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wadapho.jp
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はじめに |
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Wa☆Daフォトギャラリーは、全国の愛読者のご支援を賜り、平成22年(2010)7月16日(金)、満10歳の誕生日を迎えた。この節目を記念し、「Wa☆Daフォトギャラリー10周年記念作品」第5弾として、和田北舟こと和田義男が過去10年間に俳句「海の風景」全27集に発表した1300句余から気に入った俳句を選んだアンソロジー(句集)を作成し、北舟の英訳写真俳句「白褌 BYAKKON 」というタイトルで発表することにした。 |
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十年の吟行辿る夏休 |
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The summer vacation,
reviewing the haiku
composed for the past ten years. |
じゅうねんの ぎんこうたどる なつやすみ |
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びゃっこん なつみそぎ |
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白褌のドドンと波の夏禊 |
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夏越の釣ヶ崎海岸禊 |
Summer purification of white loincloth,
the shock of the wave. |
平成22年(2010)6月27日
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拡大写真(2300X1400)511KB |
二段波の襲来!/九十九里浜(千葉県長生郡一宮町) |
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白褌と名付けし句集夏の海 |
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The summer sea,
an anthology of haiku
named Byakkon the white loincloth. |
びゃっこんと なづけしくしゅう なつのうみ |
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編集作業は、会社の夏休みにあわせて平成22年(2010)8月6日(金)夜から15日(日)までの10日間、我が家の居間の一角にあるパソコン・デスクで行い、420枚の写真を使って9頁600句を旅した順に収録し、折々の日記を挟んだ。裸祭ファンのために、138の褌句を再録した「褌」の頁(上・中・下)を加え、最後に結語の頁を設けた。どうか、お時間のあるときに、ごゆるりとご覧いただきたい。
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霧の桂林紀行
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漓江船奇山竹舟五里霧中 |
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Riko river boats,
strange hills and bamboo boats
enveloped in the mist for ten miles. |
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漓江下り(霧の桂林紀行/中国) |
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平成12年(2000)夏〜平成13年(2001)夏 |
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20句 累計:20
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【凡例】 ▲:上の画像の説明文 ▼:下の画像の説明文 〈画像の左クリック〉:別窓に拡大写真を表示
タイトル「例:小松神社裸参り」をクリック:別窓に作品「例:小松神社裸参り」を表示 |
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しょうらい
もみじ おかじょうし |
松籟に紅葉散りなん岡城址 |
Colored leaves at the ruins of Oka castle
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may be falling for the rustling of pine trees.
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撮影:今村一憲 |
紅葉の岡城址(大分県竹田市)
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北舟の日記 |
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2000年4月23日(日)/広島 平成12年(2000)4月1日、函館から広島に赴任した。友人から勧められ、俳句同好会「うつみ」に入会、月一の例会に出ることになった。仕事の合間を見て俳句づくりに専念する毎日が始まった。 |
稚内在任中から俳句を創作していたので、ある程度の自信があるが、句会に出席し、先生に講評を仰いだり、添削を受けるのは初めてである。少し緊張するが、楽しみながら自然流で俳句をつくりたい。 |
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先生の俳号は高橋三洋子で、正岡子規の弟子である高浜虚子の流れを汲むという。種田山頭火のような自由律の俳句ではなく、古典派ともいうべき俳句で、キチッとした季語が必要であり、自然で平易なものでなければならないと教わった。 |
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島影に舷燈点る夏の夕 |
Navigational lights appeared
around the distant islands
in the summer
evening. |
小長い夏の日が終わり、夕暮れ時になってきた。島影がシルエットになってくる。あちらにぽつり、こちらにぽつりと、船の舷灯が灯り始めた。瀬戸内海に海風が吹き始め、やっと涼しい夜が訪れる。 |
広島県広島市 平成12年(2000)7月22日(土) |
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この句は、俳句「海の風景」第1集 〈 003 〉にあり、北舟の英訳写真俳句第1号で、作成は平成13年(2001)7月29日(日)である。この頃は、職業柄、題名となった海の風景を詠むことに力を入れていた。 |
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走島上げ潮止る夏夕べ |
Tidal current stopped
at Hashiri island
in the summer dawn.
