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 旅紀行日本の祭り

2018年10月20日改訂

今 日

昨 日

♪メドレー「さくらさくら」

春日照る土俵を沸かす大一番   北舟

拡大写真(2000x1500)708KB

Spring sun shinning on the ring,
the final match exciting sumo spectators.

2010年7月15日制作

朝青龍の強烈な吊り出し

靖國奉納大相撲

朝青龍の強烈な吊り出し /靖國神社相撲場(東京都千代田区)

- 日本の伝統文化が息づく祭 -

 

日本祭百景【上巻】

卯 月

★ 日本祭百景上巻 ・ 中巻 ・ 下巻
正月上 ・ 正月下 ・ 如月上 ・ 如月下 ・ 弥 生 ・ 卯 月 ★ 和田義男
桑名聖天祭
大福田寺
三重県桑名市
平成20年(2008)4月1日(火)-2日(水)
撮影・原作:市川 清 監修:和田義男

 三重県桑名市の百数十年の歴史を持つ桑名聖天祭は、桑名城主であった松平定信が信心していた大福田寺(だいふくでんじ)の祭礼で、毎年4月1日と2日に行われる。
 修験道は、奈良時代末期、役行者 えんのぎょうじゃ(役小角 えんのおづぬ )により創始された山岳修行と伝えられている。平安初期、紀州の大峰山(おおみねさん)を道場として修法(しゅほう)が確立されるとともに、中国から日本へ伝えられた天台、真言の山岳仏教(密教)と結びついて、京都聖護院(しょうごいん)系の本山派(ほんざんは)と醍醐寺(だいごじ)系の当山派(とうざんは)の二派が主流となって、全国に広まった。
燃え上がる護摩火

燃え上がる護摩火

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  修験者の護摩の煙や櫻花  北舟 

しゅげんじゃの ごまのけむりや さくらばな

Cherry blossoms, the smoke of exorcism by the Buddhist monks.

火渡りを始める院主

火渡りを始める院主

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▲▼ 修験道の回峰(かいほう)修行は、無我のなかから悟りを開くという修行で、密教における仏の本意を会得することに通ずると解されている修法である。修験者(山伏)たちは、こうした修業を基本としながら、水行や火行という荒行を行い、自然と同化する実体験を行っている。
 桑名聖天祭は、火行の代表的な修行で、信者や観衆の面前で、柴燈護摩(さいとうごま)奉修の後、残り火の上を素足で歩く「火生三昧(かしょうざんまい)」の荒行を行う。そのあと、信者たちもこの火渡りを体験するが、さすがに子供たちには過酷とあって、梯子の様な板の上を歩かせていた。

信者の子供たちの火渡り

信者の子供たちの火渡り

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伊勢大神楽
大福田寺
三重県桑名市
平成20年(2008)4月2日(水)
撮影・原作:市川 清 監修:和田義男

 伊勢大神楽(いせだいかぐら)は、獅子舞をしながら檀那場(だんなば)各戸にかつては伊勢神宮、現在では伊勢大神楽講社の神札を配布してまわる人々のことで、彼らの行う芸能の総称でもある。これらの行為は、回檀(かいだん)と呼ばれる。
 彼らは各戸で竈祓(かまどばら)いを行う際に獅子舞を舞うが、それ以外に特定村落の鎮守社境内などで総舞と呼ばれる芸能を披露する。毎年、聖天祭の二日目(4月2日)の午前と午後の二回、大福田寺の境内で伊勢大神楽が奉納される。(国指定重要無形民俗文化財)

正装の獅子舞

正装の獅子舞

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  真剣を抜きつ祓いつ獅子の舞  北舟 

しんけんを ぬきつはらいつ ししのまい

Lion dance, drawing a real sword, exorcising the evil.

天狗跳び!

天狗跳び!

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太神楽だいかぐら
 
 神道の神事において神に奉納するために奏される歌舞音曲(かぶおんぎょく)を神楽(かぐら)というが、特に、伊勢神宮や熱田神宮の神人が各地を巡って(回檀)、神札を配り、竃祓いや村の辻で悪魔祓いとして行った神楽を太神楽(だいかぐら)という。大神楽や代神楽とも表記されるが、獅子舞と曲芸から構成される神楽である。
 伊勢大神楽の獅子舞は回檀先の多くの村々に移入され、それらは伊勢大神楽系の獅子舞と呼ばれる。中部地方の獅子舞は、すべて伊勢大神楽の影響を受けている。他方、熱田派は江戸開府の際に本拠地を江戸に移し、余興として行われていた曲芸は舞台芸としての太神楽に発展し、江戸太神楽や水戸大神楽になったという。

