|
|
|
|
|
|
|
本日、本年第3集/通算第426集となる作品をアップした。
感動写真集<第173集>・日本の裸祭<第150集>(91種)「八王子神社米とぎ祭」
撮影・原作:宮嶋茂
協力:杉浦 弘 下太自治会 監修: 和田義男
この作品は、平成24年(2012)1月8日(日)、静岡県磐田市下太に鎮座する八王子神社で開催された「米とぎ祭」を取材したものである。感動写真集同人でお馴染みの宮嶋茂さんの第10作で、4頁76枚の中編となった。どうか、お時間のあるときに、ごゆるりとご覧頂きたい。 |
|
|
|
初春や六尺ふんどし米とぎ祭 北舟 |
|
拡大写真(1800X1350)259KB |
The beginning
of spring,
rice washing ritual wearing a six-feet loincloth. |
2012年1月23日制作
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
住居: 愛知県豊川市 |
趣味: 音楽鑑賞、寺めぐり
スポーツ: スイミング、サイクリング |
|
|
|
|
私は1946年生まれの65歳です。出身は愛知県で、タイ滞在は6年になりますが、平成20年(2008)に帰国しました。 |
|
|
|
あとがき
|
「米とぎ祭」を撮影させていただき、一番感じたことは、古くよりの伝統を守って、また幼い子供たちにも褌を締めさせて、伝統を将来に伝えていくという尊い行為がごく普通のように行われていたことでした。 |
これは簡単なようでなかなか難しいことだと思います。八王子神社の氏子の方々が古来から続く祭の伝統を引き継ぎ、また将来へ伝えてゆく尊い姿を拝見することができたことは、私の大いなる喜びでした。氏子の方々のご努力に感謝すると共に、この祭がこれからも姿形を変えずに伝わっていって欲しいと願う次第です。 |
最後になりましたが、私の撮影を影で支えて下さった地元磐田の杉浦弘様に心から御礼申し上げます。有難うございました。 |
★☆★彡 |
日本の裸祭り第<91種・150集>/感動写真集<第173集> 「八王子神社米とぎ祭」 |
撮影・原作:宮嶋茂
協力:杉浦 弘 下太自治会 監修: 和田義男 |
平成24年(2012)01月237日 作品:第4作
画像:(大59+小17) 頁数:4 ファイル数:149 ファイル容量:46MB
平成12年(2000)〜平成24年(2012)
作品数:427 頁数:1,672 ファイル数:71,953 ファイル容量:12,130MB |
|
|
|
|
|
|
|
はつはるや ふねでこめとぐ ふどししゅう |
The beginning of
spring,
guys of loincloth washing rice on a boat. |
|
|
|
編集子の選ぶ傑作 |
|
|
拡大写真(2200X1650)662KB |
|
|
|
|
|
|
|
平成24年(2012)1月23日(月)、感動写真集同人・宮嶋茂さんの第10作「八王子神社米とぎ祭」が完成した。この作品が世に出る発端は、2011年8月25日(木)、静岡県磐田市福田(ふくで)にお住まいの杉浦弘さんから頂いた1通のメールだった。 |
|
|