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瀬戸内海の真ん中に走島(はしりじま)という島がある。潮が満ちてくると、紀伊水道から上がってきた潮と豊後水道を通って上がって来た潮とが、この走島の沖合でぶつかり、満潮になる。走島から東の瀬戸内海は満ち潮といえば西に向かう流れであり、走島の西では満ち潮は東に向かって流れる。満ち潮は、上げ潮ともいう。自然の悠久の営みが、昔から今に至るまで、同じように続いている。 |
広島県広島市 平成12年(2000)8月3日(木)
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燈台の光芒走る星の秋 |
A beam of light
from
the lighthouse
scanning the autumn sky
of star dusts.
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秋は空気が澄んでいて遠くまでよく見える。夜、真っ暗な海を見ると、満天の星空の下に灯台の光芒(こうぼう 尾をひく光の筋)が見える。絵に描いたように美しい世界である。シーマンにとってみれば、ありふれた光景かも知れないが、思えば不思議な光景で、海のロマンのひとつであろう。 |
写真は、大王埼灯台(三重県・大王町)。海面から灯光までの高さが46mあり、光達距離は18.5海里(約34km)ある。 |
広島県広島市 平成12年(2000)10月1日(日)
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落日のゴッホ
の墓に黄菊咲く |
Sun setting,
Yellow chrysanthemums bloom
in the grave of Gogh.
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1999年秋、妻と二人でフランスに旅行したときの一句。11月5日午後、ゴッホ終焉の地、オーヴェル・シュル・オワーズを訪問。オーヴェルは人口5,700人の小さな村。ゴッホが描いた「オーヴェルの村役場 La Mairie á Auvers 」で、フランス人女性のガイドが我々に合流し、ここからゴッホツアーが始まった。 |
広島県広島市 平成12年(2000)11月20日(月)
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主な見学コースは、ゴッホが二階に泊まっていたラヴー亭 Ravoux、ザッキン作のゴッホ像、石段を上がった教会、少しぬかっていたが、ゴッホが自殺した麦畑、最後はゴッホのお墓である。 |
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何の変哲もないオワーズ川沿いのこの村が多くの旅人を引きつけるのは、ひとえにあのオランダの炎の天才画家ヴァンサン・ヴァン・ゴーグ Vincent Van Gogh(英語読み:フィンセント・ファン・ゴッホ)のためである。晩年、すでに狂気にとらわれていたゴッホは、この村で彼の最後の名作を描き、1890年7月、村はずれの畑でみずからの銃弾を胸に撃ち込んで、37歳の生涯を閉じた。 |
フランス人は、日本から輸入した菊を大変気に入ったようである。日本と同様、お墓参りに菊を供える。ただ違うのは日本は切り花だがフランスは生花である。鉢やプランターに植えられた色とりどりの菊がお墓を飾っている。 |
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ゴッホは、ひまわりに代表されるように、黄色を好んで使った。フランス市民もそのことをよく分かっているのか、ゴッホの墓には黄菊が沢山供えられていた。丁度黄色に輝く落日に照らされ、オーヴェルの町に黄金の時が静かに流れた。 |
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牡蠣棚の微動だにせぬ日和かな |
Oyster rafts
in a
stationary state
owing to the good weather. |
広島湾の冬の風物詩といえば、もちろん牡蠣棚(かきだな)。島や陸岸の廻りに、びっしりと並んでいる。海が時化ると、ときには牡蠣棚が流されることがある。今日も冬ではあるが穏やかな日和となった。平穏無事に1日が終わることを予感する。牡蠣棚が冬の季語。 |
広島県広島市 平成12年(2000)11月25日(土)
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浦舟の入江にありて小春凪 |
Small boats
at an
inlet
peaceful
in an Indian summer.
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小春(こはる)とは陰暦10月の別称で、ほぼ陽暦の11月に当たる。冬ではあるが、良く晴れて穏やかな暖かい日和のつづくことをいう。 |
モノトーンになりがちな冬の瀬戸内海であるが、入江に浮かぶ小さな漁船が、小春凪の内海(うちうみ)で魚を捕っている。穏やかで平和な風景がここにある。 |
広島県広島市 平成12年(2000)12月10日(日)
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島影に船影見え来冬茜 |
Dark red sky
in
winter,
Outline of a ship
appeared
in the distance
of islands. |
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冬はあっという間に日が暮れる。瀬戸内の空があかね色に染まる頃、島影がシルエットになる。遠くその向こうに船影が見える。これから夜航海が始まる。瀬戸の海は、静かに暮れていく。 |
広島県広島市 平成13年(2001)1月27日(土)
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灯台の山道険し冬椿 |
Winter camellias
bloom
above the steep mountain path
to the lighthouse.