伊勢大神楽の曲芸

伊勢大神楽の曲芸

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唐人踊り
須賀社
三重県鈴鹿市
平成20年(2008)4月6日(日)
撮影・原作:市川 清 監修:和田義男

 三重県鈴鹿市東玉垣町に鎮座する須賀社(すがしゃ)(午頭天王社(ごずてんのうしゃ))は、牛頭天王を祀ることから地元では「天王山」と呼ばれている小さな神社である。ここの祭礼行事に江戸時代の朝鮮通信使の行列を真似た「唐人踊り」が伝承されている。
 唐人踊りは、かつては、様々な場所で行われてきたが、現在では、三重県の鈴鹿市と津市、岡山県の牛窓(うしまど)町の三箇所に残るだけでだという。
 朝鮮通信使を模した踊りが「唐人(中国の唐の人)」とされているのは、下田でハリスの侍妾(じしょう)となって「唐人お吉」と蔑称されたお吉のように、江戸時代には「唐人」が外国人を指す総称として使われていたからである。
 朝鮮通信使の随行員には美しく着飾った小童や楽隊、文化人、医師、通訳などが加わっていたため、物珍しく、将軍の代替わりにやってくる見せ物としての側面が大きく、それを真似る踊りが生まれたのだろう。
  赤天狗悪魔を払ふ獅子の舞  北舟 

あかてんぐ あくまをはらう ししのまい

A long-nosed red goblin, a lion dance for exorcism.

境内の唐人踊り

境内の唐人踊り

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黒川花笠太鼓踊り
大宮神社
滋賀県甲賀市
平成20年(2008)4月20日(日)
撮影・原作:市川 清 監修:和田義男

 滋賀県甲賀市に鎮座する大宮神社に奉納される鬼の面が踊る花笠太鼓踊りは、室町後期から江戸時代にかけて各地に普及した「風流踊り」を原形とする踊りで、雨乞いのための踊りと伝えられている。
 甲賀市土山町の花笠太鼓踊りは、ここ黒川と山女原・黒滝に伝承されており、滋賀県の無形民俗文化財に指定され、毎年4月第三日曜日の祭礼に、地元の青年たちによって奉納されている。

 午前9時45分ころ、高らかに響く法螺貝や太鼓の音とともに、上組と下組の各集落から役員を先頭に鬼の面をつけた棒振り、太鼓役、花形姿の踊り子などの行列が出発。途中で合流し、独特の出会いの儀式が行われる。その後、神職らに先導されて宮入し、境内で上組と下組に別れ、新楽踊りに続いて4人の鬼役と太鼓役を中心に輪をつくり、大黒踊りが奉納される。

  鬼の舞櫻の下の赤頭巾  北舟 

おにのまい さくらのしたの あかずきん

An ogre dancing, a red hood under the cherry tree.

大黒踊り

大黒踊り

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鞨鼓踊り
陽夫多神社
三重県伊賀市
平成16年(2004)2月25日(水)
撮影・制作:和田義男

 陽夫多(やぶた)神社は、三重県伊賀市馬場に鎮座する神社で、境内は広く、社殿は山の斜面に造られていて、幾段もの急な石段を登った奥に拝殿がある。この神社の春祭りに行われる鞨鼓(かんこ)踊りは、旧大江村(現・伊賀市大江)にあった火明(ひあかし)神社の境内で夏祭りとして踊られていたもので、江戸の寛永年間に始まり、伝えられてきたものという。
 明治41年(1908)に陽夫多(やぶた)神社に合祀されてからは、毎年4月20日の春祭りに踊られており、伊賀市の無形文化財に指定されている。
鞨鼓踊り/

陽夫多やぶた

神社(三重県伊賀市) 2008.4.20

鞨鼓踊り

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靖國奉納大相撲
靖國神社
東京都千代田区九段
平成21年(2009)4月10日(金)
撮影・制作:和田義男

 平成21年(2009)4月10日(金)、東京都千代田区九段に鎮座する靖國神社(やすくにじんじゃ)で日本相撲協会による奉納大相撲が開催された。明治2年(1869)、靖國神社の鎮座祭に際して大相撲が奉納されて以来、春の例大祭には、横綱をはじめ200名余の力士による奉納相撲(無料)が執り行われる。約8,000人を収容する相撲場は、大勢の見物客で賑わう。
 靖國神社は、皇居の北西、千鳥ヶ淵のそばにある神社で、幕末の嘉永6年(1853)以降、身分や勲功、男女の別なく、国を守るために死亡した246万6千余柱を神霊(靖国の大神)として祀る神社である。明治2年(1869)、戊辰戦争の朝廷方戦死者を慰霊するため、大村益次郎の献策により東京招魂社(とうきょうしょうこんしゃ)として創建されたことに始まり、明治12年(1879)に靖国神社と改称されて今日に至っている。

