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 旅紀行日本の祭り

2018年10月20日改訂

今 日

昨 日

♪獅子/邦楽鼓囃子

不夜城の如きねぶたの武者絵かな  北舟

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A samurai picture of Nebuta wagon, like a nightless castle.

2010年7月21日制作

消防第二分団ねぶた会・アサヒビール 「 天下布武・信長の野望」 作:千葉作龍

青森ねぶた祭

天下布武・信長の野望/ねぶた祭り(青森県青森市)

- 日本の伝統文化が息づく祭 -

 

日本祭百景【中巻】

葉月

八朔相撲祭
大國魂神社
東京都府中市宮町
平成21年(2009)8月1日(土)
撮影・制作:和田義男

 平成21年(2009)8月1日(土)正午から午後4時半ころまで東京都府中市宮町に鎮座する大國魂神社(おおくにたま・じんじゃ)(猿渡昌盛宮司)で八朔相撲祭(はっさく・すもう・まつり)が開催された。

 

 「八朔相撲祭」は、大國魂神社のホームページの表現で、正式には「大國魂神社四ヶ町八朔奉納相撲」といい、今年で420回となる伝統の祭礼である。八朔とは八月朔日(はちがつ・さくじつ)の略で、8月1日のこと。月の満ち欠けを基準とした陰暦では、1日は月が朔(さく)(月齢零)の状態となるので、朔日といった。
村上昇審判長の挨拶 12:15

村上昇審判長の挨拶 12:15

パノラマ写真(3150x1000)743KB

▼ 最初は幼児の部の個人戦。相撲の作法やルールも良く分からずどうすれば勝てるのかも理解していない幼児たちが、大人と同じ相撲褌(まわし)を締めて対戦する姿が微笑ましい。相手のまわしを取ることを知らないので、どうしてもレスリングスタイルになってしまうのは、自然の成り行きである。
  をさなごもふんどし締めて宮相撲 北舟 

おさなごも ふんどししめて みやずもう

Sumo wrestling at shrine, little children wearing a fundoshi sash.

幼児の取組 12:25

幼児の取組 12:25

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 小学生の部は二つのリーグ戦を行い各リーグの上位2チームが決勝トーナメントに進む。各チームは小学1年生から6年生までの6人。3勝3敗の五分となったときは、1年生同志で決定戦(プレーオフ)を行う。
  緑陰の土俵に相撲ふ府中っ子 北舟 

りょくいんの どひょうにすもう ふちゅうっこ

Fuchu children competing sumo in the ring under the shade of trees.

上手投げ炸裂!

上手投げ炸裂!

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小よく大を制す。大きな子は相手のまわしを取っていないのでどうしようもできない。小さな子はもろ差しでガッチリと相手のまわしを掴んでいるので、最後は身体を預けて寄り切ることができた。

土俵際の攻防 1/2

寄り切り!

土俵際の攻防 1/2 寄り切り!

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▼ 府中Bのこの選手は、体格に恵まれ、完勝かと思われたが、土俵際の詰めが甘く、勇み足で負けてしまった。

土俵際の攻防

勇み足!

土俵際の攻防 勇み足!

拡大写真(1600x1000)319KB

拡大写真(1600x1000)319KB

▼ 中学生の部が終わった午後3時前、一般青年の部トーナメント戦に先立ち、本物のお相撲さんが土俵上に登場した。白いまわしが春日山部屋所属の春日王(かすがおう)で、平成19年(2007)3月場所で西前頭3枚目まで躍進した現役の幕内力士である。
 正式の四股名は春日王 克昌(かすがおう かつまさ)、本名 김성택(金 成澤 キム ソンテク)、1977年7月1日生れ。大相撲史上初の韓国ソウル市出身(純韓国籍)の幕内力士で、得意手は右四つ、投げ、寄り。身長184cm、体重150kg、血液型O型。
  春日王相撲ふ童子を鷲掴 北舟 

かすがおう すもうわらべを わしづかみ

Kasugao, grabbing sumo children like an eagle.