「磐田市の見付天神裸祭と同じ、同市福田下太の八王子神社でも、白ふんどし一つで寒風の中、川の船で米をとぐ「米とぎ祭」が、何百年も伝えられています。期日は以前は1月15日でしたが、現在はその前の日曜日となっています。・・・」 |
「・・・ もしお出で下さるようでしたら、ご案内いたしますので、ご連絡下さい。「米とぎ祭」は旧福田町の無形文化財で、磐田市に合併後もそのまま引き継がれています。」 |
|
|
杉浦さんは、数年前に合併して新磐田市になる前まで福田町の文化財保護審議会長をされており、相撲史跡研究と相撲資料蒐集の大家として知られ、internetで
相撲古美術
のサイトを運営しておられる。 |
昨年9月、見付天神裸祭の取材で静岡県磐田市の大孫(だいまご)に宿泊した際、お会いして「米とぎ祭」の取材の打ち合わせをさせて頂いたが、その際、平安朝相撲絵巻(実物)を見せてもらい、撮影させて頂いて、褌談義に発表した(写真下)。 |
その後、「米とぎ祭」は正月第二日曜日に開催されることがわかり、鐵砲洲寒中水浴と同じ日なので、取材できないことが分かった。そこで、愛知県豊川市にお住まいの宮嶋茂さんに代行取材をお願いしたところ、快く引き受けて下さり、本日、ここに発表することができた。杉浦さんは、当日、JR磐田駅まで宮嶋さんをマイカー送迎され、取材仲介の労を執って下さった。ご両人のお力添えがなければ、この作品は世に出ることはなかった。ここで、改めて杉浦さんと宮嶋さんのご尽力に感謝し、心より御礼申し上げたい。〈 拝 〉 |
|
|
|
|
|
平安朝相撲絵巻を持つ杉浦弘さん/大孫(静岡県磐田市) 2011.09.04
|
|
|
|
|
|
|
拡大写真(10000X1575)2.96MB |
|
|
|
|
|
|
|
300年ほど前の江戸時代、元禄の頃から続く八王子神社の「米とぎ祭」は、30所帯ほどしかいない小さな村落のたった30分の単純素朴な裸祭である。褌一丁の男たちが川舟に乗り、釜で米を研ぐ時間は、僅か二分ほど。それがこの祭の全てである。 |
それなのに、これだけ美しく、また、感動を覚えるのは、どうしてだろう。それは、先祖から代々伝わった伝統の裸褌文化に誇りを持ち、小さな村落の氏子男性が全員参加してこの祭を支えているからではないだろうか。僅か三歳にも満たない幼児までが晒の一端をくわえ、にこやかにふんどしを締めている。一人の装束違反者もいない、完璧で美しい裸祭だからなのであろう。 |
皆の表情が何と明るく、素晴らしいことか。裸褌の子供たちは、終始、笑顔で飛び回っていた。 |
|
|
|
|
戦後、アメリカナイズされた日本は、年を経るごとに伝統の裸褌文化が危機に晒されている。その一因は、母親が子供たちに褌姿は恥ずかしいという先入観を植え付けていることにあると思われる。特に、都会では顕著である。しかし、地方では、このような伝統文化を軽視する軽薄な女性はそんなに多くなく、日本の至る所で今も江戸時代から続く褌姿で伝統の裸祭を催行しているところが多々ある。下太(しもふと)の子供たちも母親から「褌はお相撲さんのように 男らしくて格好良い」と教わっているのである。子供たちのVサインがその証拠である。 |
私のこれからの使命は、まだ知られない美しい裸祭を発掘し、記録保存するとともに、世界に紹介することである。今年の第一歩がこの「米とぎ祭」である。第二第三の下太を撮しに旅に出かけたい。杉浦さんのように、メール一本でお知らせ頂ければ、すっ飛んで行く。下太よ、永遠なれ!
