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五大尊蘇民祭 |
岩手県花巻市石鳥谷町 貴峰山光勝寺 2012年1月28-29日(旧正月6-7日) 花巻市無形民俗文化財 |
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光勝寺の五大尊蘇民祭は、800年以上の歴史を誇る伝統の裸祭で、1年間の無病息災を祈って護摩を焚き、コマと呼ばれる365枚の木札が入った麻製の蘇民袋を奪い合い、御守札とする美しくも勇壮な冬祭です。参加者が一糸まとわぬ裸形で禊を行うシーンも公開されており、日本独自の裸文化が脈々と継承されていることに感動します。 |
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▲
スライドショーCD写真集「五大尊蘇民祭」は、274枚、上映時間24分。(1枚2000円
リピーター価格:1枚1500円) 五大尊蘇民祭 日本の祭りCD・DVD写真集 |
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YouTube 五大尊蘇民祭(抜粋縮小版) |
↓画像をクリックするとスライドショー動画が始まります。 |
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はじめに |
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● 平成24年(2012)1月28日(土)・29日(日)の両日、岩手県花巻市(はなまきし)石鳥谷町(いしどりやちょう)の貴峰山(きほうざん)光勝寺(こうしょうじ)(佐藤宥弘さとう ゆうこう住職 TEL0198-47-2230)で五大尊蘇民祭(ごだいそん そみんさい)が開催されたので、五大尊蘇民祭振興会(高橋勝哉たかはし かつや会長)の全面支援により、密着取材を行った。 |
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【凡例】 ▲:上の画像の説明文 ▼:下の画像の説明文 〈画像の左クリック〉:別窓に拡大写真を表示 |
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Google Earth |
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▲ 人口約10万を擁する花巻市は、岩手県の中西部に位置し、盛岡市、一関市、奥州市に次ぐ大きさで、市の西部に花巻温泉郷を擁し、宮沢賢治生誕の地として知られる。市内には、岩手県唯一の花巻空港を有すると共に、東北新幹線新花巻駅、東北自動車道、東北横断自動車道などの高速交通網が整備されている。 |
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気候は寒冷で、北上川の川谷沿いにあり、冬季は放射冷却が効きやすく、零下20度近くまで下がることもあるという。
2月29日(日)蘇民祭当日は快晴で、早朝は-15℃まで下がった。 |
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Google Earth |
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貴峰山光勝寺 |
と |
五大堂 |
公民館 |
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▲▼ 五大尊蘇民祭が行われる貴峰山(きほうざん)光勝寺(こうしょうじ)は、真言宗(しんごんしゅう)豊山派(ぶざんは)の仏教寺院で、東北新幹線新花巻駅の北北東約3kmの花巻市石鳥谷町(いしどりやちょう)五大堂に位置する。 |
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前夜祭の「「裸参り」」の出発地は、国道456号に面する五大堂公民館で、水垢離のあと褌一丁の裸形となった男たちは、行灯(あんどん)と松明(たいまつ)の光をたよりに、光勝寺五大堂までの約1kmの夜道を巡礼する。 |
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貴峰山光勝寺 |
と |
五大堂 |
公民館の位置 |
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Google Earth |
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光勝寺 |
の入口 2012.1.26 14:27 |
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↓決勝点の一ノ鳥居 |
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撮影:及川寿郎 |
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▲▼
貴峰山(きほうざん)光勝寺(こうしょうじ)の寺伝によれば、承和10年(843)、慈覚大師(じかくだいし)が東北地方を巡った際に、当地に立ち寄り、21日間の修法(しゅほう)を行った。 |
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その後、自ら釈迦如来、薬師如来の尊像と五大尊(不動明王ふどう・みょうおう・降三世こうさんぜ明王・大威徳だいいとく明王・軍茶利ぐんだり明王・金剛夜叉こんごうやしゃ明王)を彫刻し、大堂を建立して祀ったのが仏跡地としての始まりで、「五大院里の房」と称した。 |
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撮影:及川寿郎 |
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▲▼
文治5年(1189)7月、南部(なんぶ)家の祖・三郎光行
(さぶろうみつゆき)公が特に五大尊を信仰し、その霊験によって駿馬(しゅんめ)を感得し、その馬によって功を上げ、源頼朝から九戸(くのへ)・閉伊(へい)・鹿角(かづの)・津軽(つがる)・糠部(ぬかべ)の5群を賜った。 |
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撮影:及川寿郎 |
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▲▼ 翌建久元年(1200)、本領の甲斐国から糠部に向かう途中、「五大院里の坊」に立ち寄って五大尊に戦勝御礼の参拝をした。そのとき、光行公がこれまでの寺号を廃し、「光行が戦に勝つ」という意味の「貴峰山光勝寺」に改めた。 |
