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和田義男

 旅紀行ジャパン

2011年5月5日改訂

今 日

昨 日

♪メドレー さくらさくら-富士山

 

白雲の湧いて流るる春の富士   北舟

2011年5月3日制作

Mt. Fuji of spring, the white clouds emerging and drifting.

枯れススキと春富士 / 大石公園

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枯れススキと春富士 / 大石公園(山梨県富士川口湖町)

河口湖早春の旅

大石公園
  ▼ 翌日4月21日(木)早朝、河口湖やホテル周辺は、朝霧に覆われ、何も見えなかったが、日が昇るにつれて霧が晴れ、温泉の朝風呂に入り、朝食後、部屋から外を見ると、桜の向こうに鵜(う)の島が見えた。  
霧が晴れてきた河口湖の朝 / 富士ビューホテル5階 2011.4.29 09:30

霧が晴れてきた河口湖の朝 / 富士ビューホテル5階 2011.4.29 09:30

拡大写真(2400X1800)1.04MB

  ▼ 部屋から西方を見ると、満開の桜と敷島の松が見え、その向こうに河口湖の水面が見えた。ホテルの敷地にあるこの赤松林は煙草「敷島」の包装図案のモデルとなったもので、以来、敷島の松と呼ばれている。  
河口湖畔の敷島の松と桜 / 富士ビューホテル

河口湖畔の敷島の松と桜 / 富士ビューホテル

拡大写真(2000X1400)1.07MB

  ▼ ホテル5階の展望室から南を眺めると枝垂桜の向こうに富士山が見える筈だったが、この日は朝からずっと雲に覆われていた。出発を午前10時まで延ばして粘ったが結局、観賞に堪える富士山の写真は撮れなかった。  
ホテル南庭の枝垂桜

ホテル南庭の枝垂桜

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  ▼ 朝食後、3万坪の庭園を散策した。満開の桜に囲まれた思昔庵(しじゃくあん)古くからある日本家屋で、ゴルフのショートコースの3番ホールの西にある。今は廃屋(はいおく)になっているが、かつては中を改装し、客室として使われていたという。  
満開の桜に囲まれた 思昔庵しじゃくあん   / 富士ビューホテル境内

満開の桜に囲まれた思昔庵 / 富士ビューホテル境内

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  廃屋の花に囲まる甲斐路かな  北舟 

はいおくの はなにかこまる かいじかな

The country of Kai, a deserted house surrounded by the cherry blossoms.

藁葺とトタン屋根の 思昔庵しじゃくあん

藁葺とトタン屋根の思昔庵

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さくや愛の鐘

 
  ▼ ホテルの境内から抜け出し、湖畔道路を横切り、湖畔の遊歩道を歩いて寄ヶ崎に行くと、「さくや愛の鐘」と「谷崎潤一郎文学碑」が並んで建っていた。  
   「さくや愛の鐘」は旧勝山村が2002年に設置したもので安産の神様として知られ、近くの冨士御室浅間神社に祀られている富士山の御神体である「木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)」にちなんで命名されたもの。  
   鐘はアーチ形のオブジェに吊されており、ロープを揺らすと甲高い音が湖畔に響く。オブジェ脇の石碑には「一つ 愛が結ばれる 二つ 願いがかなう」と刻まれ、鐘を鳴らす回数に応じた御利益があることを説明している。  
さくや愛の鐘 / 河口湖勝山・寄ヶ崎

さくや愛の鐘 / 河口湖勝山・寄ヶ崎

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谷崎潤一郎文学碑

 
  ▼ 豊麗な官能美と古典美を展開して常に文壇の最高峰を歩み続けた文豪谷崎潤一郎(1886-1965)が昭和17年(1942)9月末に河口湖の畔(ほとり)勝山の富士ビューホテルに滞在し、名作「細雪ささめゆき」を執筆した。  
   文学碑には長編小説「細雪」の一節が谷崎の直筆で刻まれているが「山の形」「水の色」は富士山であり河口湖である。小説には富士ビューホテルが登場する。当時、木造だったホテルの周辺には建物らしい建物はなく、緑の中にぽつんと建つリゾートホテルだったという。  
    谷崎の泊まった2階の洋間からは富士と河口湖が望め、谷崎は松子夫人とホテルの庭や湖畔沿いをよく散歩したという。碑は、本を開いた形をデザインしたものだが、施工が悪かったのか、文字が読めなくなっているのが惜しまれる。  
谷崎潤一郎文学碑 / 河口湖勝山・寄ヶ崎

