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■ 三日目
2011年06月30日(木):チェスター〜ハワース〜湖水地方〜チェスター(泊) |
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★☆★彡 |
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▼ ツアー
三日目は、午前8時にホテルを出発し、エミリー・ブロンテの「嵐が丘」の舞台となったハワース
Haworth と湖水地方Lake District の観光を楽しみ、チェスターに戻って連泊した。 |
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ハワースと湖水地方の位置 / イングランド |
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画像:Google Earth |
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▲▼
英国イングランド北部、ウエストヨークシャー州の小村。小説家ブロンテ姉妹の故郷。末娘アン以外のブロンテ一家が眠る教会やブロンテ博物館のほか、「嵐が丘」などの作品の舞台となった場所をめぐる遊歩道がある。 |
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ハワースの地図 |
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画像:Google Earth |
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嵐が丘 Wuthering Heights
は、エミリー・ブロンテの唯一の長編小説で、1847年に男性名エリス・ベルの筆名で発表された。イギリスのヨークシャーの荒野に立つ荒れ果てた館「嵐が丘」を舞台に、復讐に燃えるヒースクリフの愛を描いた作品。発表当時は不評だったが、20世紀に入ってから評価が高まった。 |
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寒村ハワースの町並み 2011.6.30 09:08 |
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「嵐が丘」は、学生時代に読んだ記憶があるが、陰湿なイメージとヒースという植物以外は、どんな物語だったのか全く記憶にない。フリー百科事典によれば、虐げられた孤児ヒースクリフの長年にわたる復讐劇を描いた作品で、復讐に燃えるヒースクリフをはじめ、神秘的で気性の激しい人間像を描く反面、平凡な語り手ロックウッドや家政婦ネリーらの現実的な人間関係とあいまって、複雑な恋愛構造を巧みに描いている。また、作者エミリーが住んだハワースの家一帯には、激しい雪と風が吹き荒れる原野が広がっており、イギリスのヨークシャーの自然と風土をみごとに描ききっているという。 |
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エミリー・ブロンテの兄が通っていたパブ「ブラック・ブル」 |
エミリーの兄ブランウェル・ブロンテが通っていたパブ「ブラック・ブル」は、教会の東隣で今も営業している。 |
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▼ エミリー・ジェーン・ブロンテ(1818年7月30日 - 1848年12月19日)は、イギリスの小説家。ウエストヨークシャーのハワースに牧師の子として生まれた。ブロンテ三姉妹の2番目で、唯一の長編小説「嵐が丘」を書いた。 |
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エミリー・ブロンテ(1818-48)の肖像画 |
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資料 |
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エミリーは物静かで家庭的であった一方、感情を表に出さず、孤独に耐え抜く強い力を持っていた。姉シャーロットの「ジェーン・エア」に注目が集まったのに対し、本作は酷評されたが、エミリーの死後、シャーロットによって第2版が編集され、20世紀に入ってから評価が高まり、サマセット・モームは自著「世界の十大小説」でその一つに挙げ、エドマンド・ブランデンは「リア王」「白鯨」と並ぶ英語文学の三大悲劇と評した。 |
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ブロンテ一族が眠るハワース教区教会 |
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▲▼ ハワース教区教会(ハワース・パリッシュ・チャーチ)は、ブロンテ三姉妹の父パトリック牧師が勤めていた
小さな教会である。塔以外は、当時の建物ではないが、外観や礼拝堂内部は、静かで落ち着いている。 |
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ハワース教会の内部 |
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美しいステンドグラス |
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教会の床には、次女エミリー・ジェーン・ブロンテと長女シャーロット・ブロンテの記念碑が埋め込まれている。この教会近くの地下納骨堂に、スカーボロの聖メアリー教会に眠る三女アン以外のブロンテ一族が眠っている。 |
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ブロンテ姉妹の記念碑 |
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▲ 碑文:1848年12月19日
30歳で死亡したエミリー・ジェーン・ブロンテと1816年4月21日に生まれ1855年3月31日に死亡したシャーロット・ブロンテを記念して |
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ハワース教会の裏地にある墓地 |
