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資料:Google Earth |
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湊一丁目・二丁目の界隈は、江戸時代より全国からあらゆる物産が集まる江戸湊(えどみなと)として栄え、かつては京橋区本湊町といった。隅田川を挟んで佃島と相対し、まだ戦前の建物が所々に見られる。 |
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御神酒所の前で木入れ/宮元(湊一丁目・湊二丁目) 2008.5.5 17:20
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撮影:小林豊一 |
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バブル期に相当数の住宅が地上げされたために住民が減り、町の様相は一変したが、それだけに今、祭りにかける氏子の思いは一入(ひとしお)だという。3年に一度の本祭りには都内最大級の台輪寸法3尺3寸、白木造りの宮元大神輿が二日間にわたって担ぎ出される。 |
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撮影:小林豊一 |
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神社隣の鐵砲洲児童公園の中に、今ではめったにお目にかかれない「入母屋(いりもや)造りトントン葺き」の巨大な御仮屋が建てられる。町の鳶頭(かしら)が約一ヵ月かけて製作するが、祭りの終了とともにおしげもなく取り壊される。これも宮元町会の心意気だろう。 |
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御仮屋の正面中央には大神輿が飾られ、左側には中神輿、小神輿が並べられる。右側には、町の若衆百人ほどが座ることができる溜まり(詰所)も建てられる。 |
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宮元の祭りは大神輿の渡御が中心。祭りの期間は、町から離れた人たちもこれを目当てに集まってくる。 |
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撮影:星 宏幸 |
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鐵砲洲児童公園を通過する御本社神輿 2008.5.5 17:35
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殿(しんがり)を務める宮元町会の氏子や睦会の人たちに担がれた御本社神輿は、石川邸の前で最後の神輿練りを披露し、石川辰夫幹事長による木入れのあとUターン。宮前を通って鐵砲洲児童公園前の道路まで戻った。 |
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撮影:小林豊一 |
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宮前を通過する御本社神輿 2008.5.5 18:25
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フィナーレを飾る宮前神輿 |
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御本社神輿は、鐵砲洲児童公園前で弥生会の会員にバトンタッチされたあと、宮前まで進み、神輿差しを行った後、午後6時55分、宮元町会の大神輿や大勢の観客に見送られながら無事に宮入りを果たした。 |
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宮前で御本社の神輿差し 2008.5.5 18:50
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撮影:小林豊一 |
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宮元神輿に見送られながら宮入する御本社神輿1/2 2008.5.5 18:55
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みやいりを おくるちょうちん なつまつり |
The summer ritual,
Lanterns seeing off the mikoshi returning. |
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撮影:小林豊一 |
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