カーソルで画面のどこかをポイントすると碑文が現れます。

谷崎潤一郎文学碑 / 河口湖勝山・寄ヶ崎

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  ▼ 河口湖は、ブラックバスが遊漁の対象として公的に認められている湖であり、マス類の放流もバスと共に盛んであるため、周囲には貸しボート店や釣具屋が多く、さらにはコンビニにまで釣り具が置いてある。  
   全国的にもバスフィッシングのメッカとして知られており連日多くの釣り人が訪れる。湖底にソフトルアーが大量に残されていることが問題視され、平成19年2007)に芦ノ湖に次いでソフトルアー使用禁止の湖となった。  
ボートに乗った太公望

ボートに乗った太公望

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田中冬二たなかふゆじ 文学碑
 
  ▼ 満開の桜のそばの碑文には、「朝の食卓に近い 窓いっぱいに富士 目近く見る 富士は意外に小さい ス−プに浮かんだ その富士を スプ−ンに掬(すく)う 田中冬二」と刻まれている。  
   詩人・田中冬二(たなか・ふゆじ)(1894-1980)は、銀行員として働きつつ、郷愁をテーマに多くの詩作を行った。昭和4年(1929)詩集「青い夜道」で詩壇にデビュ−。失われてゆく日本の風景を題材にした作品を作り続けた。文学碑に刻まれた詩は、昭和18年(1943)に河口湖を訪れて、初めて富士山を間近に見たときの作品だという。  
    「富士は意外に小さい」とは彼の感想だが、私はこれほど大きく見えた富士は初めてで、正反対の感想を持つ。  
桜と田中冬二文学碑

桜と田中冬二文学碑

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六角堂

 
  ▼ ホテルの送迎バスで河口湖駅に向かう途中、車窓から湖に浮かぶ六角堂が見えた。河口湖町(現・富士河口湖町)が平成7年(1995)に八木崎公園北東にある溶岩の浮島上に再建したもので、水が少ないと歩いて行けるらしい。  
   浮島は「川窪寺屋敷」と呼ばれる史跡で、文永11年(1274)に日蓮聖人の信徒たちがお堂を建てたが、永禄2年(1559)の大雨で湖があふれて流失。翌年、同町小立に移築され、現在の妙法寺となっているという。  
湖に浮かぶ六角堂と北岸の桜並木

湖に浮かぶ六角堂と北岸の桜並木

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  二日目の訪問地は下の河口湖周辺マップで赤枠で囲んだ三箇所である。既に富士ビューホテル周辺の探索は終えたので、河口湖駅前からレトロバスに乗り、「遊覧船ロープウェイ入口」で下車し、天上山に向かった。  

河口湖周辺マップ

河口湖周辺マップ

拡大写真(1600X1300)477KB 富士急レトロバス資料
 
カチカチ山ロープウェイ
 
  富士急が運営する全長460mのカチカチ山ロープウェイは、河口湖畔に聳える天上山(てんじょうやま)へのアクセスとして設置されている。「カチカチ山」の名は天上山が童話『かちかち山』の舞台になっているという伝説に基づくもので、平成13年2001)のリニューアル時に、ゴンドラや駅にこの話に登場するウサギとタヌキのマスコット像が設置された。  
天上山てんじょうやま 公園カチカチ山ロープウェイ