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また、光勝寺が牛馬守護に霊験があるとされるのは、南部光行公の駿馬が死んだときに、礼を厚くして当寺に葬り、その木造を刻んで安置したことに始まる。蘇民袋の中に納められているコマに「駆け馬」が印字されているのは、その御利益(ごりやく)を授けるためである。 |
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撮影:及川寿郎 |
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▲▼ 五大尊を祀る光勝寺は、かつては天台宗の寺院であったが、江戸末期から明治期の頃、真言宗豊山派(ぶざんは)に改宗している。総本山は、大和国(やまとのくに)長谷寺(はせでら)で、光勝寺はその末寺(まつじ)である。 |
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山頂の |
五大尊 |
を祀る |
五大堂 |
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撮影:及川寿郎 |
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←JR東京駅22番線ホーム 2012.01.28
12:25
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▲▼ 平成24年(2012)1月28日(土)、東京駅22番線ホーム12:40発東北新幹線やまびこ61号に乗車。約3時間で雪の田園に囲まれたJR新花巻駅に着いた。 |
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JR新花巻駅に到着した「やまびこ61号」 15:40
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昨年、胡四王(こしおう)神社蘇民祭の取材でお世話になった菊池寛一さんから私が撮影した写真が看板に採用されていると聞いていたので、新花巻駅二階のホームの窓から西口方面を望むと、正面の駐車場の前に巨大な蘇民祭の看板が見えた。 |
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ホームから見える新花巻駅西口前の巨大な |
蘇民祭 |
の看板 |
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新花巻駅を出て、看板の近くで撮影したのが下の写真。写真の下部に花巻市三大蘇民祭である「胡四王神社蘇民祭」「五大尊蘇民祭」「早池峰神社蘇民祭」の開催日が記されており、右下にクレジットとして「PHOTO:胡四王神社蘇民祭(撮影和田義男)」と表示されていたので、大変光栄に思った。 |
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右下にクレジット「PHOTO:胡四王神社蘇民祭(撮影和田義男)」が表示された看板
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▼
東京駅から北方500kmに位置する新花巻駅(しんはなまきえき)は、花巻市矢沢に設置されたJR東日本の駅で、東北新幹線と在来線の釜石線との交差地点に設けられており、両線の接続駅となっている。 |
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東北新幹線の大宮〜盛岡間は、昭和57年(1982)に開通したが、停車駅の選に漏れた花巻市が水沢江刺駅とともに全額地元負担の請願駅という形で3年後の昭和60年(1985)に完成した。そのため、ホームは2面2線となっており、開業当初から設置された駅のような通過線を持たない。 |
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▼ 新花巻駅西口広場には、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」のモニュメントが建っている。右サイドには、次の解説文が刻まれていた。 |
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このモニュメントは、宮沢賢治の童話「セロ弾きのゴーシュ」を題材として制作したものです。宮沢賢治は花巻に生まれ、その短い生涯の中で、科学者、仏教徒、教師、農民の指導者として、世につくしました。また詩や童話をたくさんつくりました。 |
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「セロ弾きのゴーシュ」は、宮沢賢治の童話の中で動物と人間がかかわり合うすぐれた作品で、主人公の音楽家「ゴーシュ」が、ねこ、かっこう、たぬきの子、野ねずみの親子とのふれ合いの中から人間としてすばらしい発見と、成長していくすがたをえがいたものです。 |
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このモニュメントを御覧になられた方々が、健治の作品の素材となった豊かな自然と暖い人々の営みのある花巻を感じていただければ幸です。 昭和60年3月14日 花巻市 |
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宮沢賢治作「セロ弾きのゴーシュ」のモニュメント / JR新花巻駅西口広場 15:48
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▼ この日の宿は、昨年、胡四王(こしおう)神社蘇民祭の取材でお世話になった新花巻駅西方徒歩5分のペンション「ケンジの宿」なので、土地勘があり、迷わずにチェックインすることができた。 |
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去年もお世話になったケンジの宿 / 花巻市 |
胡四王 |
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岩手県奥州市の黒石寺蘇民祭は、全国的に知られるが、その他にも岩手県には素晴らしい蘇民祭がある。その中で、花巻市の胡四王神社蘇民祭が平成23年(2011)1月2日に開催されることを知り、胡四王神社蘇民祭保存会にメールを送り、密着取材を申し込んだところ、菊池寛一さんから返信があり、快諾して頂いた。当日は、「ケンジの宿」まで迎えに来て頂き、終始アテンドして頂いたお陰で、胡四王蘇民祭
が生まれた。 |
