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はじめに |
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▼ 平成28年(2016)7月16日(土)17(日)の両日、福岡県福津市(ふくつし)津屋崎(つやざき)に鎮座する波折神社(なみおり・じんじゃ)(麻生藤七宮司
56歳)で302年目の津屋崎祗園山笠(つやざき・ぎおんやまかさ)(福津市無形民俗文化財)が開かれたので、津屋崎山笠保存会(中村周一会長
73歳)の協力を得て、全国連和田グループ(和田義男代表
69歳)第二期8名が北流に参加し、密着取材を行った。 |
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福岡県福津市の位置
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福岡県福津市 |
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玄海灘に面し、人口約5.5万を擁する福津市(ふくつし)は、福岡県北西部の福岡地方に位置し、福岡市と北九州市の中間に位置する。平成17年(2005)1月24日に宗像郡(むなかたぐん)福間町(ふくままち)と津屋崎町(つやざきまち)が合併して発足し、昨年、10周年の節目を迎えた。
福津市公式サイト |
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「九州の鎌倉」とも呼ばれる津屋崎は、古くから大陸との交流で栄えた。江戸時代から昭和初期までは、塩の積出港として栄え、津屋崎千軒と呼ばれるほどの賑わいを見せ、夏には祗園山笠が盛大に催行された。明治34年(1901)創建の紺屋が「津屋崎千軒民俗館」として再生されているほか、美しい家並みは今も健在である。 |
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津屋崎祗園山笠が行われる波折神社の位置
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波折神社
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津屋崎の中心部に鎮座する波折神社(なみおりじんじゃ)は、地元の氏神である波折大神(なみおりのおおかみ)(瀬織津大神(せおりつのおおかみ)、住吉大神(すみよしのおおかみ)、志賀大神(しがのおおかみ)の三神)を祀る。
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波折神社参道
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その昔、神功皇后(じんぐうこうごう)が三韓を征し帰国してこの地に立ち寄った際、この三神が現れたので、河原崎の宮之本に神垣を造り、三神を斎祀したのが始まりという。神功皇后は、神垣を造り終え、持っていた杖を地面に刺して休息したので、「杖刺し」が訛って「津屋崎」という地名が付いた。社伝によれば、承久3年(1221)に現在地に遷宮したという。 |
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波折神社
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ある日、3人の漁師が沖合で釣りをしていると、急に海が荒れて遭難し、神に祈ると三神が現れ、荒波を折って鼓島に漂着し、食べ物を得た。波風が収まると舟に三つの石があったので、漁師たちはそれを持ち帰ってご神体とし、社(やしろ)を奉(たてまつ)り、波折宮と呼ぶようになったという。 |
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波折神社拝殿内部
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祇園様を奉る境内社「須賀神社」
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須賀神社と祇園山笠を解説した説明板
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沿岸漁業基地・津屋崎漁港 2016.07.19
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東
↓津屋崎漁協 ↓市場 ↓お魚センター
↓福岡県立水産高校 北
↓大峰山 西
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津屋崎祗園山笠(つやざき・ぎおん・やまかさ)は、今から302年前の江戸時代・正徳4年(1714)に櫛田神社(博多)から波折神社(津屋崎)に祗園社の神を勧請(かんじょう)して3基の山笠を奉納し、疫病、災害の退散を祈願したことに始まる。 |
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山笠は、漁業中心の北流(きたながれ)、商業中心の新町流(しんまちながれ)、農業中心の岡流(おかながれ)の3つの流れがある。 |
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山笠のメイン・イベントである追い山は、かつては7月19日に奉納されていたが、現在では19日に近い日曜日となり、平成28年(2016)は7月17日に行われた。 |
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2016年津屋崎祇園山笠のポスター
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福津市・小山建生市長を表敬訪問 |
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▼ 7月15日(金)午後2時、筆者は、昨年に引き続き福津市・小山建生(こやまたつお)市長を表敬訪問し、市長室にて30分ほど歓談した。小山市長は、私と同じ昭和22年(1947)生まれの69歳、団塊の世代一期生で津屋崎出身。福岡県議会議長などを歴任され、福津市長は二期目に入っている実力派である。
市長プロフィール |
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今年で市制11年となる福津市の発展に陣頭指揮をされておられる市長は、津屋崎祇園山笠という素晴らしい無形民俗文化財を小さい頃から体験されており、今年は籤の順番にかかわらず、新町流に台上がりして宮入りするというから頼もしい。 |
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市長室では、今年新調した全国連和田グループの法被を市長に着て頂き、記念撮影を行った後、和田グループ第二期参加者名簿をお渡しして、東京、広島、香川、福岡、佐賀、長崎から8人が北流に参加することを紹介。 |
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昨年同様、今年も津屋崎山笠の一部始終を取材してinternetで大々的に発表し、スライドショーDVD写真集として永久保存化して寄贈したいとお伝えしたところ、全国から津屋崎山笠へ参加して頂くのは大歓迎であり、大変有り難いと喜んで頂いた。 |
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全国連和田グループ和田義男代表
小山達生福津市長へ表敬訪問 / 福津市長室(アニメーション) 2016.07.15 14:10