天上山公園カチカチ山ロープウェイ

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遊覧船アンソレイユ号
 
  ▼ ゴンドラに乗り込むと、間もなく船津浜の河口湖畔駅を出発、山上の富士見台駅を目指した。途中で、河口湖の遊覧船アンソレイユ号(全長19m、総トン数19ton、定員120名平成12年(2000)12月就航)が帰港してきたのが見えた。  
   フランス語で「日当たり良好」という意味を持つアンソレイユ号は南欧のレイクリゾートをイメージして造られ、30分毎に出港し、約20分の船旅で、ヨーロピアンスタイルの船上から富士山の絶景を満喫できる。是非試乗したかったが、この日は視界が悪く、乗船を見送った。  
船津浜に帰港するアンソレイユ号

船津浜に帰港するアンソレイユ号

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天上山(カチカチ山)マップ

天上山(カチカチ山)マップ

拡大写真(2000X1000)381KB 資料
  中間点で下りのゴンドラとすれ違ったロープウェイと観光船の出発地点である船津浜界隈は河口湖で最初に観光開発されたところで、土産物屋や老舗旅館の町並みが歴史を感じさせる。  
天上山中腹付近から河口湖を臨む

天上山中腹付近から河口湖を臨む

拡大写真(2400X1750)564KB

 
カチカチ山と

天上山てんじょうやま

 
  ▼ 太宰治は、昭和13年(1938)29歳のとき、心身の疲れを癒すため師と仰ぐ井伏鱒二(1898-1993)に誘われて富士河口湖町御坂峠の天下茶屋に逗留した。この時の体験を基に「富嶽百景」、小説「カチカチ山」(「御伽草子」収録)が書かれたという。  
   太宰は、小説「カチカチ山」の冒頭で、「これは甲州、富士五湖の一つの河口湖畔、いまの船津の裏山あたりで行はれた事件であるといふ。」と書いており、カチカチ山天上山説の根拠の一つになっている。  
天上山がカチカチ山だとする理由

天上山がカチカチ山だとする理由

拡大写真(1600X1000)342KB

資料
  富士見台駅に着いてから数分登ると標高1075mのカチカチ山展望台に着く。富士山を眼前に臨む素晴らしいスポットで、平成17年(2005)12月に建てられた「天上の鐘」が置かれている。鋼管でできたハート型の真ん中に吊された鐘は、富士山に向かい合っており、富士を見ながら鐘を鳴らすと願い事が叶うという。  
   この日は、雲が多く、忍耐強く雲が晴れるのを待ち、最善を尽くして撮影したのが下の写真である。  
カチカチ山天上の鐘

カチカチ山天上の鐘

拡大写真(1600X1200)493KB

  ▼ ロープウェイを引き返しレトロバスで着いたところが大石公園にある「河口湖自然生活館」。この旅の終点で写真下の富士五湖案内図の現在地に位置する。  

富士五湖案内図 / 大石公園

富士五湖案内図 / 大石公園

拡大写真(2450X2000)668KB

資料

大石公園おおいしこうえん

▼ 大石公園は河口湖北岸の大石地区にある湖畔の公園である。南岸の八木崎公園と並んでラベンダーの公園として知られており、初夏に行われる河口湖ハーブフェスティバルの第二会場となっている。早春の大石公園は、芝桜が美しく咲いていたが、まだ、冬の枯れ葎(むぐら)が目立っていた。

 

河口湖自然生活館

大石公園

大石公園

パノラマ写真(2200X1000)531KB

  広いジグザク木道の花街道を進むとその行く手に鵜の島*が見え、その上に富士の白嶺が見えた。両サイドには、人の背丈よりも高い枯れススキがあり、冬と春が同居する珍しい光景だった。富士山を隠す白雲が流れ去るのを忍耐強く待ち、白嶺が顔を出した瞬間をどうにか捉えることができた。  
  *(う)の島:河口湖に浮かぶ無人島。所有者は鵜の島神社で富士五湖で唯一の島である。弁才天通称「島の弁天」が祀られ、毎年4月25日が例祭日。  
早春の花街道と春富士 / 大石公園

早春の花街道と春富士 / 大石公園

拡大写真(2400X1500)540KB

  白雲の湧いて流るる春の富士  北舟 

しらくもの わいてながるる はるのふじ

Mt. Fuji of spring, the white clouds emerging and drifting.