今年は、1月28・29日に開催される花巻市・光勝寺の五大尊蘇民祭を取材することにしたため、菊池さんに胡四王蘇民祭の取材をお願いしたところ、快諾して頂き、 菊池さんの処女作
胡四王蘇民祭'12 が生まれた。 |
このたびの五大尊蘇民祭の取材についても菊池さんに仲介の労を賜り、当日は「ケンジの宿」から祭会場までマイカーで送迎して頂いた。片道3kmほどあり、タクシーで二往復すれば、宿代よりも高くなってしまうので、とても助かった。 |
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お世話になった胡四王神社蘇民祭保存会の菊池寛一さんと 2011.01.02
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光勝寺 |
五大尊 |
蘇民祭 |
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光勝寺の五大尊蘇民祭は、800年以上の歴史を誇る伝統の裸祭で、1年間の無病息災を祈って護摩を焚き、コマと呼ばれる365枚の木札が入った麻製の蘇民袋を奪い合い、御守札とする勇壮な冬祭である。 |
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花巻市無形民俗文化財の指定を受けたこの蘇民祭は、旧正月6日(2012年1月28日)午後7時から前夜祭があり、「裸参り」と星祭(ほしまつり)(護摩法要)が行われる。翌日の旧正月7日(2012年1月29日)は、午前9時半から12時半頃まで、御神火祭(ごじんかさい)(護摩法要)と蘇民袋争奪戦を中心とした蘇民祭が行われる。 |
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「裸参り」と蘇民袋争奪戦は、石鳥谷(いしどりや)地区の全戸が会員となっている五大尊蘇民祭振興会が主催し、星祭や御神火祭の護摩法要は、光勝寺の信徒で構成される五大尊護摩講本部が運営する。 |
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五大堂 |
公民館 / 花巻市 |
石鳥谷町 |
五大堂 2012.01.28 18:04 |
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拡大写真(2000X1350)270KB |
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▲▼ 五大尊蘇民祭の前夜祭が開かれた1月28日(土)は、午後6時に花巻市石鳥谷町(いしどりやちょう)五大堂にある五大堂公民館で五大尊蘇民祭振興会の「裸参り」担当役員・小原(おばら)和也さんと合流。以後、振興会の全面支援により、密着取材をすることができた。 |
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▲▼ 五大堂公民館の右側に紅白幕が張られていたので、中を覗いてみると、水道水を使った屋外の禊場(みそぎば)となっていた。このときの外気温は-5℃で、公民館の前庭は雪で覆われ、ドラム缶を半分に切った薪(まき)ストーブがひとつあるだけだった。 |
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五大堂公民館の内部は、大広間となっており、「裸参り」参加者たちの支度ができるよう、ビニール茣蓙(ござ)が敷き詰められていた。床の間の前に座卓があり、小原さんら役員が参加者の申し込みを受理していた。 |
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「裸参り」の申し込みは、事前予約制で、1週間前に締め切られる。今年の参加者は23人。当日、2000円を支払って、正式申し込みとなる。白晒褌(しろさらしふんどし)だけは自前で用意するが、それ以外は、全て振興会から支給される。 |
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「裸参り」の申込み(2,000円)を受付ける |
小原和也 |
さん / 五大堂公民館 |
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「裸参り」参加者に交付される御守・鉢巻(手拭)・ |
噛符 |
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▲▼
受付で渡されるのが、写真上の御守・鉢巻(手拭)・噛符(かみふ)の3点。鉢巻を広げたものが写真下で、光勝寺五大尊の厄除(やくよけ)開運鉢巻(手拭)である。 |
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五大堂公民館の板間の舞台には、事前申込者23名の行灯(あんどん)と褌の上に締める注連縄(しめなわ)が用意されていた。行灯は、黒石寺蘇民祭では角灯(かくとう)と呼ばれるものである。飛び入りで申し込みできないのは、行灯や注連縄が準備できず、また、事前に申込者の名簿が佐藤住職により加持祈祷されるので、御利益(ごりやく)を受けられないためである。 |
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事前申込者23名の |
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行灯 |
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と |
褌 |
の上に締める |
注連縄 |
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公民館の舞台中央には五大尊を祀る神棚が設けられており、神仏習合の伝統文化が今に受け継がれている。 |
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▼ 「裸参り」参加者たちは、お互いに助け合いながら、持参した白晒木綿1反(10m)を半分に折り、白晒褌(しろさらしふんどし)として半幅の晒布で締めるのに便利なように褌ロールを作っていた。 |
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持参した晒木綿1反を半分に折って褌ロールを作成 18:30
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ふんどしの ろーるいったん かんもうで |
A ten-meter-long role of loincloth, Midwinter pilgrims. |
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