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昨夜、本年第24集、2000年7月以来通算第447集となる作品をアップした。
日本の祭り第129種・194集/感動写真集第183集「鐵砲洲大祭'12」
撮影:星宏幸・小林豊一 協力:鐵砲洲稲荷神社弥生会
監修:和田義男 |
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この作品は、平成24年(2012)5月3日(木)〜5日(土)に東京都中央区湊一丁目に鎮座する鐵砲洲稲荷神社で例大祭が開かれたときの記録である。
感動写真集同人・星宏幸さんの第6作で、4頁88枚の中編となった。お時間のあるときに、ごゆるりとご覧頂きたい。
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【 弥生会広報部 】 |
住居:
東京都 |
趣味: お祭りを楽しむこと、鉄道、山歩き、落語を聞くこと |
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あとがき |
鐵砲洲稲荷神社の本祭りは今年4年振りの斉行となりました。今回の目玉は、初めての全町内神輿による連合渡御と宮入参拝です。特に我が宮元町会としては、初めての宮入参拝のために念入りに準備を行い、全員気合を入れて望みました。
町内神輿が出た2日間とも雨にたたられましたが、地元の担ぎ手、同好会の担ぎ手とも、全身ずぶ濡れになるのも厭わず、「東京から日本を元気にしよう」という気持ちで神輿を担いでくれたお陰で、大いに盛り上がりました。
天候のせいで良く撮れた写真の数は多くありませんが、少しでも当日の雰囲気を感じ取って頂ければ幸いです。 |
★☆★彡 |
日本の祭り第<129種・194集>/感動写真集<第183集>
「鐵砲洲大祭'12」 |
撮影:星宏幸・小林豊一 協力:鐵砲洲稲荷神社弥生会 監修:和田義男 |
平成23年(2011)12月08日
作品:第24作 画像:(大86+小2) 頁数:4
ファイル数:192 ファイル容量:77MB
平成12年(2000)〜平成23年(2011)
作品数:447 頁数:1,798 ファイル数:79,467 ファイル容量:14,789MB |
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まんじょうの てじめとどろく なつまつり |
Summer
festival, whole people clapping their hands loudly. |
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【編集子が選ぶ名作】
満満場の手〆/鐵砲洲稲荷神社 13:44 |
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拡大写真(2600X1750)1.00MB
撮影:小林豊一 |
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本日、
本年第24作、平成12年(2000)7月以来の通算第447作に当たる感動写真集同人・星宏幸さんの第
6作「鐵砲洲大祭'12」が完成した。鐵砲洲大祭は、密着取材する予定で準備を進めていたが、都合により取材に行けず、代わりに星宏幸さんと小林豊一さんの撮影された写真をお借りして、ここに発表することができた。お二人には、衷心より御礼申し上げる。お陰で、江戸時代から続く下町・江戸っ子たちの粋で鯔背な神輿祭を全世界に発信することができたことを率直に喜びたい。 |
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この作品は、殆ど解説をせず、全てを雄弁に語る写真をご覧頂くだけで、江戸っ子の今に続く夏祭の感動を分かち合って頂こうという方針で編集した。横800ドットの標準画像でもその様子をお伝えすることができるが、やはり画像をクリックして、横2400ドット以上の高精細画像を見て頂くことで、鐵砲洲大祭のロマンと感動をたっぷりと味わうことができる。読者におかれては、どうかお時間のあるときに、じっくりとご覧頂きたい。
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最後の頁に無礼講神輿とタイトルを付け、祭礼行事を全て終えて宮元大神輿を御仮屋に安置するまでの時間をみんなに開放し、無礼講神輿として最後の盛り上がりを見せる場面を掲載した。平成20年(2008)に初めて大祭を取材したときは、星さんから無礼講が始まったことを告げられたものの拝殿での還御祭の取材を優先し、一段落して御仮屋前に駆けつけたときには、もう終わっているというミスを犯してしまった。 |
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4年後の今年、私が取り損ねたこのシーンを星さんや小林さんに激写して頂いたことを嬉しく思う。特筆すべきはマスコミが無視し続けている入墨褌姿の江戸っ子たちは、志村清孝さんの名作「江戸の華!三社祭」だけではなく、鐵砲洲大祭でも見られるということである。 |
筆者は、江戸時代の庶民文化として花開いた裸入墨褌文化は、今なお東京はお江戸の神輿祭全般にわたって存続しているものと確信している。 |
三年後の本祭は、徹頭徹尾江戸っ子たちの粋で鯔背な姿を追い求め、無礼講神輿も逃すことなく激写したいと思う。 |
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しんうちの さいごにきめる みこしさし |
The
headliner, lifting up the mikoshi over heads finally. |
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【編集子が選ぶ名作】
名作アニメーション |
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拡大写真(2400X1300)787KB/宮元大神輿の神輿差し! |
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中村勘三郎さんを悼む |
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この作品を編集中の12月5日(木)、中村勘三郎(本名・波野哲明=なみの・のりあき)さんが午前2時33分に急性呼吸窮迫症候群のため東京都文京区の病院で亡くなられ、以後、毎日のように特集報道が流れた。早期食道癌の10時間に及ぶ大手術のあと、リハビリに専念され、間もなく復帰されるものと誰しもが思っていただけに、突然の訃報に全国民がショックを受けた。 |
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その後、パソコン・ディスプレーの左上に表示したテレビ画面を見ながら編集を続けたが、報道によると、食道癌は、今年の定期検診で分かったもので、手術前から癌が転移していることも分かっており、勘三郎さんは、生存率が30%程度と厳しい状況にあることも自覚されていたという。昨年は、忙しさの余り定期検診を受けていなかったそうで、もし受けていれば、1年早く癌が見つかり、完全に回復していただろうことが予想される。57歳という若さで突然旅立たれたことは、まだやり残されたことが多々あっただろうにと本当に残念で、衷心よりご冥福をお祈り申し上げる。〈合掌〉 |
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平成17年(2005)5月に開催された鐵砲洲大祭のパンフレット |
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拡大写真(1200X854)235KB |
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▲▼
勘三郎さんは、鐵砲洲稲荷神社弥生会の名誉会員で、平成17年(2005)に行われた鐵砲洲大祭初日の5月1日(日)に歌舞伎座の前で中村勘三郎さんの襲名祝賀行事が開かれ、弥生会の氏子たちとともに御本社神輿を担がれたことが思い出される。 |
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人気の歌舞伎俳優・中村勘九郎さんが初代から400年後に十八代目の「江戸猿若勘三郎」を襲名したのは平成17年(2005)3月3日。襲名に合わせて写真付きの記念切手が発売されるなど、話題を呼んだ。 |
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現在建設中の新歌舞伎座が来年4月に開場することを誰よりも楽しみにしておられたという勘三郎さん。その無念の心中は、察するに余りがある。ここで弥生会に提言したい。来年5月の陰祭に歌舞伎座前での追悼神輿を出されては如何か。そのときには、会友として馳せ参じて激写させて頂きたい。〈
完 〉 2012.12.08 監修 和田義男 |
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鐵砲洲宮神輿を担ぐ在りし日の中村勘三郎さん 2005.05.01 |
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拡大写真(1600X1050)479KB
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