〈 完 〉 2012.01.23 監修 和田義男 |
|
|
|
|
|
|
|
さいじょうの かんのみそぎや こめとぎさい |
Cold water ablution at
holy place, the ritual of washing rice. |
|
|
|
編集子の選ぶ傑作 |
|
|
拡大写真(2000X1350)773KB |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
本日、本年第3集/通算第426集となる作品をアップした。
感動写真集<第172集>・日本の裸祭<第149集>(90種)「胡四王蘇民祭'12」
撮影・原作:
菊池寛一 監修: 和田義男
この作品は、平成24年(2012)1月2日(月)、岩手県花巻市(はなまきし)胡四王山(こしおうさん)(176m)山頂に鎮座する胡四王神社(こしおう・じんじゃ)(杉山昌之すぎやま・まさし宮司)で開催された蘇民祭(そみんさい)の記録である。
このたび41人目の感動写真集同人となられた菊池寛一さんの処女作で、4頁61枚の中編である。お時間のあるときに、ごゆるりとご覧頂きたい。 |
|
|
|
初春や福を手にして万々歳 北舟 |
|
拡大写真(2000X1500)537KB |
The beginning of
spring, Hurray, hurray! holding a good luck. |
2012年1月17日制作
|
|
見事取主となって優勝した菊池春雄さん(花巻市石鳥谷町)のグループ/胡四王神社(岩手県花巻市) |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
出生:昭和18年(1943)
住居:岩手県花巻市
職業:退職後、妻と農業に励んでいる。 |
|
|
同じ敷地内に住む孫一家と併せ、今時珍しい8人の大家族。 |
|
|
★☆★彡 |
|
写真が好きで、ブログ
岩手の頑固親父 には写真を添付していますが、単なる記録やスナップ写真に過ぎませんでした。しかし、Wa☆Daフォトギャラリーに出会ってからは、遅ればせながら写真に興味が出てきています。 |
年令と共に写材環境は狭くなりつつありますが、農作業に過ごす郷土には、里山、川、田んぼとあり余る自然と、豊かな民俗行事、お祭り、郷土芸能が目の前に溢れています。豊かな環境、素晴らしい田舎を紹介できたらと思っています。 |
|
あとがき
|
胡四王蘇民祭と付き合って30年余り。お祭りが近づくたびにワクワク感でもない、義務感でもなく血が騒ぐのである。私に限らず、裸まいりや争奪戦に加わる人、準備や進行に携わる人が一様に感じるようで、祭りを語る言葉が熱気を帯びてくる。 |
標高差100メートル近くの山を水垢離で清めた体で、松明かざしてそれぞれの願いや思いをこめ、息を切らして登り切る。頂上で胡四王神楽を楽しむのも束の間、今度は急勾配の山をもみ合いながら駆け下りる。雪と寒さ、怪我と隣り合わせの野蛮とも言える蘇民祭。 |
地方のこの小さな祭りに、岡山・西大寺グループを始め、全国各地からやってくる参加者が増えている。蘇民祭には男の血を騒がせる何かがあるに違いない。ここ2、3年、倅がいそいそと蘇民祭の準備に出かけるようになった。次には孫も出かけることになるだろう。この繰り返しが地域の大きな伝統となり、誇りとなる。 |
|
|
日本の裸祭り第<91種・149集>/感動写真集<第172集> 「胡四王蘇民祭'1
2」 |
平成24年(2012)01月17日 作品:第03作
画像:(大45+小16) 頁数:4 ファイル数:114 ファイル容量:30MB
平成12年(2000)〜平成24年(2012)
作品数:426 頁数:1,668 ファイル数:71,804 ファイル容量:12,084MB |
|
|
|
|
|
|
|
たいまつの あかきひだまや はつもうで |
First ritual
visit of the year, the red balls of the torches. |
|
|
|
|
【編集子が選ぶ名作】 |
|
|
拡大写真(2400X1600)586KB |
|
|
|
|
|
|
|
本日、第41番目の感動写真集同人となられた菊池寛一さんの「胡四王蘇民祭'12」が完成した。4頁61枚の作品で、中編の堂々たる処女作である。胡四王蘇民祭は、昨年に引き続く作品なので、解説は最小限に抑え、写真主体の作品とした。 |
