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 旅紀行日本の祭り

2008年8月30日改訂

今 日

昨 日

♪民謡メドレー/津軽三味線(高橋竹山)・津軽じょんがら節・津軽あいや節

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町会のねぶたに集ふ夕間暮  北舟
Gathering around a Nebuta wagon of the town at dusk.

2008年8月29日制作

町会の全員集合!

町会の全員集合!(青森ねぶた祭/青森県青森市)

国指定重要無形民俗文化財

東北四大祭りの旅

ねぶた祭

 

はじめに

 平成20年(2008)8月3日(日)から6日(水)まで家内と共にクラブツーリズムの「四季の華」に参加し、東北新幹線とツアーバスを利用して「青森ねぶた」「秋田竿燈」「山形花笠」「仙台七夕」の東北四大夏祭りを見物してきた。このツアーを選んだのは、「仙台七夕」以外は観覧席が確保されていたためである。
JR盛岡駅前のさんさ踊り 2008.8.3

R盛岡駅前のさんさ踊り

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 8月3日午前8時にJR東京駅に集合し、東北新幹線はやて7号に乗車。午前11時過ぎ、JR盛岡駅で専用バスに乗り換えて青森に向かった。盛岡駅前では、「さんさ踊り」が披露されていたので、車窓からパチリ。東北四大夏祭りに「盛岡さんさ踊り」を加えて、東北五大夏祭りというそうだが、まだ定着していないようだ。
三角形の青森県観光物産館アスパム

三角形の青森県観光物産館アスパム

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青森県観光物産館アスパム

 青森港に隣接する愛称「アスパム」は正式名を青森県観光物産館といい青森県の産業観光物産郷土芸能などを総合的に紹介し、よりよく青森県を理解してもらう「青森県の顔」として、また21世紀にむけて青森県が大きく飛躍するための産業振興の拠点として建設された。 高層棟部分は正三角形となっており、「AOMORI」の「A」と青森県の 伸びゆくイメージを表しているという。 アスパム公式サイト
アスパム正面入口

アスパム正面入口

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青森ねぶた

まつり

   「青森ねぶた祭」は、「青森ねぶた」ともいわれ、東北四大祭りの先陣を切って8月1日から7日まで青森市で開かれる夏祭りで毎年300万人を越える観客で賑わう。中でも2日〜6日の毎夜19:10〜21:00に催される「ねぶた合同運行」が圧巻で、昭和55年(1980)に国の重要無形民俗文化財に指定されている。 青森ねぶた公式サイト
アスパム2階に展示されている「青森ねぶた」

アスパム2階に展示されている「青森ねぶた」

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ねぶたラッセランド

   アスパムの西隣に「ねぶたラッセランド」と称する一角があり、大きなテントのねぶた庫に入ったねぶたが展示されている。夜の運航時には十分に観察できないので、明るい内にここでねぶたを見学しその大きさを実感することができる。
アスパム西の「ねぶたラッセランド」

アスパム西の「ねぶたラッセランド」

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   「青森ねぶた」は、「ねぶた」と呼ばれる勇壮で巨大な武者人形の山車が市内中心部をねり歩き独特の衣装をまとった「ハネト(跳人)」と呼ばれる踊り手が「ラッセラー!ラッセラー!」というかけ声で跳ね廻るのが特徴。ハネトとして参加することをハネルといい、「今日もハネル?」などと使う。ちなみに「ねぶた祭」は暦の上では秋祭りで俳句では「ねぶた」「跳人」は秋の季語。
日本通運ねぶた実行委員会 「安倍晴明」 作:柳谷優浩

日本通運ねぶた実行委員会 「安倍晴明」 作:柳谷優浩

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「ねぶた」と「ねぷた」

   青森県には、青森市の「ねぶた nebuta 」と弘前市(ひろさきし)の「ねぷた neputa 」がある。両者はよく混同されるが、全く別個のものである。現地ガイドによると、青森の「ねぶた」の起源は戦い終わって凱旋したときの祭りといわれ、生還した喜びを全身であらわし、とても陽気で賑やかだが、弘前の「ねぷた」は出陣前の祭りとされ、比較的静かな祭りだという。そのため、前者は「凱旋ねぶた」、後者は「出陣ねぷた」といわれる。
ハネトとVサイン!

ハネトとVサイン!

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ねぶたの起源

   「青森ねぶた」の起源は良く分からないが、以前からいわれていたのは、のちに征夷大将軍となった坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が陸奥国(むつのくに)の蝦夷征討(えぞせいとう)の際、敵を油断させておびき寄せるために、笛・太鼓などではやし立てたことを由来とする説である。
美人「はねと」とツーショット

美人「はねと」とツーショット

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   このため青森ねぶた祭の最優秀団体に与えられる賞として昭和46年(1962)に「田村麿賞」が制定された(現在では征服者の名を使うのは不適切として「ねぶた大賞」と名称変更されている。)。しかし田村麻呂が現在の青森県の地で征討活動をしたとは考えられず、ねぶたの起源とされるものも田村麻呂伝説の一つと見られる。
ねぶたの手入れ

ねぶたの手入れ

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   現在では、日本全国にある土着の七夕祭りや眠り流し*の行事(禊祓い)が変化したものと考えるのが主流だという。「眠い、眠たい」を津軽弁で表現すると、青森では「ねぶて nebute 」といい、弘前では「ねんぷて nenpute 」「ねぷたし neputashi 」という。青森では「ねぶた nebuta 」、弘前では「ねぷた neputa 」と呼び方が違うのは、方言の違いによるものらしい。
*眠り流し:七夕に木の枝や藁人形を川や海に流し、秋の収穫期を前に労働を妨げる睡魔をはらうもの。
NTTグループねぶた 「神武東征」 作:内山龍星

NTTグループねぶた 「神武東征」 作:内山龍星

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町会の全員集合!

町会の全員集合!

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  町会のねぶたに集ふ夕間暮  北舟 

ちょうかいの ねぶたにつどう ゆうまぐれ

Gathering around a Nebuta wagon of the town at dusk.

スタートラインについた子供たち

スタートラインについた子供たち

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   「ねぶた」に内蔵する光源は、当初は蝋燭(ろうそく)だったが蓄電池を電源とする電球照明から発電機を電源とする電球照明、そして蛍光灯へと変化していった。これは骨組みが竹から針金に変わったことと併せて、火災予防に役立った。
大太鼓の子供たち

大太鼓の子供たち

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   「ねぶた」は次第に大型化していったが、歩道橋や電線、交通信号などの障害物のため、横幅の広いものへとなってゆき、現在は、幅9m、奥行き7m、高さ5m以下という制限が設けられている。
西千刈町会のハネトたち

西千刈町会のハネトたち

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   「青森ねぶた」は毎年8月1日の前夜祭のあと、8月2〜7日に運行されるが、このうち2〜6日が19:10〜21:00の合同運行である。7日は13:00〜15:00の昼間のみの運行で、19:00〜21:00の夜間に海上運行と花火大会が催される。海上運行は、眠り流しの行事を思わせる。
スタート位置に着いた「ねぶた」

スタート位置に着いた「ねぶた」

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