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住江町に飾られる山車人形は、宮元町会にふさわしく、住吉神社の祭神・神功皇后である。江戸時代の名人形師・仲秀英(なか・しゅうえい)の明治7年(1874)の作で、頭頂には松雲斎徳山(しょううんさい・とくざん)の天冠(てんかん)が載る。神田宮本町が神田祭の山車人形として運行していたものといわれ、明治20年頃に購入したという。 |
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神功皇后の着付けを行っている人は住江町で陶器店を営む佐野誠さんで、住江町の氏子総代を務めている。 |
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巨大な神功皇后の山車人形(撮影:2005.5.1)
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拡大写真(1800x1330)580KB |
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残念ながらアップで見ると、染み、掻き傷、剥離などの痛みが認められるが、大きな瞳は聡明で、生き生きとし
た表情が素晴らしい。かつて貴族の女性は、白塗りのノリを良くするために眉毛を抜いたと伝えられているが、本
町と住江町の神功皇后には眉毛がなく、いみじくもそれを裏付けている。 |
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聡明で生き生きとした表情(撮影:2005.5.1)
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拡大写真(1400x1050)124KB |
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この人形は神功皇后の出陣姿で、紺地の錦に五爪龍(ごそうりゅう)と飛雲(ひうん)の文様をあしらった直衣(のうし)
を着けている。袴は四季の花咲く籬(まがき)模様の大口袴。啄木の緒がついた出鮫(だしざめ)に唐花紋(からはなも
ん)の目貫(めぬき)の太刀を左手に握り、右手に軍配を持つ雄々しい姿。鳳凰を刺繍した平緒(ひらお)をつけ、脚
に脛当(すねあて)足に毛沓(けぐつ)をはく。 |
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拡大写真(1050x1400)325KB |
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応神天皇を懐妊した姿であることから腹部にふくらみがある。神功皇后は、三韓出兵の際には身重の身体で出陣し、凱旋の後、武神である八幡(はちまん)(応神天皇)を無事出産したので、安産の神としても信仰されている。人と比べると、かなりの大きさである。 |
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パノラマ写真(1800x1040)417KB |
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仲町(なかちょう)の会所には、静御前が飾られる。明治の初め、町内有志により、日本橋の瀬戸物町・伊勢町・小田原町(現在の日本橋室町)から山車と共に購入したという。松雲斎徳山(しょううんさい
・とくざん)作で、嘉永元年(1848)江戸天下祭(山王祭)の9番山車に載っていた人形ではないかといわれている。
松雲斉徳山 |
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この人形は、静御前が鎌倉の鶴岡八幡宮(つるがおか・はちまんぐう)で頼朝の面前で舞った「静(しずか)の舞」を表
現したもの。近くに寄って見れば見るほど清楚で美しく、私の大好きな人形で、青梅大祭の今年のポスターに森
下町の武内宿禰と共に掲載されている。
静の舞 |
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素顔の静御前(撮影:2005.5.1) |
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拡大写真(1400x1200)155KB |
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徳川家康が江戸幕府を開いて丁度400年となる平成15年(2003)の11月22日(土)から24日(祝)まで、東京都千代田区で江戸天下祭(えどてんかまつり)が開かれ、絢爛豪華な江戸祭りが再現されたが、仲町の静御前が森下町の山車と武内宿禰と共に出展され、注目を集めた。 |
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金横さびの立烏帽子(たてえぼし)、白地銀襴(しろじ・ぎんらん)の舞衣(まいぎぬ)に葵鍔(あおいつば)の太刀。赤地金襴(あかじ・きんらん)の蔓牡丹(つるぼたん)の大口袴は能装束の仕立てである。閉じた中啓(ちゅうけい)(扇)を右手に持ち、少しうつむき加減で品の良い雰囲気がある。背に金弊(きんぺい)を負うので、この人形だけは御旗を立てない。 |
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今年のポスターに採用された静御前(撮影:2005.5.2) |
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拡大写真(900x1200)175KB |
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かつては高い山車の上に載せられていたため、どの人形も視線が下向きに作られている。それを同じ眼の高さで見ると不自然に感じることから、仲町では高い台の上に飾って、当時の味わいを忠実に再現している。 |
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完成した仲町の人形場 |
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拡大写真(1400x1100)302KB |
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