胡四王蘇民祭は、胡四王山を登って下る裸祭である。登りは燃え盛る松明を持った裸男たちの無言の雪中登山であり、下りは蘇民袋を奪い合いながら雪の斜面を滑り落ちる戦いである。 |
|
|
|
|
この美しさと勇壮さの両面を持つ胡四王蘇民祭は、全国を見渡しても類例がなく、日本古来の裸褌文化の真髄を忠実に継承した至宝の祭典である。 |
蘇民袋を奪い合うのは、黒石寺蘇民祭など、ほかにも見られるが、前半の裸詣りの雪中登山は、胡四王蘇民祭ならではの新春の風物詩であり、炎の雪中行進は、世界に誇る日本の美意識が彷彿としており、私は、「炎の褌登山」と呼ぶことにした。 |
昨年の私の取材では、この裸行列を前から撮影したものが殆どだったが、菊池さんは、殆ど後から撮影している。これは、一旦行進が始まると、狭い山道を後から追い抜くことができないので、裸行列の後に付くと、ずっと後から撮影せざるを得なくなるためである。 |
そのお陰で、松明を持つ男たちの裸褌 T-back loincloth という日本独自の民俗文化を強く印象づける作品に仕上がった。菊池さんの炎を強調した褌登山の写真は、狙い通りにどれも良く撮れており、天性の美意識を持っておられるに違いない。 |
|
これからも菊池さんには、年毎の胡四王蘇民祭のみならず、東北の知られざる民俗文化の数々を取材して頂きたく、心よりお願い申し上げる。〈 拝 〉 2012.1.17 監修 和田義男 |
|
|
|
|
|
|
|
はつはるや ほのおのふんどし こしょうさん |
The beginning of
spring, fundoshi loincloth of fire at Mt. Kosyo. |
|
|
|
|
【編集子が選ぶ名作】 |
|
|
拡大写真(2200X1550)519KB |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
本日、本年第2集/通算第425集となる作品をアップした。
感動写真集<第171集>・日本の裸祭<第148集>(90種)「大野八幡神社やんさ祭'11」
撮影・原作:
清原 浩 監修: 和田義男
この作品は、平成23年(2011)12月3日(土)の夜、大分県中津市耶馬溪町に鎮座する大野八幡神社で行われた600年の歴史を有する「やんさ祭」を取材したものである。
感動写真集同人・清原浩さんの第20作で、3頁32枚の短編である。お時間のあるときに、ごゆるりとご覧頂きたい。 |
|
|
|
幣束に寒夜の風や白ふどし 北舟 |
|
White
loincloths, a cold wind to the purification spring at night. |
2012年1月14日制作
|
|
|
拡大写真(2000X1580)470KB |
二列横隊に整列して御祓いを受ける裸たち/大野八幡神社(大分県中津市耶馬渓町) |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
住居:宇佐市(出生:豊後高田市) |
昭和36年生まれ |
趣味:写真、流木アート |
若宮 秋季大祭 川組後援会 役員 |
|
|
|
|
|
|
あとがき
|
2011年12月3日、二年振りにやんさ祭りの撮影に出かけました。今回は、仕事で諦めかけて居た所、和歌山市の宮本様より参加の電話を頂き、どうにか仕事の都合を付け撮影に出かける事が出来ました。
中津市で宮本様と待ち合わせをして現地へ。2年前は雪が舞い寒くて大変でしたが、今回は雨に悩まされました。しかし、本番には雨も上がり、激しい臼倒しが始まりました。
約20分位の祭りで、ひたすらシャッターを切り続けましたが、何分変化が無いので、その辺をどう撮影するかが問題でした。時間が短く、移動するのはロスに繋がる様に思え、最小限の移動範囲で撮影するしか無いと判断し、もう一人居れば・・・・とつくづく感じた今回の撮影でした。 |
|
|
日本の裸祭り第<90種・148集>/感動写真集<第171集> 「
大野八幡神社やんさ祭'11」 |
平成24年(2012)01月14日 作品:第02作
画像:(大29+小3) 頁数:3 ファイル数:69 ファイル容量:15.4MB
平成12年(2000)〜平成24年(2012)
作品数:425 頁数:1,664 ファイル数:71,690 ファイル容量:12,054MB |
|
|
|
|
|
|
びゃっこんの やんさやんさと きねのもち |
Wearing white loincloths, pounding a rice cake with mallets, shouting yansa yansa!