枯れススキと春富士 / 大石公園

枯れススキと春富士 / 大石公園

拡大写真(2000X1425)369KB

和田義男

   
 
撮 影


2011年4月20-21日



OLYMPUS E
-5  
 
12-60mm  9-18mm


1230万画素 980枚 2.4GB
 
 

 5月3日(火)ゴールデンウィークの最中に本年第13作(通算462作)が完成した例年なら青梅大祭や鐵砲洲稲荷神社例大祭など江戸夏祭の取材で忙しいのだが、東日本大震災の影響で祭の自粛が相次ぎ、連休は編集に没頭することができた。
  「旅紀行ジャパン」はこれで123作となったが、2010年2月以来のことで、1年3ヵ月ぶりの発表となった。国内の作品は日本一を誇る「旅紀行日本の裸祭り」を中心とした祭の取材を優先してきたが、今後、疎かになっていた「旅紀行ジャパン」や「旅紀行日本の花」を強化してゆきたいと思う。

旅紀行ジャパン第123集 「河口湖早春の旅」

撮影・制作 : 和田義男

 平成23年(2011)5月3日 作品:第13作  画像:(大85+小5) 頁数:4  ファイル数:197 ファイル容量:67.6MB
 
平成12年(2000)〜平成23年(2011) 作品数:402 頁数:1,561 ファイル数:65,425 ファイル容量:10,161MB
  藁葺の忍野の里や春の富士  北舟 

わらぶきの おしののさとや はるのふじ

Mt. Fuji of spring, Oshino village of straw-thatched houses.

編集子の選ぶ傑作

滝と水車小屋のある田舎家

滝と水車小屋のある家

拡大写真(2400X1400)514KB

感動の

富士山ふじさん

 
 日本一といわれる富士山は、その高さばかりでなく、独立峰としての美しさや神々しさなど、あらゆる面において日本一の山である。昔から 「ふじやま、げいしゃ」などといわれて、海外からも富士山が日本の代名詞となっているのは良く知られている。  
   私はこれまで色々な角度から富士山を眺めてきたが、これほど間近に見たことはなかった。富士山をテーマに撮ることがなく、富士はいつも脇役だったからだろう。今回も一見「河口湖」がテーマのように思われるかも知れないが、富士山を最も美しく見るために河口湖を選んだのであり、今回、初めて「富士山」を正面に見据えて撮影した。これほど大きく見えた富士山は初めてであり、また、これほど美しく見えたことも初めてである。そして、愛機
OLYMPUS E-5 のお陰で、感動の富士山を多数ビビッドに切り取ることが出来た。
 
   新幹線に乗る機会が多いため、どうしても東海道から富士山を眺めることが多いが、南側から見た富士は、右肩に瘤(こぶ)があり、いびつな形である。この瘤は、宝永山(ほうえいざん)で、宝永4年(1707)の大噴火で誕生した側火山(寄生火山)である。富士山南東斜面に位置し、標高は2,693mある。  
   箱根から見た富士山は、瘤が見えないので、稜線がなだらかで美しい。しかし、山の裾野は箱根の外輪山に邪魔されて、隠れてしまう。なにより富士山までの距離が遠いので、小さな富士となってしまう。  
   河口湖や忍野八海から見た富士山は掛け値無しに素晴らしい。特に今回満開の桜と共に切り取った河口湖の富士山は、秀逸である。旅行社のツアーを利用せず手作り・ぶらり旅だったことが幸いしたと思う。二日目は予想に反して曇りがちの天候になってしまい、少々悔いが残るがこれからも天候にこだわる必要があるときは、ぶらり旅で行くことにしたい。 〈 完 〉  2011.5.3 和田義男  
  白富士を仰ぐ湖畔や桜花  北舟 

しらふじを あおぐこはんや さくらばな

Cherry blossoms by the lake, looking up at the white Fuji.

編集子の選ぶ傑作
富士 と 産屋ヶ崎うぶがやさき の桜 / 河口湖北岸

春富士と産屋ヶ崎の桜 / 河口湖北岸

拡大写真(2600X1850)961KB

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