春日王の鷲掴み

春日王の鷲掴み

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▼ 大相撲の力士たちによる余興(アトラクション)は15分くらいで終了し午後3時過ぎから一般青年の部が始まり25名ほどの大人たちが土俵に上がり、練習を行った後、トーナメントによる個人戦が行われた。
最後の記念撮影 16:20

最後の記念撮影 16:20

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袖師少年奉納相撲
神明宮
静岡県静岡市清水区袖師町
平成21年(2009)8月1日(月)
撮影・原作:匿名 監修:和田義男

 平成21年(2009)8月1日(月)、静岡県静岡市清水区袖師町(そでしちょう)に鎮座する神明宮(しんめいぐう)(小澤一徳おざわかずのり宮司 40歳)で第98回少年奉納相撲大会が開催された。
  奉納相撲は、地元氏子たちによる袖師町自治会が勧進元となって運営されており、清水袖師小学校(袖小)の児童と嶺保育園の園児、合わせて約140人が参加した。
  神事のあと、午前9時過ぎから取組みが始まった。袖小の豆力士たちは、相撲まわしとして、白晒布を使った褌を締め込んでおり、詰めかけた住民たちから大きな声援を受けて、熱の入った取組が展開された。
  百年の白褌や宮相撲  北舟 

ももとせの しろふんどしや みやずもう

Sumo wrestling at shrine, white fundoshi loincloth for a hundred years.

土俵際の攻防

土俵際の攻防

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▼ いよいよ千秋楽。最後の大一番の優勝決定戦となった。熱戦の末、体格に優る本命が優勝を果たした。

 行司より、優勝旗が優勝力士に手渡された。赤い旗を受け取った豆横綱は、満面の笑みを浮かべながら、旗を肩に担いで土俵入りを披露した。
  宮相撲赤旗肩に土俵入  北舟 

みやずもう あかはたかたに どひょういり

Sumo wrestling at shrine, ceremonial performance on the ring holding a red flag on his arm.

優勝旗を担いで土俵入り 13:55

優勝旗を担いで土俵入り 13:55

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青森ねぶた祭
八坂神社
青森県青森市
平成20年(2008)8月3日(日)
撮影・制作:和田義男

 「青森ねぶた祭」は「青森ねぶた」ともいわれ、東北四大祭りの先陣を切って8月1日から7日まで青森市で開かれる夏祭りで、毎年、300万人を越える観客で賑わう。中でも2日〜6日の毎夜19:10〜21:00に催される「ねぶた合同運行」が圧巻で、昭和55年(1980)に国の重要無形民俗文化財に指定されている。
 祇園祭は、京都の祇園社(現、東山区八坂神社)と同社を勧請(かんじょう 神仏の分霊を迎えて祀ること)した地方の祭礼で、中でも京都の祇園祭は、山鉾(やまほこ) 巡行を中心とした盛大な夏祭として、東京の神田祭・大阪の天神祭と共に日本三大祭の一つに数えられ、現存する山鉾29基すべてが国の重要民俗文化財に指定されている。
町会の全員集合!

町会の全員集合!

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  町会のねぶたに集ふ夕間暮  北舟 

ちょうかいの ねぶたにつどう ゆうまぐれ

Gathering around a Nebuta wagon of the town at dusk.

   「青森ねぶた」は毎年8月1日の前夜祭のあと、8月2〜7日に運行されるが、このうち2〜6日が19:10〜21:00の合同運行である。7日は13:00〜15:00の昼間のみの運行で、19:00〜21:00の夜間に海上運行と花火大会が催される。海上運行は、眠り流しの行事を思わせる。
スタート位置に着いた「ねぶた」

スタート位置に着いた「ねぶた」

パノラマ写真(1800x900)339KB

  ▼ ハネト(跳人)は、正式な装束をまとってさえいれば、どの団体のねぶたにも自由に参加できる。住所の制限も無く、一般の観光客が参加しても構わないという。折角雨が上がっていたが、暗くなるとまた雨に見舞われた。
男女とも同じカラフルな正装の

跳人ハネト

たち

男女とも同じカラフルな衣装の跳人たち

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  にわか雨跳人に嬉し力水  北舟 

にわかあめ はねとにうれし ちからみず

Dancers pleased with refreshing water of sudden shower

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消防第二分団ねぶた会・アサヒビール 「 天下布武・信長の野望」 作:千葉作龍

消防第二分団ねぶた会・アサヒビール 「 天下布武・信長の野望」 作:千葉作龍

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  不夜城の如きねぶたの武者絵かな  北舟 

ふやじょうの ごときねぶたの むしゃえかな

A samurai picture of Nebuta wagon, like a nightless castle

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雨蛍あめぼたる

とねぶた

雨蛍とねぶた

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  荒武者のねぶたに纏ふ雨蛍  北舟 

あらむしゃの ねぶたにまつう あめぼたる

Glows of rain like fireflies, gathering around the

Nebuta wagon of samurai picture.
 