|
|
|
|
【編集子が選ぶ名作】 |
|
|
拡大写真(1800X1400)254KB |
|
|
|
|
|
|
|
本日、清原浩さんの第20作で、今年の和田フォト第2作となる「大野八幡神社やんさ祭'11」が完成し、南光さんの持つ累計19作の最多記録を抜いて、感動写真集作者のトップに立った。 |
平成19年(2007年)1月7日(日)の「豊後高田ホーランエンヤ」以来、5年に渡って作品をお送り頂いたことに、心より感謝申し上げたい。清原さんには、これからも和田フォト・九州支店長として、九州男児のロマンと感動を発信して頂きたい。 |
|
|
|
|
☆★☆彡 |
|
今から600年ほど前の鎌倉時代に、この地に大野八幡宮を建立し、鶴ヶ岡八幡宮の神霊を勧請した際、野中の若侍33人が鏡餅を搗(つ)いて神前に供えたのが「やんさ祭」の始まりという。 |
「やんさ祭」は、このときの33人に因んで決められた3升3合3勺(約5kg)の餅米(もちごめ)を蒸し、褌衆が「やんさ、やんさ」と掛け声をかけながら6尺(1.8m)の樫(かし)の杵棒(きねぼう)と木臼(きうす)で7臼半の餅を搗(つ)く。つき終わると臼を守る座元側(モト方)とこれを倒そうとする氏子側(ウラ方)の二手に分かれ、水を撒(ま)いた境内で泥んこになって揉み合う臼倒しとなる。 |
かつては、大勢の村人たちにより、地域の娯楽のひとつとして盛大に催行されていた「やんさ祭」だが、近年の過疎化の影響は深刻で、氏子数は40人ほどになり、今年の参加者は16人だった。それでも伝統の裸祭を絶やすまいと、毎年、褌一丁の裸形を変えることなく伝統文化を維持しているが、今年は僅か20分ほどで終わってしまった。年々、勢いがなくなってゆく「やんさ祭」に、時代の流れを感じ、諸行無常と諦めるのはたやすいが、600年の歴史を鑑みると、何とも残念であり、これからも頑張って欲しいと思う。 |
氏子総代の梅木保(うめきたもつ)さんは、清原さんのインタビューで述べておられるように、部外者の飛び入り参加を歓迎するという。室町時代から続けられているこの伝統の裸祭を絶やさないよう、一人でも多くの祭り愛好者から支援の手をさしのべて頂けるよう、切に祈念したい。 〈 完 〉 2012.1.14 和田義男 |
|
|
|
|
|
|
もちつきや うすをあらそう ふどししゅう |
Pounding a rice cake,
guys of fundoshi loincloth scrambling for a mortar.
|
|
|
|
【編集子が選ぶ名作】 |
|
|
拡大写真(2000X1500)389KB |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
本日、本年第1集/通算第424集となる作品をアップした。
感動写真集<第170集>・日本の裸祭<第147集>(90種)「若宮八幡裸祭'11」
撮影・原作:
清原 浩 監修: 和田義男
この作品は、平成23年(2011)11月11日(金)と11月13日(日)の両日、大分県豊後高田市に鎮座する若宮八幡神社で行われた秋季大祭川渡神事を記録したものである。永保4年(1084)に荒行の一つとして始められたこの裸祭は、今年で928回目とな
った。
感動写真集同人・清原浩さんの第19作で、4頁75枚の中編である。どうか、お時間のあるときに、ごゆるりとご覧いただきたい。 |
|
|
|
輿丁らの白衣白褌秋夜川 北舟 |
|
Autumn river at night,
white coats and white loincloths of Mikoshi Carriers. |
2012年1月11日制作
|
|
|
拡大写真(1800X1350)474KB |
桂川西岸に上陸する神輿/若宮八幡裸祭(大分県豊後高田市) |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