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市長室に展示されている津屋崎山笠のミニチュア
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津屋崎山笠保存会・中村周一会長を表敬訪問 |
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これより先、福岡入りした7月14日午後、福津市まちおこしセンター「津屋崎千軒なごみ」に設置された津屋崎山笠保存会事務所に行き、中村周一会長始めお世話になる本部役員に表敬訪問して挨拶すると共に、津屋崎山笠保存会撮影班 camera team
の腕章を3枚お借りして、密着取材の許可を得た。 |
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「なごみ」に設置された津屋崎山笠保存会事務所 2016.07.14 16:29
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中村周一会長らと記念撮影 / 岡流山小屋前 16:30
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三流れの山小屋 |
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この後、挨拶回りをしながら西から東に並ぶ北流・新町流・岡流の山小屋を訪ね、展示中の山笠を撮影した。
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保存会資料(津屋崎祗園山笠三百年記念記録誌/一部修正) |
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北流のテントで談笑する長老たち 16:57
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【壱】 北流の山小屋 ~表「長篠の戦い」~
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津屋崎人形 |
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津屋崎山笠の制作は、三本とも地元・筑前津屋崎人形巧房の人形師・第七代原田誠(TEL 0940-52-0419)が担っている。博多山笠と違うところは、飾り人形の数が表が三体、見送りが一体と決まっていることだ。
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今年の北流山笠の表は、「長篠の戦い」。なかなかの出来映えだが、銀玉の飾りが左右だけでなく前にもあり、これが人形や馬の顔を隠している。追い山の撮影後に分かったことだが、時々台上がりの人の顔も隠してしまっているので、前の飾りはない方が良い。
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【弐】 北流の山小屋 ~表「長篠の戦い」~
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【参】 北流の山小屋 ~馬上の武田勝頼~
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【四】 北流の山小屋 ~「長篠の戦い」の解説~
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【五】 北流の山小屋 ~見送り「猛将幸村」~
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【六】 北流の山小屋 ~見送り「猛将幸村」~
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【壱】 新町流の山小屋 ~表「大坂冬之陣」~
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【弐】 新町流の山小屋 ~「大坂冬之陣」の解説~
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【参】 新町流の山小屋 ~見送り「勇将本多忠勝」~
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【四】 新町流の山小屋 ~「勇将本多忠勝」の解説~
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【弐】岡流の山小屋 ~表「戦国桶狭間」~
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【参】岡流の山小屋 ~見送り「猛将島津義弘」~
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【四】岡流の山小屋 ~見送り「猛将島津義弘」~
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▼ 津屋崎は古くから大陸との交通交易の要衝として栄えた町で、江戸期には「津屋崎千軒」と呼ばれていた。「千軒」とは、「人家が千軒もあるほどに繁栄している町」という意味の言葉で、往時の津屋崎は、各種物産や年貢米などの集散港として、五十集船(イサバ船)と呼ばれる運搬船が行き交い、活況を呈していた。 |
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この藍の家は、明治34年(1901)に建てられた商家で、津屋崎千軒当時の面影を残す古い町並みの一角にある。「棟札」から建築年代が明確で改造が少ないことや、かつての「町屋形式」を残す貴重な建物として、平成6年(1994)から保存することになり、津屋崎千軒民俗館「藍の家」の愛称が選ばれた。 |
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津屋崎町街並み保存協議会が運営にあたり、地域文化情報の発信基地として地域に根ざす各種展覧会や一人芝居、ミニコンサートなど、多彩な催しが行われている。 |
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津屋崎千軒民俗館「藍の家」 17:23
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津屋崎山笠衣装の展示
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やまかさや ふんどしにんぎょう あいのいえ |
Yamakasa Festival, fundoshi dolls at House of Indigo. |
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可愛い津屋崎山笠人形(アニメーション)
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NHK福岡放送局制作、松田翔太主演の平成26年度福岡発地域ドラマ「ここにある幸せ」は、古くから海上交易と製塩で栄え、風情ある平屋の家並みが残るここ福津市津屋崎が舞台だった。宮本信子が演じた花田福子のモデルが藍の家保存会・柴田富美子代表である。光栄にもご本人にお会いすることができ、津屋崎の魅力について聞くことができた。
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藍の家保存会・柴田富美子代表
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