 日本の国技たる相撲の頂点に位置する大相撲は、日本古来の奉納相撲を起源とし、江戸時代から続く職業的な力士たちによって行われる神事や武道、商業的な相撲興行を意味し、また、力士などの集団社会を指す言葉であった。現在では、日本相撲協会が主催する相撲興行のことである。
桜吹雪の相撲場

桜吹雪の相撲場

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  九段下桜吹雪の土俵かな  北舟 

くだんした さくらふぶきの どひょうかな

Cherry petals falling like snowflakes on the sumo ring at Kudan-shita.

 

化粧廻しけしょうまわし

 
   化粧廻しは、大相撲の関取が土俵入りの際に締める儀式用の廻しである。長さ8m、幅68cmの長い博多織の布の先端に豪華な刺繍と馬簾*(ばれん)の付いたエプロンのような大きな前垂れを持つ高価な廻し(相撲褌)で、一体ものである。  
 力士たちは、化粧廻しを汚さないため、六尺褌か紐を一重結びしてTバック状にした越中褌を締めた上に化粧廻しを締めている。(取組のときの廻しは、直接肌に締める。)
*馬簾:裾に付いている房糸。
第69代横綱・

白鵬翔はくほうしょう

の

不知火型しらぬいがた

土俵入 

第69代横綱・白鵬 翔の不知火型土俵入

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  春日和真白き綱の土俵入  北舟 

はるびより ましろきつなの どひょういり

Fine day in spring, the sumo wrestler's ring performance with a pure white rope on the ring.

第68代横綱・

朝青龍明徳あさしょうりゅうあきのり

の

雲竜型うんりゅうがた

土俵入 

第68代横綱・朝青龍明徳の雲竜型土俵入

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  靖國の御霊に捧ぐ春相撲  北舟 

やすくにの みたまにささぐ はるずもう

Spring sumo wrestling, dedicating to the soul of Yasukuni shrine.

中入後最初の土佐ノ海・豊桜戦

中入後最初の土佐ノ海・豊桜戦

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力士の

相撲褌まわし

 
   廻し(まわし)は相撲を取るときに身につける褌(ふんどし)の一種。まわし、回し、相撲褌とも表記され、外国人競技者の間では 相撲ベルト  sumo belt 相撲サッシュ sumo sash と呼ばれる。一部の裸祭りでも使用されている。  
   稽古廻しや幕下以下の力士、アマチュア競技者が締める廻しは、硬い木綿布(キャンバス)で出来ている。転倒時の怪我の防止と身体の保護や取組みで技を掛けることが主たる目的である。小学生以下の子供用は大人用よりは柔らかい布を使っている。  
 関取が取組のときに締める取り廻し(締め込み)は、カラフルな絹でできており、柔らかくて光沢がある。
  春風や相撲褌に託す相撲道  北舟 

はるかぜや まわしにたくす すもうどう

Spring wind, the code of the sumo wrestling on the loincloth.

千秋楽結びの一番・横綱対決! 2009.4.10 15:01
第68代横綱・朝青龍 立行司・第38代式守伊之助 第69代横綱・白鵬

千秋楽結びの一番・横綱対決!

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  春日照る土俵を沸かす大一番  北舟 

はるひてる どひょうをわかす おおいちばん

Spring sun shinning on the ring, the final match exciting sumo spectators.

朝青龍の強烈な吊り出し

朝青龍の強烈な吊り出し

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結びの大一番

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   これまで裸祭りシリーズの中でアマチュア力士たちによる奉納相撲を取材してきたが、その頂点に立つ大相撲を取材できないものかと思い続けてきた。大相撲の本場所で、これほど土俵近くの席を取るのは難しいので、靖國神社のお陰で日本の裸褌文化の華といえる大相撲の全貌を明らかに出来たことを嬉しく思う。  
 さすがにプロ集団の相撲は、アマチュア相撲とは格段の差があり、そのパワーに圧倒され、江戸時代に始まった勧進相撲の伝統を全く変質させることなく現在に伝えている相撲の伝統美にすっかり魅了された。
勝者の舞・弓取式

熟練の技を披露する男女ノ里

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鎌倉まつり
鶴岡八幡宮
神奈川県鎌倉市
2004年4月11日(日)・18日(日)
撮影・制作:和田義男