住居:宇佐市(出生:豊後高田市) |
昭和36年生まれ |
趣味:写真、流木アート |
若宮 秋季大祭 川組後援会 役員 |
|
|
|
|
|
|
|
日本の裸祭り第<90種・147集>/感動写真集<第170集> 「若宮八幡裸祭'11」 |
平成24年(2012)01月11日 作品:第01作
画像:(大71+小4) 頁数:4 ファイル数:155 ファイル容量:42.8MB
平成12年(2000)〜平成24年(2012)
作品数:424 頁数:1,661 ファイル数:71,621 ファイル容量:12,038MB |
|
あとがき
|
今回で928回目の川渡し神事が11月11日、13日に無事に行われました。今年は、会長が定年となるため、興丁一丸となってご信仰を努めたと思います。私が現役を退いて早いもので10年目となります。現役の時に共に担いだ後輩も、もう数える程しか居なくなりました。 |
撮影の方は、佐世保の辻竜二氏と豊後高田市の渡辺淳氏の協力を得て、一人ではカバーできなかった面も解決されたと思います。ただ、初日はスポットライトがあり割と撮影が容易でしたが、最終日は無かったため、光度が足らず、思うように撮影が出来なかったことが悔やまれました。最終日の終了直後、役場の方にスポットライトを両日とも使用するように申し入れました。 |
今年は新会長の指揮の下、11月23日・25日に開催予定です。無事にご信仰が務まることを願うしだいです。 |
|
|
|
|
|
|
|
ふんどしの みずかけみこし あきよかわ |
Autumn river at night, portable shrine bathing by guys of loincloth.
|
|
|
|
【編集子が選ぶ名作】 |
|
|
拡大写真(2400X1600)803KB |
|
|
|
|
|
|
|
本日、南光優さんと共に歴代トップの19作目となる清原浩さんの「若宮八幡裸祭'11」が完成した。若宮八幡の裸祭シリーズは、これで6作目となる。2006年に発表した第一作は、清原さんの招請を受けて私が撮影したが、あと5作は全て清原さんの作品である。今回は、佐世保市の辻竜二さんと豊後高田市の渡辺淳さんのご支援を受け、多角的に撮影した見応えのある作品となったことは、誠に喜ばしい。両氏には、心より御礼申し上げる。 |
|
|
|
|
毎年感じることだが、私が「若宮褌」と名付けた、狩衣の上に腹巻と長い前垂れの六尺褌を締め込んだ輿丁たちの出で立ちは、凛々しく、とても男らしい。下半身が丸出しなのは、博多山笠と似ている。そして、純白の狩衣褌が川を渡ると、鼠色に変色し、その苦闘の跡を残した姿で大衆の面前に現れる。その落差がまた良い。お下り、お上りの二回、大松明が夜空を焦がす中で桂川を渡御する裸神輿は、他に類を見ないもので、美しくも勇壮であり、古来の裸褌文化を忠実に受け継いだ日本一の川渡神輿である。 |
若宮八幡裸祭は、毎年恒例の行事で、6作目ともなると、短編で済まそうかと考えていたが、三氏の素晴らしい写真を数多く見せられては、紙面の制限のないWa☆Daフォトギャラリーであってみれば、あれもこれもと採用し、終わってみれば4頁75枚の見応えある作品となった。撮影者の氏名表示のない画像が清原さんの写真である。 |
今後、清原さんは、お仕事の合間を縫って、若宮シリーズだけでなく、新しい裸祭の取材にも意欲的に取り組んでいただけるという。九州には有名な裸祭が沢山あるので、これからも九州男児が躍動するロマンと感動溢れる新作をお送りいただきたい。 〈 完 〉 2012.1.11 和田義男 |
|
|
|
|
|
|
よちょうらの ぬれふんどしや あきよかわ |
Autumn river at night,
wet loincloths of Mikoshi carriers.