雨粒がフラッシュに反射し蛍のような幻想的な光景が現れたので雨蛍(あめぼたる)と命名し拙句を詠んでみた。

ねぶたを支える若者たち

ねぶたを支える若者たち

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秋田竿燈まつり
竿燈大通り
秋田県秋田市
平成20年(2008)8月4日(月)
撮影・制作:和田義男

 「竿燈(かんとう)まつり」は、毎年8月3日から6日まで秋田市竿燈大通りで行われる夏祭りである。竿燈全体を稲穂に、連なる提灯を米俵に見立てて、平手・肩・腰・額などに載せ、豊作を祈る。国の重要無形民俗文化財に指定されており、青森のねぶた祭、仙台の七夕まつりと並んで東北三大祭りの一つ。ちなみに「竿燈まつり」も暦の上では秋祭りで、「竿燈」は秋の季語。
 竿燈大通りは、秋田県道26号秋田停車場線の「二丁目橋」交差点〜「山王十字路」の区間。この長さ800mほどの車道いっぱいに約200の町内会が散らばり、日頃の技を披露する。最近は企業がスポンサーとして資金援助している例が多く、提灯には企業の宣伝と分かるものが増えている。
竿燈の種類
大若(大人用):高さ12m、重さ50kg、提灯(ちょうちん)の高さ64cm、提灯の数46個。
中若(大人用):高さ9m、重さ30kg、提灯の高さ48cm、提灯の数46個。
小若(小学生高学年〜中高生用):高さ7m、重さ15kg、提灯の高さ48cm、提灯の数24個。
幼若(小学生低学年以下用):高さ5m、重さ5kg、提灯の高さ30cm、提灯の数24個。

継竹つぎたけ

を持って行進

継竹を持って行進

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▲▼ 一夜の竿燈に灯される提灯は軽く1万個を超え毎年1000個以上が提灯職人によって作られるという。提灯には防水用の油がひかれているが、大雨に遭えば破れてしまうこともある。また、強風の場合は、風にあおられて竿燈を立てること自体が難しいので、大雨と強風が予想されるときには開催が中止される。
 竿燈の明かりはすべて火をともした伝統の蝋燭(ろうそく)で、電灯や蛍光燈は使われていない。強風であおられたり、演技の失敗で倒れたりすると、火が消えたり、稀に提灯が燃え上がることもあるという。
 竿燈の技を競う差し手(さして)の衣装は、後ろ鉢巻に半纏(はんてん)をはおって帯を締め、栲衣(たこ)と呼ばれる白い半股引(はんももひき)に白の地下足袋か足袋草履(たびぞうり)を履く。
継竹3本の肩・腰・頭

継竹3本の肩・腰・頭

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▲▼ 継竹(つぎたけ)が次々に足され難易度が上がるにつれて稲穂のようにしなる竿燈を巧みに静止させる妙技は感動もので、観客は退屈することなく伝統文化に浸ることができる。竿燈は、夏の夜の素晴らしい野外劇である。
  大若の稲穂の如き撓りかな  北舟 

おおわかの いなほのごとき しなりかな

A big Kantoh bamboo bending

like a ear of rice.

継竹5本と6本の名人技!

継竹5本

継竹6本

継竹5本と6本の名人技!

