|
|
|
|
▼
取主の両備グループの密着取材のため写真撮影をお願いしたところ、快く了解して頂いたので、展示コーナーを過ぎて内陣に入り、左(東)側の階段をのぼって二階通路に上がると、左(南)側に御福窓(ごふくまど)が見えた。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
拡大写真(1800X1350)574KB |
|
|
|
|
|
|
▲▼ 本堂は、文久3年(1863)に立て替えられた岡山県下最大級の総欅造(そうけやきづくり)の建物だが、内陣は、平成7年(1995)の改修で、極彩色の鮮やかで美しい壁画で飾られていた。天女や龍が描かれており、極楽浄土を思わせる煌(きら)びやかな世界が広がっていた。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
拡大写真(2000X1500)797KB |
|
|
|
|
|
|
▼ 本堂内陣の天井にも円盤に描かれた日本画が奉納されていた。それぞれに奉納者の名前が書かれていた。信者としては、死んでも名が残るので、希望者が多かったのではないだろうか。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
拡大写真(2000X1500)710KB |
|
|
|
|
|
|
▼ 観音院だけあって、御福窓(ごふくまど)は、観音開きになっていた。窓を開き、御福窓からの眺めを撮影した。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
拡大写真(1800X1150)267KB |
|
|
御福窓 |
から |
大床 |
を見る(東側) |
|
|
拡大写真(1600X1200)224KB |
|
|
|
|
|
|
▲▼ 会陽当日、フィナーレを飾る宝木(しんぎ)争奪戦の宝木は、この御福窓(ごふくまど)から大床(おおゆか)に投下される。本堂拝観の最大のポイントは、この御福窓の拝観で、ここに上がると長寿・財運・無病・積徳・天命成就の五福を授かるといわれている。そのため、「おふくまど」ではなく、五福にかけて「ごふくまど」と呼ばれている。 |
|
|
|
|
|
|
|
御福窓 |
から |
大床 |
を見る(西側) |
|
|
拡大写真(1600X1200)215KB |
|
|
御福窓 |
から |
大床 |
の天井を見る |
|
|
拡大写真(1800X1350)444KB |
|
|
|
|
御福窓 |
の通路から |
内陣 |
を見る |
|
|
拡大写真(1800X1350)596KB |
|
|
|
|
|
|
▲▼ 御福窓の通路から内陣を見ると、中央に祭壇があった。修正会(しゅしょうえ)の写真(下)は、ここから撮影したものだということが分かった。 |
|
|
|
|
|
|
|
14日間祈祷を続ける |
修正会 |
/本堂内陣(再掲) |
|
|
拡大写真(1400X950)340KB |
写真:西大寺会陽奉賛会 |
|
|
|
|
拡大写真(1800X1350)489KB |
|
|
|
|
|
|
|
|
▼ 本堂内陣の北面中央に御本尊の千手観音菩薩(せんじゅかんのんぼさつ)立像があった。ただし、この像は前立(まえだて)(御本尊の前に安置される仏像)であり、本来の御本尊はこの後ろに鎮座している。前立観音よりもずっと大きく、平成7年(1995)に本堂が改修されたときに開帳されたが、次にお目にかかれるのは、33年後の平成40年(2028)だという。 |
|
千手観音の千本の手は、どのような衆生をも漏らさず救済しようとする観音の慈悲と力の広大さを表しているという。インドで釈迦が始めた原始仏教は、自力による解脱(げだつ)・涅槃(ねはん)を目指すもので、現世利益(げんせ・りやく)を求めるものではなかったが、日本仏教ではその欠点を補う観音信仰が多くの信者に支持されている。 |
|
|
|
|
|
|
御本尊 |
の |
千手観音菩薩立像 |
(前立) |
|
|
拡大写真(1400X1300)331KB |
|
|
|
けちがんの せんじゅかんのん えようどう |
Kannon the Goddess of Mercy with one thousand arms, finalizing desires at Eyo temple. |
|
|
|
|
拡大写真(1300X1800)414KB |
|
|
|
|
|
|
▼ 本堂内陣北面東側に青い体躯(たいく)の不動明王(ふどうみょうおう)が祀られていた。彩色木造のため、塗色が剥がれて木目があらわになっており、作成年代が古いことを思わせる。 |
|
不動明王は、密教特有の明王の中心で、人間界と仏界を隔てる天界の火生三昧(かしょうざんまい)と呼ばれる炎の世界に住んでいるという。怒りによって逆巻く髪を弁髪でまとめ上げ、法衣は片袖を破って結び、その装束は古代インドの奴隷の姿を基にしたものとされ、修行者に付き従いこれを守る存在であることを表している。 |
右手に降魔の三鈷剣(さんこけん)(魔を退散させると同時に人々の煩悩を断ち切る)、左手に羂索(けんじゃく)(悪を縛り上げ、煩悩から抜け出せない人々を救い上げるための投げ縄)を握りしめ、背に迦楼羅焔(かるらえん)(三毒を喰らい尽くす伝説の火の鳥「迦楼羅」の形をした炎)を背負い、憤怒の相で粗岩の上に座して「一切の人々を救うまではここを動かじ」と決意する姿が現されている。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
拡大写真(1450X1800)612KB |
|
|
|
|
|
|
▼ 内陣には、邪鬼(じゃき)を踏みつけている毘沙門天(びしゃもんてん)も祀られている。毘沙門天は、天部の仏で、持国天、増長天、広目天と共に四天王の一尊に数えられる武神である。密教においては十二天の一尊で北方を守護するとされる。また、日本独自の信仰として七福神の一尊とされ、特に勝負事に利益ありとして崇められる。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
拡大写真(1230X1800)444KB |
|
|