|
|
|
|
【編集子が選ぶ名作】 |
|
|
拡大写真(2200X1700)457KB |
|
|
|
|
|
|
|
2012年1月1日(金)晴 |
|
|
■■■ 初春のご挨拶 ■■■ |
|
年頭発句 |
|
|
|
こぞことし あいきせおいて せかいたび |
Old year
turns to new, world tours with my loving cameras on my back. |
|
|
|
平成24年(2012)壬辰(みずのえたつ/じんしん)の年がスタートしました。Wa☆Daフォトギャラリーは、昨年の7月16日に満11歳の誕生日を迎え、この正月で満11歳半となりました。多くの読者と感動写真集40名の同士の方々のお陰で、昨年10月3日に1800万アクセスを超え、今年の
中頃には2,000万アクセスに到達する見込みとなりました。今年も旅と祭の写真をテーマに交流の輪を広げ、一生に一度の人生を謳歌したいと思っています。 |
|
平成24年(2012)の年賀状 |
▼ 平成24年(2012)の年賀状は、昨年正月2日に岩手県花巻市で開催された胡四王神社蘇民祭(こしおう・じんじゃ・そみんさい)の写真で、六尺褌・腹巻の上に「まわし」と呼ばれる注連縄(しめなわ)を締めた氏子たちが力紙(ちからがみ)を咥(くわ)え、松明(たいまつ)を持って、胡四王山(こしおうさん)の険しい雪中参道を山頂(176m)に鎮座する胡四王神社を目指して登るシーンを斜め前方から捉えたものです。 |
|
はつはるや ふんどしたいまつ こしょうさん |
The beginning of
spring, naked torchbearers of a loincloth at Mt. Kosyo. |
|
拡大写真(2000X1350)813KB |
胡四王神社蘇民祭 / 2012年の年賀状(岩手県花巻市)
1月2日 |
|
|
胡四王蘇民祭 |
蘇民祭実行委員会佐藤昭男会長の後に続く褌衆/胡四王山(岩手県石巻市) |
|
|
|
はつはるや てんぐにつづく ふどししゅう |
The beginning of
spring, guys of loincloth following a long-nosed goblin. |
|
拡大写真(1550X2000)743KB |
2012年のポスター採用された写真
/
胡四王神社蘇民祭 |
|
|
|
|
▲▼
上の写真は、天狗(猿田彦命)を先頭に、二列縦隊で山道を登る裸行列を正面から捉えたものですが、光栄にもこの写真が花巻市観光協会が作成した今年の胡四王神社蘇民祭のポスター(写真下)に採用されました。 |
右下に「撮影/和田義男」とクレジットが表示されています。今年は、この二枚の写真を年賀状として、メーリングリスト登録者約300名にお送りさせて頂きました。 |
2012年 |
胡四王 |
神社蘇民祭ポスター(B2版) |
|
|
拡大写真(2000X2800)1.07MB |
|
|
|
|
|
私の新年は、毎年、鐵砲洲の寒中水浴から始動します。昨年に引き続き、正月8日(日)には、北海道、北陸、関東、関西、九州から集まったファンの方々とともに和田グループ(第三期23人)を編成し、東京都中央区に鎮座する鐵砲洲稲荷神社で開かれる第57回寒中水浴大会(神事禊)に集団参加し、心身共に清らかにして新年に臨む予定です。 |
私にとっては、平成20年(2008)に行った還暦記念の赤褌水浴以来、今年で5回目となる寒禊ですが、日本人のアイデンティティ(日本人らしさ)を強く感じる行事で、毎年続けてゆく覚悟です。写真下は、昨年の模様ですが、
直径10mの円形水槽最前列左端にいるのが筆者です。 |
|
|
この裸祭は、関東一の寒禊として、毎年参加者と観客が増え続け、江戸情緒溢れる東京下町の初春の風物詩として知られるようになりました。 鐵砲洲寒中水浴'11 |
|
|
としひとつ かさねてびゃっこん かんのこり |
Winter water ablution, white loincloth aging a year. |
|
|
鐵砲洲囃子が流れるなか半分に分かれて寒禊 /
鐵砲洲稲荷神社(東京都中央区) 2011.01.09 11:21 |