拡大写真(1500x2000)448KB

男鹿のナマハゲ
男鹿真山神社
秋田県男鹿市
平成20年(2008)8月5日(火)
撮影・制作:和田義男

 ナマハゲは、秋田県の男鹿市(おがし)を中心に約80の集落で大晦日に行われる伝統的な民俗行事である。本来は小正月の行事であったという。ナマハゲは、荒々しい仕草で家々を巡り、隠れていた子供たちを見つけ出しては訓戒を与え、災禍を祓い、祝福を与えて去ってゆく。昭和53年(1978)に「男鹿のナマハゲ」として国の重要無形民俗文化財に指定された。
 ナマハゲの起源は、男鹿半島に漂着してきたものの、異形で異なる言葉から住民と交われず、人里離れた場所にひっそりと住み着いた外国人(白人)ではないかという説もある。
ナマハゲを接待する主人

ナマハゲを接待する主人

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  ▲▼ 真山(しんざん)神社の入口に建つ男鹿真山伝承館では、先立*(さきだち)に続いて二匹のナマハゲが四股(しこ)を踏んで現れ、仏壇と神棚を背にして座った主人から酒食の接待を受けた後、主役のナマハゲが通知簿のような「ナマハゲ台帳」を読み上げ、家族の行状を吟味しながら主人との珍妙な問答が交わされ、観客の笑いを誘う。
 ナマハゲの着ているケラミノから落ちた藁(わら)を頭などに巻きつけると、無病息災の御利益(ごりやく)があるといわれており、実演が終わった後、観客が競って藁を拾う姿が見られた。
*先立(さきだち):ナマハゲの先導役で、あらかじめ訪問先に行ってナマハゲを受け入れるかどうかを確認する役。初嫁や子供がいない家、不幸があった家には断られる。
  真山のナマハゲ酒を飲む仕草  北舟 

しんざんの ナマハゲさけを のむしぐさ

Namahage orges of Shinzan imitate drinking sake.

ナマハゲ問答を楽しむ観客たち

ナマハゲ問答を楽しむ観客たち

パノラマ写真(2200x900)407KB

ナマハゲ問答

先立(さきだち):お晩です。ナマハゲ来たす。
先立・主人:お目出度うございます。
主人:寒(さ)びどご(寒いところ)良ぐ来てけだすな。
先立:山から来るに容易でねがったす。
ナマハゲ:ウォー、(玄関で7*回四股を踏む) 泣ぐ子いねが。怠け者いねが。言うごど聞がね子どら(子供ら)いねが。親の面倒み悪りい嫁いねが。ウォー(家中探しまわる)
主人:ナマハゲさん、まんず座って酒っこ飲んでくなんしぇ(下さい)。
   (ナマハゲ、お膳に着く前に5*回四股を踏んで座る)
ナマハゲ・主人:お目出度うございます。
主人:なんと、深け雪の中、容易でねがったすべ。今年も来てけで(くれて)えがったすな。

ナマハゲ:親父、今年の作、何斗(なんと)であった。
主人:お陰でいい作であったすでば。
ナマハゲ:んだか(そうか)。まだいい作なるよう拝んでいくがらな。子どら皆まじめに勉強してるが。
主人:おらい(私の家)の子どら、まじめで、親の言うごとよぐ聞ぐいい子だがら。
ナマハゲ:どらどら、本当だが。ナマハゲの帳面見てみるが。何々テレビばり(ばかり)見で何も勉強さねし、手伝いもさねて書であるど。親父、子どら言うごど聞がねがったら、手っコ三つただげ。へば(そうすれば)いづでも山から降りてくるがらな。どれもうひとげり(一回)探してみるが。
   (お膳を離れる前に3
*回四股を踏む) ウォー、ウォー (家中廻る)
主人:ナマハゲさん、まんず、この餅こで御免してくなんしぇ(下さい)。
ナマハゲ:親父、子どらのしづけ(躾)がりっと(ちゃんと)して、え(家)の者みなまめ(健康)でれよ。来年まだくるがらな。
(所用時間:約20分)
*7・5・3:四股の数がめでたい七五三になっている。
主役のナマハゲ

主役のナマハゲ

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 大晦日のほかに「ナマハゲ柴灯(せど)まつり」が毎年2月中旬(2009年は2月13〜15日)に真山神社で行われる。これは主に観光向け行事として親しまれている。
 ナマハゲに似たような行事は、秋田県能代市のナゴメハギ、山形県遊佐町のアマハゲ、岩手県大船渡市三陸町吉浜のスネカなど、主に東北地方の沿岸部各地に存在する。北陸地方には能登のアマメハギが伝えられている。
観客席に「ナマハゲ」乱入!

観客席にナマハゲ乱入!