 2004年4月11日(日) と18日(日)の二日間にわたって鎌倉まつりを見に行った。JR新宿駅から新宿湘南ラインを利用すれば、約1時間で鎌倉駅に着く。11日は、鎌倉大仏を見学したあと、午後から鶴岡八幡宮に行った。
 鎌倉大仏は、いつ何の目的で造られたのかは分からないが、700年前に修行僧の浄光(じょうこう)が寄付金を募り現在より小さな木造仏が 寛元元年(1243)に造られたのに始まる。宇治元年(1247)の大風で仏像も殿舎も破壊されたので、今度は青銅の大仏を造ることとし、建長4年(1252)に 工を起し、仏像も殿舎も数年で完成したという。

 この日、午前11時から午後2時頃まで、若宮大路から鶴岡八幡宮まで、神奈川県警音楽隊をはじめ神輿囃子など、各地区から工夫を凝らした華やかなパレードが繰り広げられた。

鶴岡八幡宮での神輿練り

鶴岡八幡宮での神輿練り

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 午後1時過ぎから舞殿において本年度のミス鎌倉の披露があった。神奈川県では唯一のミスコンテストとして知られるミス鎌倉の本審査は、4月2日に鎌倉市小町の鎌倉生涯学習センターで開かれ、161名の中から4名が選ばれた。応募者の2/3は、市外に住む女性だったという。

2004ミス鎌倉

2004ミス鎌倉

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静の舞しずかのまい

  ▼ 午後3時から鶴岡八幡宮・舞殿(まいでん)で鎌倉まつり初日のフィナーレとなる静の舞が鎌倉観光協会より奉納された。今年の演者は、藤間流の藤間寿美霞(ふじますみか)さんで、当時の衣装を忠実に再現した装束で現れ、艶やかで美しい舞を披露し、観客を魅了した。  
  花の香や神前に舞ふ白拍子  北舟 

はなのかや しんぜんにまう しらびょうし

A classic dancer dancing in front of Shinto gods, fragnant with cherry brossoms.

静の舞

静の舞

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▼ 第46回鎌倉まつりの最終日となった2004年4月18日(日)、鶴岡八幡宮の流鏑馬馬場で祭りのフィナーレを飾る流鏑馬神事が行われたので、再び鎌倉を訪れた。

流鏑馬やぶさめ

 騎射の一種で、馬場に並行して方板の的を数間おきに3個並べ、射手が馬場を馳せながら射る。犬追物(いぬおうもの)、笠懸(かさがけ)と共に騎射三物(きしゃみつもの)と呼ばれ、中世武士の武芸鍛錬の代表的なものであった。
   矢は鏑矢(かぶらや)*1を用い、その装束は一般に行縢(むかばき)*2に綾藺笠(あやいがさ)*3を着け、重 藤(しげどう)の弓を持つ。流鏑馬の語は矢馳馬(やはせうま)あるいは矢伏射馬(やぶさめ)の転化したものといわれる。
*1
鏑矢(かぶらや): 先に鏑をつけた矢。空中を飛ぶ時、鏑の孔に風が入って響きを発する。(鏑: 木・竹の根または角つので蕪かぶらの形に作り、中を空にし、数個の孔を穿って矢の先に付けるもの。)
*2行縢(むかばき): 足の部分にまとう旅行具。長途の歩行用として布帛(ふはく)類を細長く裁って足首から膝の下にかけて巻きつける形式。
*3綾藺笠(あやいがさ): 藺を編んで造り、裏に絹をはった笠。中央に突出部がある。武士の狩装束で、遠行または流鏑馬用。
 
 鎌倉時代に広く行われた流鏑馬も室町期以降衰退し、現在では神事の儀式としてその名を残すのみとなった。

馬場を行進する武田流の射手たち

馬場を行進する武田流の射手たち

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▲▼ 午後2時から流鏑馬に不向きな競争馬を功みに馭(ぎょ)して流鏑馬馬場を疾走する武田流の古式流嫡馬神事の妙技が被露され、 大勢の観客の喝采を浴びた。
  流鏑馬の鏑矢の音風光る   北舟 

やぶさめの かぶらやのおと かぜひかる

An arrow of archery on horseback whistling, A wind of spring glistening.

弓を引く射手

弓を引く射手

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 舞殿の上で、凱陣之式に添った神事が行われた。司家による太刀の鯉口を切る動作など、興味深いしきたりを見ることができた。 甲斐の武田菱の衣装も素晴らしかった。

太刀の鯉口を切る司家

太刀の鯉口を切る司家

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