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灯台は、離れ小島や岬の先端に建っている。しかも、遠くからよく見えるように山の上にある。昔は灯台守と呼ばれていた海上保安庁の航路標識事務所の職員の苦労が忍ばれる。 |
「喜びも悲しみも幾年月」の世界を思い出すが、現在は集約管理や遠隔監視システムが整備されていて、家族が岬の先端や離れ小島で暮らすというようなことはない。 |
広島県広島市 平成13年(2001)2月11日(日)
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それでも灯台の維持管理のために職員が険しい山道を登る必要があることは、昔と変わることはない。冬の日だまりに華麗に咲く冬椿が出迎えてくれるのも同じである。 |
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丹後半島の先端、海抜140mの断崖に立つ経ヶ岬(きょうがみさき)灯台は、京都百景に選ばれた景勝地。映画「新・喜びも悲しみも幾年月」の舞台にもなった。沖を通る船から見ると、経ヶ岬の海岸は、玄武岩が崖状になって岐立していて経本のように見えるので、船人たちがここを通るときは、安全を祈り、お経を唱えながら通ったのでこの名がついたといわれている。 |
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早春のてんころ舟や赤ふどし |
Players
each wearing
a red loincloth
rowing Tenkoro boats
for competition
in the early spring.
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毎年2月に京都府宮津市の天橋立海岸で行われる天橋立観光協会主催の名物イベント「寒中てんころ舟競争」。てんころ舟は地元の漁師があさり貝やジャコ漁などに使う舟で、それを2隻横に並べて使用する。赤褌姿の10人が1組になって舟を操り、5チーム単位で往復600mの距離を競う。 |
広島県広島市 平成13年(2001)2月18日(日)
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当日は特設テントが設置され、甘酒やあつあつの寒ぶり大根などが無料で振るまわれる。最近では地元民だけでなく、舞鶴市の海上保安学校の学生など、遠くから参加するチームも増えているという。男子は全員赤の六尺褌を締めて漕ぐというのがルール。残雪が残る山々を背景に、寒さを吹き飛ばすてんころ舟競争は、早春の天橋立の風物詩である。 |
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今年も「第18回天橋立寒中てんころ舟競争」が行われ、京都新聞(internet)が「雪の中、赤ふんどし一枚の姿でかいをこぐ男子選手らの威勢良いかけ声が響いた。今回は、地元の丹後地方や京都市などから男性23チームと女性5チームが参加。スタート前は気温4度と寒く、時折横なぐりの雪が降る中、選手らは水しぶきを上げながら懸命にレースを展開、観光客ら約1万8千人(主催者調べ)の見物人から盛んな声援を浴びた。」と報じている。
「ふどし」は褌(ふんどし)の意。 この句は、褌を詠んだ英訳写真俳句の第1号である。 |
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薄日差す弥生の瀬戸の潮速し |
Soft light
from the
sun,
strong tide
of the strait
of May.
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春秋の二大潮といわれる。春と秋が最も潮が速くなる。薄日の差す瀬戸の海。急潮流が船を押し流している。しっかりと舵を取らないと潮に持って行かれる。狭い瀬戸ほど潮が速く、航海の難所となる。向かい潮よりも追い潮の方が操縦困難となる。 |
山から瀬戸を望むと、光の反射加減で潮の速さや方向が分かる。 |
広島県広島市 平成13年(2001)3月11日(日)
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島々のそのまた先の春岬 |
The spring cape
far
far away
from the islands.
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春の海に突き出た岬を春岬という。夏は青岬、冬は枯岬。瀬戸内海は多島海である。春霞でもやがかかっているが、いくえにも島々が重なり合ったそのまた向こうには、春岬が突き出ている。 |
瀬戸内は、春先に浮島現象も良く見られる。枯岬から徐々に青さが戻り、春岬から青岬へと変化していく様は、いくら眺めていても飽きない。 |
広島県広島市 平成13年(2001)3月26日(月)
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風光る館の空に風見鶏 |
A weathercock
on the roof
under sky
with a glistening wind.