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山形花笠まつり
市内目抜通り(十日町〜文翔館)
山形県山形市
平成20年(2008)8月5日(火)
撮影・制作:和田義男

 山形花笠まつりは、8月5〜7日18:00〜21:30の間、山形市内の目抜通り(十日町〜文翔館)約1.2kmの直線コースで行われる。3日間で約1万人の踊り手が参加し、「ヤッショ、マカショ」の威勢のいい掛け声と共に「花笠音頭」に合わせて艶やかな花笠踊りが披露され、3日間で約100万人の観客を魅了する。
 花笠まつりは毎年8月に菅笠(すげがさ)に山形特産の紅花をあしらった花笠を手にし、「花笠音頭」にあわせて街を踊り歩く祭りである。この祭りは山形市を筆頭に尾花沢(おばなざわ)市や天童(てんどう)市など山形県内数か所で開催されるが、山形市で行なわれるものが広く知られている。東北三大祭りに山形市の花笠まつりを加えた4つの祭りを東北四大祭りと呼ぶ。
 花笠まつりで歌われる「花笠音頭」の起源は諸説あるが、大正中期に尾花沢で土木作業時の調子あわせに歌われた土突き歌が起源といわれており、昭和初期にこれが民謡化され「花笠音頭」となった。また、踊りについては、菅(すげ)で編んだ笠に赤く染めた紙で花飾りをつけたものを景気づけに振ったり回したりしたのが発祥という。

綺麗どころを集めた先頭集団/花笠まつりのスタート

綺麗どころを集めた先頭集団/花笠まつりのスタート

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  花笠の波打つをどり秋は来ぬ  北舟 

はながさの なみうつおどり あきはきぬ

The dance of waving flower hats, autumn has come.

子供舞踊団の登場

子供舞踊団の登場

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仙台七夕まつり
一番町・中央通りアーケード街
宮城県仙台市
平成20年(2008)8月6日(水)
撮影・制作:和田義男

 仙台七夕まつりは五節句の1つ「七夕」にちなみ、毎年8月6日から8日まで仙台市で行われる夏祭りで、地元では「たなばたさん」とも呼ばれる。大規模な飾り付けがなされるのは一番町や中央通りなどのアーケード街、仙台駅周辺などだが、商店街組織や単独の店舗に家庭などを加えると、大小あわせて3000本といわれる飾り付けがなされ、街中が七夕一色になる。東北三大祭りのひとつに数えられ、例年200万人以上の観客が訪れる。
  豪華さを競ふ七夕飾りかな  北舟 

ごうかさを きそうたなばた かざりかな

Decorations

for the Tanabata star festival, competing luxury.
七夕まつり初日で賑わう一番町/仙台市 2008.8.6

七夕まつり初日で賑わう一番町

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江戸の粋!佃祭
佃住吉神社
東京都中央区佃一丁目
平成24年(2012)8月3-6日(金-月)
撮影:星 宏幸 監修:和田義男

 平成24年(2012)8月4日(土)から6日(月)にかけて東京都中央区佃一丁目に鎮座する住吉神社(平岡好朋宮司)で佃祭(つくだまつり 住吉神社例大祭)が開催された。

 

 佃煮のルーツで知られる佃島は、東京都中央区を流れる隅田川の河口に位置し、未だに江戸情緒を残すレトロな町として知られる。揃衣(そろい)の若衆(わかいし)が獅子頭の鼻先めがけ殺到する獅子頭宮出(ししがしら・みやだし)や八角神輿と呼ばれる宮神輿が隅田川を渡御する船渡御、そして、高さ20m余の六基の大幟の下で江戸三大囃子のひとつである佃囃子にのって宮神輿や町神輿が渡御する風情は、江戸時代の粋を残した東京下町の祭礼として民族文化的にも極めて価値が高い。
  江戸っ子の佃囃子や獅子頭  北舟 

えどっこの つくだばやしや ししがしら

Tsukuda festival music of traditional Tokyoites, for the lion masks.