|
拡大写真(1800x1350)538KB |
第56回鐵砲洲稲荷神社寒中水浴大会/東京都中央区一丁目 |
|
|
今年も気力体力ともに充実していますので、12年目に入ったロマンと感動の世界旅を続け、
愛機OLYMPUS E-5を駆使して、これまで以上に美しく迫力ある画像を散りばめて、夢多き和田ワールドを築きあげて行く所存です。本年も皆様方のご支援とご鞭撻を衷心よりお願い申し上げ、新年のご挨拶とさせて頂きます。有り難うございました。〈 拝 〉 2012年 元旦 |
|
|
|
|
|
年間アクセス件数の推移 |
■■■ 2011年の年間アクセスは294万件! ■■■ |
▼ 恒例の年始の行事。2012年1月1日零時零分にトップページを開いて、カウンターを切り取った。元旦の零時零分の累計は、1を差し引いて18,658,490件だった。2011年元旦の零時零分は15,713,123件だったので、差し引きすると、2011年の1年間の総アクセス数は2,945,367件で、
残念ながら300万件の大台割れとなり、1日平均は8,070に減少した。このペースで推移すると、20,000,000件に達するまでにあと5.5ヵ月ほどとなった。 |
過去4年間、毎年300万件を超えるアクセスを頂いていたWa☆Daフォトギャラリーだったが、5年ぶりに300万件を下回ってしまった。何といっても3.11東日本大震災の影響が大きいと思われる。辰年の新年は、是非とも昇り龍のように景気回復を期待したい。今年もこれまで以上に素晴らしい作品作りに励みたい。1/1 00:15 |
|
■■■ 2010年の年間アクセスは341万件! ■■■ |
▼ 2011年1月1日零時零分にトップページを開いて、カウンターを切り取った。元旦の零時零分の累計は、1を差し引いて15,713,123件だった。2010年元旦の零時零分は12,296,690件だったので、差し引きすると、2010年の1年間の総アクセス数は3,416,433件で、1日平均は9,360件だった。このペースで推移すると、20,000,000件に達するまでにあと15ヵ月となった。 |
|
■■■ 2009年の年間アクセスは336万件! ■■■ |
▼ 2010年1月1日零時零分にトップページを開いて、カウンターを切り取った。元旦の零時零分の累計は、3を差し引いて12,296,690件だった。2009年元旦の零時零分は8,928,493件だったので、差し引きすると、2009年の1年間の総アクセス数は3,368,197件で、1日平均は9,228件だった。
元旦のカウンターを切り取る行事は今年で3回目。過去の記録を見ると、2006年1年間のアクセス数が63万件しかなかったのが、2007年には一挙に5倍の315万件と大ブレークしたことがわかる。その後は大きな変動はなく、3年間で10,325,071件となり、3年間で1千万アクセスを頂いたことになる。愛読者の方々に御礼申し上げたい。ちなみに、3年間の一日平均は9,429件だった。 |
|
■■■ 2008年の年間アクセスは380万件! ■■■ |
▼ 2009年1月1日零時零分にトップページを開いて、カウンターを切り取った。元旦の零時零分の累計は、2を差し引いて8,928,493件だった。2008年元旦の零時零分は5,128,505件だったので、差し引きすると、2008年の1年間の総アクセス数は3,799,990件だった。2007年の1年間のアクセス数は315万件だったので、アクセス数前年より65万件増えたことになる。1日平均は10,410件だった。この年のアクセスが過去最高で、2009年もこの記録には及ばなかった。 |
|
■■■ 2007年の年間アクセスは315万件! ■■■ |
▼ 2008年1月1日零時零分にトップページを開いて、カウンターを切り取った。元旦の零時零分の累計は、1を差し引いて5,128,505件だった。2007年元旦の零時零分は1,971,621件だったので、差し引きすると、2007年の1年間の総アクセス数は3,156,884件だった。2006年の1年間のアクセス数は63万件だったので、アクセス数は5倍に増えたことになる。1日平均は8,649件だった。 |
|
|
|
|