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広島で1年間の勤務を終え、4月1日付けで神戸に転任し、2年間の単身赴任を送ることになった。 |
神戸といえば異人館。その中でも風見鶏の館 Weather Cock House が有名で、尖塔の上に頂いた風見鶏や、山々の緑にひときわ映える色鮮やかな赤レンガの外壁が目を楽しませてくれる。市街を見下ろす高台に建つ風見鶏の館は、神戸のシンボル的存在である。 |
兵庫県神戸市 平成13年(2001)4月18日(水)
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風見鶏の館は、この界隈唯一のレンガ造りの建物で、国指定重要文化財となっていて、現在神戸市が維持運営している。この館は明治42年(1919)ドイツ人貿易商G. トーマス氏によって建てられ、自宅として使用されていた。 |
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青空の中にポツンとしている風見鶏を眺めていると、「風光る」という春の季語が浮かんできた。日ざしの明るい春は、吹く風が光るような感じがする。風見鶏は、ひたすら光る風を見つめているのではないか。 |
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春の海眼下に望む異人館 |
The foreigner's
house
overlooks the sea
of spring
under my eyes.
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異人館は、六甲山麓、いわゆる山手の高台にあるため、眺望が良く、神戸港を一望できるが、矢張り最高の場所は、「うろこの家」だろう。 |
「うろこの家」は、うろこを張ったような外装からそのような名前で神戸市民に呼ばれている洋館で、1915年(明治38年)に建てられた旧ハリヤー邸である。 |
兵庫県神戸市 平成13年(2001)5月3日(木)
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外国人の高級借家として旧居留地に建築され、その後明治後期に現在地に移された。西洋の古城のような建物の外壁を飾る天然石のスレートが魚のうろこのように見える。異人館の中でも最も人気のある洋館である。 |
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うろこの家のベランダから見た神戸の港は、素晴らしく、誰もが絶賛する。この日も美しい春の海が眼下に広がっていた。 |
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灯台の白さ目に染む青岬 |
Whiteness of the
lighthouse
on the blue cape
stimulating my eyes.
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青岬は夏の季語で、岬が草木で覆われ、青々とした様子を示す言葉である。その先端に灯台が建っている。夜は光を放ち、昼は白い塗色で、沖行く船の海の道しるべとなっている。夏は灯台がひときわ白く輝き、目に染みるよう。 |
紀伊半島南端で、本州最南端に位置する潮岬(しおのみさき)は、太平洋に突き出た岬。 |
兵庫県神戸市 平成13年(2001)6月13日(水)
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岬の上に立つ潮岬灯台の純白の灯塔は20mの高さがあり、沖合遙か遠くから肉眼で視認できる。夜になると、海面から50mの高さで15秒毎に1閃する灯光は、19海里(35km)の沖合まで到達する。 |
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青空の中にポツンとしている風見鶏を眺めていると、「風光る」という春の季語が浮かんできた。日ざしの明るい春は、吹く風が光るような感じがする。風見鶏は、ひたすら光る風を見つめているのではないか。 |
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我先に乗り出すヨット海開き |
The start of the swimming season,
yachts dashing
to the sea.
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兵庫県には、新西宮ヨットハーバーや須磨ヨットハーバーといった大きなヨットハーバーが沢山ある。 |
新西宮ヨットハーバーは兵庫県が建設し、第三セクターとして施設を維持管理し、関西ヨットクラブとともに、その運営に当たっている。約40年前に堀江健一さんが世界初の単独太平洋横断記録を成し遂げたときの出発港でもある。 |
兵庫県神戸市 平成13年(2001)6月23日(土)
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同氏は、現在関西ヨットクラブの名誉会員である。7月下旬、世界8ヵ国のクルーザー型ヨット38艇300名が参加するJ24世界選手権大会が開催されるなど、ヨットやモーターボートなど海洋レジャー活動の日本における屈指の拠点となっている。 |
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須磨ヨットハーバーは神戸市が建設したもので、関連団体が施設を維持管理し、須磨ヨットクラブとともにその運営に当たっている。世界一の大富豪となったビル・ゲイツの豪邸があることで知られるシアトルと神戸(須磨)との間のヨットレース(レガッタ)が3年に一度開かれる。日本では宝船杯と呼ばれる。日本セイリング連盟(Japan Sailing Federation JSF)の会長を務められ、現在同顧問の秋田氏が始められたという。また、毎年、神戸マリンフェスタの一環としてヨットレースも開かれている。兵庫の海は、ヨットマンが世界に羽ばたく舞台となっている。 |
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