【編集子が選ぶ名作】               獅子頭宮出【拾参】〜佃囃子と獅子頭〜

獅子頭宮出【拾参】 〜佃囃子と獅子頭〜 10:43

                                     拡大写真(2400X1800)839KB
▼ 佃祭の魅力は多彩な行事にある。単に神輿を担ぐだけでなく、大幟柱掘り出し・建立、獅子頭の宮出し、船渡御など、他のお祭りでは見ることができないいろいろな行事があり、それらの一つ一つから、氏子の人たちのふるさとを愛する気持ちが伝わって来る東京の都心でこのようなお祭りが残っていること自体が奇跡に近いことだと思われる。
  宮に入る名残の神輿隅田川  北舟 

みやにいる なごりのみこし すみだがわ

Sumida River, the farewell mikoshi  arriving in the shrine.

【編集子が選ぶ名作】                  名作アニメーション

住吉神社境内で〆の揉み上げ 19:55

拡大写真(2400X1300)787KB/宮元大神輿の神輿差し!

湯殿山滝行
厳出羽三山神社
山形県鶴岡市
平成23年(2011)8月6-8日(金-日)
撮影:ちばあきお 監修:和田義男

 平成23年(2011)8月6日(土)から8日(月)迄の三日間、山形県鶴岡市に鎮座する出羽三山神社で錬成修行道場が開催された。出羽三山は、山形県庄内地方に広がる羽黒山(はぐろさん)(414m)月山(がっさん)(1,984m)湯殿山(ゆどのさん)(1,504m)の総称で、修験道を中心とした山岳信仰の場として、現在も多くの修験者や参拝者を集める。
 出羽三山神社の創建は、推古元年(593)に蜂子皇子(はちこのおうじ)が羽黒大神を勧請した事が始まりという。彼は、羽黒山に寂光寺を開山すると、月山と湯殿山を次々に開いて出羽三山修験の祖となった。
   湯殿山白褌の滝行人  北舟 

ゆどのさん しろふんどしの たきぎょうにん

Mt. Yudono, ascetics of white loincloth beneath a waterfall.

梵天ぼんてん

を先頭に滝行の開始 / 含満ノ滝かんまんのたき  15:32

男女を左右に振り分ける太田慶春道彦 15:28

パノラマ写真(2800X1500)999KB

   
 湯殿山(1,504m)は出羽三山の南端に位置し、その北東約5kmの月山(1,984m)に連なる霊山である。湯殿山北側中腹の梵字川(ぼんじがわ)の侵食によってできた峡谷に、五穀豊穣・家内安全の守り神として崇敬される湯殿山神社(1,100m)がある。女性の秘所に似た霊巌(れいがん)が御神体で、不思議なことにその頂上から湯が流れ出ており、社殿のない神社として知られる。
 二日目、午後3時過ぎ、湯殿山本宮の境内に到着。女性たちは、更衣室で滝行用の白衣に着替えたが、男性は空き地で褌一丁になった。滝行の装束は、男性は越中褌一丁の裸形、女性は白の上衣に半股引(ハーフパンツ)。男女とも出羽三山の朱印を押した白鉢巻を締め、白足袋 (靴下)・草鞋(わらじ)を履いている。
▲ 鳥舟によるウォーミングアップが終わると、梵天(ぼんてん)を持つ佐藤篤班長を先頭に、道彦、助彦、行人の順に一列縦隊となり、駆け足で含満ノ滝(かんまんのたき)に行き、滝行が行われた。
佐藤敬幸

助彦すけひこ

の支援を受けて滝行 / 雄滝

佐藤敬幸助彦の支援を受けて滝行 / 雄滝

パノラマ写真(2250X2000)1.06MB

   

▲ 三日目、早朝の御沢駆けのあと到着した御滝(おたき)は、縦縞模様の赤く鮮やかな岩壁の上端から落差10mほどの雪解水(ゆきげみず)が二筋流れ落ちている。向かって左が雌滝(めだき)、 右が水流の強い雄滝(おだき)である。崖の表面を彩る赤色模様は、御神体と同様の鉄分を含んだ結晶体と思われる。

▼ 鳥舟が終わると、昨日の含満ノ滝と同じように、佐藤篤班長が真っ先に雄滝に入って滝行を行い、錬成道場最後の修行が行われた。
気合いの滝行

気合いの滝行

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    滝行者褌一丁雪解水   北舟 

たきぎょうじゃ ふどしいっちょう ゆきげみず

Melted snow running, the ascetic naked with a loincloth beneath a waterfall.

滝行を終えた佐藤さん

滝行を終えた佐藤さん

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