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▲▼ ハワース教区教会の裏手は、墓地になっており、「嵐が丘」の舞台となったペニストン・ヒル Penistone Hill へは、この墓地のそばの小径を通らなければならない。墓地は、日中でも薄暗く、不気味な雰囲気が漂って
おり、エミリーたちの家からも見えるところにある。 |
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ペニストン・ヒルへの小径 |
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小雨の中、細い坂道を登ると、ペニストン・ヒルに着いた。「カントリー・パーク ペニストン・ヒル」と書かれた長方形の石碑が雑草の中に置かれていた。茶色に見える植物が、ヒース(ヘザー)である。 |
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小雨の中ペニストン・ヒルに到着 |
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ヒースは、本来はイギリス北部、アイルランドなどにおける荒地ムーア moor のことで、独特の背の低い植物が群生する。また、そのような植物を指してヒースと呼ぶ。農耕に向かない痩せた土地、泥炭地によく生えるといわれる。
ハワースでは、植物をさす場合は、ヘザー Heather と呼ぶ。 |
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ヒースの繁るペニストン・ヒル Penistone
Hill |
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▲▼ ヒースは、イングランド北部からスコットランドにかけて分布する常緑草木で、7〜10月にピンク色の花を咲かせる。農民の生活に取り入れられ、燃料や飼料、染料、ティーなどに利用される。ハーブ類として使われるのは、エリカ属のジャノメエリカ Erica canaliculata
やエリカ Erica vulgaris で、ヘザー Heather、ヒース又はエリカと呼ばれている。 |
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ヒース(ヘザー) Heath / Heather |
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資料 |
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▼ ハワースの村から南西にかけて広大な荒地ムーア moor
が広がる。ムーアは、幼いブロンテ姉妹の遊び場だった。彼女たちは、毎日のように野生動物を観察したり、空想に更けていたことだろう。「嵐が丘」には、このときの体験が色濃く反映されているという。 |
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ちなみに、ムーア人 Moors
は、北西アフリカのイスラム教徒の呼称で、主にベルベル人を指して用いられる。荒地に住む人だからそのように付けられたのだろうが、筆者には蔑称のように思える。 |
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ペニストン・ヒルからの眺め |
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ペニストン・ヒルの傾斜地に小さな石造りの一軒家がぽつんと建っていた。その前の草むらには、放牧の牛が休んでおり、我々を珍しそうに観察していた。エミリーが生きた時代もこのような風景だったのではないかと想像する。まるで、時の流れが止まっているかのような、静かでのどかな風景だった。 |
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まんりょくや あらしがおかの いっけんや |
Full of green leaves, a house on the
Wuthering Heights. |
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丘の傾斜地に建てられた一軒家 |
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▼ 「地球の歩き方」には、ブロンテ博物館 Brontë Parsonage Museum と表現されていたが、Parsonage
(教区牧師館)を無視するわけにはいかない。ブロンテ一家が1820年から1861年まで住んでいた石造りの館は、1779年に建てられたジョージ王朝様式の建物で、内部は、当時の様子が再現されている。実際に着用していた衣服やエミリーがその上で亡くなったというソファなどが残されているほか、スケッチなどの遺品や遺稿が展示されている。 |
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ブロンテ牧師館博物館 Brontë
Parsonage Museum |
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▼ 小さなハワースの村を散策した。意外と急な坂道が多い。横浜やサンフランシスコなどのようにアッペンダウン
Up and Down の激しい土地柄で、雨や雪の日に歩くのは、大変だろうと思われる。 |
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ハワースの石畳の坂道 |
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羊の放牧 |
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▲▼ ハワースの観光を終え、湖水地方に向かったが、バスの窓からは荒地ムーアが延々と続き、移り変わりの激しい空模様の下で、黙々と牧草を食む羊や乳牛の放牧が見られた。 |
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乳牛の放牧 |
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