会陽に参加するという掛け持ちグループがいた。装備が本格的な彼らと競うのは不公平だという苦情が多数寄せられ、相撲まわしのような頑丈なマワシに地下足袋で御福木を取っても収得者として認めない措置を執ったという。 |
その後、西大寺会陽は、500年祭が行われた平成22年(2010)からシンギ投下が午後10時に早まったため、掛け持ち参加ができなくなり、彼らに荒らされることはなくなった。西大寺以外にも会陽が開かれているが、彼らが遠征してくるので、中止したところもあるという。 |
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プロ集団を排除するための公平ルール
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撮影:和田義男 |
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ふるまいテントで身体を温める裸たち 20:39
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撮影:和田義男 |
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撮影:和田義男 |
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「わっしょい、わっしょい!」拝殿前で最後の神輿練り 20:49
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拡大写真(2000X1820)554KB
撮影:和田義男 |
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